月の裏側 〜 Love Phantom 〜  新婚編

            月華恋歌       

 

                       第18話

  

  

 

             「そういえば、この【場所】だったわね・・・・。」
             【破軍】は、感慨深げに、湖を見つめながら呟く。
             「この場所?」
             ロイの問いかけに、【破軍】は大きく頷くと、じっと
             エドを見つめながら言った。
             「エディーナ姫と焔竜王が出会った場所よ。」
             「エディーナ姫・・・・・と焔竜王って・・・・・・。」
             さっと顔を青褪めるエドに、【破軍】は悲しそうに目を伏せる。
             「この大陸に伝わる、【悲しい恋】の主人公の名前。」
             【破軍】は、ため息をつきながら、ポツリと語りだした。
             「遥かなる昔、まだ【世界】が【天】と【地】と【人間】の、
             三つの種族が共存していた頃のお話・・・・・。」
             このアメストリス大陸にいる者ならば、誰でも知ってる、
             悲しい恋のお話。【月華恋歌】という昔話で、人々に愛されて
             いた。【人間】である姫が、ある日【地】の者である焔竜王に
             浚われ、無理矢理妻にされてしまった。そこで、姫の両親は、
             何とか姫を取り戻そうと、必死に戦うが、焔竜王の焔の前に、
             成す術もなかった。そんな中、姫が子供を産んだと、風の便りに
             聞いた両親は、結婚を許すという書状を送り、焔竜王と姫を誘き
             寄せた。何も知らず、姫と焔竜王は、生まれたばかりの
             我が子と共に、両親の前に姿を現すが。一瞬の隙をついて、
             罠に嵌り、焔竜王は命を落としてしまう。嘆き哀しむ姫に、
             両親は、全て自分達の勘違いである事に気づくのだが、
             時既に遅く、失った命は帰らないという内容だ。
             特に、亡くなった夫を偲び、月明かりの下、生前夫と
             一緒に踊ったワルツのステップを一人で踏む妻の場面では、
             誰もが涙を流す。生と死に分かれてしまっても、相手を強く
             想う気持ちに、人々は感動したのだ。そこから、【月華恋歌】の
             ワルツは、【究極の夫婦愛】の代名詞と言われるように
             なったのである。
             「この珠は、その時、エディーナ姫が流した涙が結晶したもので、
             浄化の力があるの。」
             【破軍】は、手の中の【如意宝珠】を弄びながら、ゆっくりとエドに
             視線を向ける。
             「エディーナ姫の生まれ変わりでもある、あなたなら、この珠を使って、
             ウォルターを今度こそ、浄化することが出来・・・・・。」
             「そんなことは、許さん!!」
             【破軍】の言葉を遮って、ロイは叫ぶと、エドをきつく抱きしめる。
             「許さんと言われても・・・・こればっかりは、エドしか使えないし・・・。」
             肩を竦ませる【破軍】を、ロイは更に剣呑な目で睨みつめる。
             「私のエディがエディーナ姫の生まれ変わりだと!?そんな事は許さん!
             エディは、前世も現世も来世も、全て私だけのものだ!!」
             離すまいと必死にエドを抱きしめる腕に力を込めるロイの様子に、
             【破軍】は、あー、そっちのことかと、内心呆れる。全く、この男は、どの
             【世界】でも変わらない。エドに対する独占欲は、半端ではない。
             全く、知らないとはいえ、前世の自分にまで嫉妬する事はないではないか。
             【破軍】は、呆れたように、深いため息をつく。
             「あのよぉ〜。焔竜王って言うのは〜。」
             見かねた【文曲】が、真実を教えようと口を開くが、【破軍】によって、
             口を塞がれる。
             「む〜!む〜!」
             暴れる【文曲】に、【破軍】は、人の悪い笑みを浮かべる。
             「面白いから、黙っていなさい。」
             小声で、そう【文曲】に告げると、表情を一変させ、哀れみを込めた瞳で
             ロイを見つめる。
             「可哀想だけど、こればっかりは、仕方ないわ。過去は変えられないのですもの。」
             【破軍】の言葉に、ロイはギリリと唇を噛み締める。
             「まぁ、既にエドとあなたは結婚しているのだから、過去の男が今更
             現れても、どうという事は出来ないわ。」
             過去の男もなにも、ただの前世の話で、現世と全く関係ないのだが、
             【過去の男】という言葉に、ロイの神経は逆撫でされる。
             「エディは渡さん!!」
             「・・・・協力してあげてもいいわよ。」
             激昂するロイに、【破軍】は、ニッコリと悪魔の笑みを浮かべる。
             「協力?」
             胡散臭そうにロイは眉を顰める。
             「そうよ。現世はもとより、来世もあなたとエドの縁を結んであげる。」
             「な・・何!?それは本当かっ!!」
             ハッとなるロイに、【破軍】は、重々しく頷く。
             「最上級のワイン一年分で、どう?」
             ニヤリと笑う【破軍】に、ロイはポカンとなる。
             「それだけでいいのか?」
             あまりにも、うますぎる話に、ロイは警戒も露な目を向ける。
             「・・・嫌なら別にいいわよ。」
             「嫌ではない!!」
             肩を竦ませる【破軍】に、ロイは慌てる。もう既に、エドを未来永劫
             独占できるのならば、悪魔にでも魂を売る気満々のロイだった。
             「エドがウォルターを浄化してくれるし、十分【等価交換】よ。」
             浄化という言葉に、ロイは急に不安そうな顔になる。
             「だが、その【浄化】というのは、安全なのか?エディの身にもしも
             危害が及べば・・・・・。」
             私は許さない!ときつく睨まれ、【破軍】はニッコリと微笑む。
             「安心しなさい。エドはこれを発動させるだけで、別にどうということは
             ないわ。」
             「だが・・・・。」
             未だに渋るロイに、【破軍】は、埒が開かないとばかりに、今度は
             話の展開についていけずに、惚けているエドに話しかける。
             「やってくれるわね?エドワード?」
             【破軍】の言葉に、ハッと我に返ったエドは、重々しく頷く。
             「エディ!?」
             驚くロイに、エドは真摯な瞳で見上げる。
             「大丈夫。それに、この件は、【鋼姫】が発端だ。元【鋼姫】として、
             自分の手で決着を着けたいんだ。」
             アストレイア姫の為にも・・・・。
             そう呟くエドに、ロイはハッと息を飲むと、優しく身体を抱き寄せる。
             「エディ・・・・わかったよ。」
             「ロイ!!」
             渋々認めるロイに、嬉しそうに微笑むと、エドは自分からロイに
             抱きついた。







