「・・・・・いつまで腑抜けになっているおつもりですか!!」
廊下に蹲っていたロイは、いきなり頭を叩かれて、驚いて顔を
上げた。
「リザか・・・・・。」
ガックリと肩を落とすロイに、おまけとばかりに、ホークアイは
バスタオルをロイの頭に叩きつける。
「いつまでも濡れたままそこに居られては、掃除の者が
苦労します。さっさと着替えて下さい。」
ホークアイから容赦のない言葉を浴びせられても、ロイは
一向に動く気配がない。それに訝しげに思ったホークアイは
膝をつくと、ロイの顔を覗き込む。
「リザ・・・・・。彼女にもしもの事があれば・・・・・・・。私は・・・。」
憔悴しきったロイの顔に、ホークアイは驚きつつも、ロイの
言葉に眉を顰める。
「彼女?」
「・・・・・エドは女だった・・・・・。」
ロイの言葉に、ホークアイは一瞬驚愕に目を見開くが、
直ぐにニッコリと微笑んだ。
「そうでしたか。おめでとうございます。陛下。」
「おめでとう?エドがこんな状態だというのに、目出度いと
言うのかね!君は!!」
ギロリと睨みつけるロイに、ホークアイはクスリと笑う。
「私が祝福したのは、エド君が女性であるという事です。」
訳が判らないというロイに、ホークアイは更に笑みを
深くする。
「女性であるならば、堂々とお妃に出来るではないですか。」
「妃・・・・?エドを私の・・・・?」
茫然と呟くロイに、ホークアイは、優しく微笑むが、それとは
対称的に、ロイの表情が翳る。
「陛下?」
「・・・・いや、私の妃は君だよ。リザ。」
ロイの言葉に、ホークアイの眉が跳ね上がる。
「何ですって?」
「・・・・妃として皆が納得するのは、君をおいて他には・・・・。」
皆まで言わせず、ホークアイはロイの頭を叩く。
「あなたは、馬鹿ですかっ!!」
ホークアイは、ロイの胸倉を掴む。
「陛下。以前、私はあなたに言ったはずです。あなたなら、
古い慣習に囚われずに、正しい事が出来ると。」
「リザ・・・・・・。」
ホークアイの目が細められる。
「陛下。私の質問に答えて頂きます。エドちゃんには、王妃としての
素質はないのでしょうか?」
ホークアイの言葉に、ロイは真剣な目で見返す。
「もしもエドが王妃になったら、皆に愛される素晴らしい王妃に
なるだろう。」
最初の頃は、エドを快く思わない者達も、エドの優しい心と暖かい
笑顔に触れて、いつの間にか彼女の味方になっていく。
「では、最後の質問です。あなたが、愛しているのは、私ですか?
それとも、エドちゃん?」
その言葉に、ロイは目を伏せると、唇を噛み締める。
「・・・・すまない。リザ・・・・。」
項垂れるロイに、ホークアイのビンタが飛ぶ。
「私が言って欲しい言葉は、謝罪ではありません!!」
さぁ、答えを!と詰め寄るホークアイに、ロイは顔を上げると、
真剣な表情でホークアイを見据える。
「私が愛しているのは、エドだけだ。」
その言葉に、ホークアイは満足そうに微笑んだ。
「やっとご自分の気持ちを認めましたね。」
「リザ?」
訝しげなロイに、ホークアイはクスクス笑う。
「気づきませんでした?あなたは、エドちゃんに初めて出会った時から
彼女に魅かれていたんですよ?」
その言葉に、ロイはまさかと首を横に振る。
そんなロイに、ホークアイは肩を竦ませる。
「でも、これからが大変ですね。エドちゃんに陛下のお気持ちが届く
とは、限りませんから。」
ロイは弾かれたように、ホークアイを凝視する。
「あなたは、彼女に自分は誰が好きだと言ったでしょうか?」
その言葉に、ロイは青褪めた顔をする。
「全く・・・・あれほどエドちゃんに対して凄まじいまでの独占欲を
隠そうともしなかった、陛下の嘘に騙されてしまうほど、純粋な
エドちゃんなのですよ?彼女の愛を勝ち取るには、並大抵な
ことではないでしょうね。」
ホークアイの言葉が刃となって、ロイに突き刺さる。
「リザ・・・君はもしかして、怒っているのかな?」
恐る恐る尋ねるロイに、ホークアイは口元だけを微笑ませる。
図星だったようだ。ホークアイは突き刺すような瞳をロイに向けると、
ニッコリと微笑んだ。
「私はご忠告申し上げたはずです。エドちゃんに対しては、素直な
気持ちで接した方が陛下の為だと。それを無視して愚かなる行動を
起こし、なおかつ今回の事件。」
ホークアイは、ニッコリと笑ってロイに銃を突きつける。
