月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第10話

  

  

 

            「ロイ・・・・ロイが・・・・・?」
            茫然と呟くエドに、兵士は悲痛な顔で頭を下げる。
            「はい。ロイ様はラッセル様を庇って・・・・・。」
            それっきり嗚咽を堪える兵士に、エドは覚束ない足取りで
            フラフラと部屋を出て行こうとする。それに慌てた
            マルコーが、後を追いかける。
            「エドワード様!!」
            血相を変えて自分を追いかけてくるマルコーに、エドは
            振り返ると、キョトンとした目を向ける。
            「ドクター・・・・?どうしたんだ?」
            まるで太陽のような明るい笑みに、マルコーは
            背筋が凍るのを感じ、立ち止まる。
            「エドワード様・・・・・。」
            マルコーは、嫌な予感がして、表情が強張るが、そんな
            マルコーに、もう興味はないとばかりに、エドは再び
            フラフラと歩き出す。
            「早く行かなくっちゃ。ロイ・・・俺を待って・・・・。」
            空ろな目のエドに、マルコーは、慎重に言葉を掛ける。
            「エドワード様。ロイ様なら、今こちらに向かっている
            途中ですが?」
            「・・・・そう?そうだっけ?」
            ピタリと歩みを止めるエドに、マルコーは、そっと近づくと、
            優しく肩を抱く。
            「さぁ、エドワード様。戻りましょう。」
            再び診察室へと促すマルコーに大人しく付いていこうとした
            エドだったが、次の瞬間、エドはマルコーの腕を振り払った。
            「エドワード様!!」
            驚くマルコーに、エドはポロポロと涙を流しながら懇願する。
            「お願いだ!ドクター!俺を事故現場に!ロイの所に!!」
            先程の空ろな瞳が嘘のように、今のエドの瞳には理性的な
            光が宿っている。今、エドはロイの為に自分が何が出来るのか、
            必死になって考えているのだろう。土砂に埋もれているのならば、
            現場で指揮をしたい。怪我を負っているのならば、早くロイの
            元へ赴き、治療をしたいと思っているのだろうと、容易に
            推察される。マルコー自身、エドと共にロイの元へ駆けつけたい
            気持ちがあるが、それを敢えて抑えてエドを診察室へ戻そうと
            するのには、訳があった。
            「私よりもまずエディの身を守れ。」
            ロイがマルコーに命じていたのは、その一点のみ。本来ならば、
            王妃よりも国王の身を第一に考えるべきなのだが、ロイは
            自分の身は自分で守れると言い張り、臣下達に、徹底的に
            エドの身を第一に考えるように、命じていた。
            ”陛下。自分の身は自分で守れるという、あなた様のお言葉、
            信じています。”
            マルコーは、そっと心の中でロイに呟く。今、マルコーに出来る事は、
            エドワードの身を守る事。ただそれだけだった。幸いにもここには、
            ロイが要注意人物としている男もいない。ならば、エドワードの身を
            守りきれるはず。そうマルコーは、思っていた。だから気づかなかった
            のだ。敵が1人ではないということを。
            「ドクター、エディ様。」
            青い顔で診察室から飛び出してきたこの診療所の看護婦に、
            マルコーとエドが慌てて振り返る。
            「レナさん?どうしたんだ?」
            真っ青な顔でガタガタ震えているレナに、エドは優しく声を掛ける。
            「あの・・・患者さんの容態が急変して・・・それに、薬も切れてしまって。」
            レナの言葉に、エドは一瞬出口の方を、名残惜しげに見たが、直ぐに
            マルコーに向き直ると、指示を出す。
            「ドクターは、患者の診察を!俺はレナさんと一緒に薬草を取りに
            行ってきます!」
            その言葉に、マルコーは青くなる。だが、現状では、それが一番
            ベストである事も分かっていた。
            「しかし・・・・お2人だけでは危険です。もしも、土砂崩れにでも
            巻き込まれたら・・・・・・・
            もしもエドに何かがあったらと、心配するマルコーに、レナは幾分
            落ち着きを取り戻したのか、毅然とした表情でマルコーに言った。
            「大丈夫です。山になど入らなくても、この診療所の裏手に薬園が
            あるのです。必要な薬草は、そこで手に入ります。」
            その言葉に、マルコーは、しぶしぶ了承する。第一、今は一刻を
            争うのだ。もしもロイがこの診療所に担ぎ込まれた場合、薬が
            ないのは、痛手だ。
            「では、エディ様、お気をつけて。」
            「うん!ドクターは、患者を頼む!行こう!レナさん!!」
            エドは、レナを促すと、外へと駆け出していく。そんなエドの後姿を
            心配そうな顔で見送っていたが、やがてマルコーは、患者の待つ
            診察室へと戻っていった。







            暗い・・・・。
            どこまでも暗い闇。
            何故、自分はこんなところにいるのだろうか。
            ロイは、自由にならない手足に憤りを感じつつも、何とか状況を
            整理しようと、首だけを動かす。
            「ここは・・・一体、どこなんだ?」
            どこを見ても暗い闇の中に、ロイは舌打ちしたくなる。
            何故こんな場所にいるのか、思い出そうとするが、頭に靄が
            掛かったようにはっきりとしない。
            「私は・・・・確か・・・・。」
            思い出せ。何故このような状況になったのか。
            「そうだ・・・確か土砂が流れてきて・・・・それで・・・ラッセル王子を
            助けようと・・・・・・。」
            脳裏に浮かぶのは、事故にあう直前の映像。再び山の中腹から
            落ちてきた土砂にラッセルが巻き込まれそうになり、慌てて
            ラッセルに手を伸ばしたのだ。だが、次の瞬間、ロイですら
            予想もしなかった事が起ったのだ。自分に伸ばされるロイの手を
            掴んだラッセルは、そのまま、ロイを土砂中へと突き飛ばした
            のだった。
            「どういうことだ?まさかラッセル王子が・・・・。」
            フムとロイは考え込む。自分はもしかして、思い違いをしていたのだろうか。
            真の犯人は、ラッセルだったのか。
            だが、すぐにそれは違うと思い直す。
            ロイを土砂に突き飛ばした時のラッセルの目が、空ろで、尋常な様子では
            なかったのを思い出したからだ。
            「とにかく、一刻も早くここから出なければ。」
            自分はここにいてはいけない。
            自分はエディの元に帰らなければならない!
            本能的に、いつまでもここにいてはいけないと悟り、ロイは
            何とか身体だけでも動かないかと、必死に動かない手を
            動かそうと必死になる。
            「ほう?まだそんな元気があるのか。さすが、ロイ・マスタング
            と言ったところか?相変わらず悪運が強い。」
            暗闇の中、突如聞こえた、聞き覚えのある声に、反射的に
            ロイは首を向ける。
            「久し振りだな。ロイ・マスタング。」
            「お前は!!」
            そこには、つい1ヶ月ほど前に、【扉】の向こうへ消えたはずの、
            全身緑色のインコ、ホオミドリトガリオの姿をした、【真理の森の
            管理人】の姿があった。







            「レナさん?薬草はどこ・・・に・・・?」
            レナに案内された場所は、ただの空き地で、薬草どころか、
            草木一本生えていない場所だった。それを訝しげに思い、
            レナを振り返ろうとしたエドだったが、後頭部に強い衝撃を受けて、       
            その場に崩れ落ちる。
            「ようこそ。エドワード姫。いえ、伝説の【鋼姫】。今からあなたを、
            我らが王の元へご案内致しますわ。」
            先程の優しげな表情をガラリと変え、どこまでも冷たい瞳で、倒れている
            エドを、レナは見下ろしていた。