自分が自分でなくなってしまう・・・・・・。
膨大な量記憶が脳を侵し、自分という自我が
失いかけた時、それは起った。
エドの目の前には、一面の花畑。
そして、そこに佇むのは、1人の栗色の髪の男に
1人の黄金の髪を持つ少女。
以前、これと同じような事があった。
そんな既視感に、エドが首を傾げる。
あれは、いつ、どこでだったっけ?
だが、直ぐに【あの時】とは違うと直感する。
【あの時】、自分は王女の姿ではなく、村娘の姿をしていた。
そして、目の前にいる男は黒髪だったはずだ。
だが、目の前の状況は、キャストは違えども、【あの時】の、
自分とロイが初めて出会った時に酷似していた。
その時、風が少女の言葉をエドの耳に届ける。
「本当は、誰にも言ってはいけないの。」
そう、恥ずかしそうに呟くと、、黄金の髪の少女は、
くすくす笑いながら、そっと男に耳打ちする。
「本当の名前は、アストレイアと言うの。」
大事な秘密を教えてくれた子供の頭を男は
優しく撫でる。
「私に教えても良かったのかい?」
少し、戸惑う表情で尋ねる男に、子供は、太陽のような
笑顔を向ける。
「大丈夫!オレ、アンタが好きだから!」
”何・・・・・これ・・・・・。アストレイア・・・・?
まさか・・・・・・。”
目の前の光景が信じられず、エドは一歩後ろに下がる。
「アストレイア・・・・・伝説の【鋼姫】・・・・・。」
「そう・・・・そして、男は、隣国【アクアノーア】の王、
ウォルター・クラウン。」
背後から聞こえる声に、エドは反射的に後ろを振り返る
と、頭からスッポリとフードを被った黒いローブ姿の人間が
立っていた。体つきとフードから零れる長い金髪から、
辛うじて女性と判る。
「・・・・あなたは・・・・?」
エドの言葉に応えず、女性は、ゆっくりと黒い手袋を
嵌めた手で、前方を指差す。エドは釣られるように、
女性が指し示す方向を見て、驚愕に目を見開く。
先程までの花畑から一転、今度は、フルメタル王国の
城や町が炎に包まれていた。
「!!」
息を飲むエドに、女性は感情の篭らない声で呟く。
「・・・・・これが結末。そして、全ての始まり・・・・。」
女性は、ゆっくりとエドに近づくと、そっとエドの手を取る。
「・・・・・【契約】を・・・・【鋼姫】。」
女性が顔を上げた拍子に、目深に被っていたフードが
外れ、女性の顔が露になる。黄金の髪と黄金の瞳を
持つ、自分と同じ年くらいの少女。しかし、その右側
半分は、火傷で爛れていた。
「!!」
その瞬間、エドの心臓が燃えるように熱くなり、あまりの
苦しさに、エドは声にならない悲鳴を上げ、少女に
倒れこむ。
「・・・・・・・何故、あなたもこの道を選んだのかしらね。」
既にその場所は、花畑でも、ましてや、フルメタル王国の
城下町でもなく、先程まで、エドが身体を休めていた、
【真理の森】の中にある城のエドの寝室だった。
少女は、ゆっくりと、エドをベットの上に寝かせると、
胸の前で、パンと両手を叩く。そして、ゆっくりと両手を
ベットに置くと、青白い練成の光が部屋を包み込む。
それと同時に、徐々にベットが変形して、まるでエドを
守るかのように包み込み、巨大な繭は完成した。
「・・・・あとは【儀式】を待つのみ・・・か・・・。」
少女は、疲れた顔でゆっくりと踵を返す。
「アストレイア姫・・・・・・。」
その声に少女が顔を上げると、扉の前には、いつの間に
入ってきたのか、フードを目深に被った男が、
恭しく頭を垂れていた。
「・・・・・・・ジャック・ハボック。」
途端、アストレイアの顔が顰められる。それを気にも
止めず、ジャックは、頭を下げたまま、ゆっくりと手を
アストレイアに伸ばす。だが、アストレイアは、ツカツカと
男に近づくと、その手を強く払いのける。
「・・・・・死してもなお、私を監視するか!!」
苛立ったアストレイアの声に、ジャックは、何も言わずに、
その場に立ち尽くす。そんなジャックに、アストレイアは
顔を歪めると、振り切るように、その場から姿を消す。
「・・・・・姫、もうじき貴方は自由になる。絶対に・・・・・。」
1人残されたジャックは、そう呟くと、顔をエドが眠っている
繭へと向ける。
「常に同じ【道】を辿る訳がない・・・・・。」
ジャックはクスリと笑うと、その身を闇に溶け込ませた。
「!!」
一心不乱にホーエンハイムの日記を読んでいたロイは、
ハッと顔を上げた。
「どうした?ロイ?」
ブラッドレイの声に、ロイは弱々しく首を振る。
「いえ・・・今、エディの声がしたと思って・・・・・・。」
