月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第11話

  

  

 

              「何故だ・・・・・。何故お前がここにいる!!」
              驚くロイに、【管理人】は羽をバタつかせながら
              笑う。
              「おいおい。あんまり怒ると、禿げるぞ?」
              「茶化すな!ここは一体何処なんだ!何故
              お前がここにいるんだ!!」
              ロイの怒鳴り声に、【管理人】は面白そうに言う。
              「どこだと思う?」
              「・・・・まさか・・・【扉】の向こうなのか・・・?」
              顔面蒼白になるロイに、【管理人】はケケケと笑う。
              「だとしたら?」
              まるで玩具を与えられた子どものように、【管理人】は
              面白そうに言う。
              「帰る!!私はエディの元へ帰るぞ!!」
              ロイは、身体を必死に動かそうとするが、まるで縫い
              付けられたかのように、ピクリとも動かない身体に、
              舌打ちをする。
              「おい!動かんぞ!一体どうなってんだ!!」
              ロイはイライラと【管理人】を睨みつける。
              「このままだと、人の話を聞かないと思って、悪いが
              拘束させてもらったんだ。」
              あっけらかんと言う【管理人】に、ロイは本気で
              焼き鳥にしたくなった。その不穏な様子が伝わったのか、
              【管理人】は神妙に頭を下げる。
              「悪かったって。ただ、こっちもそれほど余裕があるわけじゃ
              ないんだよ。今回の件は、こっちにも多少影響が出始めて
              みんな対応でてんてこ舞なんだ。」
              その言葉に、ロイの眉は顰められる。
              「それは、どういう事だ?」
              「まだ【鋼姫】の件が終わっていないということさ。」
              【管理人】は、ため息をつくと、トコトコとロイの顔に近づくと、
              じっとロイを見つめる。
              「あんたを見込んで頼みがある。」
              「その前に、拘束を解いてくれないか?首が疲れるんだが。」
              ロイの言葉に、【管理人】は口の中でボソボソと何かを呟いた。
              途端、軽くなる身体に、ロイは漸く上半身を起こすと、じっと
              【管理人】を見つめる。
              「【鋼姫】の件が終わっていないとは、一体どういう事なんだ?
              それに、一体ここはどこなんだ!私はエディの元へ帰れる
              のか!?」
              ロイの矢継ぎ早の質問に、【管理人】は、羽をバタつかせる。
              「だーっ!!落ち着けって!!順を追って説明するからさ!」
              【管理人】は、コホンと咳払いをすると口を開いた。
              「まず、この場所は、あんたが危惧しているような、【扉】の
              向こうじゃない。・・・・・あんたの精神世界とでも言った
              方がいいかな。」
              「【精神世界】だと・・・?」
              訝しげなロイに、【管理人】は大きく頷く。
              「何も不思議な事じゃない。そうだな・・・・ある意味、夢の中
              と同じと考えていいかもな。あんたは、土砂崩れに巻き込まれて、
              今は意識を失っている状態だ。そこで、俺は【扉】の向こうから
              あんたの意識に働きかけているという訳さ。実際、目の前に
              いるような錯覚を起こすかもしれないが、俺の肉体は、
              【扉】の向こうにある。あんたがこちらの世界に来た訳では
              ないから、安心しろ。」
              「・・・・つまり、私の夢にお前が入り込んだということか?」
              「まぁ、大体そんな事だ。で、何でお前にコンタクトを取ったかと
              言うと、【鋼姫】絡みだからだ。」
              【鋼姫】という単語に、ロイはピクリと反応する。
              「エディはもう【鋼姫】ではない。」
              低く呟くロイに、【管理人】も大きく頷く。
              「ああ。エドワード姫は【鋼姫】ではない。しかし、元【鋼姫】という
              だけで、結構色々なものが引き寄せられるんだぜ?例えば、
              【アクアノーア】の生き残りとか・・・・。」
              「やはりな・・・・。彼らの目的は何だ?【鋼姫】への復讐か?」
              ため息をつくロイに、【管理人】は首を横に振る。
              「それもあるがな・・・・。奴らの真の目的は、【賢者の石】。そして、
              お前もだ。」
              「私・・・だと?」
              何故そこで自分が出てくるのだろうかと、不審気な顔で【管理人】を
              見ていると、【管理人】は、大げさにため息をつく。
              「あんた、【アクアノーア】の生き残りである王子の母親が、フレイム
              王国の姫だと知っていたかい?」
              その言葉に、ロイの目が大きく見開かれる。そんな話は初耳だと
              言うロイに、【管理人】は、やっぱりと大きなため息をつく。
              「表向き、フレイム王国の王族の血を引くものは、お前と先王、
              ブラッドレイのみとなっているだろ?おまけにお前にはまだ
              子どもがいない。つまり、お前に何かがあれば、国は大混乱に
              陥ると言うわけさ。そんな混乱の中、真偽は兎も角、フレイム王国の