             「・・・・・・焔竜王は、焔の使い手だったそうだな。」
             ラブラブオーラを撒き散らすロイ達を遠目に見ながら、
             イズミはポツリと呟いた。
             「それが何か?」
             くるりと振り返り、にっこりと微笑む【破軍】に、イズミの
             鋭い視線が向けられる。
             「かつて、マスタング王も、【焔の王】と言われるほどに、
             焔の使い手だ。・・・・・・ということは、つまり・・・・。」
             「前世など関係ないわ。」
             イズミの言葉を遮ると、【破軍】は、チロリとレナを横目で
             見る。
             「でも、真に魂が結びついていれば、死しても再びまた巡り合う。
             あの馬鹿ップルが良い証拠。」
             ピクリと肩を揺らすレナに、【破軍】は、優しく語り掛ける。
             「死者を蘇らせたい。その想いは、誰にでもある。でも、それは
             【世界】を崩壊に導くだけでなく、二人の【縁】すらも破壊する行為。
             それに、例え蘇ったとしても、待っているのは【破局】だけよ。」
             それでもいいの?と静かに問いかける【破軍】に、レナは
             静かに涙を流し続けるのだった。
             





             どこまでも続く林の中、ウォルターは、走り続けていた。
             「ここまでくれば・・・・。」
             肩で息を整えながら、後ろを振り返るウォルターは、
             追手がいないことに、安堵のため息をつく。
             「多少、邪魔が入ったが、【鋼姫】さえ手に入れば・・・・。」
             フッと笑みを浮かべるウォルターは、背後から近づく
             足音に、ギクリと身体を強張らせるが、掛けられた声に、
             ホッと力を抜く。
             「アーチャー・・・・。」
             「ラッセルか。で?首尾は?」
             ほっとした顔で振り返ると、青褪めた顔のラッセルの前に、
             怒りも露なエドの姿を認め、ウォルターは唖然となる。
             確かに、エドを浚うようにラッセルを操っているのは自分だ。
             しかし、非難も露なラッセルの表情といい、目の前のエドと
             いい、何か自分の思惑とは違った方向に運命が進んでいる
             事を感じ、眉間に皺を寄せる。
             「ウォルター・・・・。もうこれ以上、あなたの好きにはさせない!」
             怒りの為か、黄金の瞳をさらに輝かせたエドの美しさに、
             ウィルターは、魅入られたように立ち尽くす。
             ”似ている・・・・。”
             一瞬、今のエドの様子が、最後に自分を滅ぼそうとしたアストレイア
             姫と重なり、ウォルターは、本能的に、一歩後ろに下がる。
             あの時のアストレイア姫は、顔の半分を醜く焼け爛れていたが、
             裏切られた怒りに彩られ、誰よりも美しかったと、ウォルターは
             記憶している。
             ただの幼いだけの姫と思っていただけに、あの時のアストレイア姫の
             激情は、今なおウォルターを捕らえて離さない。
             「アストレイア・・・・姫・・・・。」
             ウォルターの言葉に、エドは更に睨みつける瞳に、力を込める。
             「姫は、最後の最後まで、アンタを・・・アンタだけを信じていた。」
             エドは、ゆっくりとウォルターに近づきながら手にした宝珠を、
             ウォルターに向ける。途端、宝珠から光が溢れ、あまりの眩しさに、
             ウォルターは、両腕で目を覆う。
             「な・・なんだ・・・。ち・・・力が・・・・・。」
             宝珠が光り輝けば、輝くほど、力が抜けていく感覚に、ウォルターは、
             顔面蒼白になる。このままではまずいと判断したウォルターは、
             ふと、エドの後ろに立ったままのラッセルに気づき、ニヤリと笑う。
             まだ自分には駒が残っている。幸いエドはこちらに集中している為、
             ラッセルにまで気を回していない。ならばと、ラッセルを操るべく口を
             開く。
             「ラッセル。姫をなんとかしろ!」
             だが、全く動こうとしないラッセルに、ウォルターから余裕の笑みが消える。
             「どうした!【鋼姫】を捕らえよ!!」
             絶叫するウォルターだったが、次の瞬間、背後から喉元に突きつけられた
             剣に、思わず小さな悲鳴を上げる。
             「言ったはずだ。エディは、もう【鋼姫】ではない。」
             いつのまにか、背中をロイに取られ、ウォルターはギリリと悔しそうに
             唇を噛み締める。
             「うぁああああああ!!俺は諦めんぞぉおおおおお!!」
             火事場の馬鹿力なのか、ウォルターは、ガムシャラに手足を激しく
