月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第14話

  

  

 

              「ロイ。ロイ〜。大丈夫か?」
              うるるんと金色の綺麗な瞳を潤ませながら、エドは
              自分の膝の上に頭を乗せているロイの顔を覗き込んだ。
              「ああ・・・・。エディ・・・・。私はもう駄目かもしれん。」
              ロイは、フッと目を伏せると、エドの背中に手を回し、
              グリグリとお腹に頭を摺り寄せる。
              「そんな!!ロイ〜!!」
              エドはポロポロ涙を流しながら、ロイに抱きつく。そんなエドに、
              ハボックが控えめに声を掛ける。
              「あの〜。そろそろここを離れませんかぁ?」
              だが、控えめな声だったからなのか、それとも、知っていて
              わざと見せ付けているのか、ロイとエドのイチャイチャは、
              エスカレートしていく。
              「エディからキスをしてくれれば、痛いのが直ると思うぞ?」
              「ふえっ!で・・・でも・・・こんなとこで・・・・・。」
              流石にエドの方が、まだ理性は残っているらしい。
              チラチラとハボックを気にしている様子は、凶悪なまでに
              可愛らしい。思わず苦笑するハボックだったが、続くロイの
              言葉に、この馬鹿ップル!と叫びたくなる。
              「ああ!痛いぞ!エディ。頼む。」
              思いっきり棒読みなのだが、エドには、瀕死の状況に聞こえるの
              だろう。眼に涙を溜めて、慌ててロイの切れた唇の端に、
              軽くキスを繰り返す。
              チュッ。
              「ロイ〜。」
              チュッ。チュッ。
              「しっかりして〜。」
              チュッ。チュッ。チュッ。
              「死なないでよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
              ふえええええんと、大泣きするエドに、流石に苛めすぎたかと、
              ロイが慌てて起き上がる。
              「ほら!エディのお陰で私は助かったぞ!ありがとう!エディ!!」
              「ロ・・・ロイ〜〜〜〜〜!!」
              ガシッときつく抱きしめ合う2人に、ハボックはウンザリしながら、
              肩を落とす。もう、この馬鹿ップルを見捨てて行こうかと思った時、
              天の助けか、他の部屋を見に行っていた、イズミが戻ってきた。
              相変わらずベッタリな2人を目の前に、イズミは引き攣った顔で、
              ロイの頭を容赦なく殴る。
              「またか!!お前ら!状況を考えろ!!」
              パッコーーーーン。
              「うわあああ!ロイ!!」
              今度こそ演技ではなく、本当に再起不能になったロイに、エドは
              泣きながら縋りつく。
              実は、この一連の行動は、既にこれで5回も繰り返されていたりする。
              イズミに殴られて気絶するロイが目覚めるまで、イズミが周囲を
              捜索しているのだが、帰ってくる度に、状況を考えずに
              イチャついている2人に、切れたイズミが再びロイを殴って気絶させるを
              繰り返しているのだ。
              「これって、エンドレスってやつですかね。」
              はぁああああああ。
              ハボックは、逃れられない己の不幸に、ガックリと肩を落とした。



