月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第9話

  

  

 

            「大変です!!山崩れです!!」
            次の日の朝、そろそろ出発しようとしていた、ゼノタイム一行は、
            突然の知らせに、顔を青褪める。
            「山崩れだと!?それで被害は!!」
            突然の事に茫然として動かないッセルに、ロイは舌打ちすると、
            状況を把握しようと、知らせを持ってきた兵士に詰め寄る。
            兵士は、自国の王子より先に他国の者に状況を伝えて良い
            ものだろうかと、困惑気味にラッセルを見るが、ラッセルは
            何も言わずに佇んでいるだけだった。
            「状況を!!」
            有無を言わせぬロイの態度に、兵士はハッと我に返ると、
            慌てて報告をする。どっちにしろこの場には、王子がいるのだ。
            問題にはならないだろうという思いもあったが、何よりも、
            ロイの鬼気迫る雰囲気に、怯えたという方が強い。
            「は・・はい!この先500Mほど行った、山道が土砂で
            埋め尽くされています。麓の村に被害はありませんが、
            旅人が30名ほど重軽傷を負っています。それと、まだ
            未確認ですが、死者・生き埋めになった人間はいないと
            推察されます。」
            現在、人命救助を行いながら、復旧作業を行っております。
            と、敬礼する兵士に、ロイは大きく頷く。
            「それで、怪我人はどこへ!!」
            ロイの隣に立っていたエドは、青褪めながらも、厳しい表情で
            兵士に尋ねる。
            「はっ!麓の村にある診療所に収容されていますが・・・・・
            医者が足りず・・・・。」
            王城に援助を求めようにも、道が分断されていてできないという
            兵士の言葉に、エドは傍らのマルコーに頷く。
            「わかりました。私とドクターと何人かで診療所に向かいます。」
            案内して下さいと言うエドに、兵士の顔が明るくなる。
            「では、私は事故現場で指揮を取ろう。行くぞ!ラッセル!!」
            ロイはラッセルを振り返るが、まるで動こうとしないラッセルに、
            眉を顰める。
            「どうした!今は一刻の猶予もないんだぞ!!」
            怒鳴るロイに、ラッセルは子どものように怯えた目を向ける。
            「だ・・・駄目です・・・・。俺にはできない・・・・。」
            「・・・・何だと?」
            ロイの目に剣呑さが増す。
            「俺は錬金術が使えなくなったんです!そんな俺に何ができるって
            言うんですか!!」
            恐慌状態のラッセルに、一瞬エドは顔を強張らせると、ツカツカと
            ラッセルに近づいていく。
            バチーーーーーーーーン。
            いきなりラッセルの頬を叩くエドに、その場にいた人間は、驚いて
            目を見張る。エドは、真剣な表情でラッセルの胸倉を掴むと、グイッと
            自分の方に引き寄せる。
            目の前にある黄金の瞳に、ラッセルは、魅入られたように、じっと
            エドの瞳を見つめる。
            「錬金術が使えない?だから何だ?俺達には手がある。足がある。
            どこにでも行って助ける事が出来るはずだ!!」
            エドは乱暴にラッセルを離すと、厳しい目を向ける。
            「何も出来ないと嘆くより、何が出来るか見極めろ!!それが
            出来なければ王族など辞めてしまえ!!」
            エドは、言うだけ言うと、マルコーを促して診療所に向かおうとする。
            「エディ。」
            そんなエドをロイは強く引き寄せると、荒々しく唇を塞ぐ。
            「こ・・・こんなとこで!!」
            長い口付けの末、漸くエドを離すロイに、エドは真っ赤な顔で睨み
            つけるが、顔色の悪いロイに気づき、エドは心配そうに見上げる。
            「ロイ・・・?」
            ロイはエドの身体をきつく抱きしめると、耳元で囁いた。
            「エディ。気をつけろ。嫌な予感がする・・・・。」
            本来ならば離れたくない。しかし、状況がそれを許さない事に、
            ロイはきつくエドを抱きしめる事で、心の均衡を図ろうとする。
            「ロイこそ気をつけろよ。」
            エドもギュッとロイを抱きしめると、そっとロイの頬に口付ける。
            「さぁ、エドワード様。」
            流石にこれ以上2人を一緒にしておけないと判断したマルコーは、
            小声でエドに囁く。コクンと頷くと、エドはもう一度ロイの頬に
            口付けて、ニッコリと笑う。
            「気をつけて。ロイ。俺は俺の出来る事をして、ロイの帰りを
            待ってる。」
            「ああ。直ぐに戻るよ。マルコー、エディを頼む。」
            ロイはエドの頬に軽く口付けると、名残惜しげにエドを離す。
            マルコーと数名の人間を従えて、麓の村へ急ぐエドの後姿が
            見えなくなると、ロイは厳しい目を残った兵士達に向ける。
            「我々も行くぞ。」
            そのまま兵士を従えて事故現場に向かおうとするロイに、ラッセルは
            声をかける。振り返ったロイに、ラッセルは先程とは打って変わった、
            真剣な表情のラッセルが立っていた。
            「俺の国の事です。俺も行きます!」
            真摯な表情のラッセルに、ロイはニヤリと笑うと、着いてこいと、
            一言呟いた。







