月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第8話

  

  

 

            主婦だーーーーーーーー!!と叫ぶ女性に、
            だから何なの?とツッコミをしたいところだが、
            それすらも許されない雰囲気を、女性は醸し出していた。
            ”この人・・・・只者じゃない!!”
            知らず、ホークアイの額に汗が滲み出る。
            ホークアイはゆっくりと銃に手を伸ばしかけるが、その前に、
            女性は腕を組むと、鋭い眼光をホークアイに向ける。
            「アンタが、この城の人間かい?ロリコン王はどこだ!!」
            叫ぶ女性に、一瞬ホークアイは惚けた。
            「は?ロリコン?」
            ホークアイの中で、ロリコンという言葉とイコールで繋がれる
            人間は、ただ1人しかいない。
            「陛下と・・・マスタング王とお知り合いですか?」
            そんな事はないと知りつつも、つい確認をしてしまう。
            「師匠(せんせい)!!待ってください!!落ち着いて!!」
            そこを慌てて部屋に飛び込んできたのは、アルフォンスだった。
            アルは、ホークアイと女性の間に入ると、必死に女性を宥める。
            「アル。私は落ち着いている。むしろ、落ち着かなければならない
            のは、お前の方だ。」
            ギロリと女性に睨まれ、アルは一瞬ビクリと身体を竦ませる。
            「ったく!!一体ロリコン王はどこにいるんだ!!もう目ぼしい所は
            全て捜したというのに!!」
            一発殴らなければ気がすまん!!と指をボキボキ鳴らす女性と、
            その様子に震え上がっているアルを交互に見比べながら、ホークアイは
            ため息をつく。
            「とりあえず、別室でお茶をどうぞ。」
            ホークアイは部下に後を任せると、女性とアルを伴い、取り合えず
            ロイの執務室へと向かった。



            「イズミ・カーティス。エドとアルの教師だ。」
            イズミと名乗った女性は、ホークアイが煎れた紅茶を一口飲むと、
            アルを睨みつける。
            「大体、お前がもっとしっかりしていないから、エドが借金の形に
            結婚しなければならなかったんだぞ!!」
            「ぶはっ!!」
            イズミの言葉に、アルは盛大に紅茶を噴出すと、慌てて椅子から
            立ち上がった。
            「ちょ!!借金って何ですか!!」
            「違うのか?今、色々な噂で持ちきりだぞ。」
            首を傾げるイズミに、ホークアイは眉を顰める。
            「・・・・エドワードちゃん、いえ、王妃様がこちらにお興し入れの際に、
            人質としての意味合いが強いという噂ならば、聞いた事がある
            のですが・・・・。」
            そこで一旦言葉を切ると、じっとイズミを見つめる。
            「一体、どのような噂が飛び交っているのでしょうか?」
            「多種多様だな。最もポピュラーなのは、フルメタル王国の姫に
            一目惚れしたマスタング王が、姫の父親であるホーエンハイム王を
            幽閉し、わざと借金を作らせて、それをネタに結婚を迫ったという
            のだが・・・・。」
            違うのか?もし本当なら、一発殴ろうと思って来たのだが。と言う
            イズミに、ホークアイとアルフォンスが同時にため息をつく。
            「借金と脅してという事を除けば、ほぼ合っていますね。」
            アルの言葉に、イズミはピクリと眉を上げる。
            「やはり・・・本当の事なんだな?」
            ゴゴゴゴ・・・・と、凄まじいまでの黒いオーラを発するイズミに、アルは
            半泣き状態で首を横に振る。
            「いえ!借金なんてないですし、別に脅されて結婚した訳では・・!!」
            「では、何故エドは結婚したんだ?それも他国の王と!!エドは
            世間に隠されていたはずだ。」
            イズミの言葉に、アルは言い澱む。話は【鋼姫】から始めなければなら
            ない。いくら師匠とは言え、そこまで話して良いものかと、アルは
            項垂れていると、イズミは静かに言う。
            「・・・・まさかと思うが・・・マスタング王が、エドの・・・【鋼姫】の
            呪いを解いた・・・とでも?」
            ハッと顔を上げるアルをイズミは静かな眼差しで見つめる。
            「話せ。アル。今起こっている事も全て。」
            腕を組んで眼を閉じるイズミに、アルは神妙な顔で頷くと、話し始めた。



