「急がなければ・・・・・・。」
【真理の森】の中を、ロイはひた走る。
既に、自分が何処に行こうとしているのか、
何処に向かって走っているのか、それすらも
今のロイには、わからず、ただ闇雲に
森の中に分け入っていた。
「ったく!【管理人】は、一体どこにいるんだ!!」
ロイは、苛立たしげに、目の前の木を叩く。
「・・・・それにしても、この森は、こんなに薄暗かった
だろうか・・・・・・。」
以前、一度だけロイは【真理の森】の中に入った事が
あった。母親が死んで一年経った頃、父の後妻に入った、
エレナ妃が、懐妊した時の事だ。国中が喜びに包まれて
父親の幸せそうな顔を見るたびに、不幸の中死んだ母親を
思い、やるせなさで一杯だった毎日、気まぐれを起こして、
1人、【真理の森】の中へと足を踏み入れたのだった。
そして、ロイは出会ったのだ。
幼い頃のエドワードと。
森を抜けた途端、視界に広がる一面の花畑に驚きつつも、
誰も居ない事を良い事に、昼寝をしていたロイに、
子供は、泣きながらロイを起こしたのだった。
「うっく・・・・・死なないで・・・・・。起きてよぉおお・・・・。」
ポロポロと涙を流す知らない子供に、ロイは慌てて起き上がった。
何でこんなところに子供がと、マジマジと子供を見ていたロイに、
子供は一瞬呆気に取られたが、直ぐに嬉しそう微笑んだのだった。
「良かった・・・・。生きてた。」
心底ホッとした顔の子供に、ロイは首を傾げる。ただ昼寝をして
いただけなのに、何故この子供は、こんなに泣いているのだろか。
ロイの戸惑いに気づいた子供は、決まり悪げに言った。
「だって・・・あんた、ピクリとも動かないんだもん!死んでいる・・・
かと・・・えっぐ・・・・えっ・・・・。」
途端、再び泣き出した子供を、ロイは慌てて抱きしめた。
まだ逢って数分しか経っていないのに、目の前の子供に泣かれる
事に、ロイは何故か心が鷲掴みされたかのように、胸が痛くなる。
「私は大丈夫だ・・・・。だから・・・泣くな・・・・・。」
「・・・ごめん・・・。迷惑かけた・・・・。」
暫く子供をあやすように、背中を優しく撫でていると、子供は落ち着きを
取り戻したのか、恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、ロイにニッコリと
微笑んだ。その笑顔に、ロイは心に暖かいものが満ちていくるのを
感じ、穏やかに微笑む。
「ところで、君の名前は?」
優しく尋ねると、子供は、ニコリと笑いながら、元気良く叫ぶ。
「俺、エドワード!!」
その言葉に、ロイは束の間固まってしまう。
見たところ、村娘のようだが、もしかしたら、男なのだろうか。
そんな疑問を頭に思い浮かべながら、ロイは恐る恐るエドに尋ねる。
「女の子なのに、”エドワード”なのかい?」
驚くロイに、エドは、ちょっと考え込むように首を傾げる。
「うーーーん。どうしよう?」
困惑している子供に、ロイは慌てて首を振る。
「いや!別に変とかそういう訳ではなく・・・・。」
焦るロイを気にせず、エドは、まっいいか〜。とにっこりと微笑んだ。
「母様に言われているんだけどなぁ・・・・・。」
本当は、誰にも言ってはいけないの。
そう、目の前の黄金の子供は、くすくす笑いながら、そっとロイに
耳打ちする。
「オレの本当の名前は、・・・・と言うの。」
大事な秘密を教えてくれた子供の頭をロイは、優しく撫でる。
「私に教えても良かったのかい?」
もしかしたら、母親に怒られてしまうかもしれない。そうなった
時、エドが辛そうな顔になるのが、ロイには我慢できなかった。
少し、戸惑う表情でロイが尋ねると、子供は、太陽のような笑顔を
ロイに向ける。
「大丈夫!オレ、アンタが好きだから!」
それがロイとエドとの出会いだった。
その後、ロイはエドが【鋼姫】であり、【賢者の石】を守っている
というのを聞いて、驚いたのだったが、その時のロイは、エドを
利用しようとは思っていなかった。この太陽のような子供を
心のどこかで守りたいと思っていたのかもしれない。
しかし、時は無情にも流れていく。
黄金の子供を大事にしたいと思っていた心は、その後、年を
経ていくうちに、醜く変化する。親友の死。様々な人間の
裏切り。人の心の暗黒の部分を知れば知るほど、ロイの中で、
黄金の子供との束の間の安らぎの記憶が消えていった。
父親を王座から引き摺り出し、隣国の王を捉えた時、ロイの
