「・・・・・・・・・私は・・・・あなたが・・・・・憎いという
訳ではありませんでした。」
ロイの言葉に、ブラッドレイは、再び目を開ける。
「・・・・私を憎んでいない・・・と・・・?」
そんな馬鹿なと首を横に振るブラッドレイに、ロイは
クスリと笑う。
「・・・・言ったでしょう?私は【愛する事】を知らなかった
と。【愛する事】を知らない人間が、どうして【憎む事】が
出来るのですか?」
【愛する事】を知るからこそ、【憎む事】を知る。
【愛】と【憎しみ】は表裏一体だ。
どちらか一方だけの感情だけでは、成り立たない。
ロイは、自嘲した笑みを浮かべると、ゆっくりと、右手を
下ろす。
「私にとって、あなたは、【キング・ブラッドレイ】で、
それ以上でもそれ以下でもなかった。」
ロイは静かに語り出す。
「母上が処刑されても、私の中であなたをどうこうするつもりは
なかった。このまま静かに片田舎で、リザを妻に向かえ、
ひっそりと暮らしていこうと、そう思っていた。」
ロイはそこで言葉を切ると、殺気の篭った目を向けた。
「3年前の・・・・あの事件までは・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
無言で俯くブラッドレイに、ロイは奥歯をギリリと噛み締める。
「3年前、あなたは・・・・・セリムの地位を確固たるものに
しようと・・・・・私を暗殺しようとした・・・。」
その言葉に、ブラッドレイは、驚愕する。
「な・・・・どういうことだ・・・・?暗殺だ・・・と・・・・?何の事だ?」
「・・・・言い訳とは、見苦しい!!」
ロイの一喝に、ブラッドレイは、負けじと大声を出す。
「言い訳ではない!私はそんな事はせん!!」
ブラッドレイは、怒り心頭な顔でロイの胸倉を掴む。
「私は、あの時、お前に負い目を感じていた。だから、お前の
王位継承権は剥奪しなかった。しかし、お前はその事が
不服でクーデターを起こしたのではないのかっ!!」
必死の様子のブラッドレイに、ロイは冷ややかな目を向ける。
「・・・・でしたら、もっと早くに行動を起こしていましたよ。
実際、あなたは王でありながら、国の事がまるでお分かりに
なっていなかった。貴族と民との貧富の差が激しく、毎日、
民は、貴族達から、家畜のような扱いを受けてきたのを、
知っておられるか?あなたが、何気なく食べているパン一切れを
手に入れる為に、自分の子供を売らなければならない、
そんな民の生活を知っていたか?」
ロイは、ゆっくりとブラッドレイの腕を払いのけると、目を伏せる。
「それでも、民達は、誰を恨むでもなく、皆日々一生懸命に
生きていた。そんな彼らの姿に、私は復讐など馬鹿馬鹿しいものと
思った。だから、半ば幽閉生活を強いられようとも、何も感じ
なかった。・・・・・・あの日までは。」
ロイはゆっくりと目を開けると、ブラッドレイを見据える。
「あの日、私はなかなか寝付けなかった。お陰で、刺客に
遅れを取る事はなかったが、騒ぎを聞きつけた駆けつけた、側近の
1人が・・・・・私を庇って・・・・・・死んだ。」
ロイは唇を噛み締めると、涙を堪えるように、目を瞑る。
「彼の名前は、マース・ヒューズ・・・・・・。私の親友だった男です。」
その言葉に、ブラッドレイは、息を飲む。
「私は、ヒューズの遺体に誓った。絶対に父上を玉座から引き摺りだし、
敵を取ると!!」
ロイの言葉に、ブラッドレイは、掠れる声を出す。
「では何故私を処刑しなかった・・・・?」
ブラッドレイの言葉に、ロイはフッと笑みを浮かべる。
「・・・・・あなたには、安らぎを与えたくなかった。一瞬の痛みで
終わらせたくない。もっと、苦痛に歪む顔が見たかった・・・。
だから、エレナ妃達を処刑したと、嘘をついたのですよ。」
ククク・・・・と笑うロイに、ブラッドレイは唾を飲み込む。
それほどまでに、ロイの瞳の中に狂気が宿っており、背筋が