            「なるほど・・・・。そういう事か。」
            全てを聞き終えたイズミは、閉じていた眼を開けると、じっと
            アルを見つめた。
            「はい。ロイ義兄さんと姉さんは、相思相愛の馬鹿ップルです!!」
            言い切るアルに、イズミはため息をつく。
            「まさか・・・よりにもよって、マスタング王、いや、フレイム王国の
            王が【呪い】を解くとはな・・・・・。歴史とは皮肉だな。」
            自嘲するイズミの言葉を、ホークアイは聞きとがめる。
            「それは一体、どういう意味でしょうか?確かにこの国はフルメタル
            王国に攻め入りました。しかし、だからと言って・・・・。」
            「攻め込んだ事を言っているんじゃないよ。私が言っているのは、
            別の事・・・・・血筋の事なんだよ。」
            イズミの言葉に、アルは首を傾げる。
            「血筋・・・・ですか?」
            「・・・・私が何故全国を旅しているのか、知っているか?」
            唐突なイズミの質問に、やや面食らいながらも、アルは答える。
            「・・・・趣味?」
            「いや?頼まれたのさ。ホーエンハイム王に。」
            その言葉に、アルは驚きに目を見開く。
            「エドの呪いを解く為に、力を貸して欲しいと、ホーエンハイム王に
            土下座をされた時には、流石の私も驚いたね。もしも、16歳を
            迎える前に、エドの呪いを解こうとする者が現れなかった場合を
            考えて、それ以外でも呪いが解ける方法を探して欲しいと。」
            「父さんが・・・・・。」
            驚くアルに、イズミは大きく頷く。
            「旅の中で、色々な噂を聞いた。その中に、我々の知っている
            【鋼姫】伝説の後日談のような話を聞いた事がある。」
            イズミの言葉に、ホークアイの目がキラリと光る。
            「生き残った王子のお話ですね?」
            「ああ。その王子の母親というのが、フレイム王国の王女だった
            という話は知っているか?」
            驚きに眼を瞠るホークアイに、イズミは神妙な顔で頷く。
            「滅ぼされた王子と同じ血脈にある王が、【鋼姫】の呪いを
            解くとは、何とも皮肉な話ではないか。」
            イズミは、ふと何かに気づいたように、顔を顰める。
            「もしも・・・今回の事件にその【王子】の一族が関わっていると
            なったら・・・・・事は、【鋼姫】だけの問題ではなくなるかも
            しれない。」
            「それって、どういう事ですか?」
            首を傾げるアルに、イズミは気のせいなら良いのだがと、口を
            開きかけた時、荒々しく扉が開かれ、兵士が1人飛び込んできた。
            「申し上げます!先程捉えた女官が、自殺を図り、ただ今意識不明の
            重体です!!」
            その報告に、ホークアイの表情が強張った。
            


            「ったく!何だと言うのだ!あの噂は!!」
            夕食の為、途中の町に立ち寄ったのだが、そこでロイは自分と
            エドの結婚に対して、面白くない噂を聞き、酷く憤慨していた。
            「誰がロリコンで、借金の形にエディを無理矢理手に入れたと
            いうのだ!私とエディは相思相愛だ!!」
            怒り狂うロイを、マルコーは青い顔をして宥める。
            「陛下!落ち着いて下さい!!ここはフレイム王国ではございません!
            正しく伝わらなくても、致し方ないかと・・・・。」
            「では、ラッセルに、正しく伝えるように命じよう。」
            そこでロイはふと顔を上げると、青褪めた顔で俯いているエドに
            気づく。
            「エディ?どうしたんだい?」
            シュンとなっているエドに、ロイは優しく尋ねる。
            「・・・・俺、やっぱロイに相応しくないのかな・・・。」
            「何を言うんだね!エディ!!私達は大陸いや、この世界で
            一番のベストカップルなのだぞ!!」
            ロイは、エドを抱きしめると、顔を覗き込む。
            「一体、何を言われたんだね?」
            「・・・・エルリック王家の姫は【鋼姫】。その魔力でマスタング王を
            虜にし、世界を破滅へと導く・・・・。」
            エドの言葉に、ロイは驚いてその両肩に手を置くと、激しく
            揺さぶる。
            「誰だ!!誰がそんな事を!!」
            「陛下!王妃様がお可哀想です!!」
            慌てて止めに入るマルコーに、漸く自分がエドを責めている事に
            気づいたロイは、慌ててエドの身体を抱きしめる。
            「すまない。エディ。君を責めている訳じゃないんだよ・・・。ただ、
            驚いて・・・・。」
            「別に怒ってない。俺はただ・・・・・恐いんだ・・・・。変だよな。
            そんなの・・・。俺にはロイがいるし、恐い事なんか何にも
            ないのに・・・・・。」
            ギュッとロイの背中に腕を回すエドに、ロイはあやす様に顔中に
            口付ける。
            「愛している。君はもう【鋼姫】じゃないんだよ。私の妻なんだ。
            だから、過去の亡霊に囚われないでくれ。」
            ロイは、きつくエドを抱きしめながら、マルコーに鋭い視線を送る。
            「ラッセルに伝えておけ!私とエディの婚儀を、国民に正確に
            伝えろと!もう二度とエディを悲しませるような噂など、流させる
            な!!」
            ロイはエドを抱き上げると、そのまま今夜の宿の方へと歩き出す。
            「噂・・・・全部消した方がいいですよね・・・・。」
            その膨大な量に、マルコーはため息をつく。ロイとエドは知らな
            かったが、2人の結婚についての噂は数多くあった。大陸一の
            権力を欲しいままにしている王の、漸く迎えた王妃が14歳も
            年下とあって、人々は面白おかしく噂をしていたのだった。
            「確か・・・結婚相手を決めるのが面倒だからと、あみだくじで
            決めたとか・・・実はマスタング王はショタコンだった為、少年を
            女と偽って結婚したとか・・・ああ、そう言えば、占いに凝って
            しまい、婚約者を捨ててエルリック王家の姫と結婚したとか
            ありましたな・・・・。」
            そのあまりの数の多さに、流石のマルコーも閉口する。そして、
            その内容の酷さに、いかにロイの耳に入らないようにしようかと、
            マルコーが苦心していたのだが、全て水の泡になってしまった。
            「・・・苦労するのは、トリンガム王家ですから、別にいいですけど
            ね。」
            マルコーは、ラッセルの姿を求めて、踵を返そうとするが、ふと
            立ち止まると、ロイが歩いていった方を振り返る。
            「そう言えば、【鋼姫】の噂・・・・一体どこで聞いたのでしょう。」
            自分の知らない噂を、エドが知っている事に、マルコーは、
            言いようのない不安を感じるのだった。