脳裏に過ぎったのは、過ぎ去りし日々に、ただ一度だけ出逢った、
黄金の子供ーーー【鋼姫】の事だった。その頃になると、ロイの
中では、黄金の子供というよりも、御伽噺そのままの魔女姫という
イメージに塗り替えられており、恐怖からエルリック王家から、
【賢者の石】を取り上げ、なおかつ、念には念を入れ、あろうことか、
ハボックに、【鋼姫】の暗殺を依頼してしまったのだった。
「私は・・・・エディを傷つけてばかりだ・・・・。」
何故、あの黄金の子供を忘れてしまったのだろう。
あんなに、人が傷付くのを人一倍悲しむ子供が、残虐な行為を
するわけがない。いや、むしろ自分の方が残虐な事をしてきている。
「エディ・・・・・。」
早くエドに逢って、この腕の中に抱きしめたい。
そうしなければ、どんどん、この【森】の闇の部分に、自分の
心の闇が同化しそうで、ロイは内心焦っていた。
「・・・・気を乱すな。集中しろ。ロイ・マスタング。」
最愛のエドを救うために、今自分が出来るのは、この【真理の森】の
どこかにいる【管理人】を探し出し、【扉】を封印する【鍵】を
見つけ出さなければならない。
「待っていてくれ。エディ・・・・・。」
ロイが、決意を新たに前方を見据えると、一歩足を踏み出そうとした
時、背後から声がかかる。
「よぉ〜。こんなとこで何してるんだ?」
その、聞き覚えのある声に、ロイは反射的に後ろを振り返る。
「よぉ!久し振りだな。ロイ。」
ニコニコと人の良さそうな顔で立っていたのは、絶対に【ここ】に
いるはずのない人間で・・・・・。
「どうしたんだよ。挨拶もなしか?まるで人を幽霊に出逢ったような
顔で見て・・・・何かあったのか?」
記憶のままの彼の姿に、ロイは茫然と呟いた。
「ヒュ・・・・・ヒューズ・・・・なの・・・・か・・・・?」
「おう!」
そう言って片手を挙げているのは、三年前、自分を庇って
死んだはずの、マース・ヒューズ、その人だった。
「もうじき・・・・・・だわ。」
プカリと闇の中に浮かぶ少女は、面白そうに笑う。
「歴史は繰り返す・・・・・。」
フワリとドレスを翻して、少女は闇の中で踊り続ける。
「誰も・・・・・この【契約】から逃れられない。」
少女は、楽しそうに1人でクルクルと回り続ける。
「エドワード姫の【絶望】が早いか。それとも・・・・・。」
少女は闇に目を凝らす。
「マスタング王の【裏切り】が早いか・・・・見ものだわ。」
やがて、クスクス笑いながら、少女は闇に身を溶け込ませる。
そして、代わりに、膝を抱えて眠っているエドが闇の中、
姿を現す。その寝顔は、眉が寄せられ、苦悶に満ちていた。
「せいぜい、私を楽しませてね。お2人とも。」
闇に響き渡る声に、応える者はいなかった・・・・・・。
「生きていたのか・・・・・。」
茫然と呟くロイに、ヒューズはニヤリと笑う。
「ああ。全部リザ姫が上手く手配してくれた。俺は、死んだ事に
なって、影でずっとお前をサポートしてたんだぜ!」
感謝しろよ!と踏ん反り返るヒューズを、ロイは泣きながら
抱きしめる。
「良かった・・・・。お前が無事で・・・・・。」
「心配かけてすまなかった。」
ヒューズは、ポンポンとロイの背中を叩く。
「それにしても、リザの奴!私を騙すとは・・・・・。」
今まで、そんな素振りを見せなかったホークアイに、ロイは
嬉しさのあまり、憎まれ口を叩く。
「それだけ、お前さんに早く玉座について欲しかったんだろ。
まっ、俺もだけど・・・・。」
「・・・・ヒュー・・・ズ・・・・?」
その言葉に、ロイは違和感を感じ、ヒューズを凝視する。
「ん?どうした?早く行こうぜ。お前の【願い】を叶える
為に。」
ニヤリと笑うヒューズに、ますますロイの中で不信感が
募る。こいつは、こういう奴だったか?何かが違う。
そう直感が告げるが、まるで催眠術にかかってしまったかの
ように、頭に霞が掛かる。
「【鋼姫】を今度こそ、【殺す】・・・・。」
冷酷な笑みを浮かべるヒューズに、ロイはゆっくりと頷く。
「私の【願い】の為・・・・・・。【鋼姫】を・・・・・殺す・・・・・。」
その言葉に、ヒューズはニヤリと笑うと、先導するように、
歩き出す。ロイはフラフラとヒューズの後を追いながら、
いつの間にか霧が立ち込める、【真理の森】の中を
歩き出した。
それまで、城の中に作られた礼拝堂で、一心不乱に祈りを
捧げていたホークアイは、ハッと顔を上げた。