「陛下がどんなに苦労なされようと、それは自業自得。一片の同情さえ
おきません。しかし・・・・・。」
ホークアイの目が凶悪に細められる。
「何故私までそのとばっちりを受けなければ、ならなかったんでしょうか!」
ホークアイが引鉄に手をかける瞬間、ロイは床に平伏した。
「申し訳ありません!!」
土下座するロイに、ホークアイは忌々しげに舌打ちをすると、銃を
ホルダーに戻す。
城の者が、エドと仲良くなっていくのをみて、ずっとホークアイは寂しかった
のだ。目の前の無能が馬鹿なことを言い出したおかげで、エドは
自分に気を使い、あまり近寄ってこなかった。その事が、ずっとエドと
仲良くなりたかったホークアイの心を傷つけていたのだ。
「最初に、私と陛下の関係についての誤解を先に解かなければ
なりません。」
コクコクと頷くロイに、ホークアイは満足そうに微笑んだ。
最初にもなにも、ホークアイの目的は唯一つ。自分とロイの関係を
エドに正確に伝える事だ。一刻も早くエドの誤解を解き、エドと
仲良くなる!それしか、ホークアイの頭の中にはなかった。その後、
ロイの恋が成就しようがしまいが関係ない。後はロイ個人の力で
することだ。
「・・・・・・陛下。お待たせしました。」
そこへ、マルコーが、部屋から出てくると、床に座り込んでいる
ロイにギョッとなった。
「陛下!?」
やはり、どこか具合でも!と青褪めるマルコーに、ホークアイは
ニッコリと微笑む。
「ドクター、気にしないで。少し教育的指導を行っただけですので。」
ホークアイの言葉に、これ以上触れてはならないと、本能的に
察したマルコーは、流れる汗を拭いながら、ロイにエドの状況を
説明する。
「幸い、命に別状はありません。傷も手当てをしたので、残る事は
ないと思われます。ただ・・・・・。」
「ただ?ただ、何だというのだ!!」
ロイは、素早く立ち上がると、マルコーに掴みかかろうとするのを、
ホークアイは素早くロイの後頭部を強打する事で暴走を止める。
「彼女は、何か悩みでもあったのでしょうか?だいぶ寝不足気味
で、今は静かに休まれています。それに、少し熱が・・・・・。」
悩みと聞いて、ロイの顔が曇る。エドがここ数日自分を避けていた
事に思い当たったのだ。原因は、あの時のキスの一件だろう。
自覚がなかったとは言え、自分の欲するままにエドにキスを
した事が、エドを更なる混乱に陥れてしまったのだ。
「・・・・彼女と話がしたいのだが・・・・・。」
一刻も早く彼女の無事な姿を見て、自分の想いを伝えたい。
そう思い、ロイはマルコーに懇願するが、マルコーは、眉を
寄せると、首を横に降る。
「申し訳ありません。陛下。今は安静になさらないと・・・・・。」
マルコーの言葉に、ロイはガックリと肩を落とす。
「・・・・陛下。そろそろ会議の時間ですが。」
見かねたホークアイが、ロイに声をかける。
「会議・・・?ああ・・・・例のフルメタル王国のか・・・・・・。」
溜息をつくロイに、ホークアイは、ギロリと睨みつける。
「陛下。何度も言っているように、そのような投げやりな態度
では・・・・。」
「ああ。わかっている。この会議は今後の我が国にとっても
重大なものだ。あの国の支配権を完全にこちらが掴む為にも、
手など抜くものか・・・・。」
ニヤリと笑う、ロイの冷酷な支配者の顔に、マルコーは背筋が
凍るのを感じ、動揺を悟られまいと、ゆっくりと頭を下げる。
「それでは、陛下。症状が安定するまで、病人の側に控えて
おりますので・・・・・・。」
マルコーの言葉に、ロイは先程の表情から一変、心配そうな
顔で頷く。
「彼女を頼むよ。もしも何かあったら、直ぐに私に知らせるように。」
そう言って、名残惜しそうに、エドがいる寝室の扉を一瞥すると、
ロイはホークアイを従えて、その場を後にした。マルコーは、
2人の姿が消えると、ゆっくりとした動作で寝室へと
入る。
「・・・・・・エドワード姫様・・・・・。」
扉の前では、青褪めて目に涙を溜めたエドが、ガタガタ震えながら
立ち竦んでいるのを、マルコーは、痛ましげな顔で見つめる。
「ドクター・・・・隊長が、ロイ・マスタング王だったんだな・・・・。」
ポロポロと涙を流すエドに、何と声をかけて良いのか判らず、
マルコーは俯く。
「大丈夫。俺は自分の役割を判っているから・・・・・。」
困惑するマルコーに、エドは涙を拭きながら、ニッコリと微笑む。
