「嘘・・・・よ・・・ね・・・?」
エドから【鋼姫】の真実を聞かされたばかりのホークアイは、
首を横に振り続ける。
こんな事があってよいのだろうか。
あまりにも過酷過ぎるエドの運命に、ホークアイは嗚咽を洩らす。
「・・・・・・これに触って。リザ様。」
エドは、ゆっくりと右の手袋を外すと、リザに見せる。
「まさか・・・・・。」
リザが恐る恐る右手に触ると、見た目は普通の手だが、
左足と同じように、まるで作り物のように、冷たく堅い。
「・・・・・二週間後の俺の誕生日には、俺の身体は、
全て硬化して、完全なる【鋼姫】となる。」
「何故・・・・。何故なの?もう他に道はないの!?」
ポロポロと涙を流すホークアイに、エドは、まだ自由が利く
左手を懸命に伸ばす。
「泣かないで・・・・。これはずっと前から決められた事
なんだ・・・・。この国を・・・・世界を守る為に、必要な事なんだ。」
ホークアイは、伸ばされたエドの手を握り締める。
「国の為!?世界の為!?どうして、あなたが犠牲に
ならなければいけないの!!」
エドは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「だって、俺、この国が好き!世界が好きなんだもん!!」
「エドワード姫・・・・・・。」
ホークアイはエドに抱きつく。
「いいえ!私はこんな事を認めない!絶対に何か方法があるはずよ!!」
ホークアイは、傍らのハボックを見上げる。
「【鋼姫】の呪いを説く方法は?」
「・・・・・・知っているのは、【国王】のみなんだ・・・・・。」
苦しそうな顔で呟くハボックに、ホークアイから表情が消えた。
「人・・・・柱・・・・?」
エドからホークアイが衝撃の事実を聞かされている時、
ロイもまた、ウィンリィから【鋼姫】の真実を聞かされ、茫然と
なっていた。
「エディが・・・・?まさか・・・・・・。」
真っ青な顔で、立ち尽くすロイを、ウィンリィは、悲しそうな顔で
見つめていた。
「本当なのか!?エディが・・・あと2週間で・・・・・【人】では
なくなるというのは!!」
ロイの言葉に、ウィンリィは、ただ言葉もなく頷く。
「そんな馬鹿な!!そんな話信じられる訳ないだろ!?
エディが・・・・【鋼姫】が【賢者の石】になるなんて!!」
ロイの悲痛な叫びに、ウィンリィは静かに口を開く。
「だから、あなたはリザ姫と・・・・・。」
結婚をとウィンリィが言う前に、ロイはテーブルをバンと両手で
叩きつける。
「・・・・・こんな話を私が信じるとでも?第一、君たちは何度私を
騙した?」
ロイは暗い表情でウィンリィを見つめた。
「最初はただの下町の少年だと身分を偽った。次は死んだと見せかけて、
今度は【賢者の石】となる!?信じろと言う方が無理な話だ。」
ロイはそこで一旦言葉を切ると、じっとウィンリィをにらみ付けた。
「素直に、この狂った男に、エディとハボックの結婚式の
邪魔をさせたくないと・・・・・・そう言えばいい。」
「・・・・・・そう思いたければ、そう思えば?」
ウィンリィは、投げやりな態度で、肩を竦ませる。
「ただ、何が真実で、何が虚実であるかを判断出来ない人間だとは
思わずに、あなたなら、エドを救うことが出来ると考えた、私達が
愚かだったということね。」
ウィンリィは深い溜息をつくと、そっとポケットからハンカチに包まれた
物を、テーブルの上に置く。
「エドからあなたに。」
その言葉に、ロイはノロノロと顔を上げ、ハンカチに包まれたものを
手に取る。
「!!これは!!」
ハンカチに包まれた赤い石に、ロイの顔に驚愕が走る。
「エドがここから持ち去った赤い石・・・・・【賢者の石】よ。」
「何故、私に・・・・・・・。」
茫然と呟くロイに、ウィンリィは、涙を堪えた瞳で見つめた。
