月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第12話

  

  

 

            「流石に血筋だ。アストレイア姫に似ているな・・・。」
            アーチャーは、ベットの上で横になっているエドを見つめながら、
            エドの金の髪を一房掬う。
            「・・・・・・う・・・ん・・・ロイ・・・・?」
            髪に触れられている感覚に、エドはボンヤリと目を開けると、
            数度瞬きをする。
            「お目覚めですか?エドワード姫?」
            声のする方を、ボンヤリとした目で見ていたエドは、霞む視界の
            向こうに、黒い髪を見つけ、ふみょ?と首を傾げる。
            「ロイ・・・・・じゃない・・・・・。」
            途端、泣きそうになるエドに、アーチャーは、ニヤリと笑う。
            「姫、覚えておられますか?何故あなたが気を失ったのか。」
            その言葉に、エドはハッと我に返ると、慌てて飛び起きた。
            「そうだ!俺はレナさんと薬草を取りに・・・・・・。なんで、あんたが
            ここにいるんだ?」
            ロイと共に、事故現場へ行ったはずの、ゼノタイムの近衛隊隊長の
            アーチャーが、ここにいる事に、エドは混乱する。
            探るような目で、じっと自分を見るエドに、アーチャーは、ニヤリと
            笑う。
            「そんな顔をすると、ますますそっくりだな。あの姫と。」
            「そっくり?」
            一体誰の事を言っているのかと、困惑するエドに、アーチャーは、
            目を細める。
            「【鋼姫】・・・・・アストレイア・エルリック姫。」
            アーチャーの言葉に、エドは驚きに目を見開く。
            「何も驚く事はない。」
            そんなエドに、アーチャーは、ベットの端に腰を降ろすと、エドに向かって
            手を伸ばす。
            「嫌だ!触るな!!」
            アーチャーの手を振り払うと、エドは素早く反対側にベットから降りる。
            その際に、枕も一緒に持って、己の盾とするかのように、ギュッと
            抱きしめる。
            「フッ・・・・。近々私たちは夫婦になるのですよ?」
            「なっ!!何を言っているんだ!!」
            途端、真っ青な顔で叫ぶエドに、アーチャーは、つまらなそうな顔を
            する。
            「【結婚】の二文字をちらつかせただけで、あの姫は喜んだのに、
            やはり、似ているのは顔だけか・・・・。」
            アーチャーの言葉に、エドは目を細める。
            「さっきから、何なんだよ!アンタの口ぶりだと、まるでアストレイア姫を
            知っているような・・・・・・。」
            「ような・・・ではなく、知っているのですよ。エドワード姫。」
            アーチャーは、スクッとベットから立ち上がると、優雅な動作で、
            エドに、一礼してみせる。
            「初めまして。ウォルター・クラウンと申します。以後、お見知りおきを。」
            ウォルター・クラウンという名前に、エドの顔から血の気が引く。
            「ウォルター・クラウンだと・・・・・?そんな馬鹿な・・・・・。」
            青褪めた顔のエドに、ウォルターは、クスリと笑う。
            「何もそんなに驚く事はないでしょう?元々は、あなた方の技術だ。」
            ウォルターの言葉に、エドは険しい目を向ける。
            「まさか・・・・・【不老不死の術】・・・?」
            「流石は鋼姫。話が早くて助かる。」
            嬉々とするウォルターに、エドは更に嫌悪も露な目を向ける。
            「【不老不死の術】は、【人体練成】と同等の最大の禁忌だ!」
            「・・・・・何故いけないのですか?」
            叫ぶエドに、ウォルターは、クスリと笑う。
            「知識があり、それを行う為の力もある。ならば、あとは実践したくなる。
            人間の当然の心理でしょう?」
            「当然の心理だと?」
            エドは、その言葉に、顔を歪める。
            「馬鹿か!【不老不死の術】が成功するには、自分の血縁者が条件の
            はずだ!自分と同じ血を受け継ぐ人間の身体を奪って、何が当然の
            心理だ!あんたには、良心というものがないのか!!」
            激昂するエドに、ウォルターは、意味深な笑みを浮かべる。
            「・・・・最初に身体を奪ったのは、私の末の息子だったな。」
            ウォルターの言葉に、エドの表情が凍りつく。
            「な・・・なんだと・・・?」
