月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

              月華恋歌       

 

                         第3話

  

 

 

 

 

                  まだ幼かった頃、乳母にせがんで話してもらった、
                  物語。
                  幼い王子に自分を重ね合わせ、まるで自分が
                  敵を倒して民を安住の地へ導く勇者のような気がして、
                  ドキドキしたのを覚えている。
                  何時の日か、
                  黄金の髪と
                  黄金の瞳を持つ、
                  エルリック王家の姫【鋼姫】を倒し、
                  平和へと導くと・・・・・・。






                  「・・・セル王子・・・・。ラッセル王子!!」
                  ぼんやりとしていたラッセルは、アーチャーの声に、
                  ハッと我に返った。
                  「・・・・なんだ?」
                  不機嫌そうな顔で振り返る王子に、アーチャーは、
                  チラリとラッセルがじっと見つめていたエドを一瞥
                  すると、小声で話しかける。
                  「王子。あまりエドワード王妃を見つめるのは、
                  どうかと思いますが。・・・先程から、マスタング王の
                  嫉妬を含んだ眼差しがコチラを向いています。
                  ご注意を。」
                  途端、カッと頬を紅く染める。
                  「・・・・・考え事をしていただけだ。別に王妃を見ていた
                  訳ではない。それよりも、各国の王妃への評価はどうだ?」
                  ラッセルの言葉に、アーチャーは、先程収集した情報を
                  ラッセルに示す。
                  「概ね好評ですね。最も、マスタング王の後宮入りを狙って
                  いる姫君には、酷評ではありますが。」
                  「ふん。姫君達の嫉妬などどうでもいい。・・・・・そうか。
                  王妃は受け入れられたのか・・・・。」
                  小声で呟くラッセルに、アーチャーは、クスリと笑う。
                  「【鋼姫】ですか?」
                  ピクリと身体を揺らすラッセルに、アーチャーは、意地の悪い
                  笑みを浮かべた。
                  「王妃がエルリック王家出身で、黄金の髪に黄金の瞳
                  の持ち主だからと言って、【鋼姫】であるという証拠には
                  ならないと思いますが?第一、あれはただの御伽噺です。」
                  言外に、まだまだ子どもですねと言われ、ラッセルは
                  ムッとして、回りにいる人を掻き分けるように、アーチャーから
                  離れた。
                  「まぁ、あながち外れではありませんがね・・・・・。」
                  アーチャーは、そう呟くと、エドを舐めるように見つめながら、
                  ニヤリと笑った。