「エド・・・・いえ、エドワード姫の【想い】だから。」
ハッと息を飲むロイに、ウィンリィはペコリと頭を下げると、静かに
部屋を出て行こうとする。
「待ちたまえ!何処に!!」
ピタリと立ち止まると、ウィンリィは振り返らずに、呟いた。
「勿論、エドの元に・・・・。2週間前、エドの身体は徐々に【鋼姫】と
変化し始めたの。あなたの親書が届いてから、私達の到着が2週間
遅れたのは、エドの側を離れたくなかったからと、もしかして、【鋼姫】の
呪いを解く方法が王室図書館にあるんじゃないかって、捜していた
からなの。」
そこで言葉を切ると、ウィンリィは、息を整える為に、大きく息を吸う。
「でも、見つからなかった。エドの誕生日、完全なる【鋼姫】となるわ。
そして、儀式と共に、エドから心臓・・・・【賢者の石】は抜き取られ、
完全にエドはこの世からいなくなる。【国王】は、【賢者の石】を使い、
国に害を持って進入する者を排除する結界を張る。そして、兄さんは、
【鋼姫の夫】として、残りの人生を、【賢者の石】と【鋼姫】の遺体を
守る【墓守】となる。可笑しいわよね。伝説では、姫は大いなる力で、
国を守るとされているのに・・・・・・・実際はどう?ただの人身御供
じゃない!!」
ウィンリィはポロポロと流れる涙を拭おうともせずに、振り返ると、
叫んだ。
「アンタのせいよ!!アンタがホーエンハイム王を幽閉しなければ!
ホーエンハイム王が死ななければ、エドを救う方法がわかったのに!!」
「エディを・・・・救う・・・だと・・・?」
茫然と呟くロイを、ウィンリィはキッと睨みつける。
「兄さんは言っていた。【鋼姫】の呪いを解く方法を知るのは、【国王】
のみだって・・・・・。アルは国王だけど、ホーエンハイムから直接【国王】を
継承した訳ではないから、【鋼姫】の真実を知らなかった!!」
ウィンリィは、片手でぐいっと涙を拭う。
「・・・・・・二度とあなたに逢う事はないでしょう。さよなら。私が国に
無事戻ったら、リザ姫をお返しします。」
静かに部屋を出て行くウィンリィを、今度はロイは止める事が出来なかった。
「・・・・・呪いを解く方法・・・・・・。」
ロイは低く呟くと、決意を込めた顔で、慌てて部屋を飛び出して行った。
「・・・・マルコー・・・教えてくれないか?」
地下牢へとやってきたロイは、鉄格子に縋りつくように、中のマルコーに
懇願する。
「ホーエンハイム王を最後に看取ったのは君だ!何でも良い!ホーエンハイム
王は、何か遺言を残していないか?」
尋常ではないロイの様子に、静かに目を閉じていたマルコーは、ゆっくりと
目を開けると、ロイを見つめる。
「陛下。ホーエンハイム王は、突然発作を起こして、そのまま帰らぬ人に・・・・。
何かを言い残す暇すらありませんでした。」
「では!生前、何か言っていなかったか?【鋼姫】のことで!!」
ロイの必死な様子に、マルコーは視線を虚空に向けると、懐かしむような
顔で語り始める。
「【鋼姫】・・・・・他国にとって、脅威なる姫ですが、フルメタル王国の人間には、
女神のごとく慕われています・・・・・。しかし、ホーエンハイム王は違っていた
みたいでした・・・・・・。死ぬ一ヶ月前でしょうか。ボンヤリと空を見上げて、
彼はこう言っていました。」
その言葉に、ロイは、顔を上げる。
「・・・・・【鋼姫】を解放するには、それ相応の覚悟が必要だと。」
「覚悟?」
訝しげなロイに、マルコーは頷く。
「詳しくはわかりません。所詮他国の人間である私には、それ以上、聞く事が
憚られましたし、何よりも、彼自身が聞かれる事を拒んでおりましたから・・・・・。」
「そうか・・・・すまなかった。」
ロイは、肩を落とすと、ゆっくりと踵を返す。
「そう言えば、こんな事も言っていました。」
