何故だ・・・・・。
何故自分は、このような絶体絶命のピンチに
陥っているのだろうか・・・・・。
ほんの数時間前までは、このような事態に
なるとは、思いもしないラッセルは、
実逃避をしようにも、目の前の馬鹿ップルが
気になって、それすらもままならない。
今では、さっさと席を明け渡して、別の馬車に
乗っているアーチャーの素早さが恨めしい。
「ふみょ?ロイ・・・?」
数時間後、目を覚ましたエドに、ロイは蕩けるような
笑みを浮かべると、そっと額に口付ける。
「おはよう。エディ。良く眠れたかい?」
「うん・・・・・・。」
トロンとした目で頷くエドだったが、意識を失う前の
記憶が唐突に蘇り、慌ててロイから離れようと、身体を
起こしかけたが、それよりも前に、ロイはエドをきつく
抱きしめると、耳元で囁いた。
「さぁ、エディ。私に納得のいく説明をして貰おうか?」
「せ・・・説明って・・・その・・・・・。」
エドは困ったように、視線を逸らすが、その先に、
同じく困ったような顔で真っ赤な顔のゼノタイムの王子の
姿を見つけ、絶叫する。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
エドは真っ赤な顔でロイの首にしがみ付くと、恐る恐る
ラッセルを見る。
「ラッセル・・・王子が・・・・なんで・・・・・。」
「ああ、どうせ君の事だから、ゼノタイムの一行に潜り込むと
アルフォンス君が言うのでね。君を捕まえるには、
一緒にいた方が早いと思ったのだよ。」
その言葉に、エドは開いた口が塞がらない。
「い・・・い・・・一国の王が、国を離れて良いと思っている
のかーっ!!」
真っ赤になって怒鳴るエドに、ロイも冷たい光を称えた
瞳を向ける。
「その言葉をそっくり君に返そう。君も一国の王妃だ。王妃が
国を・・・・国王の側から離れても良いというのかね?」
ロイの言葉に、エドは負けじと怒鳴り返す。
「俺はただ、心配で!!俺のせいで王女が・・・・・。」
エドの必死の言葉を、ロイは遮る。
「君が心配すべきなのは、他国の王女の身ではない!
私の事だけを考えてくれ!!」
そう言って、ギュッとエドを抱きしめるロイに、エドは頬を
膨らませながら文句を言う。
「何だよ!!王女の身に何かあったら、戦争が起こる
かもしれないんだぞ!!そうなったら、どうするんだよ!!」
泣きそうな顔のエドに、ロイは優しく微笑む。
「戦争にはならないよ。向こうが全面的に悪いからね。」
「はぁ?何を言って・・・・・。向こうが【鋼姫】を持ち出して
戦争を吹っかけてきたら、どうするんだよ!!」
エドの言葉に、ロイはクスリと笑う。
「王女の口から、今回の事件の詳細が語られたであろう?
君を王妃の座から引き摺り下ろし、私の妃に・・・・フレイム
王国の王妃になろうとしたと。これは、我が国に対する侮辱
だ。向こうが居もしない【鋼姫】の話を持ち出したとしても、
こちらには大勢の証人達がいる。今頃向こうの国王は、
青い顔して、ガタガタ震えている頃だろう。向こうから戦争を
仕掛ける事はないな。」
実際、大陸一の美姫と評判の姫なら、ロイの目に止まり、側室に
なるだろうと計算して、ラグール王国の国王は、姫を
ロイの婚儀の祝いの使者として、送り出した。どうせ王妃とは
政略というより、人質としての意味合いが強い。しかも、病弱で
幼いと聞いている為、余計自分の娘が、ロイの世継ぎを産む
確立が高いと思ったのだ。王にとって、自分の娘が正妃か
側室かは全く関係のない事だ。要は、自分の娘が
王の世継ぎを産む、即ち、フレイム王国に自分の血を入れる
事によって、外からフレイム王国を支配出来るか出来ないかが
重要なのだ。極端な話、王にしてみれば、娘がロイの世継ぎを