            「命には別状はない。処置が早かったから、明日には目覚めるだろう。」
            タオルで手を拭きながら、自殺未遂をした女官の診察を終えたピナコ・
            ロックベルは、別室で待機していたホークアイ達に告げる。彼女は、
            エドワードとアルを取り上げた助産婦であると同時に、エルリック王家の
            主治医でもある。ドクターマルコーは、フルメタル王国へ留学した際、
            医学を彼女から学んでいる。今回、ロイはゼノタイムが事件に関与して
            いる疑いが強いと判断し、秘密裏にピナコを呼び寄せ、サラ・イサフェナ
            王女の治療を依頼していた。
            幸い、ピナコのところには、様々な薬が常備されているお陰で、
            王女の処置も無事に終わった。あと三ヶ月もすれば、すっかり
            元通りの顔に戻るだろう。
            「ドクターピナコ、ありがとうございます。」
            深々と頭を下げるホークアイに、ピナコは厳しい表情を崩しもせず、
            ため息をつく。
            「まだエド達は戻らないのかね?」
            「はい・・・・・。」
            俯くホークアイに、ピナコは苦笑する。
            「あんたも大変だねぇ。・・・・・ところで、あたしは暗示について
            専門じゃないんだが・・・早く王女の暗示を何とかしないと、
            まずいんじゃないのかい?」
            「それにつきましては、部下に詳しいものがおりますので、処理して
            おります。しかし・・・・・。」
            「エド達のことか・・・・。」
            それまで、黙っていたイズミが、ツカツカとホークアイとピナコに
            近づく。
            「私はエド達を追いかけるよ。手遅れにならなければいいんだが・・・。」
            その言葉に、ホークアイが反応する。
            「そう言えば、さきほどイズミさんは【鋼姫】だけの問題ではないと、
            おっしゃいましたね・・・・・・。」
            どういう意味でしょうか?と尋ねるホークアイに、イズミは重々しく
            頷く。
            「私の取り越し苦労ならそれでいいのだが・・・・。もしかしたら、
            今回の一連の事件は、フレイム王国乗っ取り計画でもあると
            思うのだ。」
            その言葉に、今まで成り行きを見守っていたアルフォンスが声を
            上げる。
            「せ・・・師匠!一体何を・・・・・。」
            驚く一同に、イズミは自分の憶測を口にする。
            「言っただろ?国を追われた王子の母親が、フレイム王国の姫
            だったと・・・・・。」
            イズミの言葉に、アルとホークアイは頷く。
            「という事は、王子はフレイム王国の王族の血も受け継いでいる事に
            なる。」
            そこで一旦言葉を区切ると、イズミはホークアイに尋ねる。
            「さて、ここからが重要だ。現在、このフレイム王国で、王族の・・・・
            ブラッドレイ家の血を受け継いでいる者は、一体誰と誰だ?」
            その言葉に、ホークアイだけがサッと顔を強張らせる。何も分かっていない
            アルだけがキョトンとイズミを見る。
            「・・・陛下と、先王のキング・ブラッドレイ様だけです・・・。表向きは・・・。」
            ホークアイの言葉に、イズミはため息をつく。
            「クーデターを起こした際に、ブラッドレイ家の血が少しでも入っている者を
            処刑した事が仇となったな。」
            その言葉に、漸くアルも事の重要性に気づき、顔を強張らせる。
            「それって・・・・つまり・・・・・。」
            アルは冷や汗を流す。ロイの異母弟妹が死んだ事になっている今、
            王太子の座は空席になっている。ロイはまだ若く、結婚したばかりで
            深く考えていなかったが、今ロイに何かがあった場合、フレイム王国は
            次期国王を巡って、戦が起こるだろう。例え、先王のキング・ブラッドレイが
            再び王位についたとしても、混乱は避けられない。
            「今、マスタング王に何かがあれば、国は再び荒れるだろうな。そこへ、
            何百年前だとしても、確実にブラッドレイ王家の血を受け継いでいる、
            王子の子孫が現れれば、真偽はともかく、正当な王位継承者である
            と見なされても不思議ではない。」
            イズミの言葉に、ホークアイは決意を込めた目で顔を上げる。
            「私が行きます!」
            だが、イズミは首を横に振る。
            「いや、アンタは面が割れている。ここは面識のない私が行った方が
            いいだろう。・・・・・それに、私に挨拶もなしに、エドと結婚した
            ロリコン王を一発殴りたいしな。」
            「師匠・・・・。それが目的なんじゃ・・・・。」
            指をボキボキ鳴らすイズミに、アルは顔を引き攣らせた。
            
           
            
                      



            「大変です!!ロイ様が二次災害の土砂に巻き込まれて、
            現在行方不明です!!」
            漸く怪我人の治療を終えて、ほっと一息をついたエドとマルコーの
            元に、最悪の知らせが飛び込んできた。