「ちょっと!あなた!!」
待ってろと言われ、渋々エドが城門の所で待っていると、
騒ぎを聞きつけた女性達が、ワラワラと城から出てきた。
そのあまりの数の多さに、エドが戸惑っていると、その中から
代表して、1人の女性が進み出る。身なりからして女官のようだ。
「ロイ様が夢中なのって、あなたなの?」
その言葉に、一瞬にして周囲から殺気が放たれる。
「へ!?ロイ様?誰それ?」
いきなりの事に戸惑いつつも、知らない名前に、エドは
首を傾げる。
「しらばっくれないで!!さっき一緒に馬に乗ってきたでしょ!!」
女性の言葉に、エドは漸く納得したとばかりに、ポンと手を打つ。
「へ〜。隊長って、【ロイ】って名前なんだ〜。知らなかった。
あれ?王様と同じ名前?」
ふみょ?と首を傾げて考え込むエドに、クククと笑いながら、
隊長が戻ってきた。
「昔の古い風習だよ。同じ年に生まれた臣下の子供に、王子や
王女の名前をつけるのは、悪霊の目を王子や王女から逸らせる
為らしい・・・・・。」
突然の憧れの人の登場に、女性達は軽いパニックを起こす。
そんな女性達に、にっこりと微笑みながら手を振ると、ロイは
まるで王女をエスコートするように、エドの手を恭しく取る。
「遅くなってすまない。私のエド。」
そして、エドに恭しく手の甲に口付けをするロイに、周囲から悲鳴が
起る。中には、ショックに耐え切れず、気を失う女性もいるよう
だ。手の甲にキスされて、一瞬惚けたエドだったが、直ぐに
引っ手繰るように手を振り解くと、きつい眼をロイに向ける。
「男相手に、何気色悪い事してんだよ!!」
慌てて手を服でゴシゴシ拭くエドに、ロイは苦笑すると、そっと
背中に手を回して、エスコートする。
「さぁ、君を職場に案内しよう。では、レディ達、これで失礼するよ。」
そう言って、歩き出すロイに、エドは探るような目でロイを
見つめた。
「?私に見蕩れたのかい?エド?」
嬉しそうな顔で自分の耳元に顔を寄せるロイを、エドは容赦ない
力で殴りつける。
「黙れ!サボリ魔!さっさと、案内しろ!!」
「仰せのままに・・・・。」
ククク・・・と笑うロイの横顔を、チラリと見る。
今のやりとりで、エドに一つだけ判った事があった。
”こいつ・・・・目が笑ってねえ。”
女性や自分に対する笑みが、表面上の事だけに気づき、
エドは知らず身体を強張らせる。
”こいつの目的は一体何なんだ・・・・・。”
まさかとは思うが、自分の正体を知って、業と城の仕事という
甘い罠を張ったのだろうか。
”とにかく、気を引き締めないと・・・・・。”
ここは敵の本拠地なのだ。自分の行動で味方にどのような
悪影響を及ぼすか判らない。エドは気を引き締めるために、
キッとキツイ眼を正面に向けた。
「はぁあああああ。訳わかんねー。」
馬の餌をやりながら、エドは溜息をついた。幸い辺りには
誰もいない。エドは、少し休憩とばかりに、柵に腰を降ろした。
エドが城での仕事を始め、そろそろ1ヶ月。時々嫉妬にかられた
女性達の嫌がらせはあるものの、だいぶ仕事に慣れ、
意外にも、エドは充実した毎日を送っていた。
「一体、隊長は何を考えているんだ・・・・。」
エドは深い溜息を洩らす。城下町に住んでいた頃は、毎日の
ようにやってきては、自分を口説くロイを、ただ鬱陶しいとしか
思っていなかったが、城に上がって、ロイとの接点を多く持つように
なって、何かがおかしい事に、直ぐに気がついた。
ロイが自分を口説くときは、周りに誰かがいるときだけである事に
エドは気づいたのだ。誰か側にいる時に限り、それが仕事中だろうが
なんだろうが、ロイはエドに迫るのだが、辺りに人がいないときは、
今までの熱心さが嘘であるかのように、エドを一瞥しただけで、
まるで道端の石を見るかのような態度に、エドは最初怒っていた
のだが、そのあまりの徹底振りに、最近では恐怖を感じるように
なって、今まで以上にロイを避けていた。
「不気味すぎる・・・・・・。」
「何が不気味だって?」
てっきり自分しかいないとばかり思っていただけに、いきなり
