「・・・・君は何を言っているんだ?」
ふと表情を和ませると、ロイはエドに近づく。
そして、そのままエドを抱きしめようとするのを、
エドは鋭い声で制止する。
「そっから動くな!!」
エドの凄まじいまでの殺気に、ロイは表情を硬くする。
「エド?」
「・・・いい加減、下手な芝居は止めにしよう。」
エドはじっとロイを見据える。
「あんたの恋愛ゴッコに付き合っている暇は、
オレにはないんだ。」
その言葉に、ロイは酷く傷付いた顔をする。そんな
ロイをエドは鼻で笑う。
「言ったはずだ。あんたの下手な芝居は止めろと。
そんな顔をしても、滑稽なだけだ。」
「・・・・何時から判った?」
溜息をつくロイに、エドはニヤリと笑う。
「そんなの、最初から。」
「!!」
驚くロイに、エドはケラケラと笑う。
「いくらオレだって、好かれているか好かれていないか
くらいわかるんだぜ?」
「・・・・・私は君を・・・・・。」
ロイの言葉を遮り、エドはその先を続ける。
「嫌いではない。勿論、好きでもない。どーでもいい存在
だ。いや?むしろオレを利用する分、どーでもいい存在
・・・ではないかもね。」
エドは腕を組むと、唖然となっているロイを見据える。
「言えよ。」
「何だと?」
何を言っているんだこの子供はという目をするロイに、
エドは頭をガシガシ掻く。
「だーかーらー、言えって。こんな馬鹿げた事をした理由を。
巻き込まれた俺には、聞く権利がある!」
「・・・・・・・・・。」
黙り込むロイに、エドは溜息をつく。
「まっ、言いたくないなら無理には聞かないけど?こっちも
仕事を世話してもらったという借りもあるしな。この事はこれ
以上突っ込まないから、もうオレの周りをうろつくな。」
言いたいことはそれだけだと、エドは手をヒラヒラさせて、
城に戻ろうとロイの横を通り過ぎようとした時、ロイに
手を取られ、怪訝そうにロイを振り返る。
「隊長?」
「・・・・もしも、本当の事を言えば、君は私に協力して
くれるかい?」
どこまでも真摯な表情のロイに、エドは表情を改めると、
コクリと頷いた。
「・・・・私は、ある女性に永遠の愛を捧げたのだ・・・・。」
ロイの告白に、エドは驚いて目を丸くした。
「陛下・・・・・随分と楽しそうですが、何かありましたか?」
書類を調えていた手を止め、ホークアイは、チラリと国王を
見る。
「ん?いや、別に何もないが?」
クククと楽しそうに笑う国王に、ホークアイは溜息をつく。
「・・・・・エド君と何かありましたか?」
その言葉に、おや?と目を見張る王に、ホークアイは、
何枚かの書類を王に渡す。
「陛下。誤字脱字がありました。訂正をお願いします。」
途端、嫌そうな顔をする王に、ホークアイは、業とらしく
銃に手を伸ばす。
「・・・・今直ぐに訂正する。」
慌ててペンを走らせる国王を、ホークアイはじっと見つめながら
低く呟く。
「いい加減、こんな茶番はお止めになって下さい。
エド君が可哀想です。陛下・・・・いえ。【隊長】。」
ホークアイの言葉に、王の手が止まる。
「今だ国勢が安定していない状態とは言え、二年前とは
比べ物にならないほど、状況はだいぶ落ち着いてきています。
あなたが、【隊長】として、城内外を見て回る必要は
ないはずです。他の者達を信頼して、玉座にお座り下さい。」
「信用?」
ロイは、ククク・・・と笑いながら、チラリとホークアイを見ると、
次の瞬間、バンと力強く机を叩く。
「信用して、どうなった?私がここまで上り詰める間、一体
何人の人間が私を裏切った?」
ロイは、ふと目を伏せると、そっとホークアイの身体を抱きしめる。
「私が信用しているのは、君だけだ。リザ・・・・・。」
「・・・・・・・・陛下。」
目を伏せるホークアイに、ロイは優しく微笑む。
「もう直ぐだ。【鋼姫】さえ亡き者にすれば、漸く安寧が得られる。
そうすれば、直ぐに君を妃に・・・・・・。」
「そのお話ならば、かなり前にお断り致しましたが?」
ホークアイはやんわりとロイの腕から逃れると、きつくロイを
見据える。
「君に拒否権はないよ?私には君が必要なんだ。」
クスリと笑うロイに、ホークアイは溜息をつく。
「それを言うのならば、私ではなく、私の中に半分流れる、
【マスタング家】の血なのでしょう?しかし、聡明な国王陛下は、
血筋に拘るという馬鹿なお考えはなさらないと、私は信じて
おります。」
ホークアイはじっとロイを見つめる。
「お願いです。エド君をこれ以上巻き込むようなことは・・・・。」
「リザ。あの子には、既に了承を取っているのだよ。」
ニヤリと笑うロイに、ホークアイは驚きに目を見張る。
「全てを打ち明けたのですか?」
ホークアイの言葉に、ロイは肩を竦ませる。
「まさか。まぁ、感が良いが、まだまだ子供だ。私の嘘に
コロッと騙されて、快く協力してくれるそうだ。」
面白そうに笑うロイに、ホークアイの視線に剣呑さが増す。
「エド君に、一体何を言ったのですか?」