            「偉大なる父親の役にたったのだ。王子も喜んでいる事だろう。」
            ククク・・・・と笑い出すウォルターに、怒りがMAX状態のエドは、
            枕を投げつける。
            「自分の子どもを何だと思っているんだ!!それでも親か!」
            吐き捨てるように言うエドに、ウォルターは更に笑みを深くする。
            「人の事が言えるのか?」
            「何だと?」
            キッと睨みつけるエドに、ウォルターは、ふと表情を消した。
            「アストレイア姫の父君は、娘に何をした?」
            「!!」
            息を飲むエドに、ウォルターは、更に言葉を繋げる。
            「代々の【鋼姫】の父親達は、自分の娘にどんな仕打ちをしてきた?
            我が身可愛さに自分の娘を犠牲にしてきたフルメタル王国の【国王】と、
            何が違う?同じではないか!何故私だけが責められなければならない
            のだ?」
            「そ・・・それは・・・・・。」
            青い顔をしてガタガタと震えるエドに、ウォルターは、笑みを深くする。
            「それから、忘れてもらっては困るな。お前はその【国王】の血を
            引いているのだと。己の欲望を満たすために、他人を不幸にしても
            構わない。・・・・流石は【エルリック】の血筋だ。」
            「他人を・・・・・【不幸】・・・・?」
            【不幸】という言葉に、エドは聞き返す。
            「お前は自分が助かる為に、この【世界】から【錬金術】を取り上げた。
            それがどんな【不幸】をもたらしたのか、お前には、分かっているのか?」
            そこで一旦、言葉を切ると、ウォルターは、部屋の隅に、無表情で
            立っているラッセルに目を向ける。
            「ラッセル王子!?」
            そこで、漸くラッセル存在に気づいたエドは、驚きのあまり声を上げる。
            「この【世界】から【錬金術】が消えた時、ゼノタイム王国では、
            流行り病が猛威を振るっていた。ラッセル王子は、得意の錬金術を
            応用して、何とか被害を食い止めようと必死だった。しかし。」
            ウォルターは、じっとエドの顔を見つめる。
            「ある日突然、錬金術が使えなくなってしまった王子は、
            薬を作る事が出来なくなった。目の前で成す術もなく死んでいく
            国民を見続けなければならない事に、王子の心は壊れてしまった
            のだ。」
            ウォルターの言葉に、エドはラッセルの顔を凝視する。
            逢った時から、どこか人生に投げやりな態度のラッセルを訝しげに
            思っていたのだが、そういった訳があったのかと、エドは驚いた。
            そして、その原因を作ったのが己である事に、エドは常になく
            動揺していた。それにウォルターは付け込む。
            「マスタング王にしてもそうだ。」
            「ロイ・・・・?」
            ロイの名前に、エドはハッとウォルターに視線を向ける。
            「お前にさえ逢わなければ、こんなところで死なずにすんだものを。」
            「!!」
            その言葉に、エドは雷にでも打たれたように、茫然と立ち尽くす。
            確かにそうだ。
            もしもエドにさえ出逢わなければ、こんな事にはならなかった。
            今頃、ホークアイと幸せに暮らしていたに違いない。
            「ロイ・・・・ロイ・・・・・・。」
            エドは、流れる涙を拭きもせずに、その場に蹲る。
            そんなエドに、ウォルターは優しく声をかける。
            「罪深き【鋼姫】。罪を償う方法がない訳ではない。」
            その言葉に、エドはノロノロと顔を上げる。
            「【扉】を再び開けば良いのだ。」
            耳元で囁くウォルターの言葉に、エドはボンヤリとした目で呟く。
            「【扉】を・・・・開く・・・・?」
            「ああ・・・・・【扉】を開いて、再びこの【世界】に【錬金術】を。
            そうすればマスタング王は助かる。」
            助かるという言葉に、エドはピクリと反応する。
            「助かる・・・?ロイ・・・が・・・?」
            首を傾げるエドに、ウォルターは己の勝利を予感して、大きく
            頷く。
            「ロイを・・・・助ける・・・・為・・・・。」
            エドは、じっと自分の両手を見つめる。
            この手のひらを合わせて、脳裏に【扉】をイメージすれば、
            この【世界】に【扉】を出現させる事は出来る。

