「・・・・・随分楽しそうですね。陛下。」
店から出て上機嫌なロイに、外で待っていたホークアイは
呆れた顔をする。
「ホークアイ副隊長。ここでは・・・・・。」
ギロリと自分を睨むロイに、ホークアイは肩を竦ませる。
「失礼しました。隊長。ところで、一体何時になったら、
城へと戻られるのでしょうか?今頃、陛下もお待ちかと。」
実際は、陛下ではなく、処理しなければならない書類が、
執務室でロイの帰りを待っている。さっさと街の視察を終えて、
一枚でも多く書類を処理して欲しい。
ドロドロドロ〜ンと、ホークアイから、いい加減にしろオーラが
放たれているが、それに気づかないのか、それともいつもの
事と思い、全く気にしないのか、ロイは嬉しそうな顔で
馬に跨ると、さっさと城へと向かう。それに驚いて、ホークアイも
自分の馬に跨ると、慌ててロイの後を追いかける。
「隊長!一体、どうしたんですか!!」
何時もなら、何だかんだ理由をつけて、城に戻ろうとしないのに、
何故今日に限って、城に向かって一直線に走っているのだろうかと、
ホークアイは訳が判らず、ロイに尋ねる。
「別にどうもしないぞ。」
素っ気無い口調とは裏腹に、ロイの瞳はただ城へと注がれる。
その様子に、ホークアイはニヤリと笑う。
「隊長が城へ急いでいるのは、愛するエド君に一刻も早く
逢いたいからなんですね。」
ホークアイの爆弾発言に、ロイは慌てて手綱を引く。
「君は一体、何を言っているのだね!?」
怒るロイに、ホークアイはスッと目を細める。
「違うのですか?隊長の持っている袋の中身は、エド君への
お土産かと思っていたのですが。」
「確かにこれは、エドへのお土産だ。以前、あの店のドーナツが
好物と言っていたのでな。そろそろ休憩時間だろうから・・・・・。」
ハッと我に返ると、ロイはホークアイに苦笑する。
「君は誤解している。私が愛しているのは君だけだ。」
その言葉に、ホークアイは醒めた目で見据える。
「一度、【愛】という言葉の意味を、辞書で引き直した方が
宜しいかと。」
「つれないね。君は相変わらず。いいかね。私がエドにドーナツを
買ったのは、別に他意はないぞ。」
ジトーッと自分を見るホークアイに、ロイは咳払いをすると、
穏やかに微笑みながら、ドーナツが入っている袋を見つめる。
「そうではなくてだね・・・。つまり・・・その・・・面白いのだよ。」
「面白い?」
なんだそれは、と、ホークアイは眉を顰める。
「君も一度見たらわかるよ。あの小さい口で口いっぱいお菓子を
頬張るエドの姿を。まるで小動物が、一生懸命餌を食べている
ようで、実に面白い。」
その時の思い出したのか、ロイは面白そうに笑う。
そんなロイに、ホークアイは唖然となる。
”まだ御自分の気持ちに気づいていらっしゃらないの!?”
