フルメタル王国の王の執務室では、主であるアルフォンスと、
ハボック、ウィンリィの三人が、机の上に広げられた親書を
前に、途方にくれていた。
「まさか、こんな正攻法な手を打って来るとは、思わなかったな。」
ククク・・・・と笑うハボックに、フルメタル王国国王、
アルフォンス・エルリックは、眉を顰める。
「笑い事ではないです!!」
アルは、忌々しそうに、隣の国の王から来た、
親書を握りつぶす。
「まぁまぁ、そう興奮しなくても。」
宥めるハボックに、アルはキッと睨みつける。
「ジャン兄さん!これが落ち着いていられますか!!」
ギリギリと親書を握り締めるアルに、ハボックは、
肩を竦ませると、アルの手からヨレヨレになった
親書を取り上げると、皺を伸ばす。
「フルメタル王国国王、アルフォンス・エルリックの
姉君である、エドワード・エルリック姫を、フレイム王国の国王
ロイ・マスタングの正妃に正式に申し込まれるとは・・・・・。
あの人の事だから、有無を言わさずにうちに攻め入って、
無理矢理姫を連れ去るくらいすると思ったんだが・・・・・・。」
感心しならが、じっと親書を読むハボックに、アルの
怒りが爆発する。
「あの、ロイ・マスタング王の元になんか、絶対に僕の
大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な
姉さんを、嫁になんか出すかー!!」
絶叫して、肩で息を整えるアルに、ハボックは腕を組んで
考え込む。
「しかしだな〜。うちのビミョーな立場から言えば、今回の
話を無下に出来るわけが・・・・・。」
ハボックの言葉に、アルはギロリと睨みつける。
「ジャ〜ン〜兄〜さ〜ん〜?すると、何ですか?ジャン兄さんは、
国の為に、姉さんに犠牲になれと?唯でさえ、【鋼姫】なんて
面倒な立場にいる姉さんが、これ以上不幸になって良いと、
そうおっしゃりたいんでしょうか〜?」
ドロドロと黒いオーラを醸し出すアルに、ハボックは、フムと
首を傾げる。
「そうとは限らんだろ?これを逆手に取れば・・・・・。」
ニッコリと笑うハボックに、アルは、何か良い考えがあるのかと、
目を輝かせる。
「ジャン兄さん!何か良い考えでも!!」
「とりあえず、姫さんの替え玉として、うちの妹を城に送り込もう
かと。」
その言葉に、アルの顔が険しくなる。
「ウィンリィを・・・?あのロリコン変態王の元に差し出せと?」
「つうか・・・・・ウィンリィが王に逢いたがっているから・・・・。」
暢気に笑うハボックの胸倉を、アルは掴むと、ガクガクと揺さぶる。
「それって、どういう事ですか!!あの節操なしは、姉さんだけでなく、
ウィンリィまで!!」
「落ち着きなさいよ!アル!!」
興奮するアルの後頭部を、ウィンリィの愛用スパナが直撃する。
「ウィンリィ〜。どういう事だよ!」
涙目で自分を睨むアルに、ウィンリィはニッコリと笑う。
「アルは、エドの味方よね?」
「それとこれとどういう関係が・・・・・。」
困惑するアルの両肩を、ガシッと掴むと、ウィンリィは真剣な目で
睨む。
「味方よね!!」
「はい!勿論です!」
ウィンリィに逆らってはいけない。
幼い頃の悪夢と共に、アルは、そう直感すると、ガクガクと震えながら、
首を縦に振り続ける。そんなアルを満足そうに頷いて、ウィンリィは、
黒い笑みを浮かべながら言った。
「全てはエドの為よ。あのロリコン王を一発ブッ叩かなければ、
私の気が治まらないの!!」
力説するウィンリィに、アルの顔色が青くなる。
「ちょ!そのためだけに、姉さんの身代わりに!?相手は
あのマスタング王だよ!危険だ!!」
「・・・・なーんて、半分冗談で、半分本気よ。私はね、エドの幸せの
