月の裏側

              〜 Love Phantom 〜

            

 

                          第9話

  




 

                東の果てという名の小さな村に、その城は存在していた。
                かつて、フレイム国の王として君臨していた彼も、
                息子にその地位を追われてからは、片田舎にある
                城に篭って、ひっそりと暮らしていた。
                「お久し振りです。キング叔父様・・・・・・。」
                少し顔色が悪いが、エドは毅然と顔を上げると、ベットに
                半身起こしている男・・・・・キング・ブラッドレイに、
                優雅に一礼する。
                「おお!エドワード姫!暫く見ないうちに、すっかりと
                美しくなられて・・・・・。」
                キングは、隻眼の目を嬉しそうに細めると、エドを手招きする。
                「具合は如何ですか?」
                心配そうな顔のエドに、キングは弱々しく微笑む。
                「・・・・・私の願いは只一つなのだよ。姫。」
                首を傾げるエドに、キングが穏やかに微笑むと、
                口を開く。
                「・・・・・・・・・・・・・・・・・ロイ・マスタングの破滅を・・・。」
                その言葉に、エドは息を飲む。
                「叔父様・・・・。」
                顔を青褪めるエドに、キングは低く笑う。
                「実の息子の破滅を願う私は、恐ろしいか?姫?」
                エドは、何と答えたらいいか判らず、下を向く。
                「姫。私は、君の叔母のエレナとエレナとの間に生まれた
                子供達を愛しているのだよ。それをあの男に全て
                奪われた・・・・・。」
                キングは、溜息をつくと、そっと窓の外を眺める。
                暖かな日差しに、キングが目を細めた。
                「私はエレナとセリムとリィーナさえいてくれれば、
                それで良かったのだ・・・・・。」
                その言葉に、エドは悲しそうな目を向ける。
                「では・・・・ロイ・・いえ、マスタング王は・・・?」
                「・・・・・・・・・。」
                エドの問いには答えず、キングはじっと窓の外を見つめ
                続ける。その全てを拒絶するキングに、エドは、一礼する。
                「叔父様。お体を大切になさって下さい。エレナ叔母様も
                叔父様が元気になられる事を何よりも望んでいるはずです。
                ・・・・早朝、出立いたします。数々のご恩、決して忘れません。」
                もう一度、エドは深々と一礼すると、静かに退出しようと、
                踵を返した。
                「姫。」
                キングの呼びかけに、扉に手をかけたエドが、振り向く。
                「ロイが君にひどい事をした。父親として、すまないと思っている。」
                キングの言葉に、エドは首を横に振ると、会釈して、ゆっくりと
                部屋を出て行く。
                「・・・・姫。ロイは私とあまりにも似ているのだ。・・・・だから、
                あの子を愛せないのかもしれない・・・・。」
                キングは小さく呟くと、再び窓の外へ顔を向けた。









