月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

              月華恋歌       

 

                         第5話

  

  

 

              「・・・・・・やっぱり。」
              ホークアイが青褪めた表情で告げた、エド失踪の言葉に、
              ハボックは、予感的中と肩を落とした。
              「すみません・・・・。姉さんがご迷惑をお掛けして・・・。」
              アルフォンスが恐縮していると、ホークアイが、驚いた顔で
              2人を見る。
              「もしかして・・・・2人とも知っていたの?」
              「いや。姫さんの性格なら、絶対に抜け出すと思ってな。
              今、アルと2人でなるべく姫さんから目を離さないように
              しようと話していたところだったんだ。」
              賢者の石を取り戻そうと、敵国に乗り込んだエドのこと、
              危険だからという理由だけで、はいそうですかと
              大人しくしてくれる姫なら、苦労などしない。
              「私が、もう少し早く追いついていれば・・・・・。」
              責任を感じるホークアイに、アルフォンスは慌てて首を横に振る。
              「いえ!!リザ姫のせいじゃありません!!姉さん、昔から
              かくれんぼが得意中の得意で、みんなの目を盗んでは、
              よく1人で出かけていたんです。それに、あれほど言ったにも
              関わらず、出てった姉さんの方が悪いです!!」
              何とかホークアイを宥めようとするアルに、ホークアイは
              弱々しく微笑んだ。
              「ありがとう・・・・。とにかくエドちゃんを早く見つけなければ、
              ならないわ!!彼女は錬金術を使えないのでしょう?
              危険だわ!!」
              そう言って、慌てて手配をしようと、部屋を出て行こうとする
              ホークアイを、ハボックが止める。
              「姫の行き先は、ゼノタイムだろ?だったら、俺が追いかける。」
              ハボックは椅子から立ち上がると、ポンとホークアイの肩を
              叩く。
              「直ぐに連れ戻すから、リザには、あの大きな子どもに知られない
              ように、何とかしてもらいたいんだけど。」
              「大きな子ども・・・?」
              首を傾げるアルに、ハボックはニヤリと笑う。
              「いるだろ?ここに。姫さんを片時も離さない大きな子どもが。」
              その言葉に、アルは納得したように頷く。
              新婚一週間で、妻が失踪したとあれば、あの男は何をするか
              判らない。
              「判ったわ。エドちゃんは、サラ・イサフェナ王女の看病をしている
              事にして、陛下が近づかないように、私が見張っていれば
              いいのね。」
              「ああ。じゃあ頼んだ・・・・・。」
              だが、ハボック達の思惑は、直ぐに外れることになる。
              その時、荒々しく扉を開けて、ロイが青褪めた顔で入ってきたのだ。
              「エディ!!エディは何処だ!!」
              切羽詰ったロイの様子に、ホークアイは内心冷や汗を流しながら、
              表面上は冷静に対応する。
              「エドちゃんは王女の看病をなさっています。陛下は犯人を捕まえる
              為にも、速やかに仕事にお戻り・・・・・。」
              「見え透いた嘘をつくな!!エディはこの城から出たのであろう!!」
              ホークアイの言葉を遮ると、ロイはイライラとしながら叫ぶ。
              「なんで!?」
              知っているのかと、思わず叫びかけたホークアイに、ロイは辛そうな顔を
              する。
              「この城からエディの気配が消えた・・・・・。」
              ロイは俯くと、ギュッと目を瞑る。
              「あの子がいないと・・・・・私は不安で押しつぶされる。」
              ロイはキッと顔を上げると、ホークアイを見た。
              「エディは・・・ゼノタイムか?」
              「恐らくは・・・・・。」
              頷くホークアイに、ロイは思いつめた顔で部屋を出て行こうとする。
              「お待ち下さい!!エドちゃんはジャンが連れ戻しに行きます!!」
              ホークアイの言葉に、ロイはピタリと立ち止まると、肩越しに振り返る。
              「エディは私の妻だ。妻を迎えに行って何が悪い?」
              「陛下・・・・・。国王であるという自覚をお持ち下さい。」
              厳しい目を向けるホークアイに、ロイはクスリと笑う。
              「国王・・・か。国王ならば、国民のお手本にならなければならんな。」
              「大人しく玉座に座って頂けるのですね?」
              念を押すホークアイに、ロイは意地の悪い笑みを浮かべる。
              「率先して、妻を助けに行かなければな。」
              「陛下!!」
              叫ぶホークアイに、ロイは顔を歪ませる。
              「判っている!国王として軽々しく動いてはならない事くらい!!
              だが、私は後悔したくないんだ。」
              脳裏に浮かぶのは、腕の中でぐったりとしたエドの姿だった。
              あの時の恐怖が、未だにロイの心を捉えて離さない。
              あの時は無事だった。だが、今度は?今度こそ、本当にエドが
              この世から去ったら、自分はもう生きていられない。側にいない
              今でさえ、足元が揺らぐほど恐怖が全身を覆っているのだから。
              「今回の事件は、全て【鋼姫】が大きく関わっている。あの子は、
              自らを囮にして、犯人を捕まえる気だ!!そうなれば、必ず
              心を痛める。いや!今でさえ、サラ・イサフェナ王女を巻き込んだと、
              自分を責めているに違いない!!彼女に・・・・エディ1人に辛い
              思いをさせたくないんだ!私はエディの支えになりたいんだよ。
              あの子がずっと私の支えでいてくれているように。」
              あの子を抱きしめる為に、行かせて欲しいと頭を下げるロイに、
              何も言えず皆黙り込む。
              「マスタング陛下・・・・いえ、ロイ義兄さん。」
              長い沈黙を破って、神妙な顔のアルが一歩前に出る。
              「・・・・・ふつつかな姉ですが、宜しくお願いします。」
              「アルフォンス・・・・・。」
              頭を下げるアルに、ロイはハッと顔を上げる。
              「・・・・・帰りましたら、ご夫婦揃ってお説教させて頂きます。」
              憮然とした顔のホークアイの言葉に、ロイは嬉しそうに微笑む。
              「ありがとう!!」
              ロイはもう一度頭を下げると、慌てて部屋から飛び出していった。






