月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第15話

  

  

 

             「【真理の森】の管理人だとぉおおおおおおおおお!!」
             管理人の言葉に、いち早く反応したのは、意外な事に、
             ハボックだった。ハボックは、慌てて倒れたロイに近づくと、
             その背中で踏ん反り返っている鳥をガシッと鷲掴みする。
             「うわぁ!何すんだ!」
             抗議する管理人を無視して、ハボックは、穴が開くほど
             ジッと管理人を真剣な表情で見つめている。流石に
             居心地が悪くなった管理人は、助けを求めるように、
             エドを見るが、エドも初めて見るハボックの真剣な表情に、
             ポカーンと口を開けて唖然となっている。
             これは、自力で何とかしなければならないと覚悟を決めて、
             管理人は、キッとハボックを見据えるが、当のハボックは、
             絶望した表情で、固まっている。
              「おい・・・・?どうした・・・?」
             恐る恐る管理人がハボックに尋ねるが、ハボックは深いため息を
             つくと、ガックリと肩を落とす。
             ポト
             コロリン
             ハボックの手が緩められ、重力の法則に従った管理人の身体は
             床にポトリと落とされ、その反動で、コロリンと転がった。
             これが猫ならば、空中で一回転して、見事に着地するところだが、
             猫ではない管理人は、ハボックの酷い落ち込みように呆気に
             取られて、受身を取り損ねた。
             「いててて・・・・。」
             何とか起き上がった管理人は、目の前で繰り広げられる光景に、
             ピクピクこめかみが引き攣った。
             「はぁあああああ。俺の先祖は鳥だったのか・・・・。」
             「ふむ。このヒヨコ頭は、先祖がえりという訳だな。」
             床に体育座りで落ち込むハボックの頭を、ワシャワシャかき回しながら、
             イズミが真面目な顔で、繁々とハボックを観察している。その横では、
             エドが、眼をキラキラさせていた。
             「すっげー!ジャン兄!ヒヨコになれるの!?なって見せて見せて!」
             ワーイ!ヒヨコだーっ!と期待を込めた眼差しをしているエドを、
             復活したロイが、慌てて後ろから抱きしめる。
             「エディ!?そんな可愛らしい眼をハボックに向けるんじゃない!
             どうせなら、私に・・・・・。」
             再び、ロイがエドとイチャつき始めたのを見て、管理人の堪忍袋の緒が
             ぶち切れた。
             「いい加減にしろ!!この【世界】を消滅させるぞー!!」
             凄まじいまでの管理人の怒りに、その場にいた人間は動きを止めた。
 
            