為に行くの。」
穏やかに微笑むウィンリィに、アルは顔を顰める。
「そうやって、いつもボクだけのけ者にして・・・・。ボクだって、姉さんの
幸せを考えている!勿論、ウィンリィやジャン兄・・・この国の人達の
幸せを考えているんだ!誰か1人でも不幸にしたくない!!」
アルは決意を込めた目でウィンリィとハボックを見据える。
「あえて、ボクは姉さん達がやろうとしていた事に、今まで目を瞑って
きた。姉さんの性格から言うと、ボクは何も知らないでいる方が、
姉さんに、余計な負担を与えないからと思って・・・・。
でも、そろそろ教えて欲しい。この一年の間に皆、何を考えて、
どう行動してきたのか。」
誤魔化しは許さないと言うアルに、ハボックは、深い溜息をつくと、
頭を掻く。
「そうだよな・・・・。アルはこの国の王だからな・・・・。知っていなければ
ならないな。【鋼姫】の真実ってやつを・・・・・。」
「【鋼姫】の真実・・・?」
「・・・・どういうこと?兄さん?」
アルとウィンリィは、ハボックに詰め寄る。
「いいか、これは、本来ならば、【国王】、【鋼姫】、【ハボック家の当主】
のみに、代々語り継がれている事なんだ。アルは当然の権利として、
大丈夫だが、ウィンリィ、お前に聞かせるのは、エドの大切な友達
だからだ。そこのとこ、肝に銘じておけ。」
何時になく、真剣な兄に、ウィンリィは、コクリと神妙に頷く。
「そもそも、一年前、何で姫が敵国に乗り込んでいったのか。判るか?」
ハボックの言葉に、ウィンリィが、答える。
「確か・・・・王室に代々伝わる宝石を取り戻す為でしょ?王家の証とか
なんとか・・・・・。」
大切なものなんだと、思いつめた顔をしたエドの為、皆が協力した
のだ。
「王家の証・・・?」
そんな大事な物が、マスタング王の手にあったのかと、アルは
驚愕を隠し切れない。
「俺も一年くらい前に、姫から聞いて知ったんだが、一見普通の
宝石で、それの真の価値を知る者は、【鋼姫】のみなのだそうだ。しかし、
マスタング王は、一年前、その宝石に、異常に拘っていた。
まるで、その宝石が何であるか、知っているかのようだったな。」
ハボックの言葉に、アルは驚きの声を上げる。
「ちょ・・・ちょっと待って下さい!【鋼姫】しか知らない事を、他国の
王が知っているという事は、マスタング王と姉さんは、
だいぶ前から顔見知りだったというのですか!?」
【鋼姫】であるが故に、世間から隠されるように育てられた姉が、
一体、いつ出逢ったというのだろうか・・・・。
考え込むアルに、ハボックもそっと目を伏せる。
「姫の正体が知られる前に、マスタング王は、【鋼姫】が実在している
事を知っていた。・・・・多分、過去に2人の間に何かがあったんだろうな。」
ハボックは、ゆっくりと顔を上げると、じっとアルの顔を見る。
「姫がマスタング王から取り戻した石は、【賢者の石】だそうだ。」
「【賢者の石】・・・・?そんな馬鹿な・・・・・。」
錬金術を使える者なら、誰でも知っている伝説の石。錬金術における
等価交換の法則を無視して、少ない代価で、多大なる成果をあげる
事が出来る、幻の増幅器。そんな伝説級のものが、自分の家に
伝わっていたのかと、アルは興奮を隠し切れない。
「それでは、姉さんはその【賢者の石】を使って、フレイム王国を
滅ぼすのですか?」
伝説の【鋼姫】のように、大いなる力によって、敵を滅ぼし、国を
平和に導くのだろうか。その為に、【賢者の石】を取り戻す必要が
あったのかと、アルは納得する。
「・・・・・いや。それは違うんだ。アル・・・・。」
「違う?」
アルとウィンリィは、顔を見合わせる。