凍ったのだ。
「・・・・何故嘘をつく必要がある?」
ブラッドレイの言葉に、ロイはニヤリと笑う。
「母上は、あなたとエレナ妃の幸せを、死ぬ直前まで祈っていた。
しかし、私がエレナ妃達を殺さなかったのは、最愛の人達が死んだ
と聞かされた時の、あなたの悲壮な顔を見るのが、一回だけでは
つまらないと思ったからです。もしも、私に対して再びあなたが
何かをした時の、保険として、生かしておいただけです。死んだと
思った人間が、目の前に現れて、喜ばない人間はいない。
そして、人間は、喜んだ直後の絶望に弱い。」
そこで言葉を切ると、ロイはブラッドレイに底冷えする目を向ける。
「・・・・・エレナ妃達をあなたの目の前で殺し、そして、ドクター
マルコーに口止めをしておいた、母上の真実を知った時の
あなたの絶望した顔を想像しただけで、私は心が躍った。」
「ロイ・・・・。お前は・・・・・。」
茫然となるブラッドレイに、ロイは自嘲した笑みを浮かべる。
「・・・・しかし、私はエドワード姫に出会い、そして、愛して
しまった・・・・・・。」
ロイはふと表情を改めると、真剣な表情でブラッドレイを見つめる。
「エディを愛する事で、私はやっとあなたの気持ちがわかった
気がします。ただ一途に、愛する人を求めなければ、いられない
この気持ちを・・・・・。」
ロイは目を閉じると、そっと自分の心臓の上に手を置く。
「私は、エディを誰よりも愛しています。だからこそ、彼女を
救うために、ここに来たのです。」
ロイは、ゆっくりと片膝をつくと、ブラッドレイに頭を垂れる。
「エディの父君を死に追いやった、私には言う資格がありません。
しかし、エディを救うためにも、どうしても、ホーエンハイム王の
日記が欲しいのです。」
どうか日記を渡して欲しいと懇願するロイに、ブラッドレイは、
片膝をつくと、目線を息子に合わせる。
「ロイ・・・・これだけは、信じて欲しい・・・・。私はお前を
殺そうと思ったことは、今まで一度もない。確かに、私は
お前を憎んだ。だが、それでもお前を殺そうと思わなかった。
むしろ、お前に早く私を殺して欲しかった・・・・・。だから、
今回、お前を幽閉したのだ。目の前で、愛する者を
他の男に奪われ、その怒りを私にぶつけてくれればと・・・
そう思っていたのだ。・・・すまない。すまない!ロイ!!
私は、父親として、お前に何もしてやらないばかりではなく、
さらに辛い目に合わせてしまうところだった!!
こんな父を許して欲しい・・・・・。」
ロイを抱きしめて涙を流すブラッドレイが、嘘をついているとは
思えず、ロイは混乱する。
「しかし・・・私は命を狙われて・・・・・。」
「ロイ様・・・・。」
そこへ、それまで黙って事の成り行きを見守っていた
エレナ妃が、ゆっくりとロイに歩み寄る。
「キング・・・・いえ、父君を信じて下さい。彼はあなたが
クーデターを起こしてからも、ずっとあなたを重臣達から
庇っておいででした。ロイ様には、クーデターを起こす、
正当な理由があるとおっしゃって・・・・・。」
そっと目頭を押さえるエレナ妃に、ロイはマジマジと
ブラッドレイを見る。
「・・・・父・・・・上?」
「・・・・・すまない。ロイ。すまない。」
謝り続けるブラッドレイに、ロイは穏やかな目を向ける。
「・・・・不幸なすれ違い・・・・です。父上。もっと私たちは
話し合うべきだったのです。・・・・・家族なのですから。
母上も、自分を責めずに、あなたに全てを打ち明ける
べきだった。【兄】と慕うのだったら、なお更に。」
ロイは、ブラッドレイの肩を抱くと、支えるように、一緒に
立ち上がる。
「しかし、私はお2人に感謝しています。この世に
生まれて・・・・そして、エディに出逢う事が出来た
のですから。」
ロイは、ゆっくりとブラッドレイに向き直ると、真摯な
目を向ける。
「そのエディを救うためなんです。お願いします!
