「女の子なのに、”エドワード”なのかい?」
驚く私に、金色の子供は、ちょっと考え込むように
首を傾げる。
「うーーーん。どうしよう?」
困惑している子供に、私は慌てて首を振る。
「いや!別に変とかそういう訳ではなく・・・・。」
何を焦って言い訳をしているのだろう。
内心自分の行動に驚きつつも、何故か目の前の
子供に、悲しい顔をさせたくはなかった。
そんな私の葛藤を知らずに、子供は、まっいいか〜。と
にっこりと微笑んだ。
「母様に言われているんだけどなぁ・・・・・。」
本当は、誰にも言ってはいけないの。
そう、目の前の黄金の子供は、
くすくす笑いながら、そっと私に耳打ちする。
「オレの本当の名前は、・・・・と言うの。」
大事な秘密を教えてくれた子供の頭を
優しく撫でる。
「私に教えても良かったのかい?」
少し、戸惑う表情で尋ねると、子供は、太陽の
ような笑顔を私に向ける。
「大丈夫!オレ、アンタが好きだから!」
それは、君と私が初めて出会った時の話。
君の【本当の名前】は、何と言っただろうか・・・・・。
ピチャーン。
頬に当たる水滴に、ロイはゆっくりと覚醒する。
チラリと横目で外から洩れる光の角度を確認して、
自分がそう長い間意識を失っていたわけではないと
確信し、そっと溜息を洩らす。
「そろそろか・・・・・・。」
ブラッドレイに監禁されて、そろそろ一週間以上
経つ頃だ。ロイは、そっと右腕を動かしてみる。
流石に槍に貫かれた右腕は、きちんと手当てが
されていて、だいぶ動くようになっていた。
「これも、【賢者の石】の力か・・・・・。」
通常では考えられない怪我の直りの早さに、
ロイは驚きを隠せない。
「そろそろ頃合か・・・・・。」
ロイは、スルリと、右手の関節を外すと、拘束具から
抜け出す。
「まさか、こんな所で役立つとは思わなかったな。」
近衛隊に過去犯罪に手を染めた者を入れたのは、
ただ単に思い付きだった。館の奥底で使用人達に
傅かれて生活をしていた人間に、国王の身を
守れないと判断しただけでなく、近衛隊隊長として、
彼らと接していくうちに、いかに彼らの知識が役立つ
ものかと気づいたのだ。現に、今も元脱走常習犯
だった近衛隊隊員から聞いた話が役に立っている。
ロイは素早く関節を元に戻すと、右手の人差し指を
噛んで、その血で素早く他の拘束具の上に、物質を
脆くさせる練成陣を書き込む。途端、青白い練成の
光が牢屋内を明るく照らし、ロイから拘束具が
脆く崩れ去っていく。
ロイは、用心深く看守が来る方向へと視線を向ける。
案の定、この一週間大人しくしていたロイに気を許した
のか、監視が緩くなっており、看守がやってくる気配が
ない。
「では・・・・行くか。」
ロイは、ゆっくりと鉄格子の前に立つ。この城に来る前に
嵌めていた発火布の手袋を取り上げて、安心したのか、
服の内側にある隠しポケットの中に入れていた、予備の
発火布の手袋には、気づかなかったようだ。ロイは、
服を破り手袋を取り出すと、鉄格子に向かって、
パチンと指を鳴らす。
ドカンと派手な音と共に、目の前の鉄格子が跡形もなく
吹き飛ぶ。ロイは、ゆっくりと牢から出ると、出口に向かって
駆け出した。
「・・・・・・お久し振りです。キング・ブラッドレイ様。」
ブラッドレイの居城にある、謁見の間で、
固い表情でブラッドレイに対峙しているのは、
リザ・ホークアイ。その後ろには、ハボックとマルコーが
控えていた。
「これは、ホークアイ家の・・・リザ姫でしたかな?」
ニコニコと人の良い笑みを浮かべるブラッドレイに、
ホークアイは、固い表情を崩さずに、単刀直入に
