「おい!聞いたか!!」
「ああ・・・・・。まさか。本当なのか?」
「ありえない・・・・。でも・・・本当なら・・・・・。」
「俺にもチャンスが!」
「何言ってんだ!!俺の方にこそ!!」
中央司令部内の軍人たちの声でざわめく中、普段は温厚な顔をしている
フレデリック・ホークアイ大佐は、不機嫌な顔を隠そうもせず、足音も荒く
通路を歩いていた。
バタバタと忙しそうに走り回る軍人達を、横目でチラリと一瞥すると、
直ぐに興味をなくしたように、前方のみに視線を見据え、やってきたのは、
ロイ・マスタング准将の執務室。
「マスタング准将!この騒ぎはどういうことです!?」
バンと足で蹴り上げるように中に入ったリックは、ポカンと口を開きながら、
部屋の中を凝視する。
ロイの執務机の前では、ハボック・ブレタ・ファルマンの三人が、燃え尽きたかのように
グッタリと床に倒れていた。
「ホークアイ大佐。上官不敬罪で、営倉行きにしてやろうか?」
底冷えするロイの声に、ハッと我に返ったリックは、スッときつい眼差しをロイに
向けた。
「この馬鹿騒ぎの訳をお聞きしたいのですが?マスタング准将。」
「・・・・・ただの演習だ。何の問題もない。ところで、西方司令部は暇なのか?
司令官がいつまでの管轄外にいられるほど、ウエストシティの治安は良くないと
記憶しているのだが?」
白々しいまでの笑みを浮かべながら、書類にサインをしていくロイに、リックも
負けず劣らず爽やかな笑みを浮かべる。
「これから、来週行われる、大総統のウエストシティの視察についての打ち合わせが
ありますので。」
視察という言葉に、ロイの顔が引きつる。そんなロイの様子に、リックはニヤリと
笑うと、たった今思い出したというように、ポンと手を打つ。
「ああ!そうだ。確か今回の視察には、准将の奥方も来られるとか?」
バキッとロイの持っていた万年筆が音を立てて折れる。
「西方司令部全軍を持ちまして、奥方の身の安全を保障いたしますので、
准将閣下は、大人しくここで書類でも捌いていて下さい。」
「・・・・・・・・・その事については、貴様の手を煩わす事はない。」
ロイの言葉に、リックはピクリと眉を動かす。
「それはどういう事ですか?大総統命令が撤回されたとは、聞いておりませんが?」
「言葉通りの意味だ。アレは、二度と貴様らの前には姿を現さん。」
暗い目を向けるロイに、リックは目を細める。
「ふうん?噂は本当という訳か?」
「噂?」
訝しげなロイにリックは肩を竦ませる。
「エドちゃんに書類にサインさせようとしているって。この馬鹿騒ぎは、
サインすることを拒否しているエドちゃんを捕まえる為だと。」
そこで言葉を切ると、リックはロイを睨みつける。
「本気か?」
その言葉に、ロイはフッと不敵な笑みを浮かべる。
「・・・・・・・本気だが?」
「そうか・・・・・。わかった。」
クルリとロイに背を向けると、ロイが拍子抜けるほどあっさりと部屋を退出しようと
する。
「ああ。そうだ。言い忘れたけど・・・・・。」
扉が閉まる瞬間、リックは不敵を笑みを浮かべながら、ロイを振り返る。
「エドちゃんをこのまま浚っちゃうけど、悪く思わないでくれよ?」
「ホークアイ大佐!!」
慌ててロイが椅子から立ち上がるのと、机の上にある電話がなったのは、
同時だった。
一瞬躊躇うも、ロイはしぶしぶ受話器に手を伸ばす。
「マスタングだが。・・・・・何!!それは本当か!!わかった!今すぐ行く!!」
ロイは乱暴に受話器を戻すと、床に転がっているハボックを踏みつけながら、
慌てて執務室から飛び出していく。
「・・・・なぁ、俺達の扱いって・・・。」
「言うな。ハボ。空しくなるだけだ。」
「・・・・・以下同文。」
「エドワードちゃん!怪我はない?」
自分の右側から襲ってくる軍人を、麻酔弾で眠らせたホークアイは、
背中合わせで戦っているエドに声を掛ける。
「おう!こんくらい楽勝!!・・・・・・ったく!何でこんなに軍人が!