                  「どうやら、心配していた事にはならなかったようだな。」
                  「ええ。まぁ、別の意味では心配通りですけどね。」
                  舞踏会の会場の隅の壁の前に立ちながら、今は
                  フルメタル王国の宰相となったハボックと、国王のアルフォンスが、
                  じっとマスタング夫妻を見つめる。エルリック王家の出身で、
                  しかも、黄金の髪と瞳を持つエドワードに、【鋼姫】を連想され、
                  エドが傷付くのではと、2人は危惧していたのだった。流石に、
                  古くから続いている国の使者の中には、エドを一目見て
                  嫌悪を露にした視線を向けていたが、やがてエドの人柄を
                  知るにつれ、すっかりエドのフアンになってしまったのは、
                  2人にとって、嬉しい誤算だった。よっぽど性格が曲がっていない
                  限り、あの氷の心を持つと されるロイの心を溶かしたエドに、
                  敵意を持ち続けるのは、無理な話だった。今も、各国の使者と
                  談笑しているエドとロイを取り囲むように、遠くから、エドに
                  一目惚れをしたと思われる、国王の名代として来ている、
                  王子達が、エドに熱い視線を送っており、それを牽制するかの
                  ように、ロイはますますエドの身体を自分に引き寄せている。
                  そんなロイの予想通りの行動に、アルとハボックは同時に
                  ため息をつく。ホークアイの苦労に同情した為だ。
                  「?なんか、入り口が騒がしいですね。」
                  ふと、入り口から洩れるため息に、アルの意識は、
                  姉夫婦から会場の入り口へ向かう。
                  「・・・・随分派手な女の人ですね。」
                  現れたのは、銀の髪を最新流行に結い上げ、豊満な胸を
                  強調したドレスを身に纏った、派手な女性だった。
                  姉の清楚で慎ましやかな服装とは対照的な、ゴテゴテとした
                  装飾に、アルは眉を顰める。
                  「ああ、あれは、確か、ラグール王国の第一王女じゃなかったか?
                  確か名前は・・・・・サラ・イサフェナ・ヴァルロ王女。」
                  「へえ・・・あの、吟遊詩人がこぞって、大陸一の美姫と、
                  絶賛しているという?・・・・・あの程度で?」
                  物心つく前から、エドワードという、絶世の美少女を見慣れている
                  アルにとって、サラ・イサフェナ王女のどこが、大陸一の美姫
                  かと、首を傾げる。そんなアルにハボックは苦笑する。確かに、
                  アルの言う通りだ。身内の欲目をなくしてもお釣りがくるほど、
                  エドワードの美貌は完璧だった。ハボックは、悠然と微笑みながら
                  ロイに近づく王女に、同情の目を向ける。大陸一の美姫の
                  称号を一夜にして失くしてしまう、王女に向かって。
                  それは、多分この場にいる全員の意見でもあるのだろう。
                  明らかに、王女の姿に落胆を隠し切れないため息が、
                  あちらこちらから聞こえてきた。
                  そんな同情を込めた目で周りから見られているとは
                  気づかず、サラ・イサフェナ王女は、まるで王妃のごとく
                  悠然と微笑みながら、ゆっくりとロイに近寄る。
                  そんな王女に、ロイは面倒そうな顔で、エドから身体を
                  しぶしぶ離すと、王女の手を取り、手の甲に口付けをする。
                  「これは、サラ・イサフェナ王女。今宵もお美しい。」
                  私のエディの方が、数千倍は美しいがと、心の中で
                  呟きながら。ラグール王国は、フレイム王国の次に力が
                  ある為、下手に怒らせたくなくて、ロイは営業スマイルを
                  顔に貼り付けながら、王女に声をかける。周りから見れば、
                  バレバレのロイの態度だが、サラ・イフェナ王女は、ロイが
                  自分に魅了されたと、勘違いしたようだ。サラ・イサフェナ王女は、
                  チラリと勝ち誇った笑みを、エドに向けながら、値踏みするような
                  眼で、エドを頭から足の先まで見下ろす。小さい頃から
                  大陸一の美姫と周りから言われ続けていた王女は、
                  エドからロイを奪う事が出来ると、自信満々だった。
                  確かに、エドが類まれなる美貌を持っている事は認める。
                  しかし、エドの年齢よりも小柄な身体に、王女は
                  内心勝ったと思ったのだ。王妃の役目は、王の子どもを
                  産む事。エドの身体では、ロイが満足出来ないと、そう
                  思ったのだ。
                  「エディ。隣国、ラグール王国の第一王女、サラ・イサフェナ・
                  ヴァルロ王女だよ。」
                  ロイの紹介に、エドは微笑みながら、挨拶する。
                  「サラ・イサフェナ王女。今朝はあまりゆっくりお話出来ず、
                  残念に思っておりました。宜しければご一緒にお話でも・・・・。」
                  だが、王女はエドから視線をロイに向けると、ロイの腕に
                  凭れかかる。
                  「ロイ様・・・・。ダンスを踊って下さいませんの?」
                  エドを無視して、ロイに話しかける王女に、流石に
                  ロイを始め周りにいる人間は、批難の目を向ける。
                  特にエドの後ろに控えて護衛していたホークアイなどは、
                  外交問題になってもいいから、この王女に制裁を加えたい
                  と、本気で思っていた。
                  ロイの後宮入りを目的としていても、表向きは、ロイとエドの
                  婚儀の祝いに駆けつけた事になっているのだ。それを、
                  あからさまにエドを無視した王女の態度に、流石のロイも
                  不機嫌そうな顔で王女の手を払いのけると、蕩けるような
                  笑みを浮かべて、エドの手を取り、口付ける。
                  「エディ。そろそろ私とダンスをして欲しいのだが?」
                  「えっと・・・その・・・・。」
                  真っ赤な顔で、ロイと後ろで怒りの表情を浮かべる
                  王女を交互に見比べる。エドにしてみれば、何故王女が
                  自分を無視するのか、判らないからだ。何か自分は、
                  王女に対して、失礼な事をしたのかと、ロイに縋りつくように
                  見つめているのを、王女はまたしても勘違いした。
                  病弱で、世間から隠されるように育てられた姫に、ワルツなど
                  出来ないと思った王女は、さらにエドに恥をかかせるべく、
                  2人に話しかけた。
                  「新婚のお2人ですもの。【月華恋歌】など、いかが?」
                  王女の言葉に、周りの人間は、ハッと息を飲む。
                  大陸に古くから伝わる古代舞踊の一つで、女性パートの
                  複雑なステップの為、よほどの技術がないと、滑稽な
                  印象を与える為、今では踊る人間もなく、幻のワルツと
                  されている。とことんエドに恥をかかせようとする王女に、
                  周りの人間の目が冷たくなる。下手すると、外交問題に
                  発展するのではと、ハラハラした眼で事の成り行きを見守って
                  いる周囲の心など知らずに、ロイまでもエドに【月華恋歌】を
                  踊るように誘う。
                  「【月華恋歌】か・・・・。お互いを想い合う夫婦を表現した
                  ワルツだな。まさに私達にピッタリだ。」
                  それには、周りの人間は驚いた。何を考えて、エドを
                  窮地に追い込む事を言うのかと、今度はロイに批難の目を
                  向ける。そんな外野などお構いなしに、ロイは、片膝をつくと、
                  エドの手に口付ける。
                  「私と踊って頂けますか?エディ?」
                  真っ赤な顔で頷くエドに、ロイは嬉しそうに微笑むと、
                  エドをエスコートして、広間の中央へと誘う。
                  ホールの中央に立つ二人に、周りの人間は、好奇心
                  一杯に取り囲むように立つ。
                  静かに流れる曲に合わせて、流れるようにワルツを踊る
                  国王夫妻に、人々は感嘆の声を上げる。あまりにも複雑な
                  ステップに気を取られて、ぎこちない動きになりがちな
                  女性パートを、軽やかに、流れるようなステップを踏む
                  エドの姿に、人々は息をするのも忘れるほど、魅入る。
                  お互いがお互いしか見えない。
                  そんな2人のワルツに、人々は目が離せない。
                  今、ここに、幻のワルツ【月華恋歌】は、完全に蘇ったの
                  だった。