そう言うと、ロイは日記を閉じると、アルフォンスに
手渡す。
「どうでした!姉さんを救う方法は!!」
期待を込めたアルフォンスに、ロイは口を開く。
「・・・・・エディを救う方法は、ただ一つ。この世界から
錬金術をなくす事だ。」
「錬金術を・・・失くす・・・・・?」
そんな事が出来るのかと、訝しげなアルフォンスに、
ロイは頷く。
「そもそも、何故この世界で・・・特にフルメタル王国で
錬金術が使われるようになったのかというと、フルメタル
国の【国王】が、【世界】と契約したからだ。【鋼姫】という
生贄を差し出して。」
その言葉に、その場にいる全員が息を飲む。
「・・・・それって・・・・・。」
顔を青くさせるアルに、ロイは静かに語りだした。
「アストレイア姫という名前を知っているかい?」
ロイの言葉に、アルは頷く。
「フルメタル王国の伝説の【鋼姫】ですね。遥かなる昔、
今は既に砂漠と化している場所にあったとされている、
水の国【アクアノーア】が、我が国に攻め込んだ時、
大いなる力で、敵国を一瞬で滅ぼし、国を救ったと言われる、
伝説の【鋼姫】の名前が、アストレイア姫。」
その言葉に、ロイは頷く。
フルメタル王国は、【真理の森】と呼ばれる森に取り囲まれている
ように、存在していた。そして、その森を挟んで、南側に、
フレイム王国、北側を巨大な砂漠がある。【鋼姫伝説】では、
その巨大な砂漠は、かつて、水の王国と言われた【アクアノーア】が
存在しており、その栄華を誇っていたと言われている。しかし、
フルメタル王国に攻め入った事で、フルメタル王国の【鋼姫】
アストレイア姫の逆鱗に触れ、一夜のうちに、滅ぼされたと
噂されている。その伝説により、フルメタル王国の【鋼姫】は、
他の国々から魔女姫と恐れられたのだった。
「・・・・アストレイア姫とアクアノーア国の王は、恋仲だった
そうだ。」
「!!」
驚くアルに、ロイは眼を伏せる。
「しかし、アクアノーアの王は、最初から姫を愛してはいなかった。
姫に愛を囁いたのは、フルメタル王国の機密を探るため。
フルメタル王国を攻めるつもりで、姫を利用したのだ。
城が炎に包まれ、姫は恋人に助けを求める為、炎の中、
城から脱出した。しかし、その先に待っていたのは、恋人の
裏切りと、城から脱出した際に負った、顔の火傷を
「バケモノ」と蔑む恋人からの暴言だった。」
「そんな・・・ひどいよ・・・・。」
ウィンリィがすすり泣くのを、ホークアイが優しく肩を抱きしめる。
「・・・・・その瞬間、姫は狂ってしまった。もともと、姫は、錬金術の
素質があったようだ。狂った彼女の精神は、本来開いてはならない
【扉】を開けてしまったようだ。」
「【扉】?」
ロイの言葉に、アルは眉を顰める。
「アルフォンス、そもそも錬金術の基本は、【等価交換】だな?」
「はい。一のものからは一のものしか作る事は出来ません。」
アルの答えに、ロイは更に質問を投げかける。
「ならば、錬金術を発動させる為の【力】は、どこからくる?」
「え?それは・・・・・・。」
困惑するアルに、ロイは青褪めた顔で唇を噛み締める。
「等価交換というのならば、発動する力にもそれに見合う代価が
必要だ。しかし、そんな代価を払わずに、我々錬金術師は、
錬金術を行ってきた。」
ロイは、ゆっくり息を吐くと、辛そうな顔でアルを見つめた。
「錬金術を発動させる力の源は・・・・・異世界の【人の命】。」
「なっ!!」
絶句するアルに、ロイは辛そうに言葉を繋げる。
「そして、その異世界の【人の命】がこちらの世界に流れ込む
【扉】を、アストレイア姫は、絶望のあまり、開けてしまった。
姫は、その膨大な力で、アクアノーア国を滅ぼしたのだ。
フルメタル王国の【国王】は、その絶大なる力を目の当たりにして、
魔が差したのだろう・・・・。【世界】と【契約】した。」
「【世界】・・・・?」
「・・・・・【世界】を管理する管理人と言ったところか。彼らが
どんな存在かは、わからない。神なのか、悪魔なのか・・・・・
それすらも判らないが、【扉】の向こうから来た者達らしい・・・・・。」
ロイの言葉に、アルは唖然となる。
「人達って・・・・複数いるんですか?」
「・・・・そうだ。」
その言葉に、答えたのは、以外にもロイではなく、ハボックだった。
「ジャン兄?」
どこか沈んだ顔のハボックの様子に、アルは恐る恐る声をかける。
「管理人は7人。そのうちの2人が残り、こちら側・・・・【鋼姫】の
監視に残った。」
「・・・・・2人・・・?監視って・・・・・。」