              「・・・・・話は分かった。」
              神妙な顔で頷くイズミの前では、ぐったりと、精も根を尽きかけた、管理人が
              安堵のため息をつく。何とか状況を説明しようとした管理人だったが、
              その度にロイとエドのイチャイチャが始まり、それに腹を立てたイズミが、
              2人を引き離すを繰り返しており、要約すればたった10分ほどで終わる話を、
              延々3時間。先程漸く話し終えたのである。
              「で、どうして、さっさと奴を封印しないんだ?」
              不貞腐れたように、管理人は、ロイをギロリと睨む。
              さっさと奴を封印してくれれば、自分はこんな面倒な事を
              しなくても良かったのだ。
              そう思うと、ついつい言葉がきつくなるが、それ以上に、
              ロイの怒りの方が強かった。
              「奴は、私のエディを哀しませたのだ!ただ封印だけなど手緩い!
              生まれてきたことを後悔するくらい、痛めつけてやらねば、私の
              気が収まらん!!」
              ギュッとエドを抱きしめるロイの横では、イズミが指をボキボキ鳴らしながら、
              不気味に笑う。
              「それもそうだな。封印が解かれた場合を考えると、封印する前に、
              腐った性根を正すべきだ。二度とこんな馬鹿な真似をしないようにな。」
              フフフと不気味な笑みを浮かべるイズミに、管理人はため息をつく。
              エドワード至上主義の2人は、エドを泣かせた事を、どうしても
              許せないらしい。ボコボコにする気満々で、2人は、お互い利害が
              一致した為か、先程までの険悪な雰囲気など微塵も感じさせず、
              顔を見合わせると、ニヤリと笑う。その様子に、管理人は、頭を抱える。
              「ああ!被害拡大決定だ!!」
              こんな事を、あの同僚に知られたら、何を言われるか。
              脳裏には、癖の無い長い黒髪を風にたなびかせ、片手を腰に、
              そして、もう片方の手を口に当てて、高笑いする同僚の姿が
              浮かび上がる。あの金の瞳をキラキラさせて、まるで玩具を
              見つけた子どものように、今回の失態をネタに自分をからかうに
              決まっているのだ。女でなければ、強気に出れるのだが、どうも
              自分は女子どもに弱いらしい。いつも口で言い負かされて、
              悔しい思いをしている。
              「待てよ・・・・。さっさと俺が封印すればいいじゃん!」
              ロイとイズミがウォルターをボコボコにする前に、自分が封印すれば
              いいのだ。幸い2人はどうやってウォルターをボコボコにしようか
              作戦会議を行っているため、自分の事を忘れている。
              しめしめと管理人はニヤリと笑う。同僚も、別件で今頃駆け回って
              おり、こちらにまで気が回っていないはず。ならば、さっさと
              封印して、何食わぬ顔で、扉の向こうに帰ればいいだけの
              話だ。そう思い、抜き足、差し足、忍び足。
              管理人は、コソコソとラッセルの足元に倒れているウォルターに
              近づこうとして気がついた。
              「あれ?さっきまでここで伸びていたはず・・・・・・。」
              キョロキョロと辺りを見回すが、ウォルターの影も形もない。
              困惑気味にラッセルを見上げるが、相変わらずぼんやりとした
              表情で、立っているだけのラッセルに、管理人はため息をつく。
              ”そうだ・・・こいつの問題も残っていた。”
              だが、ウォルターの暗示が余程強いのだろう。
              こんな騒がしい部屋の様子に、ラッセルは、ピクリとも反応しない。
              ただ人形のように、佇んでいるだけだった。
              ”一番良いのは、ウォルターに暗示を解かせることなんだが・・・。”
              あのウォルターの性格から言って、それはまずありえないだろう。
              自分が世界の中心だと、本気で思っている男に、良心などという
              ものなど、初めから存在しないのかもしれない。
              「とにかく、ウォルターを見つけ出さなければ。」
              ふと後ろを振り返ると、イズミとロイとで、ウォルターの制裁方法について、
              揉めているようだ。必死に2人を宥めているハボックが痛々しい。
              「だから、何でそんなまだろっこしい事をしなければならない?
              一発ガツンとだな!」
              拳を握って力説するイズミに、ロイも負けずに熱く語る。
              「ですから、肉体だけではなく、精神的にも追い詰めてですね!
              生まれてきた事を後悔するくらいに、奴にダメージを与えないと、
              私の気がすまない!」
              「ふん!なんて暗い奴なんだ!やはり、お前とエドとの結婚は
              認めないよ。」
              イズミの爆弾発言に、ロイの眉が跳ね上がる。
              「・・・・・二言は無いはず。」
              「・・・・・・・私は女だが?」
              二言はないのは、男だろ?
              そう鮮やかに微笑むイズミに、ロイも引き攣った笑みを浮かべる。
              フフフフフ・・・・・・。
              まるでコブラ対マングース。
              はたまた、ウルトラマン対怪獣。
              世紀の対決に、ハボックは青くなる。
