月の裏側

              〜 Love Phantom 〜

            

 

                       第16話

  

 

 
                   「そんな・・・馬鹿な事が・・・・・・。」
                   ショックのあまり、ブラッドレイは掠れた声を出す。
                   そんなブラッドレイに、マルコーは辛い表情で
                   語り始めた。
                   「カトリーヌ様は、あなたが、エレナ様とご結婚できる
                   ようにと、我々が帰国する前、先々代の国王陛下
                   ジョルジュ様と王妃様のロザンナ様に懇願したそうです。
                   自分とキング様の婚約を解消してほしいと。」
                   その言葉に、ブラッドレイは、椅子から立ち上がると、
                   マルコーに、つかつかと歩み寄る。
                   「でたらめを言うな!!」
                   ブラッドレイは、怒りに任せて、マルコーを締め上げる。
                   「でたらめではございません!しかし、お2人は婚約
                   解消を認めるどころか、キング様のご帰国の日に、
                   結婚式を行うように取り計らったのです。そこで
                   カトリーヌ様は、自分がいればキング様まで不幸に
                   なってしまうと・・・・・結婚式の前日、ディオスと
                   駆け落ちの計画を・・・・・。」
                   「駆け落ち!?」
                   初めて知った事実に、ブラッドレイは驚きを隠せない。
                   「・・・・しかし、計画は失敗に終わりました。」
                   マルコーは、唇を噛み締める。
                   「駆け落ちする前日・・・・・ディオスが事故で亡くなった
                   のです・・・・・。」
                   「!!」
                   ブラッドレイは、茫然としたままマルコーから手を離す。
                   「それでは・・・あの時のカトリーヌは・・・・・。」
                   ブラッドレイは動揺して、髪を掻き毟る。
                   あの時は、自分の事しか考えていなかったが、カトリーヌは、
                   愛する者を失った悲しみに、1人耐えていたのだ。
                   その彼女に、自分は何を言った?
                   知らなかったとは言え、新婚初夜の日、初めての情事に
                   震えていた彼女に、自分の愛は未来永劫エレナのものだと
                   言って、労わるどころか、そのまま見捨てて寝室を出て行った
                   のだ。愛する者が亡くなった次の日に、別の男に抱かれて、
                   彼女は、どんなに辛かっただろうか・・・・・。
                   「だから・・・・。だから、カトリーヌは、私を恨んで・・・・・
                   あの時、暗殺を・・・・・・。」
                   カトリーヌと結婚して20年。1人息子のロイが18歳になった
                   頃、エレナ・エルリックが、臣下に嫁ぐという話を聞いて、
                   ブラッドレイは、どうしても我慢が出来なかったのだ。
                   幸い、直ぐに父親のジョルジュが死に、王となったブラッドレイを
                   止められる者など、フレイム王国には、存在しない。
                   ブラッドレイは、カトリーヌと離婚して、エレナと結婚しようと
                   計画を立てていたのだ。その矢先、離婚話をするために、
                   病気療養中のカトリーヌを呼び出した時、錯乱したカトリーヌが
                   ブラッドレイに剣を向けたのだった。
                   「いいえ。カトリーヌ様は、決してあなたを恨んではおりません。」
                   マルコーは首を横に振る。
                   「むしろ・・・・恨まれているのは、私の方かもしれません。」
                   「ティム?」
                   ブラッドレイは、ノロノロとマルコーを見る。
                   「カトリーヌ様は、あなたを、【キング兄様】と、ずっと慕って
                   おられました。国王ご夫妻は、カトリーヌ様をただの子供を
                   産むだけの存在としか思っておらず、宮中の人間も、カトリーヌ
                   様を、王太子を婚約者に持ちながら、他の男と駆け落ちを
                   しようとした女と、随分冷たい態度を取っておられました。
                   カトリーヌ様は、そんな孤独とずっとお1人で戦っておられた
                   のです。」