              「さってと・・・・どうやって潜り込もうかな。」
              フレイム王国の国境近くの森の中、エドの予想通り、ゼノタイム
              の一行は休憩を取るようだ。バタバタと従者達が慌しく
              走り回っている中、エドはどうやって一行に潜り込もうかと
              思案していた。
              「ドクターマルコーが同乗していると思ったのに・・・。」
              オリヴェーナ草は、貴重な上、摘むと直ぐに鮮度が落ちてしまう。
              鮮度が落ちると、残念な事に薬草としての効果が無くなって
              しまう事が、この草の厄介なところだ。よって、オリヴェーナ草を
              扱うには、細心の注意が必要で、中和剤を作る為に、
              サラ・イサフェナ王女の症状を、一番良く知っているマルコーが、
              ゼノタイムの一行に同行していると思っていたのだが、
              どうやら違ったようだ。マルコーに助手と称して、一行に紛れ込む
              事が出来るように、頼むつもりだったエドは、当てが外れて、
              困惑する。
              「こんな事なら事前にドクターに頼んでおくんだった・・・・。
              でもそうすると、知られてしまうし・・・・・。」
              ガックリと肩を落とすエドの後ろから声がかかる。
              「誰に知られると?」
              「決まってるだろ!ロイだって・・・・ば・・・・・。」
              そこで、エドは自分にかけられた声が、とても良く知っている事に
              気づき、恐る恐る背後を振り返る。
              「やあ。エディ。」
              にこやかに微笑んでいるのは、ここにいるはずもない人間で。
              その後ろには、驚いた顔のゼノタイムの王子、ラッセル・トリンガムと
              心配そうな顔をした、ドクターマルコーが立っていた。
              「あ・・・あの・・・その・・・・・。これは・・・・・。」
              目の前で微笑んでいる人間が、実はとてつもなく怒っている事に
              気づいたエドは、ジリジリと後ろに下がると、そのまま駆け出そうと
              したが、その前に、腕を取られ引き寄せられる。
              「良かった・・・・・。無事で・・・・・・。」
              荒々しく唇を奪われたエドは、口移しで何かを飲まされ、気づいた時
              には、霞む視界の先に、泣きそうな顔で自分をじっと見つめている
              ロイの顔を見つけ、そのまま意識を手放した。
              「陛下・・・・・。」
              ガクリと身体を沈ませるエドを、ロイは軽々と抱き上げると、後ろを
              振り返る。心配げに見つめるマルコーに、ロイは無言で頷くと、
              チラリと視線をラッセルに向ける。
              「直ぐにここを発つ。いくぞ!」
              そのままエドを抱いたまま、馬車へと歩いていく。
              慌ててその後を追うマルコーの後姿を、ぼんやりと眺めながら、
              ラッセルは、青褪めた表情で見つめた。
              「何故。【鋼姫】がここに・・・・・。」
              ラッセルの呟きは、誰の耳にも届かなかった。








