プロローグ
それは、遥かなる昔、まだ【世界】が【天】と【地】と【人間】の、
三つの種族が共存していた頃のお話・・・・・。
【天】の姫と【地】の竜王の一人である水竜王が、生涯で唯一の燃えるような恋をした。
しかし、それは許されない恋であった。
元々【天】と【地】は相容れぬ定めの下に存在しているのだ。
添い遂げるなど無理。
数々の試練を乗り越えて、二人は【人間】として恋を成就させる事に成功する。
人間となった水竜王と天の姫は、アメストリス大陸全土を治めていたが、やがて
大陸を五人の息子に譲る
大陸中央のセントラルを長男のルークリッドに。
大陸北部のノースを次男のギフールに。
大陸東部のイーストを三男のナシルに。
大陸南部のサウスを四男のサラに。
大陸西部のウエストを五男のイサージュに、
そんな中、水竜王と天の姫の唯一の娘である、末の姫が、行方不明となる事件が起こる。
嘆き悲しむ水竜王と天の姫。
彼らの嘆きは【天】と【地】の知るところとなる。
例え【人間】になったとはいえ、元は自分達の同胞。
彼らの嘆きを見過ごすことはできない。
そこで【天】と【地】も姫を探す事にしたのだが、そこで意外な事実が発覚する事になった。
【地】の竜王の一人、焔竜王が姫を浚い、己の妻としていたのだった。
これには、姫の両親である水竜王と天の姫は激怒した。
自分達になんの報告もなく、結婚するなど許せるはずがない。
すぐさま、姫と焔竜王を引き離すべく、兵士を送り込んだが、焔竜王の焔の前には、
ただの人間である彼らは、なす術もない。命からがら逃げ帰った兵士達に、水竜王と言えども、
無理強いは出来なかった。
焔竜王の弱点である水を扱えるはずの水竜王も、既に【人間】となって、その【力】を失って久しい。
このまま姫を奪われたままなのかと嘆く水竜王と天の姫の姿に、【天】と【地】も、
哀れに思い、必死に姫を両親の元に返すように、焔竜王を説得するが、全く聞き入れようとしない。
そのうち、姫が懐妊したこともあり、ますます焔竜王の態度は硬化する。
そんな緊迫した空気の中、姫が無事出産したという知らせが、水竜王の元に届けられる。
例え結婚を許さなくても、初孫誕生に、水竜王と天の姫は喜んだ。
すぐさま焔竜王の元へ使者を送り、宴の準備をしたので、是非お越し願いたいと申し出た。
そして、今までの事は水に流し、これからは家族の一員として付き合ってもらいたいという
書状を送った。急な水竜王の態度の軟化に、焔竜王は半信半疑だったが、子供を両親に
見てもらいたいと願う愛妻の言葉に、しぶしぶ了承するのだった。
宴の当日、雲ひとつない青空の下、焔竜王の背に乗った姫は、幸せそうな顔で子供を
腕に抱いていた。城の外では、水竜王と天の姫、そして五人の兄達が、最愛の姫の到着を、
今か今かと待ち受けていた。
やがて、焔竜王が城に到着すると、焔竜王の背から飛び降りた姫は、懐かしい家族の元へと
駆け寄った。自分達の結婚を許してもらえた事に有頂天になっていた姫は気付かない。
不自然に配置された兵士の数に。焔竜王は、竜型から人型に身体を変化させると、
愛する妻の方へとゆっくりと歩き出した。
後数歩というところで、水竜王は、兵士達に合図し、焔竜王を水の膜で出来た
特製の檻の中に閉じ込める事に成功した。
それに驚いたのは姫だった。姫は夫が水の中に閉じ込められたのを見て、
半狂乱になりながら、夫の元へと駆け寄ろうとするが、その前に、父親である水竜王に
腕を取られて、行く手を阻まれる。
姫は涙ながらに父に懇願する。
自分は夫を愛していると。
竜王と人間という種族の違いがあるのは、十分承知している。
決して許されない恋であるというのも知っている。
しかし、それが何だと言うのだろうか。
【天】の姫である母が
【地】の竜王の一人である父が
許されない恋に陥っても、決して諦めずに恋を成就させたではないか!
