花天月地

                               〜Ever Ever After〜

 

 

 

                   第2話

 

                

                 ホークアイを出し抜いて、新婚旅行へと繰り出した、若きフレイム王国国王夫妻は、
                 フレイム王国の一番南に位置する、リズへとやってきていた。
                 「ったく!これに懲りて、もう二度とこんな事すんなよ!」
                 人の往来の激しい大通りにて、ビシッと人差し指を突きつけながら、
                 ボロボロになった男達を睨みつける、黄金の髪の美少女は、エドワード・マスタング。
                 一応、お忍びの旅であるから、服装は町娘となんら変わらないが、その有り余る
                 美貌ゆえか、先程、数人の男達に絡まれ、あわや連れ去られそうになるところを、
                 エドワードの夫が気づき、男達をボコボコにしたのである。
                 「全くだな。本来ならば、このまま軍に突き出して、処刑されても文句が言えない罪だが、、
                 そんな事をすれば、私の可愛いエディが悲しむから、この程度ですんでいるんだ。
                 日夜私のエディの寛大な心を深く深〜く、感謝するが良い。」
                 少女の横では、黒髪の美丈夫が、腕を組みながら、憎々しげに男達を見下ろす。
                 男の名前は、ロイ・マスタング。エドワードの夫である。
                 エドに贈る髪飾りの会計をする為、ちょっと目を離した隙の大事件に、ロイの内心は
                 怒りに満ち溢れていた。エドさえ傍にいなければ、男達の命はなかったであろう。
                 押さえきれない怒りを滲ませたロイの言葉に、エドは、ギョッとして傍らの夫を見上げた。
                 「ちょっとロイ!!ナンパ程度で処刑って!?」
                 驚くエドに、ロイは、ニッコリと微笑んだ。
                 「ん?私にとっては、君に言い寄る男は皆、万死に値する。第一、我が国では、
                 人妻に懸想しただけでも、罪を問われるんだよ?ましてや、人妻である君を
                 無理やり連れ去ろうとは!死刑を言い渡されても、おかしくないのに、ボコボコに
                 しただけで、済ませてやったのだから、運の良い男達だ。・・・・・・そうだな?お前達。」
                 後半は、男達に向かって、ロイはギロリと睨みつける。
                 「「「「は・・・はい!申し訳ありませんでした!!以後気を付けます!!」」」」
                 殺気だったロイの視線に耐え切れず、男達は慌てて頭を下げると、そのまま
                 人混みの中を駆け出していく。そんな男達素早い行動をポカンと見送っていたエドは、
                 満足そうな笑みを浮かべているロイを見上げた。
                 「フレイム王国の刑法を全て覚えたつもりだったんだけど・・・・・。俺、まだ何にも
                 知らなかったんだな。」
                 勉強不足で王妃失格だとシュンと俯くエドに、ロイは慌てた。
                 エドを娶るにあたって、他の男にエドが懸想される事すら許せそうにない
                 心の狭いロイは、妻を保護する法律を、ホークアイに気づかれないように、
                 細心の注意を払いながら、極秘に進めていた。。
                 もしこんな事をホークアイに知られると、馬鹿ですかと冷たい視線と共に、
                 制裁を受け、尚且つ、あっけなく阻止されてしまうからだ。
                 幸いにも、ホークアイは、エドに夢中で、ロイの悪巧みに気づかなかった
                 のか、思ったより早く制定に漕ぎ着けることが出来、ロイは大満足だった。
                 ちなみに、この法律が施行されたのは、ロイトエドの結婚式前夜。
                 当然、お妃教育の時には、影も形もなかったのだから、エドが知らないのは
                 当たり前だ。むしろ、知っている人間の方が、圧倒的に少ない。
                 まさかそんな事情があったとは知らないエドは、傍で見ていても、可哀想な
                 くらいに落ち込んでいた。
                 「ああ!エディ!そんな顔をしないでくれ。君が知らないのは当たり前だよ?
                 まだ戦争の混乱で、司法制度があまりキチンと纏めていない部分があるんだ。
                 私だって、まだ全部を把握していないしね?」
                 そうなの?と首をキョトンと傾げるエドに、内心、なんて可愛いんだ!とデレデレしながら、
                 ロイは表面上は、真面目な顔で頷く。その様子に、ホッとしたように、エドはロイの腕に
                 自分の腕を絡ませる。
                 「俺、頑張るね。一日でも早くロイを支えられるようになりたい。」
                 「エディ。君はいつでも私を支えてくれている。私こそが、君の支えでありたいと願っているよ。」
                 蕩ける様な笑みと共に告げられ、エドは真っ赤な顔で、ロイに抱きつく。
                 「ロイ〜!!」
                 「エディ!!」
                 人目も憚らない新婚馬鹿ップルに、それまで遠巻きに見ていた人々は、やってらんないと
                 ばかりに、二人から目を逸らすと、足早に去っていく。
                 「さて、そろそろ今宵の宿を決めないとね。」
                 「うん!!・・・・・・あれ?」
                 大きく頷いたエドは、ふと前方に視線を移すと、コクリと首を傾げた。
                 「ん?どうしたんだい?エディ?」
                 エドしか見ていないロイは、エドの気を引いたものに、内心面白くないと思いながら、
                 エドの視線の先を追ってみる。道の真ん中に倒れ伏した若い男の姿に、
                 ロイの目がダンダン据わっていく。
                 「ロイ、あそこに行き倒れっぽい人が・・・・。」
                 「エディ、あれは、行き倒れじゃなくって、ただ酔っぱらって寝ているだけだよ。
                 この地は、一年を通じて、常春の気候なんだ。だから、安心して酔っぱらって
                 眠ってしまったんだろう。心配しなくても、凍死したりしないから、安心しなさい。」
                 そう早口に言うと、ロイはエドの身体を抱き寄せながら、クルリと男に背を向けると、
                 足早にその場を後にした。