                   「カトリーヌが・・・・・・。」
                   ブラッドレイは、ガクリと膝をつく。
                   「カトリーヌ様は、やがて体調を崩され、ご実家のマスタング家
                   へ病気療養と称され、戻られました。そこで、カトリーヌ様は、
                   エレナ様がご結婚されると聞いて、酷く心を痛められたのです。
                   カトリーヌ様は、ご自分の病の事を・・・・もう先が長くないと
                   ご存知でした。だから、ご自分の後に、エレナ様を強く望んだ
                   のです。あなたがカトリーヌ様亡き後、正式にエレナ様に
                   結婚の申し込みをした時、話がスムーズに言ったのは、
                   私の力ではなく、それよりも前に、カトリーヌ様が全て
                   根回しをしていたからです。」
                   「そんな・・・馬鹿な・・・・・。では、何故カトリーヌは、私を
                   殺そうとした!!」
                   ブラッドレイの悲痛な叫びに、ホークアイは悲しそうな顔で
                   答えた。
                   「あの事件が起きる少し前・・・・・ジョルジュ陛下がお亡くなりに
                   なって、一週間後・・・・・カトリーヌ様は精神を・・・・・・
                   病まれてしまわれたのです・・・・・。」
                   「精神を?どういうことだ・・・・。それは・・・・・・。」
                   ブラッドレイは、マルコーを振り返る。
                   「・・・・知ってしまったのです。」
                   「何を・・・・・知ったと言うのだ・・・・・?」
                   困惑するブラッドレイに、マルコーは静かに言った。
                   「ディオスは・・・・本当は事故ではなく、ジョルジュ陛下によって、
                   処刑されたという事を・・・・・。」
                   「処刑だと!?」
                   あまりの事に驚くブラッドレイに、マルコーは、ポタポタ涙を
                   流しながら、頭を垂れる。
                   「王太子の婚約者を誑かした罪によって・・・・・・。そして・・・・
                   カトリーヌ様とディオスの駆け落ちを密告したのは・・・・・
                   私なのです・・・・。」
                   「なんだと!?どういう事だ!!なぜ!!」
                   ブラッドレイは、マルコーの胸倉を掴むと、激しく揺さぶった。
                   「・・・・一足先に帰国した私は、偶然2人の計画を知ってしまった。
                   駆け落ちは大罪。あまりの恐ろしさに・・・・私は・・・・・。」
                   「密告したのか・・・・・。」
                   ブラッドレイの言葉に、マルコーは、コクリと頷いた。
                   「全てを知ってしまったカトリーヌ様は、一晩中泣いておられました。
                   全ては自分が悪いのだと。大切な人達をみんな不幸にしてしまったと、
                   聞いている者が、耳を覆いたくなるような、悲痛な叫びでした。
                   そして・・・・一夜明けた朝、カトリーヌ様の精神は狂って
                   しまわれたのです・・・・・。」
                   「・・・・カトリーヌが・・・・・。」
                   茫然となるブラッドレイに、ホークアイは、目に涙を溜めながら、
                   ゆっくりと近づいた。
                   「カトリーヌ様は、精神年齢を著しく低下させていました。
                   ロイ兄様を・・・・・キング兄様と・・・それは嬉しそうに・・・・
                   話しかけていました。」
                   その言葉に、ブラッドレイは驚きに眼を瞠る。
                   「ロイを・・・・私と間違えた・・・・だと・・・?」
                   ブラッドレイの言葉に、ホークアイは重々しく頷いた。
                   「私をエレナ様と思い込まれて、キング兄様と幸せにと・・・・
                    そう・・・・言って・・・・・。」
                   当時を思い出し、ホークアイは、嗚咽を零す。そんなホークアイを
                   それまで、黙って事の成り行きを見守っていたハボックが、
                   優しく肩を抱きしめる。
                   「では・・・・カトリーヌが・・・私を殺そうとしたのは・・・・。」
                   「恐らく・・・・あなた様をジョルジュ陛下だと・・・・思われた
                   と・・・・・。」
                   ブラッドレイの問いに、マルコーは唇を噛み締めながら答える。