              王族の血を少しでも引いているとなれば、それだけで、皆は簡単に
              王座に据えようとするだろうな。」
              【管理人】の言葉に、ロイは納得がいかないと考え込む。
              「では、何故今なんだ?2年前の、私が王座についた混乱の
              最中に、暗殺でもすれば良かったのではないのか?」
              ロイの最もな意見に、【管理人】は、ため息をつく。
              「言っただろ?奴の真の目的は、【賢者の石】なんだよ。」
              「だが、【賢者の石】とエディは何の関係も・・・・・。」
              ないと言おうとするロイに、【管理人】は、首を横に振った。
              「忘れたのか?あんたの世界に【扉】を出現させたのは
              一体誰だった?初代【鋼姫】、アストレイア姫の絶望が
              【扉】を呼び寄せたんだ。」
              その言葉に、ロイは顔を青くさせる。
              「つまり、犯人は、エディに再び【扉】を開けさせるようと?」
              ロイの言葉に、【管理人】は大きく頷く。
              「ああ。奴は・・・・ウォルター・クラウンは、再び錬金術を
              この世界に呼び寄せようとしている。」
              「ちょっと待て!ウォルター・クラウンだと・・・!?それは
              まさか・・・・・。」
              驚くロイに、【管理人】は、憎々しげに言った。
              「そう。アクアノーア国最後の王、ウォルター・クラウンさ。
              アストレイア姫を騙した。」
              「まさか・・・生きている訳が・・・・・。」
              信じられんと首を横に振るロイに、【管理人】は、しぶしぶ
              言葉を繋げた。
              「本当ならこんな事は話すべきではないんだが・・・・。」
              そこで言葉を切ると、【管理人】は、ため息をつきながら
              話し始めた。
              「そもそも、ウォルター・クラウンが、アストレイア姫に近づいた
              のは、国を攻める為と、【錬金術】が目的だったんだ。」
              「錬金術・・・?まさか・・・。」
              ロイは眉を顰める。【錬金術】とは、アストレイア姫が
              【扉】を開けた時に、【扉】の向こう側の人間と契約をして、
              初めて使えるようになったと思っていたからだ。
              「【扉】を開ける前まで、今で言う【錬金術】というのとは
              少し違うが、エルリック王家には、不思議な術が代々
              伝えられていたんだ。もっとも、【錬金術】というより、
              民間医療に近いものがあった。だが、それでも、
              今よりも、レベルが遥かに高い。なんせ、【不老不死】の
              術を扱えたのだから。」
              「【不老不死】だと!?そんな馬鹿な!!」
              そんな話は聞いた事がないと!叫ぶロイに、【管理人】は
              悲しげに俯く。
              「事実だよ。もっとも、一つの肉体を不老不死にするわけでは
              ない。他人の身体から身体へと移る事によって、精神だけは
              永遠に生きるようにするというやつだよ。」
              「そんな事が可能・・・なのか?」
              顔面蒼白のロイに、【管理人】は、ため息をつく。
              「現に、ウォルター・クラウンは、アストレイア姫から【不老不死】の
              術を聞き出した。だから、奴はその術を独占する為に、
              フルメタル王国を滅ぼそうとしたんだ。」
              「しかし、アストレイア姫が黙ってはいなかった。」
              ロイの言葉に、【管理人】は頷いた。
              「奴も、姫がそんな事をするとは思ってもみなかったのだろうな。
              アストレイア姫に止めを刺された瞬間、奴はたまたま側にいた
              自分の末の息子の身体を奪い、姫の目を暗ましながら、
              何とか生き延びたんだ。」 
              「まさか・・・・自分の子どもを犠牲にしたの・・・か・・・?」
              茫然とするロイに、【管理人】は弱々しく首を縦に振る。
              「以来、奴は自分の血筋の人間から次々と身体を奪って
              今日まで生き延びてきた。何時の日か、【鋼姫】へ復讐する
              事を誓って。だが・・・・・ある日変化が起こった。」
              「【扉】の消失か・・・・。」
              忌々しく呟くロイに、【管理人】はコクリと頷く。
              「奴は焦った。【錬金術】が使えなければ、身体を奪う事は
              出来ないからな。だから、エドワード姫に眼をつけた。」
              「・・・エディなら、再び【扉】を開ける事が出来ると?」
              ロイは、やり場のない怒りに、手を握り締め何とか堪える。
              「最初、あんた達の結婚は、人質としての意味合いが強いと
              ウォルターは思ったようだ。未だ根強い各国の【鋼姫】の
              恐怖を煽る事によって、エドワード姫を孤立させ、その
              絶望で、【扉】を開けさせる。そして、再び得た【錬金術】の
              力で、ロイ・マスタング、あんたの身体を乗っ取ろうと計画
              していた。」
              【管理人】の言葉に、ロイはギョッとなる。
              「しかし、ウォルターの予測していなかった事態になった。
              アンタとエドワード姫が人目も憚らない大陸一の・・・・。」
              「ベストカップルだ。」
              自分の言葉を遮って、堂々と胸を張って言うロイを無視して、