「私が君に夢中だと言ったのだよ。」
その言葉に、ホークアイの目が細められる。
「陛下、お戯れもほどほどになさって下さい。」
「嘘ではないぞ?例え君が国王の妃になっても、君への愛を
貫きたい。しかし、結婚話を断るのもだんだんと苦しくなって
きた。だから、そんな話が出てこないように、男の恋人が
いると周囲にアピールしようとした。そう言ったら、
ひどく感動して、私に協力してくれると言ってくれたよ。」
協力すると言っているのだ。利用して何が悪い?と
開き直るロイに、ホークアイは溜息をついた。
「素直に居もしない【隊長】にくる見合い話を断る口実だと、
自分が国王なのだと告げた方が良かったと思いますが。」
そんなロイに、ホークアイは溜息をつきながら言う。
「君は正気か?何の為に私が苦労して・・・・・。」
「少なくとも、エド君に対しては、素直な気持ちで接した方が
陛下の為です。」
ホークアイの言葉に、ロイは眉を顰める。
「・・・・どういう事だ?」
「今は何を言っても、あなたが素直に聞き入れることはない
でしょう。」
ホークアイは処理済の書類を手に取ると、敬礼する。
「ですが、直ぐに私の言った事がわかります。そして、その時、
あなたが少しでも自分の行いを後悔しない事を、祈って
います。・・・・・・それでは、失礼します。」
言うだけ言うと、ホークアイはパタンと扉を開けて、執務室から
出て行った。後に残されたロイは、ポカンと口を開けている。
「何が言いたいんだ?私が後悔?そんな事はありえない。」
ロイは苦笑すると、深々と椅子に座り直し、目を閉じる。
「それよりも、今は【鋼姫】だ。何としても、息の根を止めなければ。」
ロイはカッと目を見開くと、虚空を凝視する。
「もう手段を選んではいられんな・・・・。」
ロイはクスリと笑うと、パチンと指を鳴らす。
「・・・・・お呼びでしょうか。」
スッと音もなく、執務室に現れた人物は、ロイの前に進み出ると、
片膝をついて、頭を垂れる。その様子に、ロイは満足そうに笑う。
「貴様に任務だ。ハボック・・・・いや、【レッドラム】。」
「・・・・・ターゲットは?」
ハボックの言葉に、ロイは一言。
「フルメタル王国の【鋼姫】エドワード・エルリック。」
ロイの言葉に、ハボックは顔を上げると、眉を顰める。
「【鋼姫】?実在したんですか?」
ハボックの問いに、ロイはニヤリと笑うだけだ。
そんなロイの態度に、ハボックは肩を竦ませると、恭しく一礼して、
立ち上がる。
「それで、居場所・・・・とかが、わかるわけないですよね。」
それが判れば、自分が呼ばれることはないはずだ。
案の定、当然と言わんばかりにロイは、大きく頷いた。
「期待しているぞ。」
手をひらひらさせるロイに、ハボックは溜息をついた。
「お任せ下さい。・・・・あ〜、念のため確認しておきますが、
殺人依頼にキャンセルは出来ませんよ?」
途端、ロイの顔が不快に歪められる。
「当たり前だ。こんな事、ただ単に思いつきで命令するか!」
ギロリとロイに睨まれ、ハボックは慌てて言い募る。
「中にはいるんですよ。こんな事を望んではいなかったって。」
ハボックの言葉に、ロイは不快な顔を向ける。
「ふん。そんな何も考えていない輩と私を一緒にするとはな。」
機嫌を損ねたロイに、ハボックは苦笑するが、次の瞬間、ハボック
から一切の表情が消える。そして、一礼すると、ゆっくりと
執務室を出て行った。
「【鋼姫】・・・・エドワード・エルリックか・・・・。」
1人残されたロイは、何年か前に出逢った姫をぼんやりと
思い浮かべる。顔ははっきりと覚えていないが、確か金の髪
だったなという呟きは、小さく誰の耳にも届かなかった。
書類を抱えて回廊を歩いているホークアイの耳に、エドの
声が聞こえ、ふと視線を向ける。
陽だまりの中、近衛兵達と一緒になって、組み手をしている
姿に、ホークアイは眩しそうに目を細める。
”本当に、光に愛されている子なのね・・・・・。”
ホークアイは、自分よりも綺麗な黄金の髪が、光に反射して
キラキラ輝くのを見て、そう思った。初めてその姿を見た時、
自分は直感したのだ。この子供なら、ロイの心の闇に光を
与えるのではないかと。案の定、ロイの視線は、エドから
離れる事はなかった。先程も、たまたま見かけたエドが、
ハボックと仲良く談笑をしている姿を見かけて、すっ飛んでいった
くせに、あくまでもエドを利用していると言ったのだ。
”まさか、無自覚だったなんて・・・・・。”
ホークアイは溜息をつく。
その上、エドに自分には好きな人がいるとまで、言ってしまった
のだ。これを無能と言わずに、何と言おうか。
無能だ無能だと思っていたが、ここまで無能だとは思って
いなかったホークアイは、頭を抱えたくなる。
「全く・・・・。後で絶対に泣きをみますよ!陛下!!」
もしも、ロイが恋愛を自覚したらどうなるのか。
その時、確実に自分も巻き込まれると、ホークアイは深い溜息を
つくのだった。