「ぐわあああああ!!」
イズミの蹴りをまともにくらった、ウォルターは、壁に
激突するが、それだけで、イズミの攻撃が終わったわけでは
なかった。グッタリと床に倒れているウォルターを、
イズミは、険しい表情でスタスタと近づくと、胸倉を掴み、
間髪入れずに、光速の動きで往復ビンタを喰らわす。
「ひえぇええええええ!!」
目の前の凄まじいまでの光景に、エドはすっかりと怯えて
ますますロイにしがみ付く。対するロイは、目の前の信じられない
光景に、まだ頭が付いていかずに、唖然とイズミを見つめている。
「ロ・・・ロイ、今のうちに逃げよう!!」
エドは、小声でロイに呟くが、ロイは動こうとしない。
「ロイってば!!」
半分涙目になるエドの口を手で塞ぐと、エドをきつく抱き寄せ、
手に持っていたマントで、自分達をスッポリと覆い隠す。
「ん〜!!ん〜!!」
こんな事をしている場合じゃない!早く逃げよう!とエドは
叫ぶが、口をロイに塞がれている為に、呻き声しか聞こえない。
「シッ!エディ。黙って。」
耳元で囁かれるロイの言葉に、エドが真っ赤になって動きを止めた
のと、部屋の中に、何故か頬を赤く腫らせたハボックが入って
来たのが、同時だった。ハボックは、ロイとエドに気づかないのか、
2人の前を素通りすると、ウォルターをボコボコにしているイズミに
向かって駆け寄る。
「えっ!?何で?」
キョトンとなるエドの耳元で、ロイは小声で囁いた。
「大丈夫。このマントを被った人間は、姿が見えなくなるんだよ。」
ロイの言葉に、エドはギョッとなった。
「見えなくって・・・・・。」
戸惑うエドに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
「私を信じなさい。後で詳しく説明するから、今は黙って。」
そう言ってエドの頬にキスをするロイに、真っ赤な顔をしたエドは、
困惑しながらも、渋々頷いてハボック達の様子を伺った。ロイの
言った通り、2人がエド達に気づいた様子はない。
「イズミ師匠(せんせい)!!何してんですかっ!!」
ハボックの声に、半目でグルリンと首だけ振り返ったイズミは、低く
呟いた。
「決まっている!ロリコン王に制裁をしている!」
再びウォルターにビンタを食らわせようと、右手を高々と掲げた
イズミに、ハボックは言い辛そうに、呟いた。
「その人は、マスタング王じゃ、ありませんよ。」
ハボックの言葉に、イズミの動きが止まる。
「・・・・人違い・・・?」
ギギギ・・・・と首をハボックに向けるイズミに、ハボックは重々しく
頷いた。
「しかし、黒目黒髪の30男と言っていなかったか?」
イズミは、ウォルターの襟首を掴むと、ハボックに見せる。
「その人は、ゼノタイムの近衛隊隊長のアーチャー殿ですが。
ちなみに、まだ28歳らしいですよ。その人。」
ハボックの言葉に、イズミはマジマジとウォルターの顔を覗き込む。
「そうか・・・。てっきりマスタング王かと・・・・。悪かったな。」
既に白目を剥いて気絶しているウォルターに、イズミは謝罪する。
「第一、そんな顔でエドが一目惚れするわけないでしょう。
エドは超面食いなんですから。」
呆れた顔のハボックの言葉に、ロイの腕の中で事の成り行きを見守って
いるエドが、ピクリと反応する。
「・・・・・それもそうだな。でなければ、ロリコン王と結婚するとは
思えん。」
ハボックの言葉に、イズミも同意した事で、エドは真っ赤な顔でロイの
腕から抜け出ると、ハボックに向かって、抗議をする。
「ちょっと!ジャン兄!!さっきから聞いていれば、ロイのどこが
顔しか取り得がない男だってぇえええええ!!」
「え・・・エド!?お前、浚われたって・・・・・・。つうか、今まで何処に
いたんだ!!」
目の前にいきなり現れたエドに、ハボックは目を白黒させる。
だが、ロイを貶されたと信じているエドは、そんな事を気にも留めずに、
猛然とハボックの胸倉を掴むと、ブンブンと激しく揺さぶる。
「ロイは、俺のロイは、顔だけの男じゃねー!!」
キーッと癇癪を起こすエドに、一瞬惚けていたイズミだったが、
次の瞬間には、ギンと鋭い視線をエドに向ける。
「おい!エド。」
対するエドも負けてはいなかった。普段なら萎縮して、さっさとイズミの
前から逃げ出そうとするエドも、愛する夫を顔だけと言われた事に腹を
立てていた。エドも厳しい表情で師匠に対峙する姿は凛々しい。
「いくら師匠でも許せません!ロイは顔だけの男じゃないもん!!」
2人の間に、稲妻が走る。
「エド・・・・だが、奴は変態ロリコンだ。」
ひゅるるるる〜。何処からともなく吹いてくる風を受けて、イズミの
髪が宙に舞う。
「ロイはロリコンじゃないもん!オレだからだもん!!」
対するエドは、目に涙を溜めてイズミを睨みつける。
そんなエドに、イズミはフッと鼻で笑う。