幼い頃から共に育ったホークアイですら、ロイのこんな穏やかな
顔を見たことがないというのに。それを易々と引き出してしまう
エドの存在を、ロイはあくまでもペットと同列だと言い張る。
”恋愛音痴も、ここまでくれば憐れね・・・・・・。”
ホークアイは溜息をつくと、すぐに思い直して、ニヤリと微笑む。
どうせなら、自覚するまで、散々からかってやろうと、ホークアイは
思い直した。それくらいしてもいいだろう。近い将来、ロイの恋愛成就に
振り回されることになるのだから。
「そうですか。そんなに愛らしいのならば、是非エド君と
ご一緒にお茶をしてみたいものです。」
ホークアイの言葉に、ロイは明らかに機嫌を損ねたように、
ムッとする。そんなロイに、内心ホークアイはクスリと笑うと、
業とらしく懐中時計を取り出した。
「そろそろエド君の休憩時間ですね。今ではすっかり城の
アイドルと化していますから、休憩時間には、エド君争奪戦が
日毎に苛烈を極めていると言う報告を受けています。」
ホークアイは、ロイに挑発的な笑みを浮かべる。
「今頃は、誰かと一緒に・・・・・・。」
「リザ!私は直ぐに城に戻るぞ!!」
怒りのオーラを纏ったロイは、ホークアイの返事を待たず、
馬の脇腹を蹴り、城に向かって疾走する。
「・・・・全く。あんなに急いで・・・・。それでもあなたは、彼に
恋をしていないと、言うんですか?」
ホークアイは、クスリと笑うと、ロイの後を追いかけた。
「エド!!」
目の前で、自分以外の男と親しげに話しているエドの姿に、
ロイは我を忘れて叫ぶ。ロイの声に、エドは振り向くと、
大輪の華を思わせるような笑みを浮かべて、自分に手を振る。
途端、ロイの心の中に広がるモヤモヤがなくなったのだが、
それもつかの間、再び男にエドが笑いかけているのを見て、
ロイは抑えきれない感情のまま、エドに近づくと、その腕を
取った。
「隊長?」
キョトンとした顔で首を傾げるエドをじっと見据えていたロイは、
ギロリとエドの隣にいる男を睨みつける。その殺気だった視線に、
男は、冷や汗を垂らすと、じゃあ、また!とそそくさとその場を
後にした。男の姿が見えなくなったと同時に、ロイはエドの胸倉を
掴む。
「エド!なんだあの男はっ!!」
「何って?近衛隊の隊員だろ?」
隊長のくせに、知らないのか?と呆れた顔のエドに、ロイは
そう言えば、新人の中にいたなと、思い当たる。
「それはもういい。それよりも、私に協力するんだろ?何で他の
男と仲良くしているんだ!!」
グイグイ胸倉を締め上げるロイに、エドは堪らず、ロイの腕を
振り払う。
「ちょ!待てって!俺は、お前が俺にちょっかいを出すのを
容認しただけだ。別に付き合っている訳ではないのだから、
そんなに怒る事ないだろ!!」
ムーッと頬を膨らませるエドに、ロイは冷水を浴びたような
ショックを受ける。
「ちょっと待て!それでは計画が・・・・・。」
ロイに、エドは苦笑する。
「あのさ・・・・。別に俺達が付き合ってるっていう設定にしなくても
いいんじゃないか?要は、アンタのお見合い話がなくなれば
それでいいだろ?」
今まで通りでいいじゃないかと言うエドに、ロイは頭を払う。
「いや!念には念を入れる。第一、私達が付き合っていなければ、
さらにお見合い話が熾烈を極めるんだぞ!!」
その言葉に、エドはギョッとする。
「マジで!?」
エドにしてみれば、ロイが男を追い掛け回しているというだけで、
お見合いの話が来なくなると思っていたのだが、どうもそれは
違っていたらしい。
「ああ、そうだ。この間など、成就しない恋に見切りをつけて、
自分の娘を妻にしないかと、あるお偉方が言ってきたぞ。」
憮然としているロイに、エドは頭を下げる。
「ごめん・・・・。オレ、協力するって言ったのに・・・・・。」
シュンとなるエドに、ロイは慌てて言葉を繋げる。