「みんなのお陰で、エルリック王家の秘宝【賢者の石】の
在り処もわかった。後は、それを贋物とすり替えて・・・・・
みんなで・・・ここを・・・・出て・・・・・・。」
エドは、我慢しきれず、蹲るように、泣き出す。
「姫様!!」
慌ててマルコーは、エドの肩に手をかけると、そっと優しく
髪の毛を撫でる。
「ここには、私以外いません。安心してお泣きなさい。」
「うっ・・・・うっ・・・・・。」
エドはマルコーに抱きつくと、声を上げずに泣き出した。
ロイへの想いを断ち切るように、エドは、一晩中泣き続けたの
だった。
翌日、エドが急に熱を出したと、マルコーから面会謝絶の
診断を受けてから、一週間後、漸くマルコーからエドの
面会を許可されたロイは、逸る気持ちを抑えて、エドの
待つ部屋へと薔薇の花束を持って、急いでいた。
「エド!具合はどう・・・・・・・・。」
ノックもせずに部屋に入ったロイは、そこで思っても見なかった
光景に、持っていた薔薇の花束を床に落とす。
「・・・・ハボック、一体何のマネだ・・・・・。」
床には、マルコーが倒れており、ハボックがエドを羽交い絞めして
その首に剣を突き立てていたのだ。ロイは、慌てて内ポケットから
発火布の手袋を取り出すと、右手に嵌める。
「エドを離せ!!」
殺気だった目を向けるロイに、ハボックは、ニヤリと笑う。
「陛下?何を怒っているのですか?」
その言葉に、ロイはカッとなる。
「ハボック!!命令だ!エドから離れろ!!」
ロイの絶叫に、ハボックは肩を竦ませる。
「陛下。言ったはずですよ?殺人依頼はキャンセル出来ないと。」
「殺人依頼・・・・・?」
その言葉に、エドは信じられないというような顔で、ロイを凝視する。
「何を言っている!私がいつエドを殺せと命じた!!」
ロイの言葉に、ハボックは、高々と剣を振りかざした。
「あなたは、命じましたよ。エルリック王家の【鋼姫】、エドワード・
エルリック姫の暗殺を。」
その言葉に、ロイは真っ青になる。
「エドワード姫?エドが・・・・?」
ロイは信じられないと首を横に振る。
「私のエドが、バケモノのはずがない!!」
ロイの絶叫と共に、ハボックの剣が振り下ろされる。
「エド!!」
上半身を血で真っ赤に染めたエドからハボックは、手を離すと、
後ろの窓を打ち破って、外へと逃げる。
「エド!!しっかりしろ!!」
ゆっくりと崩れ落ちるエドを抱きしめると、ロイは力の限り叫ぶ。
「ロ・・・ロ・・・イ・・・・?」
涙で濡れた眼を、エドはロイに向ける。
「俺が・・・・バケモノ・・・・・?」
ポロリと一筋の涙を流すと、そのままエドは瞳を閉じる。
「エド!!しっかりしろ!!エド!!」
ロイはエドの身体をきつく抱きしめる。
「これは嘘だ!!エドが・・・・エドが・・・・・。」
「陛下!一体どうし・・・・。」
騒ぎを聞きつけて、部屋に飛び込んできたホークアイが見た
ものは、床に転がっているマルコーと血だらけのエドを
抱きしめて、狂ったように叫んでいるロイの姿だった。
一瞬、躊躇したものの、ホークアイはキッとロイを睨みつけると、
ロイの頬を叩く。
「リ・・・リザ・・・?」
我に返るロイに、ホークアイは鋭い視線を向ける。
「落ち着いて下さい!一体何が・・・・・・。」
「ハボックを捉えよ!絶対に逃がすな!!」
怒りの表情のロイに、ホークアイは戸惑う。
「ジャンが何を・・・・・・。」
掠れるようなホークアイの声に、ロイはエドの身体を抱きしめたまま、
低く呟く。
「あいつは・・・・エドを・・・・刺した。」
「う・・・うそ・・・・・。」
ホークアイは信じられないと首を横に振る。
「絶対に逃がすな!私自ら処刑する!!」
ロイはエドを抱き上げると、ベットに静かに横にする。
「マルコー!起きろ!マルコー!!」
床に倒れているマルコーがただ気絶しているだけとわかった
ロイは、エドの血で濡れた手で、マルコーの頬を叩く。
「陛下・・・・・。」
漸く目が醒めたマルコーを、ロイは無理矢理立たせる。
「ハボックに、エドが刺された!早く手当てを!!」
その声に、マルコーは、ハッと我に返ると、慌てて
エドの手を取り、脈を診る。そして、ゆっくりとエドの手を
置くと、項垂れたままロイに告げた。
「陛下・・・・・。エド様は、既に事切れております・・・・・・。」
次の瞬間、ロイの世界から一切の音が消えた。