怯えるアルに、ハボックは悲しそうな顔を向ける。
「1人は、【真理の森】の監視に。1人は・・・・・・【鋼姫の夫】として、
【鋼姫】の監視に・・・・・・。」
「・・・・鋼姫の夫って・・・・・。まさか!!」
青褪めるウィンリィに、ハボックは困ったような顔をする。
「そうだ。俺達はその【管理人】の子孫なんだ・・・・・。」
「うそよ!!」
絶叫するウィンリィを、ホークアイは優しく抱きしめると、真っ直ぐに
ハボックを見つめる。
「その話が本当でも、それがどうしたのですか?あなたは、
ジャン・ハボック。そして・・・・・。」
ホークアイは、ハボックから青褪めた顔でガタガタ震えるウィンリィに
優しく微笑みかける。
「あなたは、ウィンリィ・ロックベル。エドワード姫を心配する
人間よ。」
それだけで十分よと、優しくウィンリィを抱きしめるホークアイに、
ウィンリィは、堪えきれず泣き出す。
「・・・・ハボック、教えて欲しい。」
そんな中、ロイはハボックに近づくと、思いつめた目を向ける。
「【鋼姫】を人身御供として差し出す代わりに、【世界】は、
フルメタル国【国王】に、様々な錬金術を授けた。ホーエンハイム
王の日記には、【鋼姫】を解放するには、【鍵】を見つけて、
【扉】を封印すればいいと書かれている。」
「・・・・【扉】を封印すれば、もう錬金術は使えないッスけど、
いいんですか?」
ハボックの言葉に、ロイは穏やかに微笑む。
「エディ以上に価値あるものは、どこにもない。」
ロイの言葉に、ハボックはニヤリと笑う。
「・・・・・その言葉、待っていましたよ。」
「それで、【鍵】というのは・・・・・。」
ロイの言葉に、ハボックはあっさり首を横に振る。
「知りません。」
「ハボック!貴様!!」
怒りのあまり、ハボックの胸倉を掴むロイに、ハボックは
ジタバタと手を振る。
「だーってしょうがないでしょ!!俺、当事者じゃ
ねーんですから!!」
「何か伝わっていないのか!【鍵】のヒントになるような
ものを!!」
吐け〜と更に首を絞めるロイの後頭部を、ブラッドレイが、
パコンと叩く。
「落ち着かんか!そんな事では、エドワード姫を救えんぞ!!」
その言葉に、ロイはハッと我に返る。
「う〜。死ぬかと思った・・・・。」
ゲホゲホと咳き込むハボックに、ロイは頭を下げる。
「すまん!ハボック!!」
「いいですよ。それだけ姫に夢中だって事ですから。」
ハボックの言葉に、ロイは頬を紅く染める。
「しかし・・・【鍵】かぁ・・・・・。そんな話、【鋼姫の夫】には、
全然伝わってこなかったなぁ・・・・。」
【鋼姫の夫】という言葉に、ハボックを消し炭にしてやりたい
衝動にかられるロイだったが、ここはエドの為だとグッと
堪えて、首を捻って、何かを思い出そうとするハボックを
期待を込めた眼差しで見つめた。
「では、【ハボック家】だけに代々伝わっている事とは、なんだ?」
死んでも【夫】という言葉を使いたくないロイは、イライラしながら
ハボックに詰め寄る。
「どんな事をしても、【鋼姫】の【願い】を叶える事だけッス。」
「この〜〜〜〜!!全然役立たないではないか!!」
堪忍袋の緒が切れて、ハボックに詰め寄るロイに、アルは
ポツリと呟いた。
「・・・・・だったら、【当事者】に聞いてみてはどうでしょう。」
「【当事者】?・・・・そうか!!」
アルの言った事を理解したロイは、慌てて謁見の間を
飛び出していく。
「なー、【当事者】って・・・?」
首を傾げるハボックに、アルフォンスは、ニッコリと笑った。
「残った【管理人】は2人。1人が駄目なら、もう1人に聞けば
良いだけのことでしょ?」
「残った1人・・・・・そうか!【真理の森】の!!」
ポンと手を打つハボックとは対称的に、グスグスと涙を流しながら、
ウィンリィは心配そうに呟いた。
「でも・・・・【真理の森】って、かなりいわくがある場所だけど・・・
マスタング王1人で大丈夫なの?」
昼でも暗く、迷い込んだ者を惑わし、【真実】を見つけられない
者は、永遠に彷徨うとされている、いわく付きの森。
あんな、頭に血が上った状態のロイが1人で行って、果たして
大丈夫なのか。それに、森は広い。【管理人】がどこにいるか、
判るのだろうか。不安そうな顔のウィンリィを、ホークアイは、
安心させるように微笑む。
「大丈夫よ。ああ見えても、悪運だけは強い人だから。」
それに・・・と、ホークアイは言葉を続けた。
「例え陛下が駄目でも、エドワード姫は、普段の行いが良いから、
きっとうまくいくわ。」
その言葉に、一同、納得したように、深く頷いた。