「え?」
信じられない光景に、エドは驚いた顔で、
その場で固まってしまった。
「えっと・・・・どちら様でしょうか?」
固まったままのエドに、目の前の少女は、不審な目で
見つめると、恐る恐る尋ねる。
「こ・・・ここって・・・・ロイ・マスタング大佐の家だよ・・・な?」
エドの言葉に、少女は、少し頬を紅く染めて頷いた。
「ロイさんに御用なんですか?えっと・・・あなたは?」
だが、エドは少女の言葉を聞いていなかった。
少女が、ロイの事を【ロイさん】と親しげに呼んだ事が、
ショックだったからだ。
”こ・・こ・・これって・・・・浮気!?”
ロイのお見合いにテロ組織との戦いと、目まぐるしい一日で
あった、クリスマスイブに、エドは初めてロイに抱かれた。
愛する人との一夜が明け、幸せに浸っていたエドに、
ロイはキスを贈りながら、エドへ自分の家の合鍵を
送ったのは、つい二週間ほど前と、記憶に新しい。
その時、ロイは確かに言ったのだ。
「この家に入った女性は、君が最初で最後だね。」と嬉しそうに。
それなのに、今のこの状況に、エドの思考は完全に
絶たれてしまった。
「あ・・・あの?」
目の前の少女を見ていられなくて、エドは涙が溢れそうに
なるのを堪えるために、俯いていると、良く知った声が
聞こえ、エドは驚いて、顔を上げた。
「いよぉ!エドじゃないか。いつこっちへ?」
ニコニコと片手を上げて部屋の奥から出てきたのは、
ロイの親友のマース・ヒューズだった。」
「ヒューズさんのお知り合いですか?」
明らかにホッとした少女と眼に涙を溜めて縋るような眼で
自分を見るエドに、ヒューズは、この状況が、エドに
誤解を与えている事に気づき、顔を青くさせる。
「それじゃあ、後はお願いします。」
ニコニコと微笑みながら、少女は、部屋の奥へと
入っていくのを、エドが悲しそうな顔で見送っていると、
ヒューズが、必死の形相でエドの両肩に手を置く。
「おい!エド、誤解すんなよ!!彼女は、以前俺とロイと
アームストロング少佐が、世話になった娘なんだ。
今日、たまたま彼女がこっちに来るっていうんで、俺とロイが
以前のお礼にセントラルのガイドを買って出たんだよ。」
「・・・・ロイの浮気じゃない・・・?」
エドの言葉に、ヒューズは首が壊れるんじゃないかと言う
ように、ブンブン縦に振る。ここで2人の仲が拗れることに
でもなったら、ロイに殺されてしまう!
そう判断したヒューズは、さらに弁明する。
「ところが、急にロイに仕事が入ってさ。2時くらいには
戻ってくるっていうから、ここで待ち合わせをしているんだよ。」
まだ納得がいかないという顔のエドに、さらにヒューズが
宥めようとしたのだが、その前に、キッチンの方から、少女が、
ヒューズに声をかける。
「お昼出来ましたよ!」
「おう!今行くぜ!ほら、エドも一緒にどうだ?ローズの
料理は旨いぞ!」
そう言って、ヒューズはエドを引き摺るように、ダイニングへと
足を向けた。
少女の名前はローズと言った。
ハイキングへ出かけたロイとヒューズとアームストロングが、
吊橋を渡ろうとしたところ、綱が切れて、戻る事も出来ないので、
反対側の麓まで行く途中の村で、彼女の家に世話になったと
いう話をヒューズから聞きながら、エドは注意深くローズを
観察していた。頬を紅く染めて、さり気なくヒューズや自分から
ロイの情報を聞き出そうとする姿が、つい最近までの
自分にそっくりだった為、エドにはわかってしまったのだ。
ローズはロイに惚れていると。
多分、ここに来たのは、たまたまじゃない。
もう一度ロイに逢いたかったのだろう。
ロイの話で盛り上がるヒューズとローズの話に適当に
相槌を打ちながら、啜ったスープは、涙の味がした。
「ロイ。食べてくれるかなぁ・・・・。」
エドは、大事そうにお弁当を抱え込みながら、中央司令部の
ロイの執務室への廊下を急いでいた。昨日のローズの
見事な料理に、自分もロイに手料理を食べさせたいと
思ったからだ。食事を終えて、引き止めようとするヒューズを、
振り切るように、ロイの家を飛び出した先は、エドを実の妹の
ように可愛がっている、ホークアイの家だった。たまたま次の日が、
非番だった彼女は、エドの話を聞くと、快くキッチンを
貸してくれたのだった。
「すこし見た目が悪いけど、味はいい線いっていると思うんだよね。」