                  最後の一音が、静かにホールに響いたと同時に、フワリと
                  エドのドレスの裾が舞い、ワルツの終わりを告げる。
                  それを合図に、ずっと見詰め合っていたロイとエドは、
                  引き寄せられるように、ゆっくりと顔を近づける。
                  静かに口付けを交し合う2人に、人々は惜しみない拍手を
                  与え、それに驚いて真っ赤な顔でロイの胸にしがみ付く
                  エドの可愛しさに、人々はさらにエドに好感を抱く。
                  「これって、狙っていたんですかね。」
                  真っ赤な顔で自分の腕の中にいるエドを、満足そうな顔で
                  見つめるロイを見ながら、ハボックはゲッソリとした顔で
                  ため息をつく。これだけラブラブ振りを見せ付ければ、ロイの
                  後宮に入りたいと思う姫君達や、エドに淡い想いを寄せて
                  いる王子達を一掃できるだろう。ハボックの目の端に、
                  真っ青な顔でホールを出て行く、サラ・イサフェナ王女の
                  姿が映りニヤリと笑う。これで彼女はお終いだろう。もう
                  二度と彼女が持て囃される事はないはずだ。エドを
                  傷つけようとした王女に、ハボックは一片の同情もない。
                  むしろ、溜飲が下がって機嫌が良い。
                  「・・・・お2人の幸せに乾杯。」
                  ハボックは、人々の賛辞を受けているロイとエドに向かって、
                  グラスを持ち上げると、一気にワインを飲み干した。