声をかけられ、エドは驚いてバランスを崩して柵から落ちそうに
なった。
「危ない!」
逞しい腕に抱きすくめられて、エドは真っ赤な顔になる。
「ごめんなさい!!」
慌てて謝るエドに、男はポンポンとエドの頭を叩く。
「いいって。これくらい。どっか怪我はないか?」
その声に、エドは顔を上げると、目の前にいたのは、近衛隊の
ジャン・ハボックだった。
「ハボック様!?すみません!オレ・・・・。」
おろおろとするエドに、ハボックは笑みを浮かべる。
「怪我がないんなら、それでいい。あっ、それから、オレの事は
ジャンでいいから。様はつけるな。」
クシャリと頭を撫でられ、エドは恐縮する。
「え!?でも・・・・・。」
困惑気味のエドに、ハボックはガハハハと笑う。
「いいって。オレは平民だからな。様付けされると、どうも
具合が悪くてな。」
その言葉に、エドは吃驚する。近衛隊と言えば、王の側近くに
仕える人間のはずだ。その為、良家の子息しか入れないのでは
と、そんな疑問が顔に出たのだろう、ハボックは苦笑する。
「ほんの2・3年ほど前だったら、オレは下町でカッパライしてた
んだぜ?」
「えっ!?カッパライ!?」
平民出身だけでも驚いたのに、さらに犯罪者だと言うハボックに、
エドはどう反応していいのかわからず、困惑気味にハボックを
見る。
「王様が大らかなんだか、何も考えてないのかわかんねーけど、
屋敷の奥で守られながら育った貴族のボンボンが、国王の
命を守れるわけがないってさ。それに、犯罪に手を染めた者なら
ば、犯罪の手口がわかるだろうと言う訳で、結構近衛隊とかに
犯罪者とか多いぜ。」
アングリと口を開けて驚くエドに、ハボックはゲラゲラ笑う。
「何を驚いているんだ?お前だって、似たようなもんだろ?」
その言葉に、エドはカチンときて叫ぶ。
「逆だ!逆!!オレは捕まえた方!!」
その言葉に、ハボックはキョトンとなった。
「そうなのか?隊長があまりにも執着しているから、裏では
名のある犯罪者じゃないかって、近衛隊では、もちきりの噂
だぞ?」
賭けまで発生していると聞いて、エドは頭を抱える。
「違うって・・・・・。オレが街を歩いていた時、たまたま引ったくり
と出会ったんだよ。で、捕まえたら、次の日に隊長が来たんだ。
薔薇の花束を持って・・・・・。」
その時の事を思い出したのか、エドはげんなりと顔を顰めた。
扉を開けた途端、見ず知らずの人間に、薔薇の花束と共に、
抱きしめられて、怒るなと言う方がおかしい。そう思い、
怒りの鉄拳を繰り出したところ、あっけなく手を取られて、
更に抱きしめられてしまい、エドは必死に暴れる。
「離せ〜!!」
ジタバタと暴れるエドを男はうっとりとした目で見つめる。
「ああ、思った通り抱き心地が最高だ。」
その言葉に、エドは背筋を凍らせると、渾身の力で振り払った。
「だーっ!!気色悪りぃ!!この変態!!誰だよ!アンタ!!」
ガルルと男を睨みつけるエドに、男はニッコリと微笑むと、
持っていた薔薇の花束をエドに渡す。
「私は近衛隊隊長だ。」
思わず花束を受け取りそうになって、慌ててエドは一歩後ろに
下がる。
「その隊長さんが、一体何の用だよ!!」
エドの言葉にロイは、不敵な笑みを浮かべると、素早くエドの
身体を引き寄せた。
「エド!昨日私は君に一目惚れした!私と付き合いたまえ!!」
「・・・・・・。ふざけんな!!」
怒り狂ったエドが、店を半壊状態にする前に、騒ぎを聞きつけて
やってきたウィンリィに、スパナで殴られたのは、未だ記憶に
新しい。そして、その日から毎日ロイのラブコールが始まったので
あった。
「そりゃまた・・・・災難な事で・・・・・。」
流石のハボックも、ロイの常軌を逸した行動に、それしか言えない
らしい。
「で?隊長はどこでお前を見初めたんだ?」
ハボックの問いに、エドはガックリと溜息をつく。
「何でも、引ったくりを捕まえる時のオレの回し蹴りの技の切れに
惚れたとか何とか・・・・・。」
「隊長・・・マニアックだったんッスね。」