しつこいってーのっ!!」
エドは自分を取り押さえようとしている軍人を飛び蹴りで軽く伸すと、
ニッコリとホークアイに笑いかける。
「それにしても、何故こんなに軍人が・・・・。」
ホークアイは眉間に皺を寄せながら、的確に麻酔弾を敵を打ち込む。
「それは、マスタング准将の命令だからだよ。危ない!エドちゃん!!」
その声に、エドが背後を振り返ったのと、背後にいた軍人が殴り倒されるのは、
同時だった。
「リック!?」
「兄さん!?」
にこやかな笑みを浮かべながら、ヒラヒラと手を振るのは、ここにいるはずのない
西方司令部の司令官、フレデリック・ホークアイ大佐。
「何でここに?」
エドは傍らの軍人に足払いを掛けながら、リックに尋ねる。
「来週の大総統の視察の打ち合わせにきたんだけど・・・・大変な事になってるね。」
同じくすぐ横にいた軍人の鳩尾を蹴り上げながら、リックは涼しい顔でエドに笑い
かける。
「兄さん。准将の命令って、どういうこと?」
ホークアイは銃を構えて敵をけん制しながら、素早くエドの傍による。
「何でも、エドちゃんに書類にサインさせるために、エドちゃんを捉えよって、
命じたらしいんだけど・・・・。」
リックの言葉に、エドはシュンとなる。
「ロイ・・・・そこまで俺にサインさせたいのか・・・・。俺、嫌だよ・・・・。サインしたら、
ロイの傍には・・・・・。」
項垂れるエドに、ホークアイは悲しそうな顔で、そっと肩を抱き寄せる。
「エドちゃん。心配しないで!私がついているわ!准将の我儘なんて、蹴散らして
しまいましょう!!」
ジャキと銃を構えると、ホークアイは銃を乱射する。
「もちろん、俺も協力するよ。もし、駄目だっでも、俺が責任を持って・・・・。」
リックも安心させるように、エドに微笑みかけながら、その肩に手を置こうと、腕を
伸ばすが、次の瞬間、エドとリックの間に、小規模な爆発が起こる。
「・・・・・責任を持って、何だと?」
低い声に、エド達が振り返ると、そこには、黒いオーラを身に纏ったロイが、
エド達に倒された軍人達を踏みつけながら、ゆっくりと近づいてきた。
「ロ・・・ロイ・・・・・。」
まるで親の仇でも見るかのように、冷たい表情のロイに、エドは思わず後ずさるが、
直ぐにこれでは駄目だと思い直し、キッとロイを真っ向から睨みつけた。
「さぁ、エディ。書類にサインをしたまえ!」
ゆっくりと胸ポケットから取り出す紙を目にすると、エドは静かに両手を打ち鳴らし、
地面に手を付ける。
途端、突起物がロイを襲うが、ロイはニヤリと笑うと、右手を掲げてパチンと指を鳴らす。
爆発によって起こった突風に、砂塵が巻き上げられ視界を覆うが、ロイは余裕の笑みで
背後を振り返る。
「ワンパターンだぞ!エディ!!」
勝ち誇ったような声で、ロイは自分の背後から近づく影に、右手を翳すが、
やがて現れた姿に、一瞬動きが止まる。
「注意力散漫です。准将。」
目の前に現れたのは、エドではなく、ホークアイが至近距離から自分を銃で狙っている
姿だった。間一髪横に避けるが、そこには、リックが待ち構えていた。
「ほーんと。三対一で勝てると思ってた訳?」
馬鹿だよねぇと、リックはロイに蹴りを入れようとするが、ロイは無理な体制であるにも
関わらず、間一髪でこれを避ける。
「チッ!!」
舌打ちするリックに、ロイは体制を崩したまま片手を付くと、そのままリックの足に
回し蹴りをして、転倒させる。勿論、左足で仰向けになったリックの腹を押さえつける
事を忘れない。
「兄さん!?」
まさかその体制でロイが攻撃を仕掛けてくるとは思わず、一瞬隙を見せたホークアイを、
ロイが見逃すわけもなく、ホークアイの目の前に、直ぐに指を弾ける体制で、右手を
突き付ける。
「そっちこそ、三対一という事に、油断したな。さて、エディ。」
ロイはゆっくりと顔だけを背後に向ける。
「チェックメイトだ。」
ニヤリと笑うロイを、エドは無表情でじっと見つめていた。
**************************************************