                 「・・・・・あれは【鋼姫】のはずだろ・・・。」
                 ロイの顔を、愛しそうに上気した眼で見つめるエドの
                 美しさに、ラッセルは思わず魅入っていた。そして、
                 ワルツが終わり、まるで物語のような2人のキスシーンを
                 目の当たりにして、ラッセルは原因不明の胸の痛みを
                 感じ、逃げるようにバルコニーへとやってきた。
                 残虐非道なイメージの【鋼姫】が、ラッセルの中で
                 徐々に可憐な姫に変わっていく事に、戸惑いを覚えていた。
                 「俺はどうしたんだ!!」
                 苛立つラッセルを、天空の月が静かに照らしていた。














                「エディ。今日はお疲れ様。」
                湯浴みを終え、ボーッと月を見上げていたエドの後ろから、
                同じく湯浴みを終えたロイが、優しく抱きしめる。
                「あ・・・ロイ。」
                ハッと我に返ったエドは、恥ずかしそうにロイを見上げる。
                そんなエドにロイは口付けると、エドが見上げていた月を
                見上げる。
                「ほう。綺麗な月だな・・・・。【月】と言えば、君の【月華恋歌】は
                素晴らしかったよ。」
                事前にエドから【月華恋歌】を踊れると聞いてはいたが、
                まさかあそこまで完璧に踊れるとは思っておらず、ロイは
                ただ感心していた。
                ロイの言葉に、エドは真っ赤になって俯く。
                「あのワルツ、母様の好きなワルツなんだ・・・・。父様と母様が
                よく踊っていて・・・・あまりにも素敵だったから、強請って
                教えて貰ったんだ・・・・。」
                脳裏に浮かぶのは、皆が寝静まった夜中、サンルームで
                月の明かりのみを頼りに、幸せそうに【月華恋歌】を踊る
                両親の姿だった。まるで物語のような、幻想的な光景に、
                エドは子供心にも、自分にもいつか好きな人が出来て、
                こんな月明かりの中で踊りたいと思ったのだ。そして、その
                相手が、いつの間にかロイになっていたのは、ロイには
                内緒だ。
                「・・・・・だが、女性パートは複雑だ。良く覚えられたね。」
                そっと黄金の髪に口付けながら、ロイはエドの身体をさらに
                抱き寄せる。
                「最初は、余りにも複雑なステップで、上手く踊れなかったよ。
                でも・・・母様が・・・・。」
                「ん?」
                首を傾げるロイを、エドは真っ赤な顔で見上げる。
                「このワルツは、本当に好きな人が相手じゃないと、
                上手に踊れないって・・・・・・。」
                【月華恋歌】は、お互いを想い合う夫婦の為のワルツ。
                実際、女性パートの複雑なステップに注目がいって、
                気づかれないが、男性パートは、その複雑な女性パートを
                助けるように構成されている。だが、それは緻密に
                計算されたステップである為に、よほど息が合った
                タイミングでステップを踏まなければ、女性の動きが
                滑稽に映るという難点があった。つまり、お互いに
                信頼し合った者しか、上手く踊れないのである。
                難しい技術などいらない。ただ、相手を想う気持ちが
                あれば踊れるのだと、そう微笑んだ母は、娘の過酷な
                運命を変えてくれる人が現れる事を願っていた。
                将来、その人と娘が幸せになれるように。
                自分達と同じように【月華恋歌】を踊って欲しいと
                死ぬ直前まで祈っていた。
                エドの言葉に、一瞬ロイは眼を見開くが、直ぐに嬉しそうな顔で
                エドの唇を荒々しく塞ぐ。
                「愛している!愛している!エディ!!」
                だんだんと深くなる口付けに、エドは徐々に意識を保てずに、
                ロイにしがみ付く。
                自分の腕の中にクテンと身体を預けるエドに、ロイは幸せそうに
                微笑むと、ゆっくりと抱き上げてベットへと向かう。
                月の光の祝福を受けながら。