何かを思い出したかのようなマルコーの声に、ロイは慌てて後ろを振り返った。
「【真実の奥の奥。全てを包み込む想いは、必ず報われる。】と・・・・・。」
マルコーは、ふと視線を伏せると、ロイに言う。
「お父君にお会いなさい。」
マルコーの言葉に、ロイは表情を険しくする。
「あなたの【真実】を父君に。さすれば、【道】は開かれましょう・・・・・。」
「ドクター・・・・・それは・・・・・。」
言い澱むロイに、マルコーは穏やかな眼を向ける。
「陛下。すれ違いほど、不幸なことはありません。ご自身でも、良く判って
いることでしょう?」
「・・・・・・・・・・・。」
黙り込むロイに、マルコーは、黙って頭を下げると、床に座り込み、瞑想
の為、瞳を閉じた。
「ありがとう・・・・ドクター・・・・・。」
ロイは、軽く頭を下げると、踵を返して、牢を後にする。ロイの姿が完全に
見えなくなると、マルコーは、首にかけられたロケットペンダントを取り出すと、
中を開く。
「これで、良かったんだな・・・・・・。ディオス・・・・・・。」
ロケットの中の写真には、若い頃のマルコーと、弟が幸せそうに微笑んで
いた。
「・・・・・・・まさか。ロイが本気になるとは・・・・。」
キングブラッドレイは、月明かりの中、バルコニーへ出ると、冴え冴えと光る
夜空の月を見上げる。
片手には、ワインを持ち、反対の手には、ワイングラスが握られている。
キングは、ワイングラスに、月が入っているように見える位置まで持ち上げた。
「・・・・・・・血塗られた夜に乾杯。」
そのまま、なみなみとワインを注ぐと、ブラッドレイは、一気にワインを煽るように
飲み干す。
「・・・・・ブラッドレイ陛下。」
その時、音もなく側近が部屋の中へと入ってくると、そっと耳打ちする。
「ロイ・マスタング王が参られました。既に手筈通りに。」
その言葉に、ブラッドレイは、ニヤリと笑う。
「では、私は愚かなる者の顔でも見に行くとするか。」
ブラッドレイは、ニヤリと笑うと、グラスを叩き割って、部屋を出て行った。
「・・・・・ここは・・・どこだ・・・・?」
ポトリと、顔に当たった水滴で、ロイはゆっくりと目を開ける。
ボンヤリとする思考に頭を振ると、ロイは辺りをゆっくりと見回した。
目の前には、鉄格子。右の横の壁には、明かり窓があり、ご丁寧に、
そこにも、鉄格子が嵌められていた。そして、極めつけ、ロイの両手首と
両足首には、鉄の枷が付けられており、壁から出ている鉄の鎖に
繋がれていた。
「何故、私はここに・・・・。確か、父上に・・・・・。」
あの後、直ぐにロイは父親の元へと馬を走らせたのだった。
全ては、エドだけの為に。それが、何故牢屋に入れられなければ
ならないのだろうか。訳が判らず、ロイが戸惑っていると、闇の中、
声が聞こえた。
「マスタング王。気分はどうですかな?」
ククク・・・・と笑いながら話しかけてくる声に、ロイは鋭い視線を、闇に
向ける。
「王である私に、無礼な!!いつから、人を監禁するようになってのです
か?父上。」
「ほう・・・?威勢がいいな。だが、それもいつまで持つかな?」
ゆっくりと闇から洗われた父親の様子に、ロイは形の良い眉を顰める。
「どういうことだ?」
「そんなに心配せんでも、時が来れば、お前を解放する。」
「時・・・・とは?言っておくが、もう貴様に王位に居られ続けるほどの
力はないが?」
あざ笑うロイの様子に、ブラッドレイも微笑み返す。
「何、陛下には、二週間ほど行方不明になってもらうだけだ。」
「・・・・二週間・・・・だ・・・と・・・・・?」
その訳を察知したのだろう。ギリリとロイはブラッドレイを睨みつける。
「お前に【鋼姫】の儀式を壊される訳にはいかんのだよ。私の望みの
為にも・・・・・・・・。」
そう言うと、ブラッドレイは、冷ややかにロイを見据えた。