                「姫。」
                エドが、部屋に戻ると、ハボックが神妙な顔で出迎えた。
                側には、教会で別れたロゼもいて、エドはホッと胸を
                撫で下ろした。
                「ロゼ!!良かった!!無事だったんだな!!」
                嬉しそうな顔のエドに、ロゼも嬉しそうに微笑む。
                「はい!ハボック様に助けて頂きましたので。」
                「そっか。ありがとう。ジャン兄!!」
                ニコニコと嬉しそうなエドに、ハボックは済まなそうな顔で
                頭を掻く。
                「ところで、怪我の具合はどうだ?」
                「うん!まだちょっと痛いけど、大丈夫!!それよりも、
                ウィンリィは?」
                キョロキョロと辺りを見回すエドに、ハボックは苦笑する。
                「姫を怪我させたのが俺だって判って、怒って飛び出しちまった。」
                相変わらずウィンリィのスパナの威力はスゲーと、ハボックは、
                叩かれた頭を撫でる。
                「ジャン兄のせいじゃないのに・・・・。むしろ、俺を助けてくれた
                んだよ?」
                マルコーの用意した仮死状態になる薬と、ハボックの、あたかも
                致命傷を負わせたかのように見せる事が出来る剣技が
                あったからこそ、ロイを騙す事が出来て、無事城から抜け出す
                事が出来たのだ。エドはハボックに感謝していた。
                「じゃあ、俺はウィンリィを捜すついでに、明日の準備をして
                くるよ。」
                ハボックは、エドの頭を撫でると、手をヒラヒラさせて部屋を
                出て行った。
                「ハボック様って、気さくな方ですね。名門ハボック家の
                当主様とも思えません。」
                クスクス笑うロゼに、エドも大きく頷いた。
                「ジャン兄って、昔からそうだったんだよ。だから、最初逢った時、
                貴族とは思わなかったな・・・・・。」
                昔を懐かしむように、エドは目を細めると、ふと気づいた事を
                ロゼに尋ねる。
                「ところで、この指輪なんだけど・・・・・。」
                エドは、手袋を外すと、左手の薬指に嵌められた指輪を
                ロゼに見せる。
                「何でこれが嵌ってるんだ?これ、俺のじゃないし・・・・・。」
                訝しげなエドに、ロゼは、サッと顔色を変えると、視線を逸らす。
                「ロゼ・・・?」
                「・・・・・・それは、マスタング王が・・・・・・。」
                途端、エドの顔に困惑が浮かぶ。
                「ロイが・・・?どうし・・・て・・・?」
                じっと指輪を見つめるエドに、ロゼは一瞬迷ったが、顔を上げると、
                自分が知っている事を話す。
                「姫様を、ご自分の唯一の妃と言われまして・・・・・・。」
                「俺がロイの?唯一の妃・・・?」
                キョトンとした顔で首を傾げるエドに、ロゼは重々しく頷く。
                「はい・・・・。姫様を亡くされた王は、それは狂ったのではないかと
                思われるほど、大変な取り乱し方をなされて・・・・・。」
                「・・・・まさか・・・・・。だって、ロイが好きなのは、リザ様で・・・・。」
                自分は、殺したいほど憎まれているのだ。しかも、バケモノとまで
                言ったではないか。
                「姫様、本当にこれで良かったのでしょうか・・・・・。」
                ロゼの言葉に、エドはピクンと身体を震わせる。
                「姫様も王の事を・・・・・。」
                「ロゼ・・・・。ごめん。1人にしてくれる?」
                俯いたままのエドに、ロゼは一瞬何かを言いかけるが、唇を
                噛み締めると、一礼して、そっと部屋を出て行く。
                「ロイの馬鹿・・・・・。何でこんな事するんだよ!!」
                エドは乱暴に薬指から指輪を抜き取ると、そのまま床に
                叩き付けようとして、腕を振り上げる。
                「ウッ・・・・ウッ・・・・・・くっ・・・・・。」
                だが、エドは腕を振り下ろす事が出来ず、両手で指輪を握り締めると、
                崩れるように、ポロポロと涙を流し続けた。










                「フルメタル王国へ行くには、この道を通るしかないのだが・・・。」
                検問所を訪れたロイは、不審な者がいなかったという報告に、
                考え込む。
                「本当に、ここを通った者は、いないのだな?」
                傍らに立つブレタとフュリーに、ロイは鋭い目を向ける。
                コクリと頷くブレタの横で、フュリーも、大きく頷いた。
                「はい!ブラッドレイ様の女官達以外は誰も。」
                その言葉に、ブレタは青褪め、ロイはハッと顔を上げる。
                「・・・・・どういう事だ?誰であっても、ここを通すなという
                命令が下されていたはずだ。」
                低く呟くロイに、フュリーは、オロオロとブレタを見る。
                「ですが・・・その・・・ブラッドレイ様に仕える方で、
                身分証明書も本物でしたし・・・・。」
                震えながら言うフュリーの横で、微動だにせず立っている
                ブレタを、ロイはじっと見据える。
                「女官を通したのは、どっちだ?」
                ロイの感情を抑えた低い声に、ブレタが一歩前に出る。
                「自分です。」
                「・・・・・名前は?」
                ロイの問いに、ブレタはロイをジッと見つめながら、答えた。
                「ハイマンス・ブレダ。」
                ロイは後ろに控えているホークアイに命じる。
                「ホークアイ副隊長。2人を城へ連行しろ。」
                ロイは言うだけ言うと、馬に跨る。
                「どちらへ!!」
                慌てるホークアイに、ロイはニヤリと笑う。
                「折角ここまで来たのだ。ついでに、父上にご挨拶をしてこよう。」
                そう言うと、ロイは強く馬の脇腹を蹴り、走り出した。
                