                 「フーン。アレガ、コノ国ノ国王ト妃カ・・・・・・・・。」
                 ロイ達の姿が見えなくなると、倒れ伏していた男がムックリと顔だけ上げた。
                 ギュルルルルルルル・・・・・・・・・。
                 「腹ヘッタ・・・・・・・。」
                 次の瞬間、男の腹の虫が盛大に鳴ると、男は再び地面に伏せると、
                 微動だにしなくなった。
                








      
                 「ロイ!!すごーく景色がいいぞ!!」
                 案内された部屋からの景色に、エドは目をキラキラさせて、ロイを振り返る。
                 「ああ。この村は、新婚旅行者に特に人気のある所だそうだよ。ほら、村の中央にある
                 大きな湖があるだろ?あの湖は、大陸一を誇るだけではなく、湖の中央にある
                 祠に恋人たちが祈りを捧げると、二人は永遠に結ばれるという伝説があるんだそうだ。
                 だから、この村にある全ての宿は、あの湖を一望できるように、なっているんだが、
                 この宿は、特に人気があってね。一番湖が綺麗に見えるそうだよ。噂通り、素晴らしい
                 景色だ。」
                 ロイはエドを背中から抱きしめながら、窓からの景色に、ほうと感嘆の溜息を漏らす。
                 「さて、夕飯までに時間があるし、どうしようか?外にでも散歩に行くかい?」
                 そう言いつつも、ロイの右手は、エドの身体を弄り始める。
                 「ちょっ!!ロイ!?」
                 ロイの不埒な手から逃れるように、身を竦ませるエドの耳を、ロイはペロリと舐める。
                 「ロ・ロ・ロイ!!」
                 真っ赤になって硬直するエドに、ロイはクスクス笑う。何時までも慣れない初々しいエドに、
                 ロイは愛おしさを込めて、ギュっと抱きしめる。
                 「おや?具合でも悪いのかい?顔が真っ赤なようだよ?」
                 「う〜〜〜〜〜〜〜〜!!ロイの馬鹿!!知らない!!」
                 プクゥ〜と頬を膨らませて、俺は怒ってんだからな!と必死にアピールするエドだったが、
                 ロイにしてみれば、可愛い子猫が全身を毛ばだたせているだけで、ちっとも怖くない。
                 だが、あまりからかい過ぎて、今夜ベットを共に過ごせないのは、頂けない。
                 ロイは、チュッと頬に軽く口付けを落とすと、早々にエドをからかうのをやめた。
                 「ごめん!エディ。君が可愛すぎるからつい・・・ね?さて、機嫌を直してくれ。
                 夕食まで散歩しよう。」
                 そう言って、ロイはエドの手を取ると、その小さな手に口付けて、ニッコリと微笑んだ。
                 ”続きは今夜だな。”
                 今夜も寝かせられないと、内心ロイが思っているなど夢にも思っていないエドは、
                 ロイの優しい笑みに、安心したように、ニッコリと微笑んだ。
                 コンコンコン・・・。
                 「・・・・・・・・誰だ?」
                 部屋をノックする音に、エドとの二人っきりの時間を邪魔され、ロイは顔を顰める。
                 つい声が低くなってしまうのは、仕方のない事だ。ロイの不機嫌さが分かったのだろう。
                 扉の向こうの人間が、恐縮したように、小さく声を掛ける。
                 「あの・・・・お休みのところ、申し訳ありません。私・・・・宿の娘なんですけど・・・・。」
                 宿の人間が何の用かと、訝しげに思いながらも、ロイはエドにベットに腰かけるように