ホーエンハイム王の日記を渡してください!!」
頭を下げるロイに、ブラッドレイは深い溜息をつく。
「・・・・・生前、ホーエンハイムは、お前の手にだけは、
渡らないように・・・と、私に遺言を残した。」
その言葉に、ロイはピクリと反応する。泣きそうな顔で自分の
顔を見上げるロイに、ブラッドレイは穏やかに微笑みかける。
「・・・・・そして、こうも言った。エドワード姫を心から愛し、
【鋼姫】の呪いを解こうとする者に、、渡して欲しいと・・・・。
だが、もしも姫が16歳の誕生日までに、現れなければ、
アルフォンス君に渡すようにと。」
そこで、ブラッドレイは、アルをチラリと見る。
「父君の日記を、ロイに渡してもいいかね?」
その言葉に、アルは、泣きながら何度も何度も首を縦に
振り続ける。そんなアルの様子に、ブラッドレイは、
嬉しそうに目を細めると、ロイの肩を叩く。
「ここで待っていなさい。直ぐに持って来よう。」
ブラッドレイは、もう一度ロイの肩を叩くと、謁見の間を
出て行った。ブラッドレイの後姿を見送りつつ、安堵の
溜息をつくロイに、エレナは話しかけた。
「ロイ様・・・・・。」
「エレナ様・・・・・。」
最愛のエドと良く似た面差しのエレナに、ロイは知らず
微笑む返す。
「ロイ様、母上様のこと・・・・知らぬ事とは言え、何と
お詫びすれば・・・・・・。」
悲しそうに目を伏せるエレナに、ロイは頭を払う。
「・・・・いえ、私の方こそ、貴方とセリム達には、
何と言って詫びたら良いか・・・・・・。」
「ロイ様には、過分なるご配慮を賜りました。それだけで
十分です。」
穏やかに微笑むエレナに、ロイはホッとした顔になる。
「エドワード姫様とお幸せに・・・・。ロイ様なら、必ず
【鋼姫】の呪いを解く事が出来ます。」
「ありがとうございます。」
そこで、ふとロイは、エレナがホーエンハイムの妹で
ある事を思い出した。
「ところで、生前ホーエンハイム王から【鋼姫】の呪いに
ついて、何か・・・・・・。」
縋るような思いでエレナを見るロイに、エレナは悲しそうに
首を横に振る。
「恥ずかしながら、アルフォンス陛下にお聞きするまで、
私は【鋼姫】の事は、御伽噺でしか存じませんでした。
ただ・・・・・・。」
「ただ?」
考え込むエレナに、ロイはハッとなる。
「生前、エドワード姫の母君・・・・トリシャ様がこんなことを
言っていました。本来ならば、【鋼姫】の存在を他の人に
知られるのは、いけないことなのだと。でも、例え人から
批難されようとも、エドワードには、愛する人と幸せになって
欲しいから、ある程度の人達と接触をさせるのだと・・・・・。」
「存在を知られてはいけない?人から・・・・批難・・・・?」
その言葉に、ロイは引っ掛かりを覚える。他国はともかく、
フルメタル王国では、【鋼姫】は、女神にも等しいほど、
国民から愛されている存在だ。【賢者の石】と【鋼姫】の
関係は秘められているはずだ。それなのに、その存在を
何故隠す必要があるのだろうか。
ロイは1人考え込んでいると、漸くブラッドレイが戻ってきた。
ブラッドレイから受け取ったホーエンハイムの日記の
表紙には、練成陣が書かれており、それが鍵の役目を
果たしていた。ロイは、アルフォンスに軽く頭を下げると、
表紙に書かれている練成陣に少し付け加えると、そっと
手を練成陣の上に置く。途端、練成の青白い光が
辺りを包み込み、日記は、苦もなく開かれた。
「・・・・エドを心から愛する者へ。」
パラパラと日記を捲っていたロイは、最後の方のページに、
ホーエンハイムのメッセージが書かれている事に
気づき、慌てて読み始めた。
エドワードを心から愛する者へ。
この日記を読んでいるという事は、君がエドワードを心から
愛し、そして、【真実】を知って、【鋼姫】の呪いを解いてくれる
気なのだろう。
ありがとう。娘を愛してくれて。
父親として、こんなに嬉しい事はない。
だからこそ、君に知ってもらいたい事がある。
今から書き記す事は、代々【国王】のみに語り継がれて
いる、【鋼姫】という【エルリック王家の罪】についてだ。
何故エルリック王家に【鋼姫】は、存在するのか。
何故、【鋼姫】は【賢者の石】となるのか。
全ては1人の王女から始まった。
そして、そこに、【鋼姫】の呪いを解く鍵があるのだ。
どうか、娘を・・・エドワードを頼む・・・・。
真実の奥の奥。
1人の王女の切ない恋が、
自分の国を
世界を
そして、愛する人達を
絶望へ導いた。
「彼らは出会ってはいけなかったのだ・・・・・。」
そんな書き出して、悲しい恋の物語が現代に蘇った。