             動かすと、ロイの手を払いのけ、エドに向かって突進する。
             「エディ!!」
             慌ててロイも後を追うが、その前に、一発の銃声が林の中を木魂する。
             「な・・・なんだと・・・・。」
             右の脹脛に激痛が走り、堪えきれず、ウォルターは、その場に倒れ込む。
             「・・・・・エドワードちゃんに、指一本触れさせないわ!!」
             フフフと不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと姿を現したのは、
             フレイム王国にいるはずのホークアイ。その後ろには、ハボックと
             イズミの姿もある。
             「リザ姉様!!」
             「無事だったのね!エドワードちゃん!!」
             タタタタとエドが駆け出した先は、ロイではなく、ホークアイの方。
             ロイの目の前で、エドとホークアイは、熱い抱擁を交わす。
             「ず・・・ずるいぞ!リザ!!それは、私の役だ!!」
             ロイが青褪めて抗議をするのを、完全に無視したホークアイは、
             蕩けるような笑みで、エドを見つめる。
             「心配したのよ。でも、怪我がなくって良かった・・・・。」
             ポロリと流すホークアイに、エドも泣きながら抱きつく。
             「心配掛けてごめんなさい!リザ姉様!!」
             「エドワードちゃん!!」
             ビシッと抱き合う二人の様子に、面白くないロイは、怒りを
             ウォルターへと向ける。
             「だいたい、全て貴様のせいだ!!本当なら今頃誰にも
             邪魔をされずに、エディと過ごしていられたのに・・・・。」
             「グエッ!」
             ロイは、容赦なくウォルターの背中を踏みつける。途端、カエルが
             踏まれたような声が聞こえ、その声を合図に、ホークアイやエド、
             イズミ達が、ウォルターを取り囲むように、近づく。
             「そう。この男が諸悪の根源・・・・。」
             エドの肩を抱きながら、ホークアイは銃をウォルターに突きつける。
             「ったく!お前のせいで、陛下には殴られるし、踏んだり蹴ったりだ!」
             苦々しく呟くハボックの言葉に、ホークアイは、銃をウォルターから
             ロイへと向ける。
             「陛下?私の婚約者で、エドワードちゃんの兄的存在である、ハボックを
             殴ったのですか?」
             ニッコリと微笑みながら、ホークアイは銃のセーフティを外す。
             「ま・・・待ちたまえ!大体ハボックが悪いんだ!エディが浚われるのを
             黙ってみていたのだからな!!」
             慌てて弁解するロイに、ホークアイは剣呑な瞳のまま、ロイから
             ハボックへ銃口の向きが変わる。
             「黙ってみていた・・・・?」
             途端、どす黒いオーラを撒き散らすホークアイに、ハボックはブンブンと
             首を横に振る。
             「違いますって!!第一、あの時は陛下も土砂崩れに巻き込まれ、
             生死がわからなくなるは、かなり現場は混乱していたんです!」
             俺のせいじゃないです!!と涙目で訴えるハボックに、ホークアイは、
             ため息をつきながら銃を下ろす。
             「お二人とも、後でみっちりとお仕置きします。」
             ホークアイの言葉に、ロイとハボックは同時にガックリと肩を落とす。
             「・・・・で、コイツはどうする?」
             ツンツンと足でウォルターを突っつきながら、イズミは尋ねる。その目は、
             ただ封印しただけでは、コイツのせいで不幸になった人間は浮かばれない
             しと、言っていた。ボキボキと指を鳴らすイズミの横では、エドもウンウンと
             頷いていた。
             「やっぱ、ゲンコでボコるのみー!!」
             オーッとばかりに、エドは拳を振り上げる。
             「そうね。封印はいつでも出来るし。」
             フフフと笑いながらホークアイは銃を再びウォルターに突きつける。
             「生まれてきたことを後悔させてやる!!」
             剣を突きつけるロイの横では、ハボックも銃を突きつける。
             「【鋼姫】の無念を晴らす!!」
             これまで、どれだけ【鋼姫】達は涙を流してきたのだろう。その
             心を思うにつけ、目の前のウォルターを簡単に許せる訳がない。
             【ハボック家の当主】として、【鋼姫】に深く関わっていただけに、
             ハボックの怒りは凄まじい。
             「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
             その後、ウォルターの絶叫が止む事はなかった。