ハボックは遠い目で空を見つめる。
「全く、困ったもんだぜ。」
深い溜息をつくエドに、ハボックは、ニヤニヤ笑う。
「そんな事言って、お前だって隊長を利用してるだろ?」
「利用?」
訝しげな顔で首を傾げるエドに、ハボックはニヤリと笑う。
「城での仕事を回して貰っただろ?城で働いている奴ら、
特に女性達の恨みを買ってるぜ?」
いくら能力主義と言っても、身寄りのない子供を雇い入れる事は
ない。そこを、ロイが無理矢理押し通したのだ。
「・・・・オレには双子の姉さんがいるんだ・・・・。」
エドは溜息をつく。
「姉さんは、ちゃんと手に職を持っている。でも、オレは
男なのに、姉さんの助手をするくらいで、何の力もなくてさ。
だから、仕事を探すから、隊長に構っている暇はないって
言ったら・・・・・。」
「隊長に、ここを紹介されたって訳か。」
ハボックの言葉に、エドはコクリと頷く。
「・・・・そっか。皆に嫌われていたのか・・・・。」
エドはシュンとなる。城に潜入出来る絶好のチャンスと舞い上がって
いたから気づかなかったが、よくよく考えてみれば、下働きと言っても
憧れの職場。それを、こんなガキがすんなり入ってしまえば、
誰だって面白くない。全く気づかなかった自分の馬鹿さ加減に、
エドはますます落ち込む。それに驚いたのはハボックだった。
少しからかうつもりが裏目で出て、焦ってしまう。
「でもよ!それは最初のうちだけだって!今ではお前の仕事
振りに、みんな喜んでるぞ!」
これは嘘ではない。確かに最初のうちは、ロイの強引な
後押しに、皆エドが来る前は、エドを排除しようとしていたのだが、
エドの素直な性格と明るい笑顔。それに、何をするにも一生懸命な
姿に、皆心からエドを迎え入れたのだ。
もっとも、ロイに淡い想いを寄せている一部の御婦人方は、相変わらず
エドを毛嫌いしているが。
「・・・・本当?」
上目遣いで自分を見上げるエドに、ハボックは安心させるように
大きく頷く。
「良かった・・・・・。」
華が綻ぶような優しい笑みに、ハボックは、ここ最近良く耳にする
言葉を思い出す。
エドの笑顔は皆を幸せにする。
”全くだ・・・。スッゲー、癒される。”
ハボックはニコニコ笑いながら、エドの頭をポンポン叩く。
「ところで、ジャン、仕事は?」
ふと思い出したように、エドは首を傾げる。
「ん?サボリ。」
平然と言うハボックに、エドは呆れたような顔をする。
「いくら何でも、それってまずいだろ・・・・。」
「いいって!どうせ、いつも部屋の外での警護だけだから。」
ハボックの言葉に、エドはキョトンとなる。
「近衛兵なのに?」
その言葉に、ハボックは肩を竦ませる。
「執務室に入れるのは、隊長と副隊長だけ。俺達は執務室の
外で番犬。」
「何だよ?それ?」
クスクス笑うエドに、ハボックも釣られて笑う。
「オレって未だに王様の顔知らねーんだぜ?笑っちゃうだろ?」
その言葉に、エドはピクリと反応する。
「近衛兵なのに、知らないて・・・・・・。それって、どういう・・・・。」
「エド!!」
エドがハボックに尋ねようとした時、背後から怒鳴り声が聞こえ、
慌てて2人は振り返った。
「隊長!!」
珍しく肩で息をしながら、怒りの形相のロイに、ハボックはしまったと
顔色を青くさせる。
「ハボック、いつまでサボっている気だ。持ち場へ戻れ。」
「りょ・・・・了解!!」
ハボックは慌てて敬礼すると、慌てて城に向かって駆け出す。
ハボックの後姿を見送っていたロイは、鋭い視線をエドに向けると、
吐き捨てるように言った。
「お前も、持ち場へ戻れ。」
「待てよ。隊長。」
そのまま立ち去ろうとするロイを、エドは思いつめた表情で呼び止める。
ゆっくりとロイが後ろを振り返ると、黄金の瞳に、強い意志の光を
宿したエドが、不敵な笑みで立っていた。
「エド・・・・・・?」
「ここなら誰もいない。・・・・・あんたの真意ってものを聞かせて
貰いたいんだけど?」
エドの真摯な表情に、ロイは知らずゴクリと唾を飲み込む。
2人の間を、一陣の風が取り巻き、離れていった。