そのあなた達が、何故この恋を否定するのか!
娘の悲鳴に、漸く水竜王は、己の過ちに気付いた。
無理やり妻にされたとばかり思い込んでいたが、
その事に気づいた時に、水竜王と天の姫は愕然となった。
そういえば、娘が失踪する前に、無理やり縁談を進めていた事を思い出す。
その時、娘は言っていたではないか。
愛する人がいると。
その人以外考えられないと。
涙ながらに、自分達に訴えていたではないか。
何故、娘の言い分を聞かなかったのだろう。
何故、娘は連れ去られたと思い込んだのだろう。
娘は連れ去られたのではない。
愛する人の元へ逃げたのだ。
慌てて水竜王は、焔竜王を解放するが、時既に遅く、焔竜王は、瀕死の状態だった。
特別製の水の膜の牢屋の内部は、焔竜王が竜型にならないように、凄まじいまでの水圧が
かけられていたのだ。そのせいで、焔竜王の身体は無数の切り傷による血で、真っ赤に
染まっていた。その上、胸元にある、竜王の命とも言うべき竜玉が、ひび割れている状態に、
既に焔竜王の命はないも同然だった。
だが、姫は諦めなかった。血まみれの夫を抱きかかえると、母親から受け継いだ、癒しの力を、
竜玉に注ぎ始める。
己の命を削って。
それに気付いた焔竜王は、止めるように言うのだが、姫は首を横に振り続けた。
曰く。
絶対に一人にしないと約束した。
絶対に幸せになると誓った。
そう言って、ポロポロ涙を流す姫を、焔竜王はほとんど動かない手を伸ばして、優しく涙を掬う。
一緒にいるという約束を守れなくてすまない。
幸せに出来なかった私を許して欲しい。
だが、子供のためにも、君には生きてもらいたい。
例え肉体が滅んでも、私の魂はいつも君と子供と共にある。
そして許されるのならば、
その時こそ、果たせなかった約束を守るよ。
それが、焔竜王の最後の言葉だった。
己の過ちで最愛の娘の幸せを奪ってしまった水竜王は、イーストの南側にある長閑な山間を、
姫とその息子に与えた。姫は残りの余生を、息子と一緒に、夫の墓を守る事に費やした。
【月華恋歌】より
暗闇の中、ヒソヒソと囁かれる声に、それまで微睡んでいた
男は、ゆっくりと意識を浮上させる。
「時ガ満チタ・・・・・。」
「偉大ナル、オ方ガ・・・・・。」
「我ラガ主ガ・・・・。」
「復活ナサル・・・・。」
「アア!ドンナニコノ時ヲ待ッタダロウ!!」
「ダガ・・・・・・足リヌ。」
「アア・・・・足リヌ。」
「黄金ノ姫ガ・・・・・。」
「コノ凍テツイタ大地ヲ蘇ラセルトイウ【力】ヲ秘メシ姫・・・・。」
ザワザワザワザワザワ・・・・・・・
闇の中を蠢く声を聴きながら、男は再び意識を沈ませる。
まだだ。
まだ足りない。
ナニガ足リヌ?
【力】が足りぬ。
ナニユエ【力】ヲ望ム?
奴等を退ける【力】を・・・・・。
【力】サエアレバ?
そう、【力】さえあれば、悲劇は食い止められる。
男の意識に同調するかのように、闇の中の声が、男に囁き続ける。
【力】を
【力】ヲ・・・・・。
我の望みの為に
我等ガ望ミの為ニ・・・・。
再び男が深い意識の奥底へと思考を沈ませるのを見つめながら、
闇の中の声は、面白そうに笑う。
サテ、コレデ【焔竜王】ハ、ドウ動クカナ?
ククククククククククク・・・・・・。
・・・・・・・そして、闇には静寂が戻った。