              「け・・・喧嘩は止めて下さい〜。」
              あまりの恐ろしさに、仲裁は無理と判断したハボックは、
              素早く2人から遠ざかるが、一応は制止の声をかける。
              後で、ホークアイからお仕置きを受けたくない一心である。
              「まっ、あの2人はハボックに任せよう。」
              流石の管理人も、見えないブリザードを背後に背負っている
              2人の仲裁をするには、命が惜しいと見える。さっさと
              ハボックに押し付けると、ロイ達の姿を極力見ないように、
              素早く部屋から出て行こうとするが、その前に、ガシッと身体を
              掴まれる。
              「エ・・・エドワード姫!?」
              何故、自分を拘束するのか分からない管理人は、
              一瞬パニック状態に陥るが、真剣な表情でじっと自分を見る
              エドに、漸く冷静さを取り戻し、優しく尋ねる。
              「どうかしたのか?姫?」
              この状態を見たロイの反応が恐いが、それよりも、
              エドの方が気になった。
              「ウォルターのトコに行くんだろ?俺も行く!」
              その言葉に、管理人の顔が青くなる。冗談ではない。
              鋼姫であるならいざ知らず、ただの少女となっているエドを
              危険な所へ連れて行けるはずがない。いや、それ以前に、
              エド至上主義なあの人間達に知られれば、自分の命の方が
              危険だ。管理人は、何とか説得を試みようと口を開きかけるが、
              その前に、エドが思いつめた顔で口を開く。
              「ウォルターに言いたいんだ・・・・。初代鋼姫・・・・アストレイア姫の
              【想い】を・・・・・・。」
              「姫・・・・・・。」
              アストレイアの名前に、管理人は神妙な顔で下を向く。
              鋼姫としてアストレイア姫との意識を一時期共有したためなのだろう。
              エドのアストレイア姫に対する思い入れは、誰よりも強い。
              アストレイア姫の不幸の元凶の出現に、アストレイア姫の無念の想いを
              ぶつけたいと思うのは、当然の事だった。しかし、自分も命が惜しい。
              エドの願いを叶えてやりたい。しかし命も惜しい。堂々巡りの管理人に、
              エドはキッと空を睨むと、拳を突き上げて、高らかに宣言する。
              「そして、思いっきりブチのめす!!」
              ああ。流石にイズミの弟子。
              師弟揃って、思考回路は同じだった。
              「さあ!行くぞ!!」
              エドは、ニコやかに微笑むと、管理人を肩に乗せて、嬉々として、部屋を
              出て行こうとする。
              「姫、あの・・・・・。」
              せめて、ロイかイズミに一言断った方が・・・と言いかける管理人だったが、
              次の瞬間、エドの身体が傾いて、またもや盛大に床に転げ落ちた。
              「姫!!」
              痛みを堪えて、管理人が顔を上げると、そこには、澱んだ眼をした
              ラッセルが、エドを小脇に抱えて、管理人を見下ろしていた。
              「鋼姫は頂いていく。」
              ニヤリと口元だけ微笑むラッセルに、管理人の目が細められる。
              「お前・・・・ウォルター・・・か?遠隔操作まで出来るなんて・・・・。」
              聞いてないぞ!俺は!と悔しがる管理人を、ラッセルは面白そうに
              笑う。
              「私の邪魔するものは許さん。溺れてしまえ。」
              そう言うと、ラッセルは、素早く部屋から出て行く。
              「エディ!?」
              騒ぎに気づいたロイは、ラッセルが、エドを小脇に抱えて部屋から
              駆け出していく姿だった。
              「おい!エディを返せ!!・・・・・・・何だ?」
              浚われたエドを追うべく、ロイは慌てて部屋を出て行こうとするが、
              その時になって、漸く部屋と廊下が水浸しになっている事に、
              気づく。
              ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・。
              「何の音だ?」
              地響きの音に、イズミは眉を顰めながら、用心深く辺りを見回す。
              「そう言えば、溺れてしまえとか・・・聞こえましたけど・・・。」
              ハボックの言葉に、全員が一斉にドアを見る。
              「「「「うわああああああああああああああ!!」」」」
              廊下から、大量の水が部屋に向かって流れ込みそうになったが、
              間一髪ロイが扉を閉めて、全員が身体で扉を支える。
              「何で、こんな大量の水が!!」
              背中にビシバシ感じる重圧に、ロイはイライラと叫ぶ。
              「ああ、そう言えば、この近くに湖があったな。流石、水の民の
              生き残り。水の扱いは流石だな。」
              フムフムと感心しているイズミに、ハボックは突っ込みを入れる。
              「今はそんな事言っている場合じゃないでしょ!早く何とかしない
              と・・・・・・。」
              ミシリ。
              背後で嫌な音が立つ。どうやら、扉に亀裂が走ったようだ。
              恐怖に引き攣るハボック達に、大量の水が襲い掛かってきた。