「どうしたんです?リザ姫?」
酷く青褪めた顔のホークアイに、横で同じように祈りを捧げて
いたハボックが、声をかける。
「いえ・・・何かとても嫌な感じが・・・・。」
そう言って、流れる汗をハンカチで拭くホークアイに、ハボックは、
痛ましそうな顔で見つめる。
「リザ姫、いいんですか?」
「何がですか?」
ハボックの言葉の意味を図りかねて、ホークアイは首を傾げる。
「マスタング王を、姫と結婚させても。」
「・・・・・どういう意味かしら?」
スッと目を細めるホークアイに、ハボックは目を逸らせながら
吐き出すように言う。
「アンタ、本当は、マスタング王の事を!!」
「・・・・無能で変態ロリコン王だと思っているけど?」
キョトンとなるホークアイに、ハボックは探るような目を向ける。
「・・・・それは、建前だ。あなたの本当の気持ちはどうなんだ?」
「本当の・・・気持ち?」
眉を顰めるホークアイに、ハボックは、ため息をつく。
「あなたが、本当に愛しているのは、マスタング・・・・。」
皆まで言わせず、ハボックの頬に、ホークアイの平手打ちが
炸裂する。
「リ・・・リザ姫・・・・・。」
叩かれた頬を手で抑えながら、茫然とハボックはホークアイを
見つめる。
「それは・・・・つまり・・・・あなたが、エドワード姫を愛しているから
・・・・だから、そういう風に思うのかしら?」
震えるホークアイを、ハボックはただ見つめる事しかできない。
「あなたは・・・ずっと・・・そんな目で私を見ていたの?」
ポロポロと涙を流すホークアイに、ハボックは思わず抱きしめた。
「すまねぇ。あなたを泣かせるつもりじゃ・・・・。」
オロオロとするハボックの胸倉を掴むと、ホークアイは涙で
濡れた眼をハボックに向ける。普段あまり感情を出さない彼女の
泣いた顔に、ハボックは、更にパニック状態になる。
「リ・・・リザ姫!!」
「・・・・例えあなたが、エドワード姫を愛していても、私は
あなたが好きです。この想いを、例えあなたに否定されても、
一生持ち続けます。」
キッパリと宣言するホークアイに、ハボックは泣き笑いのような
顔で微笑むと、きつく抱きしめる。
「・・・・不安だったんだ・・・・。」
ギュッと自分を抱きしめるハボックに、ホークアイは優しく
抱きしめ返す。
「ジャン・・・・私は、自分で言うのも何だけど、あまり感情を
表に出すのが苦手なの・・・・・。でも、そんな私でも、唯一
感情を露に・・・・泣く事も笑う事も出来るのは、あなたの
前だけなのよ・・・・・。信じて・・・・・。」
ホークアイの言葉に、ハボックは、何も言わずに、ただ
きつく抱きしめ続けた。
「・・・・・ねぇ、ウィンリィ、あの2人・・・・・。」
「私たちの事を、完璧に忘れているわね・・・・・。」
ハボックとホークアイから少し離れたところで、祈りを
捧げていたアルフォンスとウィンリィは、突然始まった
2人だけの世界に、ため息をつく。
「・・・・リザ姫って、意外に情熱家だったんだ・・・・。」
知らなかったと感心するアルの横で、ウィンリィも苦笑する。
「あの、マスタング王の従妹というだけはあるわね・・・。
でも、リザさんだったら、ジャン兄さんと結婚してくれれば、
私は嬉しいな。」
どうやら、ここ暫くホークアイと過ごしているうちに、
彼女の人柄に惚れたようだ。大好きな兄と大好きな
女性との結婚に、大満足で、ニコニコと笑う幼馴染に、
アルは、そうだねと頷く。
「・・・・あとは、エドだけね。」
エドには、絶対に幸せになってほしいとウィンリィは言う。
「でも、姉さんの幸せの先にいるのが・・・・・・。」
対するアルは、どこまでも渋面だ。自他共に認める
シスコンは、ウィンリィのように、素直に姉の結婚を
認めたくないらしい。はっきり言って、マスタング王には、
呪いだけ解いてほしいくらいだ。
「アル?エドの幸せを願うって言ったわよね〜。」
右手にスパナを持ったウィンリィが、アルにニッコリと微笑み
かける。
「もももももも勿論だよ!ウィンリィ!!」
怯えるアルに、ウィンリィは満足そうに微笑むと、スパナを
仕舞う。
”助かった・・・・・。でも、あのロリコン王と姉さんが結婚する
までの間、少しくらい意地悪したっていいよね。”
アルは心の中で、そう決心する。兎に角、今はエドの【鋼姫】の
呪いを解く事が先決だ。アルはギュッと目を閉じると、姉の為に
一心不乱に祈り続けた。