                「ちょっとエド!!大変よ!!」
                ロイの事を考えていて、眠れずにいたエドが、漸く眠りに
                つこうとしていたところ、ウィンリィが、ドアを蹴破らんばかりに、
                部屋の中に入ってきた。
                「ウィンリィ・・・・?こんな夜更けに一体・・・・・。」
                半分寝ぼけながら、手で目を擦っているエドの腕を取ると、
                強引にベットから引きずり出す。
                「な・・一体どうしたんだよ・・・・。」
                ふああああと、大きな口で欠伸をするエドの口を、ウィンリィは、
                慌てて抑える。
                「ふえ!?」
                ウィンリィは、エドの口を押さえながら、辺りをキョロキョロと見回す。
                「黙って!追手が来たの。今、ブラッドレイ様が時間稼ぎを
                なさってくれているわ。」
                ウィンリィの言葉に、エドは、サッと顔色を変える。
                「兎に角、着替えている時間はないわ。このまま裏から逃げましょう。
                ジャン兄さんが、馬車を回しているから。」
                コクコクと頷くエドに、ウィンリィは、素早く毛布を手にすると、エドの
                肩に掛ける。
                「ありがとう。ウィンリィ。あっ、ちょっと待って!!」
                エドはベットの横にあるサイドテーブルに駆け戻ると、その上に置いて
                ある指輪を、大事そうに掴む。これを見つけられたら、自分を匿った
                事を知られ、キングに迷惑が掛かると、エドはそっと左手の薬指に
                嵌めようとしたが、続くウィンリィの言葉に、思わず指輪を
                落としてしまう。
                「エド!急いで!!国王、自ら乗り込んできたのよ!!」
                「ロイ・・・・が・・・?」
                茫然とするエドに、焦れたウィンリィは、エドの腕を取ると、強引に
                連れ出す。
                「あっ・・・・・・。」
                床に転がったままの指輪に、エドは一瞬手を伸ばしかけるが、
                今はそれどころではないと思い直し、振り切る思いで、ウィンリィと
                廊下を駆け出した。









                「これは、国王陛下。こんな辺鄙な場所へようこそ。」
                手に燭台を持ち、ゆっくりと階段から降りたキングは、
                ロイの真正面に立つと、不敵な笑みで迎えた。
                「父上もお元気そうでなによりです。」
                対するロイも、貼り付けた笑みを浮かべて、キングに
                一礼する。
                「いくら国王陛下と言えども、こんな深夜の訪問は、
                無礼だと思うが?」
                「・・・・ここにフルメタル王国の者が逃げ込んだという
                目撃がありまして、真相を調べに参りました。」
                ロイの言葉に、キングは興味なさそうな顔で欠伸を
                する。
                「知らんな。ここには、そんな者などおらん。判った
                ならば、さっさとここから立ち去るが良い。」
                そう言って、踵を返そうとするキングの胸倉を掴むと、
                ロイは剣の切っ先を、キングの喉下に突きつけられる。
                「・・・・漸く私を殺す気になったという訳か。」
                ククク・・・と笑うキングを、ロイは醒めた目で
                睨む。
                「貴様の首などどうでもいい。それよりも、私の
                エディを返してもらおうか。」
                「エディ?」
                訝しげなキングを、ロイは乱暴に手を離すと、
                押しのけるように、階段を駆け上がる。
                「エディ!!エディ!どこだ!!」
                ロイは一つ一つの部屋の扉を乱暴に開けながら、
                エドの姿を捜す。
                「エディ!!」
                最後の部屋にもエドの姿はなく、ロイは一階かもと、
                踵を返した時、カーテンの隙間から零れる月の光を
                受けて光る物が、床に転がっているのに気づいた。
                「なんだ?」
                ロイはツカツカと近寄ると、片膝をついて、拾い上げる。
                月明かりの中、浮かび上がる小さなそれが、エドの
                左の薬指に嵌めた、王妃の指輪である事に気づいた
                ロイは、慌ててベットを捲る。
                シーツにそっと触れると、まだ暖かい事に気づいたロイは、
                慌てて部屋を出て行こうとして、扉の前で仁王立ちしている
                キングに気づき、目を細める。
                「どいてくださいませんか?父上。」
                ロイの殺気だった視線を、軽く受け流すと、キングは
                感情の篭らない目を向ける。
                「・・・・・・お前は、彼女に自分が何をしたのか、
                判っているのか?」
                その言葉に、ロイはピクリと反応する。
                「彼女を捕まえて、殺すのか?私のエレナとセリムとリィーナ
                のように。」
                キングの言葉に、ロイはニヤリと笑う。
                「何故、自分の妃を殺さなければならないのですか?
                ・・・・・あなたとは違うのです。」
                「!!」
                驚くキングを、ロイは乱暴に押しのけると、足早に
                通り過ぎる。
                「ロイ!判っているのか!?彼女は【鋼姫】なんだぞ!!」
                キングの声に、ロイはピタリと歩みを止めると、肩越しに振り返り、
                穏やかな笑みを浮かべる。
                「だから?だから何だと言うのです。」
                「ロイ・・・・お前・・・・。」
                息を飲むキングに、ロイはそっと目を伏せると、再び歩き出した。