「そんな涙目で言っても、全然説得力がないぞ。お前も、薄々は
そう思っているんだろ?」
その言葉に、エドはガガーンとショックを受ける。
ポロポロと泣き出すエドを、後ろから抱きしめる男がいた。
「・・・・そこまでにして頂こう。私のエディを泣かせる者は、たとえ、
エディの大切な師匠であっても、許しはしない。」
エドを腕の中に閉じ込めたまま、ロイは鋭い視線をイズミに向ける。
だが、イズミは不敵な笑みを浮かべたまま、面白そうにロイを
見つめる。
「フッ。漸く逢えたね。逢いたかったよ。変態ロリコン王。」
イズミは、ゆっくりとロイに近づくと、鋭い蹴りをロイの顔面に
叩きつけようとするが、その前に、一瞬の隙をついて、ロイの腕から
逃れたエドが、イズミの腰にしがみ付く。
「うわぁあ!エド!!」
一瞬バランスを崩しかけるが、何とか堪えると、自分の腰に
しがみついてグスグス泣いているエドの頭を、ため息をつきながら
優しく撫でる。
「師匠!!止めてよ!ロイを苛めないで!!」
「・・・・・エド、そんなにこの男が好きなのか?」
イズミの優しい声に、エドは泣きながらコクンと頷く。
「お前と14も違う。しかも、女性問題が派手な男でも?」
その言葉に、ムッとして言い返そうとするロイを、イズミは厳しい目で
制する。
「・・・・はっきり言って、今でも不安です。ロイはオレよりも相応しい人が
たくさんいて、いつかは、オレよりもその人の事を選ぶんじゃないかって。」
「エディ!!」
シュンと項垂れるエドに、ロイは慌ててエドを抱きしめようとするが、
その前に、エドは顔を上げると、イズミを真剣な眼差しで見つめる。
「それでも、オレには、ロイしかいない。ロイだけを愛しています!」
揺ぎ無い意志を秘めたエドの瞳に、イズミはふと表情を和らげると、
エドの肩を引き寄せて、抱きしめる。
「マスタング王。聞いての通りだ。」
イズミは、エドを抱きしめたまま、目だけをロイに向ける。
「エドは私の大切な子だ。今まで色々な所を旅していたが、こんなに
純粋な子はいない。・・・・・あんたに、この子を幸せに出来るのかい?」
ロイの真意を探ろうとするイズミの鋭い眼光を、真正面から受け止めた
ロイは不敵に笑う。
「幸せに出来るか・・・・。口で幸せにするというのは、簡単です。」
ロイは、ふと表情を和らげると、視線をエドに向ける。
「私は、愛情を知らずに育った。だから、エディをどうすれば、幸せに
出来るか、正直判りません。しかし、これだけは言えます。」
ロイはエドからイズミに視線を移すと、真剣な目を向ける。
「エディは私が初めて本気で愛した女性です。本当に彼女の幸せを
考えるのならば、私は彼女と結婚するべきではないと思っています。」
その言葉に、エドの顔が真っ青になり、ガタガタと震え始める。
「しかし、私はエディと幸せになりたい。」
ロイの言葉に、エドの目が大きく見開かれる。
「これからの人生、数多くの困難が待ち受けているでしょう。私は
エディと乗り越えたい。そして、2人で幸せになりたいんです。」
ロイはイズミに頭を下げる。
「お願いです。どうか私とエディの結婚を認めて下さい。」
じっとロイを見据えるイズミに、エドも懇願する。
「師匠!!師匠に一言の挨拶もしなかったのは、悪いと思ってる!
でも、オレ・・・オレは!!」
「フウ・・・・。やってられないねぇ!!」
エドの言葉を遮ると、イズミは髪をガシガシ掻きながら、不敵な笑みを
ロイに向ける。
「エドがアンタに騙されているのならば、例え殺されたって、アンタから
エドを救おうと思った。でも、ラブラブなら、私が【言う事】はないよ。」
「師匠!!」
パァアッと顔を明るくさせるエドに、イズミは母のような慈愛を込めた目で
見つめた。
「エド、幸せにな。」
イズミは、ロイに厳しい目を向ける。
「私の大事な子だ。もしも泣かせるような事があれば、容赦はしない。」
「・・・・・肝に銘じます。」
頷くロイに、イズミは上機嫌でニコニコと笑いながら近づく。
「エドを宜しく頼むよ。」
イズミは、ロイの両肩に手を置く。そして、ニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。
「ああ、それから言い忘れたけどね。」
不気味な笑みのイズミに、本能的な恐さを感じ、一歩後ろに下がろうとした
ロイだったが、両肩を掴まれていて、動けない。
「イ・・・・イズミ殿・・・?」
冷や汗を垂らすロイに、イズミの目に鋭い光が宿る。
「【言う事】はないが、【手】は出させてもらうよ!!」
言うなり、イズミはロイの胸倉を掴む。
「この変態ロリコン王!よくもうちの大事な子に手を出したね!!」
「うわぁあああ!!師匠〜!!」
イズミの変化に気づいたエドが止める間もなく、ロイの顎に、イズミの
強烈なるアッパーカットが華麗に決まった。