             「やーっと終わったな。」
             封印されていくウォルターを見つめながら、【文曲】は、感慨深そうに
             ため息をつく。
             「そうね。これで、この【世界】も漸く安定するわ。・・・・でも。」
             そこで言葉を切ると、【破軍】は、ジロリと【文曲】を横目で睨む。
             「・・・・結局、私も手伝う事になったわね。」
             低く呟かれる声に、【文曲】は、ヒェエエエエエエエと慄く。
             「・・・・・返済を楽しみにしているわ。」
             クククと笑う【破軍】に、【文曲】は、逃れられない下僕としての
             運命を思い、ガックリと肩を落とした。




             「では、ここでの用も終わった事ですし、そろそろ城へ戻りましょうか。」
             陛下には、とぉおーっても素敵な仕事が山のように残っていますし。
             ホークアイの言葉に、ロイはエドを腕に抱きしめながら、青褪める。
             「し・・し・・しかしだね!エディは力を使って、すごく疲れていると
             思うし、今日はこのまま、ここで一泊して、明日出発という事で
             どうだろうか・・・・。」
             ビクビクとホークアイにお伺いを立てるロイの言葉に、ホークアイは
             疲れた表情のエドを見て、ため息をつく。本来ならば、即刻
             城に戻ってロイに仕事をさせたいのだが、エドの疲れきった様子に、
             早く休ませて上げたいと思う。
             「そうですね。エドワードちゃんが心配です。早く宿を取りましょう。」
             その言葉に、ロイは微笑む。
             「ありがとう。リザ。」
             ホークアイは気づかない。その時、ロイの目がキラリと光った事を。






             「あぁああああああ!!やられたわ!!」
             いつまでも起きてこないロイとエドに、嫌な予感がしたホークアイが
             二人の部屋に尋ねると、既にそこに二人の姿はなく、代わりに手紙が
             テーブルの上に置かれていた。
             「親愛なる、リザ。最近、国民の間で【新婚旅行】なるものが
             流行っているそうだ。新婚と言えば、私達も、れっきとした新婚。
             国民が新婚旅行に行けるのに、、国王である私が行けないのは
             おかしい!!と、言うわけで、これから私達は新婚旅行へと
             出かける。1ヶ月くらいで城に戻るので、その間の執務は、
             全てリザ、君に任せよう。お土産を楽しみにしていてくれ。
             ロイ・マスタングより。ですってえぇえええええええええええ!!」
             くやしい!!と、ホークアイはロイの手紙を、ビリビリに破く。
             追いかけたくても、これ以上、城を空ける事が出来ないホークアイは、
             涙を飲んで城に帰るしかできない。
             「この落とし前は、必ずつけさせて頂きますからね・・・・・・。
             覚悟して下さい!!」
             ホークアイの絶叫が響き渡った。