エドはポツリと呟く。まだ母親が存命だった頃、良く母親の
手伝いをしたし、母親が病に倒れてから、弟の為にもキッチンに
立っていたエドは、比較的料理がうまい。しかし、それは
機械鎧になる前の話だった。機械鎧は、精密な動きというのが、
かなり苦手だ。どうしても、力の加減がうまくいかない。その為、
エドは左手でもある程度生活に支障が出ないほどこなせるが、
やはり料理をするほどではない。仕方なく、右手で料理をしたの
だが、力の加減がわからずに、勢い余って、皮を剥こうとして、
ジャガイモごと包丁で指を切るわ、機械鎧の油が、料理に
付かない様に、レタスを片手で洗おうとして、全身ずぶぬれに
なるわと、散々な眼に合った。
しかし、ロイの喜んだ顔が見たいエドは、ホークアイの手伝うと
いう言葉に、首を横に振り続け、何とか出来上がった料理を
嬉しそうにお弁当箱に詰めると、急いで中央司令部へと
やってきたのだ。左手の傷がかなり深く、ズキズキ言っているが、
普段している手袋のお陰で、絆創膏だらけの左手に気づかれる
事はない。それよりも、ロイの嬉しそうな顔を想像しただけで、
痛みなど全く気にならなかった。
「ロ・・・・・。」
ロイ!と叫んで執務室に入ろうとしたエドは、次に聞こえた
ロイの言葉に、金縛りにあったかのように、その場を動く事が
出来なかった。
「やはり、君の料理は美味しいな。君の夫になる人間は
幸せだ。」
そっと、ドアの隙間から中の様子を伺っていると、ロイが、ローズに
向かって嬉しそうな顔で微笑んでいるのが見えた。手前のテーブル
には、所狭しと並べられている料理の数々を、ブレタやファルマン、
ヒュリーが、ガツガツと食べていて、口々に料理の腕前を褒めていた。
そんな光景に、エドは自分の作った料理を、ロイの目の前に出す勇気が
なかった。
もしも彼女と比べれたら?
ふと浮かんでしまった考えに、エドは悲しそうな顔で、唇を噛み締める。
”絶対に嫌だ!!”
エドは、ションボリと肩を落とすと、トボトボと元来た道を引き返した。
「あれ?エド?」
中庭をトボトボ歩いていると、向こうから、ハボックが歩いてきた。
「あ!こんにちわ。」
ハボックに気づいたエドは、ペコリと頭を下げて、そのまま行き過ぎようと
したが、その前に、ハボックがエドの腕を取る。
「どうしたんだ?なんか元気ないぞ?」
暗い表情のエドに、ハボックは近くのベンチに座らせると、その横に
腰を下ろした。
「何でも・・・・。」
「何でもないって言うなよ?」
誤魔化そうとしたエドだったが、その前にハボックに先手を打たれる。
「むーっ!!」
膨れるエドに、ハボックはニヤリと笑うと、ガシガシとエドの頭を
撫でる。
「で?どうしたんだ?」
再三のハボックの質問に、エドは上目遣いでハボックを見つめる。
「やっぱ、男の人って、料理が出来る彼女の方がいいよね・・・・。」
「は?それって、大佐のことか?」
思いつめたようなエドに、ハボックは、ガシガシと頭を掻くと、
苦笑しながら言った。
「あのさ、大佐なら、エドが作ったモノは絶対に全部食べると
思うぞ?」
「そうじゃなくって、一般論を聞いてんの!!」
頬を紅く染めるエドに、ハボックはニヤリと笑う。
「まっ、そういう事にしておいてやるよ。そうだな。確かに、出来ない
より、出来る方がいいな。」
ハボックの言葉に、エドはやっぱりと俯く。
「料理が下手なら、上手くなるように、練習すればいいだけだろ?
何をそんなに落ち込んでんだ?」
ハッと顔を上げるエドに、ハボックは、穏やかな笑みを浮かべて
エドの頭を撫でる。
「あのな、料理ってのは、技術よりも愛情だぜ?そこんとこ、
間違えんなよ。愛情があるから、料理が上手くなりたいんだろ?
本末転倒するな。」
「ありがとう!少尉!!俺、頑張る!!」
パァッと笑みが広がるエドに、ハボックも微笑み返す。
「頑張れ!お前になら出来るぜ!」
「ありがとう!俺、もう行くね!!」
バイバイと大きく手を振って去っていくエドを、ハボックも手を振り
ながら見送る。
「はぁぁぁぁぁ・・・・。大佐が羨ましいッスよ・・・・。」
溜息をつくハボックは、執務室の窓から、自分達の様子を
一部始終、嫉妬の焔を身に纏ったロイに見られていた事に
気づかなかった。
「・・・・・おのれ・・・。」
ギリリと噛み締めた唇からは、血の味がした。