月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

              月華恋歌       

 

                         第1話

  

 

              「ラッセル王子。そろそろフレイム王国へ到着しますが。」
              既に国を出てから丸三日をかけて馬車で移動している
              為、そろそろ我慢の限界かとイライラしていた、ゼノタイム王国の
              ラッセル・トリンガムは、不機嫌そうに本から顔を上げる。
              「ふう・・・・。流石に、三日も馬車に缶詰だと、些か気が滅入る
              な・・・・。どうだろう。そろそろ休憩に・・・・・。」
              「殿下。そう言って、つい二時間前も休憩をしたと思ったのは、
              気のせいでしょうか?」
              ラッセルの向かい側に座っている、黒髪の男が、人の悪い
              笑みを浮かべる。
              「・・・アーチャー。何が言いたい?」
              剣呑な目をするラッセルに、アーチャーは、クスリと笑う。
              「そんなにマスタング王に逢うのが、お嫌なのかと・・・・。」
              まるで小さな子どものようですね。とククク・・・と笑うアーチャーに、
              ラッセルは、拗ねたように、顔を窓へ向ける。幼い頃から、
              ラッセルは、このアーチャーが苦手だった。宰相の息子で、
              自身も近衛隊に籍を置くこの男は、今回、ロイ・マスタング王と
              フルメタル王国の王女、エドワード・エルリック姫との婚儀の
              祝いに赴くラッセルの護衛として、同乗していた。
              「マスタング王が結婚とはな・・・・・。確か、エドワード姫と
              言ったか、相手の姫は。」
              ラッセルの言葉に、アーチャーは補足する。
              「はい。フルメタル王国の国王、アルフォンス・エルリック陛下の
              一つ上の姉姫だとか。病弱との噂は聞いていますが、
              それ以外は・・・。」
              アーチャーの言葉に、ラッセルは腕を組む。
              「ほう?病弱の姫が、あのマスタング王の妃にか?政略結婚とは
              いえ、憐れだな。」
              人を全く信用しない男の妻にならなければならない、病弱の姫。
              王族に生まれた宿命とはいえ、あまりにも憐れだ。
              自分ですら、ロイの底冷えする冷たい視線を嫌悪するのだ。
              病弱の姫には、毒にしかならないだろう。
              「アルフォンス陛下の一つ上か・・・・・。」
              という事は、相手は自分より一つ年上の16歳。マスタング王は、
              今年30歳になるはずだ。政略結婚というより、人質の意味合いの
              方が強いだろう。人生これからという時に、マスタング王の後宮と
              いう名の牢獄へ入らなければならない、まだ見ぬエドワード姫を
              ラッセルは、憐れと思った。








               「ロイ〜。はい!アーン。」
               ほんの一週間前に結婚したばかりの新婚カップルは、
               今日も朝から周囲を気にせず、ベッタリとくっついていた。
               「おいしいよ・・・・。エディ。」
               ロイは、膝の上に乗せた新妻を、きつく抱きしめながら、
               柔らかな黄金の髪をうっとりと撫でる。
               「次は、どれが食べたい?」
               と首を傾げながら尋ねるエドに、ロイは満面の笑みを浮かべ
               ると、そっと耳元で囁く。
               「私はエディがたべ・・・・・。」
               「陛下。馬鹿なことを言っていないで、さっさと仕事して下さい。」
               皆まで言わせず、いつの間に来たのか、ホークアイが、ロイの
               後頭部をパコンとハリセンで叩いた。本来ならば、銃で脅したい
               ところだが、必要以上にベッタリとエドに張り付いている為、
               もしも、万が一、流れ弾がエドに当たってしまっては一大事と、
               ホークアイは、対ロイの武器として、銃からハリセンへと
               変えたのだった。ちなみに、一週間前から使用しているのだが、
               既にボロボロとなってしまった為、二代目は、もっと強度のある
               紙にしようと、部下に開発を依頼していたりする。
               「ロイ!?」
               エドの肩に顔を埋めて、痛みから立ち直ろうとするロイに、
               エドは慌ててロイの身体を支えようとするが、それよりも
               先に、ホークアイの二度目のハリセンが、ロイの後頭部に
               容赦なく振り下ろされる。
               「陛下。そろそろ休憩は終わりです。速やかにお戻り下さい。」
               「ふえ!?リザ姉様?」
               1人オロオロするエドに、ホークアイは蕩けるような笑みを浮かべ、
               ロイからエドを無理矢理引き離す。
               「さあ、王妃様は、これから私とご一緒にお喋り、もとい、お妃教育で
               すので。」
               そう言って、目を白黒させるエドを伴って、ホークアイは嬉々として
               部屋から出て行こうとするが、その前に、ロイのちょっと待った
               コールが響き渡る。
               「ちょっと待った!!エディを連れて行くことは、許さん!!」
               背中には焔が天井高く舞っており、ロイはホークアイを睨みつける。
               いつも良いところで、ホークアイに邪魔され、ロイは既に我慢の
               限界だった。もっとも、ホークアイに言わせれば、仕事もせずに
               遊んでいるほうが悪い!ということになる。
               「・・・・陛下。お妃教育は、エドちゃんにとって、最重要課題です。」
               邪魔をするなと、目で制するホークアイに、ロイは不服そうな顔をする。
               「エディは、飲み込みが早く、全てのカリキュラムを三日間で
               覚えたという報告を受けているが?」
               その言葉に、ホークアイは、内心、誰がチクッたのかと、舌打ちする。
               後で見つけ出して、厳重注意をしなければと、頭の中のチェックリストに
               書き込む。
               「・・・・確かに通常のものは、全てマスターされております。」
               ホークアイの言葉に、ロイは満足そうに頷く。
               「では、命令だ。エディを私に返したまえ。」
               フフフと笑うロイに、ホークアイはニッコリと微笑む。
               「陛下。通常のものと、私は言いました。」
               ホークアイの言葉に、ロイは怪訝そうな顔をする。
               そんなロイに、ホークアイは勝ち誇った笑みを浮かべ、見せ付ける
               ように、エドの身体を引き寄せる。
               「・・・・明日から、各国から結婚のお祝いの使者が多数訪れます。
               それについての作法、ドレスなど、最終調整が必要なのです。」
               判ったら、邪魔をするなと言うホークアイに、ロイは目を輝かせる。
               「何!?ドレスだと?何故私に声をかけん!!エディの服や
               アクセサリー等は、全て私が決めると命じたはずだ。」
               ロイの言葉に、ホークアイのこめかみがピクピク引き攣る。
               「陛下のお手を煩わせることはないかと。」
               「何を言う!妻を着飾らせるのは、夫の特権だ!!」
               当事者のエドを無視して、口論するロイとホークアイに、エドは
               困惑気味にホークアイを見上げる。
               「リザ姉様・・・・・。」
               不安そうなエドに、ホークアイはニッコリと微笑む。
               「ああ、ごめんなさいね。さぁ、行きましょうか。」
               ホークアイは、さっさとロイとの口論を一方的に打ち切ると、
               エドの肩に手を置こうとするが、それよりも前に、エドをロイに
               奪われる。
               「陛下?どういうおつもりで?」
               途端、ホークアイからドス黒いオーラが放たれる。
               「式典の打ち合わせであろう?私も一緒に行くぞ。エディも、
               私と一緒の方が嬉しいと言っていることだし。」
               そう言って、ロイはエドを抱き抱えると、そのまま部屋を出て行く。
               「・・・・仕方ないわね。」
               なんと言っても、2人は新婚で、しかも、数々の試練を乗り越えて、
               漸く結ばれたのだ。少しでも長く一緒にいたいと思うのは、当然の
               事である。ホークアイはクスリと微笑むと、ゆっくりと2人の後を
               追いかけた。