              【管理人】は言葉を繋げた。
              「大陸一の新婚馬鹿ップルぶりを見せ付けられ、相当ウォルターは、
              焦っただろうな。しかし、千載一遇のチャンスを逃すほど
              馬鹿ではなかった訳だ。兎に角、エドワード姫に【扉】を
              開けさせれば良いのだからな。」
              「エディを城から誘い出したと言う訳か・・・・・。」
              ロイはイライラと親指を噛む。
              「ところが、半分予想していた通り、アンタは姫を追いかけた。」
              「夫が妻を追いかけて、何が悪い?」
              ジトーと自分を見つめる【管理人】に、ロイは開き直る。
              「この土砂崩れも奴の仕業さ。この麓の村人は全員、アクアノーアの
              生き残りだ。」
              「何だと!エディが危ない!!」
              慌てて立ち上がるロイに、【管理人】は、ため息をつく。
              「もう遅い。エドワード姫は、浚われた。」
              その言葉に、ロイは逆上する。
              「何だと!!エディが!!ったく、マルコーは一体何をしていたんだ!
              いや、それよりも、影で護衛に当たらせていたハボックは何を
              しているんだ!!」
              ロイは【管理人】の身体を鷲掴みにすると、血走った目を向ける。
              「おい!ここは私の精神世界だと言ったな!どうすれば目覚める
              んだ!!」
              【管理人】をガクガクと振るロイに、流石の【管理人】も、グエェエエと
              情けない声を出す。
              「落ち着けって!それよりも、これからどう立ち向かっていくか、
              打ち合わせしなければならないだろ!!目が醒めても、今のお前では
              返り討ちに合うのが関の山だ!」
              【管理人】の言葉に、ロイの手から力が抜け、そのまま崩れるように
              座り込む。
              「どうすればいい?私はこれ以上エディを悲しませないと誓ったんだ。
              絶対に守ると・・・・・。」
              「・・ウォルターは、アンタが死んだと姫に告げ、【扉】を開けさせる気だ。
              そうなる前に、奴を止めなければならん!そこで、アンタと契約
              しようと思ってね。」
              その言葉に、ロイは顔を上げる。
              「契約・・・だと・・・?」
              厳しい顔のロイに、【管理人】は、大きく頷く。
              「色々と便利アイテムとか貸してやろう。それで奴を封印して欲しい。
              但し、条件がある。」
              「条件・・・とは?」
              ゴクリと喉を鳴らすロイに、【管理人】は、真剣な目を向ける。
              「あんたの首からぶら下げている、【賢者の石】をこちらに
              渡してもらう。【錬金術】のない世界において、それは毒でしか
              ならん。」
              ロイは、ギュッと服の上から、チェーンでぶら下がっている、
              【賢者の石】が嵌った指輪を、無意識に握り締める。
              「しかし、これがあれば、多少錬金術を使えて、エディを
              助けられるかもしれんのだぞ!」
              本来ならば、使うべきではないと分かっているが、エドを
              助けるために、わざわざ城から持ち出してきたのだった。
              縋るようなロイの言葉に、【管理人】は頭を下げる。
              「お願いだ。それを渡して欲しい。ジャックの為にも。」
              「ジャック?」
              アストレイア姫を愛した男の名前に、ロイは首を傾げる。
              「【賢者の石】の材料は、【鋼姫】の心臓だと知っているな?
              代々の【鋼姫】で作られた【賢者の石】は、次代の【鋼姫】が
              誕生した途端、消滅していたんだ。しかし、初代【鋼姫】だけは
              違った。」
              「この【賢者の石】が、アストレイア姫の心臓だと?」
              驚くロイに、【管理人】は重々しく頷く。
              「ああ、だから【エルリック王家の秘宝】なんだよ。【賢者の
              石】だからじゃない。消滅しない【賢者の石】だから、
              秘宝と言われている。お願いだ。ジャックにアストレイア姫の
              形見の品を渡してやりたいんだ!」
              頼むと頭を下げる【管理人】の首に、ロイはネックレスを外すと、
              チェーンから指輪を取って、【管理人】の頭に、チョコンと載せる。
              「マスタング王・・・・・。」
              恐る恐る顔を上げる【管理人】に、ロイは片目を瞑って笑う。
              「【等価交換】だ。フォローを頼むぞ。」
              その言葉に、【管理人】は、嬉しそうに羽をバタつかせた
              


            
            
              「俺は・・・俺は何て事を・・・・・・。」
              蹲るラッセルに、アーチャーは優しく囁く。
              「マスタング王は【鋼姫】の傀儡です。あなたは正しい。
              あなたこそが、王子を助け、アクアノーアの民達を
              安住の地に導いてくれる人だ。」
              だんだんと空ろな目になっていくラッセルに、
              アーチャーはニヤリと笑った。
              「さぁ、ラッセル王子。私の役に立ってもらうよ・・・・。」
              アーチャーの視線の先には、床に倒れている、
              エドワードの姿があった。