            ダガ、ソレデ本当ニ良イノカ?

            エドの心の奥底から、もう1人の自分の声が聞こえる。
            でも、そうすればロイが助かるのだ。
            そう涙を流しながら主張するが、もう1人の自分はどこまでも
            冷静に話を続ける。

            ソレデ助カッテ、本当ニロイハ喜ブノカ?

            その問いに、エドは黙り込む。そんなエドにもうひとりの
            自分が、幾分優しげに問いかける。

            ロイヲ信ジテイナイノカ?

            ブンブンとエドは首を横に振る。
            そんなエドに、もう1人の自分はクスリと笑う。

            ナラ、問題ナイ。ズット信ジ続ケロ。
            アノ男ハ、何ガアッテモ、必ズオ前ノ元ヘト帰ッテクル。
            絶対ニ、オ前ヲ悲シマセナイトイウ誓イハ守ル。
            オ前ガ愛シタノハ、ソンナ男ダ。

            その言葉に、エドはハッと我に返る。

            エドワード姫、幸セニ・・・・・。

            脳裏に浮かぶのは、自分に良く似た少女。
            「アストレイア姫・・・・・。」
            もう1人の自分だと思っていたのは、アストレイア姫だと
            いう事が分かり、エドは少し落ち着きを取り戻す。
            「姫!早く【扉】を!!」
            両手を見つめたまま、微動だにしないエドに、業を煮やした
            ウォルターが、乱暴にエドの身体を揺らす。
            「・・・・そこまでにしてもらおうか。」
            低く呟かれる声に、ハッと我に返ったウォルターは、
            いつの間にか、自分の喉元に背後から剣が突きつけられている
            事に気づき、動きを止める。
            「・・・まさか・・・・。お前は・・・・。」
            ゆっくりと背後を振り返るウォルターは、そこに信じられない者を
            見て、眼を見開く。
            「ふん。案外肝が小さいのだな。これくらいで驚くとは。」
            ウォルターに剣を突きつけている男は、ニヤリと笑いながら、
            ゆっくりとエドに近づく。
            「エディ。遅くなってすまなかったね。」
            ウォルターに剣を突きつけたまま、エドに向かって蕩けるような
            笑みを浮かべる男に、エドは泣きながら抱きつく。
            「ロイ!ロイ!!」
            「エディ!!」
            ロイは、自分に抱きつくエドの髪に口付けると、ギロリとウォルターを
            睨みつける。
            「私のエディを浚い、あまつさえ泣かせるとは・・・・。貴様だけは
            許せん!!」
            「そんな馬鹿な!!何故マスタングがここにいるんだ!!」
            本気で怒りを露にしているロイに、ウォルターは、恐怖のあまり
            絶叫する。この場所は、アクアノーアの者しか知らない地下に
            ある宮殿。万が一余所の者が近づいても、決して破られない
            強固な警備を出入り口に設けてある。第一、土砂に生き埋めに
            なったはずのマスタングが、何故この場所にいるのか。
            警備の者は一体何をしているのかと、ウォルターは、半ば
            パニック状態になる。
            「フッ【愛の力】に決まっているであろう。」
            自信満々に言い切るロイだったが、もしもここにホークアイが
            いれば、ハリセンの攻撃と共に、唯の野生の感です!と言う
            手厳しい見解が述べられるのだが、幸いここには、未だ
            暗示が解けていないラッセルと、ロイにしがみ付いて泣きじゃくって
            いるエド、そして、パニック状態のウォルターしかいないので、
            ロイの言葉に、突っ込みを入れられる精神的余裕のある者は、
            いなかった。
            「【契約】では、封印をすればいいだけなのだが、それでは
            私の気が済まない。」
            ロイは怒りに燃える目をウォルターに向けると、スッと剣を
            翳す。殺る気満々のロイに、進退窮まって、憎々しげに
            ロイを睨むウォルター。一触即発の場面だが、それを
            ぶち壊す勢いで、荒々しく扉が蹴破られた。
            思わずロイとウォルターが同時に扉の方を振り返ると、そこには、
            ロイをも上回る殺気を纏った、ドレッドヘアーの女性が
            仁王立ちしていた。その女性を見た瞬間、腕の中のエドが
            ガタガタ震えだした事に気づき、ロイは心配そうにエドの顔を
            覗き込む。
            「な・・・なんで師匠(せんせい)が・・・・・。」
            「師匠・・・・?」
            小声で呟くエドに、ロイは聞き返した。
            「貴様が、エドを誑かしたという、変態ロリコン王、ロイ・マスタング
            かーっ!!」
            叫んだと同時にイズミは駆け出すと、ウォルターに向かって回し蹴りを
            見事に決めた。