産みさえすれば、幸せだろうが不幸せだろうが関係ないのだ。
ところが、小さな頃から大陸一の美姫と甘やかされて育てられた
姫は、父王の心を知らず、常に自分が一番でなければすまない
性格から、卑劣な罠で王妃に取って代わろうとした。
それが、自国を危うくするという事が、王女には全く分かって
いなかった。今頃、ロイがいかに王妃を激愛しているか、そして、
そんな王妃を罠にかけようとした王女の仕出かした事の報告を
聞いて、ラグール王国の国王は、ロイの逆鱗に触れた自分の
国の閉ざされた未来を思い、ガタガタ震えている事だろう。
毎日、自分の娘の美しさを賛美する同じ口から、娘を呪う言葉を
吐きながら。
「・・・・君が何も心配する事はないんだ。」
ロイは、エドを抱きしめながら、耳元で囁く。
「でも・・・・・。」
まだ心配そうに顔を歪ませるエドに、ロイはクスリと笑う。
「そんなに眉を寄せると、可愛い顔が台無しだよ?エディ。」
チュッと音を立ててエドの寄っている眉に軽くキスをする
ロイに、エドは真っ赤な顔で俯く。
「・・・・・・あの・・・・・。」
延々と続くラブラブ振りに目を合わせられず、ラッセルは、
俯いたまま2人に話しかける。
すっかりラッセルの存在を忘れていたエドは、そんなラッセルの
様子に、自分達の状況を思い出し、真っ赤になって俯き、ロイは
というと、エドとのラブラブを邪魔されて、すっかりと機嫌を損ねて
敵意を込めた目でラッセルを睨みつける。
「お邪魔のようですから、俺、いえ、私は別の馬車に・・・・・。」
ボソボソと呟くラッセルに、エドは真っ赤になりながら、ふるふると
首を横に振る。
「ご・・・ごめんなさい。馬車に乗せてもらっているのに無視しちゃって。
あ・・あの!もしも良かったら、ゼノタイムの事とか、聞かせて欲しい
んですけど!!」
昨日はあまり話せなかったしと、無邪気な笑みを浮かべるエドに、
ラッセルは、ダラダラと冷や汗を流す。エドを抱きしめたまま、
氷のような眼差しを向けてくるロイを、まともに見れず、ラッセルは、
何と答えて良いのか分からず口篭る。ここで断れば、エドが悲しみ、
エドを悲しませたと、ロイの怒りに触れるだろうし、断らなければ、
断らなかったで、エドは喜ぶかもしれないが、ロイの嫉妬を受ける
事は、想像に難くない。どちらにしても、ロイの逆鱗に触れて、
生きて帰れないかもしれない。
”なんで、俺がこんな目に合わなければならないんだよ!!”
半ばやけくそ気味に、ラッセルは、ロイに向かって言う。
「と・・ところで、本当にゼノタイムまで来られるのですか?」
「何か不都合でも?」
ロイの言葉に、ラッセルは内心不都合だらけだ!と叫びながら、
ニッコリと微笑む。
「いえ、王妃様までいらっしゃるとは、思いませんでしたので、
国の要であるお二人が、揃って国外にお出でになられて、
大丈夫かと・・・・・・。」
「その事なら大丈夫だ。今の私は【近衛隊隊長】で、エディは
その妻なのだからな。王の名代として、ゼノタイムまで薬を
取りに行く事に、なんの問題もない!」
近衛隊隊長と言うわりに、誰よりも態度がでかいロイは、胸を
張って言い切る。
「はぁ・・・・・・。」
ガックリと肩を落とすラッセルに、エドは見当違いの心配をする。
「あの・・・ラッセル王子?もしかして、乗り物酔い?」
「ああ、そうみたいだな。エディ。話しかけては可哀想だ。そっと
しておいてあげよう。」
そう言うと、ロイはエドの身体を引き寄せると、そっとその柔らかい
頬にキスをして、先程の続きをする。
「くすぐったいよ〜。ロイ〜。」
新婚馬鹿ップルは、先程より更にグレードアップしたイチャつきを
し始めてしまう。
”お前ら、いい加減にしろ〜!!”