「あっ、いや・・・・。こっちも無理な事を頼んだのだ。君が
謝る事はない。」
「でも・・・さ。俺と噂が広まったら、リザ様、悲しむんじゃないの?」
エドは、ずっと気になっていた事を、思い切ってロイに聞いてみた。
普段目にするロイとホークアイの2人の様子に、ホークアイも
ロイの事を憎からず思っているのではと、思ったのだ。
「・・・・・君には関係のない話だ。」
途端、冷たい目をするロイに、エドはシマッタ!と口を両手で
覆った。気まずい雰囲気が流れる中、最初に沈黙を破ったのは、
意外にもエドの方だった。
「あの・・さ・・・俺で出来る事があったら、遠慮なく言ってよ。」
「エド?」
ハッと顔を上げるロイに、エドはニッコリと微笑んだ。
「俺、アンタを尊敬しているからさ!」
その言葉に、ロイの顔に驚愕が走る。
「だって、アンタ一途なんだもん!なんか、こっちまで応援したく
なっちゃうぜ。」
ニコニコと笑うエドを、ロイは信じられないものを見たような、
茫然とした目で見つめる。
「エド。君は・・・・・。」
「隊長?」
キョトンとなるエドの頬に、ロイはオズオズと手を伸ばす。
何で君は直ぐに人を信じるのだろう。
どうして、君はこんなにも一生懸命なんだろう。
自分の事でもないのに・・・・。
恐る恐るロイはエドの頬に触れてみて、初めて人間はこんなに
暖かいものだと知って、胸が熱くなった。
「どうしたんだ?どっか痛いのか?」
心配そうな顔で自分を見つめる黄金の瞳に、ロイは魅入られた
ように、ずっとエドを凝視する。
以前、これと同じような事があったような気がする。
あの時も、目の前の子どもは、心配そうに自分を見上げていた。
あれは一体誰だったのだろうか・・・・・。
「おい!しっかりしろよ!!」
自分の考えに没頭していたロイは、エドに身体を揺すぶられて、
ハッと我に返った。
「なぁ、医務室に行くか?」
心配そうなエドの顔に、ロイは優しく微笑むと、何でもないと頭を
横に振った。
「それよりも、今は休憩時間だろ?さっき城下に行った時、君が
好きだと言ってたドーナツを買ってきたよ。一緒に食べよう。」
ロイの言葉に、エドの顔がパッと明るくなる。
「ドーナツ!!」
だが、直ぐに上目遣いでロイを見つめる。
「なぁ、本当にアンタ、本当に大丈夫なのか?」
「いや!本当に大丈夫だ!さぁ、時間が勿体無い。」
エドの腕を取ると、隊長個人の執務室へと行きかけたとき、
ロイの背中に硬いものが押し当てられ、ロイは背筋が凍った。
「隊長。どちらへ?陛下がお呼びですが。」
ニッコリと微笑んでロイの背後に立っていたのは、話題の人物
ホークアイだった。
「あの・・・リザ様・・・・。」
固まったままのロイとホークアイを交互に見つめながら、エドは
困惑気味にホークアイを見た。
そんなエドに、ホークアイはニッコリと微笑むと、ロイの持っている
袋をエドに渡しながら、エドを自分の方へと引き寄せる。
途端、ロイの顔が強張り、鋭い視線をエドに向ける。
そのあまりの鋭さに、エドは居たたまれない気持ちになって、
一歩後ろに下がる。
「では、エド君と私は休憩に行きますので、隊長は、陛下が
仕事をサボらないように、見張りをお願いします。さぁ、行きましょう。
とっておきのお茶をご馳走するわ。」
強張るロイとは対称的に、ホークアイはニコニコと微笑みながら、
エドを促して歩き出す。
「待ちたまえ!!」
慌てて引きとめようとするロイを無視して、ホークアイはまるで
引き摺るように、エドの腕を引っ張る。
「あの・・・リザ様。」
ロイの姿が見えなくなったところで、エドはオズオズとホークアイに
話しかける。
「どうかしたの?」
キョトンとなるホークアイに、エドは思い切って、持っていた袋を
ホークアイに押し付けるように渡す。
「ごめんなさい!俺、実はもう休憩時間終わりなんです!!