言う。
「本日、こちらに伺ったのは、ロイ兄様を返して頂きたく
思ったからです。」
ホークアイの、【ロイ兄様】の言葉に、ブラッドレイの
顔から表情が消える。
「・・・・・ロイは、こちらには来ていないが?」
内心の動揺を悟られまいと、ブラッドレイは、ぎこちなく
笑う。
「それは可笑しいですわね。ロイ兄様は、父君に
結婚式に出席して頂く為に、こちらに向かったのですが?」
ホークアイは、用心深く周囲を見回す。
巧妙に隠されているが、続きの間に複数の人間の
気配を感じ、ホークアイは、いつでも銃が抜けるように、
身構える。
「結婚式?君とロイとのかね?」
チラリとブラッドレイは、隣に続く扉を見る。どのタイミングで
続きの間に控えさせた兵士を投入させようか、考えながら
会話を続ける。
「私と兄様が結婚?」
キョトンとなるホークアイに、ブラッドレイは眉を顰める。
「・・・・他に誰がいるかね?」
ロイがホークアイと結婚秒読み段階だと、誰もが知っている
事実だった。口ではエドワードに本気だと言っても、
ブラッドレイは、ロイはホークアイと結婚するものだと
信じていたのだ。以前の自分のように。そんなブラッドレイを
ホークアイは、笑い飛ばす。
「フルメタル王国のエドワード・エルリック姫様です。」
キッパリと言い切るホークアイに、ブラッドレイは、一瞬
唖然となるが、直ぐに笑い出す。
「何を馬鹿な・・・・。第一、エドワード姫には、婚約者が
いるではないか。そうであろう?ハボック家の当主殿?」
ホークアイの後ろに控えるハボックに、ブラッドレイは
声をかける。
「婚約なら、解消しました。」
ハボックは、真剣な表情で答える。
「本当に愛し合った者同士が、結婚するべきだと
俺は思いましたので。」
ハボックの言葉に、ブラッドレイは、乾いた笑みを浮かべる。
「何を馬鹿な・・・・。王族に婚約解消という事はない!!
・・・・。しかも、エドワード姫は、【鋼姫】ではないかっ!!」
「【鋼姫】だから?だから何だと言うのです?彼女
だって人間。愛する人がいて当然でしょう?」
ホークアイは、一歩前に出ると、ブラッドレイを正面から
見据える。
「私は、【妹】として、【ロイ兄様】の恋を応援したいのです。」
「【妹】として・・・か・・・・。」
ブラッドレイは苦笑する。
「かつて、私にも【妹】のような存在があった。」
ブラッドレイは、昔を懐かしむように、窓の外を眺める。
「小さい頃は、【キング兄様】と、まるで子犬のように
私の後を、どこまでもついてきた・・・・・。しかし、その
【妹】も、10年の年月が経つと、すっかりと変わってしまった。
10年の留学を終えて帰った私に待っていたのは、
どこか暗い影を持つ女だった。大方、留学先のフルメタル
王国の姫と私が恋に落ちたというのが、耳に入ったのだろう。
結婚式の彼女の、青褪めた顔がどこか滑稽だった。
決して自分を愛さない男の元に嫁ぐのは、可哀想だとは
思うが、私も愛する者と引き裂かれたのだ。あの者だけが
不幸な訳ではない。それが、世界で一番不幸なのは
自分だという顔が、私には憎らしかった。だが、私は
妃・・・・カトリーヌを大切にしてきたつもりだ。だが、彼女は
ずっと私を根に持って、暗殺を企てた。そして、その息子
までも私に歯向かい、あまつさえ、私の愛する者達を
処刑した。」
だから、私はロイが許せないのだと言うブラッドレイに、
ホークアイの視線が厳しくなる。
「本当に?本当にカトリーヌ様がそんな人間だと・・・
そう思っていらしたのですか?」
ギリリと拳を握って怒りに震えるホークアイに、ブラッドレイは