何時間も新婚馬鹿ップルのラブラブを見せ付けられたラッセルは、
あまりの甘さに胸焼けを起こし、その日の宿に着いた途端、
食事も取らずに、ベットに潜り込んだのだが、誰かの陰謀なのか、
ラッセルの隣の角部屋がロイ達の泊まる部屋であったが為に、
その夜は一睡も出来なかった。翌朝、半分眠ったままのエドを
抱きしめて、上機嫌なロイとは対称的な、憔悴しきったラッセルの
姿に、マルコーは内心同情したが、馬車を代わろうとは一言も
言わなかった。それよりも、マルコーは、アーチャーと共に馬車に
乗り込むと、無情にもラッセルを見捨てて、さっさと馬車を出したのだ。
誰だって、新婚馬鹿ップルの毒気に当てられたくはないのだ。
「どうした?乗らないのか?」
馬車の中から、ニヤニヤ笑いながら声をかけるロイに、ラッセルは
漸く自分がロイの不興を買っているのだという事に気づいたのだった。
「俺の人生短かったな・・・・・。」
ラッセルは、ドナドナをテーマ曲に、トボトボと馬車に乗り込んだ。
そして、ラッセルの想像通り、その日もロイはラッセルに
見せ付けるかのように、エドと馬車の中でイチャついくのだった。
「まさか、王妃様までいらっしゃると思いませんでしたよ。」
窓の外を眺めていたマルコーは、アーチャーのどこか
楽しそうな声に、ふと顔を向ける。
「ところで、何故王妃様まで来られたのか、そろそろ本当の
事を教えて頂けませんか?」
スッと目を細めるアーチャーに、マルコーは、クスリと笑う。
「さぁ・・・・。私も何故王妃様がいらしたのか存知あげません。
ただ・・・・。」
「ただ?」
アーチャーの目がキラリと光ったが、マルコーは気づかない振りを
して言葉を繋げる。
「新婚のお2人ですから、離れたくなかったのでは?」
「た・・・確かに・・・そう・・・でしょう・・・なぁ・・・。」
ずっとラブラブなオーラを撒き散らす2人と、憔悴しきったラッセルの
様子を思いだし、アーチャーは引き攣った笑みを浮かべる。
「ところで、王妃様は病弱であるとか・・・。このような長旅に
出ても大丈夫でしょうか?」
探るようなアーチャーの言葉に、マルコーは微笑みながら答える。
「別にエドワード様は病弱ではありませんよ?ただ、エドワード様の
父君、今は亡き、フルメタル国王ホーエンハイム陛下が、エドワード様を
激愛されておりまして、絶対に嫁には出さん!!と世間から
隠すように育てられたのです。ですが皮肉ですよね。その王が
フレイム王国で病気になり、それが縁で、マスタング陛下と
エドワード様が出逢われたのですから・・・・・。」
マルコーの言葉に、アーチャーは、おや?と眉を顰める。
だが、それは一瞬で、直ぐに人の良い笑みを浮かべる。
「そうでしたか・・・・。噂とは当てにならないものですね。」
「ええ・・・・。確かに、噂ほど当てにならないものはありません。
中には、エドワード様を【鋼姫】なのではと、邪推する輩が
おりましてな。黄金の髪と黄金の瞳を持つ人間など、この大陸に、
大勢おりますのに・・・・・・。」
そう言って、マルコーは、深いため息をつく。
「・・・ところで、ゼノタイムの国に黒髪とは珍しいですが・・・・。
失礼ですが、移民の方なのですか?」
興味津々とアーチャーを見つめるマルコーに、アーチャーは
苦笑する。
「これでも、代々宰相を務める家柄の出ですが?まぁ・・・・先祖に
他国の人間の血は混じっているかもしれませんが・・・・。」
その言葉に、マルコーは、深々と頭を下げる。
「いや!これは申し訳ない。年寄りの戯言と軽く流して頂けると、
嬉しいのですが・・・・・・。」
「いえ。私は気にしていませんよ?この黒髪は、私にとって
最も誇りのある事ですから・・・・・。」
そう言って、ニッコリと笑うアーチャーは、マルコーが探るように、じっと
自分を観察している事に、気づかなかった。