                 言うと、応対の為に、ドアを開けた。
                 「何か?」
                 ロイの顔に、一瞬頬を真っ赤に染めた宿の娘だったが、直ぐにロイの不機嫌さに、
                 気付いたのか、シュンと俯いた。
                 「・・・・・用件があるなら、さっさと言ってくれないか?これから、妻と散歩に行くのだが。」
                 なかなか用件を言い出さない娘に、ロイはうんざりした様に腕を組むと、冷たい瞳で
                 見下ろす。
                 「つ・・・妻!?」
                 ロイの言葉に、驚いたように、娘は顔を上げた。
                 「何かおかしな点でもあるのか?」
                 まるで自分とエドが似合っていないと言われたような気がして、ロイの機嫌が更に
                 悪くなる。更に機嫌を硬化させたロイに、自分の失言に気づいたのだろう。娘は
                 慌てて首を横に振った。
                 「す・・・すみません!!奥様だとは思わず・・・つい。あ・・あの、今日は、特に夜に
                 この部屋から一歩も出ない方がいいと、ただお伝えしたかっただけなんですけど・・・・。
                 でも、旦那様がいるなら、大丈夫かも・・・・。」
                 小声でブツブツ呟く娘に、ロイは訝しげな顔を向ける。
                 「どういうことだ?何かこの村に問題でもあるのか?」
                 ロイの問いかけに、娘は一瞬口ごもるが、やがて、ここだけの話にして下さいと、
                 声を潜めた。
                 「実は・・・・ここ一ヶ月ほどの事なんですが、未婚の若い娘だけを狙っての誘拐事件が
                 数件起きてまして・・・・・。」
                 「なんだって!?それは本当なのか!?」
                 娘の言葉に、大人しく部屋の中にいたエドが飛び出してきた。
                 「は・・・はい。あまり大騒ぎすると、観光客の足に影響がという事で、表立たに
                 されていなのですが、お客様の安全を守るべき立場の私達が、見て見ぬ振りと
                 いうのも、気が引けて・・・・。やはり、カップルの方には、それとなく警戒を
                 促した方が良いだろうと思い、こうして、声をかけているんです。」
                 「憲兵は何をしているんだ?いくら観光客の足に影響があるとは言え、誘拐事件なんだ。
                 秘密裏にでも、行動を起こすべきだろう。」
                 ロイは憤慨した様に、娘はますます萎縮する。
                 「・・・・・仕方ないんです。今まで行方不明になった娘さん達は、訳ありな方達ばかりで、
                 家族の方達も、あまりというか、全く捜査に協力していないようで・・・・。」
                 「・・・・・・この後、用事は?」
                 それまで黙って話を聞いていたエドは、娘に声を掛ける。
                 「まだ夕飯の仕込みまで時間がありますし、一時間くらいなら、大丈夫です。」
                 何故そんな事を聞くのかと、戸惑う娘の言葉に、エドは満足そうに頷いた。
                 「じゃあさ、部屋に入ってお茶でもしながら、その話、もっと詳しく教えてくれない?
                 もしかしたら、俺達、何か役に立つかもしれないし。」
                 ニッコリと微笑むエドに、娘はポカンと口を開ける。
                 「あの・・・あなた方は一体・・・?」
                 「ん?旅をしているただの夫婦だよ?」
                 エドは片目を瞑って、ニヤリと笑った。