                   「だから・・・あの時・・・・・。」
                   ブラッドレイは、当時を思い出す。あの時、カトリーヌは、
                   ブラッドレイを斬りつけながら、泣き叫んでいた。
                   「あなたのせいでみんなが不幸になるのよ!!」
                   その時は、みんなと言うのは、カトリーヌ本人と息子のロイの
                   事を指しているのだと思っていた。しかし実際は、愛する者と
                   自分の為だったのだ。
                   「カトリーヌ・・・・。カトリーヌ・・・・。すまない・・・・。許してくれ・・・。」
                   ブラッドレイは蹲ると、泣き叫ぶ。
                   脳裏には、【キング兄様】と、微笑みながら、どこまでも
                   自分にくっついてきた幼いカトリーヌの顔が浮かび上がる。
                   確かに、自分はカトリーヌもまた【妹】として、愛していた。
                   だからこそ、再会した時のカトリーヌの様子に酷く幻滅したのだ。
                   しかし、それはただ単に自分の勘違いで、そのせいで、取り返しの
                   つかない事態を起こしていたのだ。
                   「私が・・・もっと早く自分の心に正直になっていれば・・・・・。
                   カトリーヌとディオスは、幸せな結婚をして、エレナも子供達も
                   死なずに済んだのに!!」
                   ブラッドレイは、拳を振り上げると、何度も床を叩く。
                   悲しみに打ちひしがれるブラッドレイに、ホークアイは、小さく
                   呟いた。
                   「・・・・エレナ様とお子様達は・・・・生きていらっしゃいます。」
                   その言葉に、ブラッドレイの動きは止まり、恐る恐る
、                  ホークアイを見る。そして、ホークアイが見ている方向へ、ゆっくり
                   視線を移すと、驚愕した目をした。扉の前には、両脇に子供達を
                   抱き寄せた、最愛の妻が立っており、その後ろには、泣いて目が
                   真っ赤になっているアルフォンスとウィンリィの姿があった。
                   恐らく、扉の外で、マルコーの話を聞いていたのだろう。
                   みな、青褪めた顔で、ブラッドレイを見つめていた。
                   「エレナ・・・・セリム・・・・リィーナ・・・・・・?」
                   「「お父様!!」」
                   子供達は、泣きながら、父親の方へと駆け出す。
                   飛び込んでくる子供達を、ブラッドレイは、力一杯抱きしめる。
                   「セリム・・・・リィーナ・・・・。本当に、お前たちなのだな!!」
                   「「お父様!!お父様!!」」
                   2人は、泣きじゃくりながら、必死に父親にしがみ付く。
                   「これは・・・一体・・・・・。」
                   困惑を隠しきれないブラッドレイに、エレナはゆっくりと
                   近づくと、涙を流しながら、口を開いた。
                   「全ては、ロイ様の・・・・お計らいです・・・・・。」
                   「ロイの・・・・?」
                   そんなはずはないと、ブラッドレイは首を横に降る。
                   自分はあの子に何もしてやっていない。
                   それどころか、父親としての愛情を一切与えずに、彼の
                   母親を処刑してしまったではないか。
                   恨んで当然の事をしてきたのだ。
                   「ロイがエレナ達の命を助けたなど・・・・ありえない。」
                   茫然となるブラッドレイに答えるように、凛とした声が
                   謁見の間に響き渡る。
                   「・・・・・それは、母上が望んだ事です。」
                   ハッと顔を上げるブラッドレイの目に飛び込んできたのは、
                   傷だらけのロイの姿だった。
                   慌てて両脇からロイをアルフォンスとウィンリィが支える。
                   そんなロイに、ブラッドレイは、まるで引き寄せられるように、
                   フラフラと立ち上がると、ゆっくりと近づく。
                   「・・・・ロイ・・・・・。」
                   「・・・・・父上・・・・・。」
                   長い間、憎しみという名の鎖で繋がれた親子は、静かに
                   対面を果たす。
                   その先にある【真実】を求めて・・・・・。