それで、その・・・ご一緒できないんです!ごめんなさい!!」
頭を下げるエドに、ホークアイは吃驚した顔をする。
「それで・・その、それを隊長と一緒に食べて下さい。」
その言葉に、ホークアイは、眉を顰める。
「エド君・・・・?」
「それでは、俺はこれで失礼します!!」
ホークアイの言葉を振り切るように、エドは走り出した。
「待って!!エド君!!」
だんだんと小さくなるエドの後姿を見送りながら、ホークアイは
溜息をついた。エドと仲良くなるチャンスだと、焦りすぎたようだ。
「これ、どうしましょうか・・・・・。」
ホークアイは途方にくれた顔で、ドーナツが入った袋を
見つめた。
「全く!リザの奴!!」
ロイは、すっかりと暗くなった廊下を、1人足早に歩いていた。
一刻も早くエドに逢いたいが為に。
あの後、エドに逃げられたと、ションボリとして執務室に戻ってきた
ホークアイに、ロイは溜飲が下がったが、ホークアイの手にエドの
為に買ってきたドーナツの袋を見た瞬間、ロイの怒りは爆発した。
「リザ!それは!」
だが、ロイの言葉より、ホークアイの怒りの銃声の方が早かった。
「全部陛下のせいです!!」
ロイの身体スレスレに銃弾を全て使い切ると、ホークアイは
ガックリと肩を落とす。
「陛下が馬鹿な事をしなければ、今頃はとっくにエド君と親しく
なれていたのに!」
ホークアイは、その後、抑えきれない怒りを全てロイにぶつけ
るかのように、ロイを書類責めにしたため、ロイが仕事から
解放されたのは、だいぶ夜が更けてきた頃だ。
朝が早いエドは、今頃既に寝ているのかもしれない。
だが、あんな形で昼間別れてしまったため、ロイは居ても
立ってもいられずに、エドが寝起きしている棟へと急いでいた。
「・・・・隊長・・・?」
戸惑うようなエドの声が聞こえ、ロイは慌てて振り返る。
植え込みの影に隠れているように、その小さい身体を縮こませて、
地面に座り込んでいるエドに気づき、ロイは慌てて
エドの側に寄ると、思わずエドの身体を抱きしめた。
「エド!こんなに冷えて!!」
どうしたんだ?とエドの顔を覗き込むと、エドは不安そうな顔で
ロイを見上げた。
「あの・・・さ。俺とリザ様って別に親しくないぞ?俺にまで嫉妬する
必要ねーからな?」
あっけらかんとしているエドの顔を、ロイは凝視する。
「その事を言うためだけに?」
たったそれだけを言うために、自分を待っていたのだろうか。
こんなに身体が冷えるまで。
ロイは唖然とエドを見つめていると、エドは照れ臭そうに笑った。
「隊長が、怒っているんじゃないかって・・・・その・・・・気になって
つい・・・・・。」
ここで待っていたというエドに、ロイは息を飲む。
「・・・・・エド。私は君に怒っている訳ではないんだよ。」
優しく言われ、エドはキョトンとなったが、すぐに明るく笑う。
「良かった。」
「・・・・・・エド・・・・・。」
ロイはまるで引き寄せられるかのように、エドの頬に手を添えると、
ゆっくりとエドの唇に己の唇を重ね合わせる。
「!!」
硬直するエドの身体を引き寄せると、さらに口付けを深くする。
「エド・・・・・。」
甘いロイの声に、エドは正気に戻ると、思い切りロイの頬を
叩く。
頬の痛みに、ロイが我に返ると、目の前には、眼に涙を溜めた
エドの顔があり、今自分が何をしたのか思い当たったロイは、
茫然とエドの顔を見つめた。
「隊長の馬鹿ーっ!!」
ロイを突き飛ばすと、エドは泣きながら暗い廊下を走り出す。
「・・・・・私は・・・・・何を・・・・・。」
去っていくエドを追いかける事も出来ず、ロイは自分がした事に、
茫然となりながら、先程までエドの唇に触れていた自分の
唇に、そっと触れる。
「エド・・・・・私は・・・・・・。」
エドが去っていった方向を、じっと見つめながら佇んでいるロイの
姿を、じっと見つめる視線に、ロイは不覚にも気づかなかった。
それが、後に大きな事件に発展するのだが、この時のロイには、
知る由もなかった。