第1話
アメストリス大陸と海を隔てた東の大陸を、利正(リージョン)大陸と言った。
アメストリス大陸が大小複数の国に分かれているのに対して、
利正大陸の唯一の国【シン国】は、50もの少数民族を抱える多民族国家である。
数年前、シン国の皇帝となったジル・マオは、まだ26歳と若いながらも、ここ半年、
原因不明の病に侵され、明日をも知れぬ身である。
そんな中、次期皇帝となる者の選定を行う儀式の中で、前代未聞の事が起こった。
代々シン国では、皇帝が危篤状態となると、次代の皇帝を、各民族の長の中から
決められるのだが、その方法は、独特のものであった。
太陽の様子から吉凶を占う【陽師】の中でも、最高位でもある【光師】と
月の満ち欠けによって吉凶を占う【月師】の中でも、最高位でもある【闇師】と
呼ばれる、二人の占い師の結果をもって、次期皇帝が決められるのである。
建国以来、【光師】と【闇師】は、常に同じ結果を出すのだが、今回に限り、
二人の占いの結果は、異なってしまったのだ。
【光師】曰く、「次期皇帝は、ヤオ族の長、リン・ヤオである」と。
【闇師】曰く、「次期皇帝は、ナル族の長、ユエ・ナルである」と。
この結果に、国は大きく揺れた。
ヤオ族は、建国の皇帝を輩出した一族。
対するナル族は、皇帝を輩出した数が一番多い一族。
建国の皇帝の血筋か。
はたまた、多くの皇帝を輩出した一族か。
利正大陸全土を巻き込む戦争が起こりかねない、一触即発の事態だったが、
思わぬ所からの思わぬ言葉によって、事態は収束に向かっていった。
皇帝の妹である【月の宮】が、ある日、不思議な夢を三度見たと言ったのだ。
【月の宮】というのは、代々皇帝の血縁から選ばれる、独身の娘で、
自分を【月の宮】に指名した皇帝が存命中、国の安寧を祈り続ける巫女の事を言う。
【月の宮】は、全ての長が集まった会議の中、居並ぶ大勢の長の前で言った。
一度目は、竜の形をした炎の塊が天より降り立ったというもの。
二度目は、その炎は、一人の男の中に消えたというもの。
三度目は、その男の前に、一人の女性が立ち、男に手を翳すと、男は
皇帝の衣装に身を包んでいたというもの。
全てを話し終えた【月の宮】は、そのまま意識を失い、今もなお、昏睡状態が
続いている。
長達は、【月の宮】の夢が何を暗示しているのか、急いで夢説きの者を
召喚した。
占い師の中でも、一番地位が低い夢説きの者は、居並ぶ長達を前に、
平伏したまま、萎縮の為に途切れそうになる声を絞り出すように、夢説きを
行った。
夢説き曰く、
一度目の夢は、【焔竜王】が再び【この世界】に蘇ったというもの。
二度目の夢は、【焔竜王】は、ある男の中に封印されていているというもの。
三度目の夢は、【焔竜王】は、【妃】によって、目覚めるというもの。
「お・・・お・・恐らくは、お二人のうち、どちらかが・・・・その・・・え・・えん・・・
【焔竜王】様の生まれ変わりでは・・・・ないか・・・・と。」
緊張の為、ブルブル震えながらの夢説きの言葉に、長達は困惑気味な顔で、
お互いを見回す。
「・・・・・つまり、次期皇帝に、二人もの名前が挙がったのは、封印が解かれて
いないが為に、特定が出来なかったと・・・・そういう訳なのか?」
現皇帝の弟でもあり、宰相でもある、コウ・マオは、夢説きを睨みながら
尋ねる。
「は・・・はい!そのように、解釈を・・・・・。」
更に身を縮込ませる夢説きの者に、コウはため息をつく。
「・・・・しかし、【焔竜王】様とは・・・・。」
眉を寄せるコウに、長の一人が口を開く。
「ですが、ありえない話ではないかと。もともと、我々の祖先は、【焔竜王】様の
お血筋を受け継いでおる。それに、【焔竜王】様も、宣言なさったではないか。
必ず、【人】として、生まれ変わると。」 「
「確かに・・・・過去の文献でも、【焔竜王】様の生まれ変わりという王が立ち、
その治世は、栄華を極めたと言われているが・・・・・。」
考え込むコウに、別の長が声を掛ける。
「宰相殿。夢説きでは、【妃】によって、封印が解けるとか・・・・。では、探して