               


               「ふにゅ・・・・・?」
               夜中、ふと目を覚ましたエドは、眠い目を擦りながら、
               身体を起こそうとしたが、自分の腰に、腕が纏わりついて
               いる事に、一気に眠気が醒める。
               「!!」
               途端、先程までのロイとの情事を思い出し、真っ赤になって、
               慌ててロイから離れようとする。しかし、本当に眠っているのかと
               疑いたくなるように、ロイの拘束が強まる。
               「もう!!」
               先程まで散々ロイに酷使された身体は、早々に根を上げて、
               再びロイの胸に倒れこむ。途端、安心したように、ロイは
               エドの身体を自分の方に引き寄せると、まるで壊れ物でも
               扱っているように、優しく抱きしめる。エドは、真っ赤になりながら、
               至近距離にある、ロイの寝顔をじっと見つめる。ロイと寝室を
               共にするようになって、まだ一週間。毎夜ロイによって酷使されて
               いる為、ロイよりも早く眠り、ロイよりも遅く起きる事になる。散々
               自分の寝顔をロイに見られているのに、未だにロイの寝顔を
               見たことがなかったエドは、それが唯一の不満だった。それが、
               偶然ロイの寝顔が見れて、エドは自分では、気がつかないが、
               実際、かなり浮かれていた。そっと手を伸ばして、額にかかって
               いる前髪を掻き上げて、じっくりとロイの寝顔を堪能する。
               「ロイって・・・・・子どもみたいな顔で眠るんだ・・・・。」
               そのあどけない寝顔に、自分がロイの安らぎになっているのだと
               言われているような気がして、エドは嬉しくなって、ロイの頬に
               そっと唇を寄せる。
               「へへっ。明日、俺頑張るね!」
               エドは、ゆっくりと唇を離すと、ニッコリと微笑む。途端、きつく
               抱きしめられて、気がつくと、ロイに深く口付けられていた。
               「・・・・エディ。どうせなら、唇がいい。」
               自分の耳元でそう囁くロイに、エドは真っ赤になりながら、上目遣いで
               ロイを睨む。
               「何時から起きてたんだよ・・・・・。」
               プクリと頬を膨らませる姿も可愛い妻の様子に、ロイは頬に
               キスを送りながら、耳元で囁く。
               「君が私から離れようとした時からだよ・・・・。」
               「ふにょ!!み・・・耳に息をかけるな!!」
               半分涙目になるエドに、ロイはニヤリと笑う。
               「君は耳が弱かったね・・・。」
               ますます耳元で息を吹きかけられ、エドは真っ赤になったまま、
               どうしていいか判らずに、固まってしまう。そんなエドの様子に、
               ロイはクスクス笑う。
               「笑うな〜。」
               真っ赤な顔のエドを、ロイは優しく抱きしめる。
               「愛している。エディ。」
               「・・・・・俺も。」
               照れている初々しいエドに、ロイは幸せそうに微笑むと、そっと
               キスを送った。