「そもそも、【鋼姫】の伝説自体、偽りなんだよ・・・・・・。だから、
歴代の王は、【鋼姫】が産まれると幽閉したんだ。守る為に。」
ハボックは、辛そうな顔で、そっと顔を伏せると、【鋼姫】の
真実を語り始めた。
「あと1ヶ月か・・・・。」
自室で、月を見上げながら、エドはボンヤリと呟いた。
来月に来る16歳の誕生日の日、自分は完全なる【鋼姫】となる。
エドは、組んでいた両手を広げると、握り締めていた【賢者の石】を
じっと見つめる。
「こんなに小さくなって・・・・・。」
記憶にあるよりも、だいぶ小さくなっている【賢者の石】に、
エドはハラハラと涙を流す。
「・・・・・・父様。母様。」
脳裏には、優しかった両親の面影が蘇る。
本来ならば、【鋼姫】は幽閉され、例え家族であっても、外部との
接触を固く禁じられながら、その時を1人静かに待つものなのだが、
父のホーエンハイムと母のトリシャは、エドを幽閉しながらも、弟の
アルフォンスと変わらない愛情を、一杯に注いでいた。エドが
寂しくないように、出来る限り、一緒にいる時間を取ってくれたのだ。
他にも、他者との接触を快く許してくれた。おかげで、自分が幽閉
されている事に、父親が捉えられるまで、全く知らなかったくらいだ。
「エドに素敵な人が現れますように。」
トリシャは、エドが寝る前に、必ず額にキスを送りながら、そう
呟いていた。今から思えば、母は、エドの過酷な運命から解き放って
くれる人間が現れる事を祈っていたのかもしれない。
「でも・・・もう遅いけどね。」
エドは、そっと自嘲した笑みを浮かべる。
「・・・・・・ロイ。」
エドは、ギュッと【賢者の石】を握り締めると、嗚咽を洩らす。
あの時、何もかも捨てて、ロイの手を取れたら、どんなに良かっただろう。
でも、もう遅い。
全てを捨てる事が出来ないくらい、エドはこの国を、世界を愛して
いるのだから。
「あと1ヶ月で、俺は・・・・・【人】では、なくなる。」
歴代の【鋼姫】が一切、外部との接触を禁じられたのは、こうなることを
防ぐためだったのかもしれない。だが、エドは後悔はしていなかった。
例え成就しなくても、本当に愛する人に巡り逢えたのだから。
「大好きだよ。ロイ・・・・。」
エドは、流れる涙を拭う事もせず、月に向かって呟いた。
「嘘だ!!そんなの嘘だ!!」
全てを聞き終えたアルは、絶叫しながら、やり場のない怒りを
机を叩くことで、何とか抑える。
その横では、あまりの衝撃に、ウィンリィが放心状態になっていた。
「ジャン兄!今直ぐ儀式の準備を中止して下さい!!姉さんを
一刻も早く、この国から出さなければ!!」
血走った目のアルに、ハボックは首を横に振る。
「それは、例え【国王】の命令と言えども、従う事は出来ない。」
ハボックの言葉に、アルはカッとなる。
「どうして!!ジャン兄!こんな事を黙って見ていろと!?」
「・・・・・それが【鋼姫】の望みだ。【鋼姫】の望みを叶える事。
それが【ハボック家の当主】いや、【鋼姫の夫】に課せられた
使命だ。」
アルは、ハボックの胸倉を掴む。
「じゃあ、何のために、姉さんは生まれてきたんだよ!!こんなの
悲しすぎるよ!!」
アルが、ポロポロと涙を流す横で、ウィンリィは決意を込めた目で
ハボックを見る。
「・・・・急いでマスタング王に逢う必要があるわね。」
「ああ。既に姫の左足に、【鋼姫】の兆候が現れている。
時間がない。」
その言葉に、アルとウィンリィは息を飲む。既に事態は回避出来ない
ところまで、来ているのかと、己の無力さに、唇を噛み締める。
「・・・・・それでも、希望だけは捨てないでいようぜ。」
ハボックは2人にというより、自分に言い聞かせるように、呟いた。