みようではありませんか。【焔竜王】様のお妃様・・・・・エディーナ様の生まれ変わりを。」
その言葉に、コウは、唸りながら腕を組むと、天井を仰いだ。
「しかし、我が大陸の民は皆、黒髪、黒瞳の者ばかり。エディーナ様の
ような、金髪、金瞳の者が生まれれば、必ず一族の長には、伝わるはずでは
ないか?・・・・・・過去に一度、長が娘の金髪を黒く染めて、隠していたという例も
あったが、金瞳までも、誤魔化すことはできまい。」
そこで、言葉を区切ると、長達を見回した。
「さて、ここで皆様方にお聞きしたい。エディーナ様の生まれ変わりをご存知の方は
おりますかな?」
コウの言葉に、長達は沈黙する。
その様子に、コウは深いため息をついた。
「・・・・・どうやら、【月の宮】が見たという夢と、今回の事は全く関係がない・・・・・。」
「・・・・もしくは、まだお生まれになっていらっしゃらないか・・・・。それとも、
他の大陸にいらっしゃるのか。」
コウの言葉を引き継ぐように、それまで、一言も発言していなかった、次期皇帝候補の
一人、ユエ・ナルが、ゆっくりと口を開いた。
「他の大陸!?」
「そんなバカな!!」
ユエの言葉に、辺りは騒然となる。
「皆!静かに!!」
騒がしくなる周囲に、コウの叱咤が飛ぶ。途端、静まる一同に、満足そうに頷くと、
コウは、ユエに向き直る。
「ユエ殿。今回の次期皇帝選出と【焔竜王】様のお話を、繋げて考えるのは、聊か、
浅慮すぎではないか?」
目を細め自分を見据えるコウに、ユエはクスリと笑う。
「・・・・・浅慮だろうか?今回は全てにおいて、異例中の異例。まだ皇位について
間がない、皇帝陛下の原因不明の病。加えて、次期皇帝候補が二人。」
ユエは、そこで言葉を区切ると、チラリと、未だ何も発言していない、もう一人の
次期皇帝候補へと視線を向ける。リンの、固く目を閉じたまま腕を組んで、
微動だにしない様子に、ユエは興味を喪ったかのように、視線を再びコウに戻した。
「それに、【月の宮】様はおっしゃったではないか。女性が男に手を翳すと、
男は皇帝の衣装に身を包んでいたと。つまりは、そういう事ではないのでしょう。
それも全て、次期皇帝が【焔竜王】様の生まれ変わりとなれば、説明がつく。
古来より、【神】が帝位につくのは、それなりの変事があると言われておるからな?
もっとも、私は30歳。リンは15歳。【焔竜王】様の生まれ変わりというのならば、何故
もっと早くにその話が出なかったのかというのが、不思議と言えば不思議ですがね?」
ユエの言葉に、コウの顔色が変わる。
「・・・・・・・それは、つまり前回の次期皇帝選出に不正があったと・・・そう申されるか?」
怒りを抑えながら、コウはユエを睨みつける。
対するユエは、ただ不敵な笑みを浮かべるのみ。
一触即発の中、扉の外から、兵士が一人慌ただしく入ってくると、その場に平伏した。
「何事ぞ!重要会議中である!」
いきなり入ってきた兵士に、コウは不機嫌な目を向ける。
「恐れながら申し上げます。先ほど、フレイム王国へと向かった使節団が帰国致しました。」
フレイム王国という言葉に、次の瞬間、緊張が走った。
フレイム王国のロイ・マスタング王は、ここ数年、破竹の勢いで、アメストリス大陸の
ほぼ全域を制圧した覇王。海を隔てているとはいえ、マスタング王が、この利正大陸を狙っていない
とは言えるほど、御目出度い思考回路を持つ者は、この場にはいない。それどころか、
アメストリス大陸を完全に制圧した暁には、次に狙われるは、自分達だという危惧を抱いて
いた。だからこそ、マスタング王の婚儀の祝いと称しフレイム王国の内外を偵察する為に、
使節団を送り込んだのだ。次期皇帝選出と同じくらい重要な案件のそれに、皆の顔が一斉に
強張る。
「・・・・・・わかった。使節団団長を、直ぐにここへ。」
神妙な顔でコウが命じると、ハッと短く答えた兵士が、扉の向こうへと退出していった。
「・・・・・・フレイム王国の問題が、深刻でなければ良いのだが・・・・。」
皆の心情を代弁するように、コウは小さく呟くと、使節団団長が来るまでの間、静かに目を
閉じた。