              「で?今回の事件は、何がどうなっているんだ?」
              相変わらずベッタリな2人の様子に、あえて見ない振りをしながら、
              イズミは腕を組んで、ハボックに尋ねる。
              「オレに聞かないで下さいよ!マスタング王の方が、絶対に詳しいと
              思いますが。」
              ハボックの言葉に、イズミは嫌そうに顎でロイ達を指し示す。
              「あの馬鹿ップルに話しかけろと言うのか?」
              絶対に嫌だというオーラを纏うイズミに、ハボックも、げんなりとした
              顔をする。
              「オレだと荷が勝ちすぎですよ。その点、元祖馬鹿ップル、もとい、
              鴛鴦夫婦でもあるイズミさんが・・・・。」
              ハボックの言葉に、イズミの眉が跳ね上がる。
              「聞き捨てならんな・・・・・。なんだ、その馬鹿ップルというのは。」
              「ウゲッ!」
              ハボックは、慌てて両手で口を押さえる。
              「言っておくがな。私達は、あんなに恥知らずではないぞ!」
              クイと親指でイズミが後ろを指差す。
              「なぁ、ロイ〜。本当に大丈夫か?」
              甲斐甲斐しく世話を焼いているエドに、ロイは蕩ける様な笑みを
              浮かべて、エドの身体を引き寄せる。
              「ああ。勿論だとも。君が私の側にいてくれる。それだけで、
              私に力が漲ってくるのだよ。」
              「ロイ〜!!」
              ヒシッと抱きしめ合う2人の姿に、ハボックはウッと口元を押さえる。
              「見ているだけで胸焼けを起こす・・・・。」
              吐きそうだと、グエグエ言っているハボックは、次の瞬間、
              見てはならないものを見て、一瞬眼が点になった。
              「イズミせんせ〜。オレ、眼が悪くなったかもしれません。」
              「いや、私も同じものを見ていると思うぞ。」
              ハボックとイズミが、思わず、壁に掛けられた鏡を
              凝視する。鏡には、先程からこちらを伺うように、緑色の鳥が、
              ウロチョロしている姿が映し出されていた。ハボックとイズミは、
              一斉に、横を向く。もしも、鏡に映っているものが本当なら、
              鏡と向かい合っている場所に、鳥がいるべきなのだが、いるのは、
              馬鹿ップルの2人のみ。
              「あれ、鏡に見せかけた、窓ですかねぇ・・・・・。」
              現実逃避をしようと試みるハボックだったが、イズミがあっさりと
              淡い期待を裏切る。
              「ここは、地下だ。どう考えても、窓ではないだろう。」
              科学者である錬金術師は、驚くよりも、好奇心の方が勝るようだ。
              どういった仕掛けだ?とあれこれブツブツと考え込んでいる。
              「うげげっ!」
              そうこうしていくうちに、鳥は、ニ・三回嘴で、鏡を叩いた。すると、
              鏡から光が溢れ、ゆっくりと中から鳥が出てきた。
              「一体何してるんだ!」
              バサバサバサバサ。
              鳥は、一直線にロイへと飛んでいくと、後頭部に、容赦のない
              嘴攻撃を加える。
              「うわあ!!」
              「ロイ!?」
              ツンツンツンツンツン
              まるで啄木鳥か、お前は!というツッコミを入れたくなるほど、
              豪快かつ華麗なる嘴攻撃に、流石のロイも、腕で振り払う。
              「何をするんだ!禿げたらどうする!!」
              それでエディに嫌われたら、貴様を焼き鳥にするぞ!と
              座った目つきのロイに、こちらも眼を据わらせた、凶悪なまでに
              三白眼で、鳥はロイを睨みつける。
              「そっちこそ、【契約】はどうした!」
              どういった構造になっているのか、鳥はロイの肩に乗ったまま、
              羽を器量に曲げて、腰の辺りに置く。
              一触即発の事態に、ハボックは、イズミをチラリと見る。
              状況は分からないが、この状況を打破できるのは、イズミを
              おいて、他にはいないと、期待を込めた目を向ける。
              「・・・・・人語を解する鳥・・・・。キメラか・・・?それとも・・・。」
              根っからの錬金術オタクのイズミは、状況よりも、鳥への
              好奇心で一杯だ。鳥と何を組み合わせたキメラだ?と
              ブツブツ言っている。そんな収集のつかない状況を打破したのは、
              意外にも、エドだった。
              「か・・・・かわいい!!」
              エドは、眼をキラキラさせると、ロイと言い争っている鳥の身体を
              ガシッと掴むと、スリスリと頬擦りする。
              「エ・・・エディ!!」
              うぎゃあああああああああ!!!
              まるでこの世の終わりのような、悲痛な叫びをするロイに、
              エドは、鳥を抱きしめたまま、ニッコリと微笑む。
              「ロイ〜。この子かわいい!ねえ!飼っていい?」
              いいでしょ?
              可愛く首を傾げながら、上目遣いでロイを見上げるエドの、
              凶悪なまでに可愛らしい仕草に、ロイは一瞬デレーと落ちかけた。
              しかし、最愛の妻の腕の中に、自分以外の者の存在を容認できない
              狭量の心の持ち主のロイは、ブンブンと首を横に振る。
              「駄目だよ。エディ。」
              「どうして〜?」
              途端、不服そうな顔で、プクリとその可愛らしい頬を膨らませる。
              可愛い!と内心悶えながら、ロイは神妙な顔つきでエドの
              頬に、片手を添える。
              「エディ?猫を飼うのではなかったのかね?」
              「ウン!飼いたい!」
              コクコクと頷くエドに、ロイは業とらしくため息をつく。
              「猫と鳥は仲が悪いんだよ?それでもかい?」
              「この子なら、ダイジョーブ!」
              どうして大丈夫だと言い切れるのか。エドは根拠が全く無い
              自信に臆することなく、堂々と言い切る。そして、再び
              鳥を抱きしめる。
              「駄目だ!エディ!見た目に騙されるんじゃない!」
              ロイは、慌ててエドから鳥を引き離すと、唖然となっている
              エドを抱きしめる。
              「エディ。これは、ただの【鳥】じゃない。」
              「ほえ?ロイ?」
              驚くエドに、ロイはキッパリと言い切った。
              「鳥フェチが高じて、自身も【鳥】になってしまった、
               ただのオヤジだ!」
              「【真理の森の管理人】だ!!」
              ロイの顎に、【真理の森の管理人】の蹴りが、見事に
              決まった。