              「・・・・ラッセル。あまり私のエディを見ないで
              欲しいのだが?」
              嬉々として眠っている愛しい王妃を抱きしめながら、
              フレイム王国の国王陛下は、他国の王族の所有する
              馬車の中にいるにも関わらず、我が物顔で座ると、
              目の前で惚けているラッセルを、鋭い視線で睨み付ける。
              ”別に見てない!!”
              そう、心の中で叫ぶラッセルだったが、悲しいかな。
              人生経験においても、権力においても、全て
              ロイに叶わないラッセルは、慌てて視線をエドから逸らせる。
              「う・・・ん・・・?」
              エドが寝ぼけながら、ロイにしがみ付くのを、ロイは
              蕩けるような笑みを浮かべて、優しくエドの身体を
              抱きしめる。
              そんなロイの様子に、ラッセルは、ため息をつく。
              「どうして、【鋼姫】にそんな顔が出来るのですかね・・・・・・。」
              小声で呟いたつもりが、相当イライラしていたのだろう。
              自分でも思ってもみない、声の大きさに、ラッセルは
              しまった!とロイを見る。妻を激愛しているロイに、
              殺されるかもと、なかば恐慌状態で、ラッセルは
              顔を青褪める。だが、激昂するかと思われていた
              ロイは、予想に反して、静かにラッセルを見つめていた。
              その事に、ラッセルが驚いて目を見開いていると、
              ロイは探るような目でラッセルを見つめる。
              「・・・・・ずっと疑問に思っていた。何故、貴様は
              【鋼姫】に対して、必要以上に攻撃に出る?」
              「そ・・・そんな事は・・・・。」
              ありませんという言葉は、ロイの鋭い眼光によって阻まれる。
              「・・・まぁ、私も人の事が言えんがな・・・・・。」
              ロイは、そう言うと、ラッセルからエドに視線を移し、愛しそうに
              乱れたエドの前髪を直す。
              「私も【鋼姫】に対して、恐怖を覚えていた。事実上、フルメタル
              王国を侵攻した私に、【鋼姫】の怒りが降りかかると、本気で
              信じていた。・・・・・・真実を知らずに。」
              ロイの言葉に、ラッセルは訝しげな目をする。
              「【真実】・・・・・?」
              ロイは、それ以上言う気がないのか、無言でじっとエドを
              見続ける。そのどこか痛ましいロイの表情に、ラッセルはかける
              言葉も見つからずに、そっと視線を窓に移す。
              「・・・・ゼノタイム王国では、【鋼姫】は、どのように伝わっている
              のかね?」
              唐突に、ロイに話しかけられ、ラッセルは一瞬戸惑うように、
              視線を下に落とす。まさか、【鋼姫】の目の前で言える筈もなく、
              ラッセルはどのように誤魔化そうかと、頭を悩ませる。
              「エディの事を気にしているのならば、心配無用だ。先程、睡眠薬を
              飲ませたから、当分目を覚ますことはない。」
              「一体、いつの間に!!」
              驚いて顔を上げるラッセルに、ロイはニヤリと笑う。
              「勿論、口移しだが?」
              ロイの言葉に、先程の熱烈なキスを思い出し、ラッセルは、真っ赤に
              なって下を向く。そんなラッセルの初々しい姿に、ロイは苦笑する。
              半分以上ラッセルへの牽制を含んでいたのだが、この様子では、
              自分の目を盗んで、エドに手を出す事はないだろう。ロイは内心
              笑みを浮かべる。
              「・・・・・これは・・・ゼノタイムというより、私の乳母が良く話をして
              くれた古い昔話です。」
              ラッセルは、ロイの視線に耐え切れず、ゆっくりと話し始めた。
              「今は砂漠と化していたその地は、かつて、大陸で
              最も栄華を極めていた、水の王国があったそうです。
              その為、その国の繁栄を妬んだ、隣国の王女である
              【鋼姫】が、月の魔力を借りて、その国を一夜にして、
              砂漠へ変えて、その国を滅ぼした。
              辛うじて生き残った人間の中に、滅ぼされた王の末の
              息子がいて、人々は、王子を守りながら、その地を後にした。
              いつの日か、王子が【鋼姫】を倒し、自分達を再び【祖国】へ
              導く事を祈って・・・・・。」
              ラッセルは、チラリとロイを見る。
              「・・・・それが【鋼姫伝説】なのか・・・?」
              対するロイは、真剣な顔でラッセルを見ていた。
              「一般的な【鋼姫】伝説と違うな。第一、王子が生き残っている話など、
              聞いた事がない。」
              考え込むロイに、ラッセルは驚いた顔をする。
              それに追い討ちをかけるように、ロイは話を続ける。
              「それに、【鋼姫】が隣国を滅ぼしたのは、その国に侵攻された
              からだ。決して繁栄を妬んでのことではない。」
              「・・・・・・・・・。」
              黙りこむラッセルに、ロイはため息をつく。
              「もっとも、それも【真実】ではないがな。」
              ロイの意味深な言葉に、ラッセルは眉を顰める。
              「・・・あなたは、【真実】を知っている・・・とでも?」
              ラッセルの問いに、ロイは自嘲した笑みを浮かべる。
              「ああ・・・悲しい【真実】を・・・・な・・・・。」
              「それは一体・・・・・。」
              ラッセルの問いに、ロイは鋭い視線を向ける。
              「最初の問いに答えてもらおうか。何故そこまで【鋼姫】に
              対して攻撃的なのかね?」
              ロイの鋭い視線に、ラッセルは困惑する。
              「特に・・・理由は・・・・。ただ、幼い頃から聞かされ続けて
              いるので、黄金の髪と瞳というだけで、嫌悪感が先立つのです。」
              お許し下さいと頭を下げるラッセルを、ロイは暫く探るように
              見つめていたが、やがてため息をつく。
              「分かれば良い。今後、【鋼姫】とエディを重ねて見るな。」
              そう言うと、ロイは腕の中のエドを、優しく抱き直した。
              重苦しい雰囲気の2人を乗せ、馬車は、フレイム王国の
              国境をゆっくりと通過して行った。