目を細める。
「何だと?」
「・・・・・カトリーヌ様がどんな想いでいらしたのか、
あなたは、何もご存じない。いえ、知ろうともしなかったの
ですね・・・・・・。」
ホークアイは、憎しみを込めた目でブラッドレイを見つめる。
「カトリーヌ様は・・・・・。」
「リザ姫様。」
その時、マルコーは、ホークアイの言葉を静かに遮ると、
ホークアイより前に出て、思いつめた顔でブラッドレイの
前に立つ。
「ティム・・・・・。」
数年ぶりの再会に、ブラッドレイは、懐かしそうにマルコーを
見るが、それとは対称的に、マルコーの表情はどこまでも
固い。
「キング・・・・お久し振りです。」
マルコーは、深々と頭を下げる。
「ティム・・・久し振りだ。」
表情を和ませるブラッドレイに、マルコーは悲しげに目を伏せる。
「キング・・・・今まで、ロイ様の意向により、あなたに真実を
お伝えしていませんでした。」
「真実・・・・?」
訝しげなブラッドレイに、マルコーは意を決すると、顔を
上げた。
「カトリーヌ様の孤独と絶望・・・・そして、真実をお話
します。」
「あの女のことなど聞きたくもない。」
吐き捨てるように言うブラッドレイに、マルコーは叫ぶ。
「あなたとエレナ様がご結婚出来る様に、一番力を
尽くしていたのは、カトリーヌ様だったのですよ!!」
マルコーの言葉に、ブラッドレイはショックを受ける。
「何を・・・馬鹿な・・・カトリーヌは・・・私を恨んで・・・。」
首を振って否定するブラッドレイに、マルコーは
辛そうに顔を歪める。
「本当です。カトリーヌ様は、いつもおっしゃって
おられました。私は無理だったけど、キングお兄様だけは
愛する人と幸せになってほしいと・・・・・。」
「私は・・・・無理だった・・・・?」
マルコー言葉を、ブラッドレイは聞きとがめる。
「・・・・キング様がエレナ様と恋をしたと同じように、
カトリーヌ様もまた、恋をしていたのです。全てを
投げ捨てても構わないほどの恋を・・・・・ディオス・
マルコー・・・私の弟と。」
「なんだ・・・と・・・・・・?」
初めて知る事実に、ブラッドレイは、言葉もなく
立ち尽くした。
早く父上に会わなければ!!
ロイは、次々と襲ってくる敵を倒しながら、
必死に階段を駆け上がる。
「そこをどけ!!邪魔する者は、容赦せん!!」
ロイは指を鳴らすと、焔を次々に練成する。
「陛下!!こちらです!!」
無事地下牢へ続く階段を上りきったところで、
敵に囲まれたロイを援護すべく、銃声が響く。
「お前達は・・・・・・。」
ロイが銃声がした方を向くと、そこには、城の
地下牢に押し込めたはずの、ブレタと何故か
兵士姿をしている、女官のマリアが、銃を
片手に、こちらに手を振っていた。
「何故ここに!?」
ロイは、パチンと指を鳴らし小規模な爆発を
起こすと、ブレタ達の方へと駆け寄る。
「話は後です!今、ホークアイ副隊長が、
ハボック様とドクター・マルコーと共に、
謁見の間にて、ブラッドレイ様と対峙して
おります。」
城で見かけた、温和な表情を一変させて、
厳しい顔で銃を撃つマリアの姿に、彼女も
また、フルメタル王国の者だったのだと、
悟った。
「陛下、ホーエンハイム王の日記を、ブラッドレイ
様が所有しております。もしかしたら、【鋼姫】の
呪いを解く鍵があるかもしれません!
急いで下さい!」
マリアの言葉に、ロイは息を飲む。
「陛下!姫を頼みます!」
ブレタがニヤリとロイに笑いかける。
そんな2人に、ロイは力強く頷く。
「ありがとう。」
ロイは穏やかに微笑むと、ブラッドレイのいる
謁見の間へと駆け出した。