月の裏側シリーズ番外編

            大魔王と姫君

                   前編

 

                       エドがフレイム王国の城に何とか潜り込んで
                       1ヶ月。
                       漸く仕事に慣れた頃、それは起こった。


                       「Trick or Treat?」
                       「は?」
                       思わず固まってしまったエドに、
                       目の前の男は、盛大に噴出すと、
                       床に蹲るように笑い出す。
                       今日も元気だ!
                       仕事頑張るぞ〜!!
                       と、気合も新たに部屋のドアを開けた瞬間、
                       開口一番そう言われたら、
                       誰だって口をポカーンと開けてしまうと思う!
                       なのに、目の前の男は、どうしてここまで
                       笑うんだろう。
                       そんな男を、最初は訳が判らずポカンと
                       していたエドだったが、徐々に怒りが込み上げくる。
                       一体この男はなんなんだ!!
                       ムカムカムカ!!
                       「いつまで笑っているんだ!この無能隊長!!」
                       バッコーン。
                       エドの強力な蹴りが、男目掛けて繰り出される瞬間、
                       素早く立ち上がった男は、丁度自分目掛けて繰り出した
                       足を掴むと、素早くエドの軸足を蹴るようにしてバランスを
                       崩させ、エドがアッと思った頃には、見事エドを
                       お姫様抱っこするという早業をやってのける。
                       「なっなっなっなっ・・・・!!」
                       あまりの素早さに、顔を真っ赤にさせて硬直するエドに
                       男は、ニッコリと微笑むと耳元で囁いた。

                       「Trick or Treat?
                             ・・・・・・・お菓子をくれなきゃ悪戯するよ?」



                       うぎゃあああああああああ
             ああああああああああ


                       許容範囲を完全にオーバーしたエドの絶叫は、
                       城はもとより、城下町まで届くのではないかと
                       いうくらい、凄まじいものであった。






                      「一体何何だよ〜!!」
                      ムーッと頬を膨らませるエドに、漸く笑いを収めた
                      ロイは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
                      「今日はハロウィンだよ?忘れたのかい?」
                      「【ハローウィンリィ?】」
                      俺はウィンリィじゃね〜!!と憤慨するエドに、
                      ロイは額に手を当ててため息をつく。
                      「・・・・・・エド。それは、天然かい?それとも
                      知っていてわざとかね?」
                      「ほえ?」
                      何故ロイがため息をつくか分からず、エドは
                      戸惑ったように、キョトンと首を傾げる。
                      「ハロウィンだよ!?もしかして、知らないのかい?」
                      君はそれでも【フレイム王国】の国民かい!?と
                      大げさに嘆かれて、エドはギクリと身体を強張らせる。
                      「ば・・・馬鹿にすんなっ!!ハ・・ハローウィンリィだろ?」
                      「・・・・・だから、ハロウィンだよ。ったく。 まさか
                      知らない人間がいたとはねぇ・・・。」
                      ふうと、わざとらしく大きなため息をつくロイに、
                      エドは内心冷や汗ダラダラである。まさかとは
                      思うが、これで自分の正体がバレる訳ないよなぁ〜と
                      恐る恐るロイを上目遣いで見つめる。
                      「・・・まぁいい。兎に角時間が勿体無い。」
                      だが、ロイはそんなエドの様子に気づかず、一人うんうん
                      頷くと、ニッコリとエド曰く、悪魔の笑みを浮かべて
                      エドに、持っていた大きな包みを渡す。
                      「君はお菓子を持っていない。という事は、私に
                      悪戯されても、文句はないわけだ。」
                      「え?お菓子?悪戯?」
                      ますます訳が判らず混乱しているエドに、ロイは
                      更に凶悪な笑みを深くする。
                      「これに着替えたまえ!」
                      「・・・・・はぁ・・・?」
                      着替える事と悪戯と何の関係があるのか、エドは
                      困惑しながら、手渡された袋の中身を見て再び
                      絶叫を上げる。
                      「なんじゃこりゃあ
       ああああああ!!
       ド・・・・ドレスじゃ
       ねーかっ!!!

                     「うん!君に似合うと思ってね♪」
                     能天気にニコニコと嬉しそうに頷くロイに、エドは
                     容赦のない鉄拳をお見舞いした。







                      とりあえず、ロイから聞き出した事によると、
                      今日は【ハロウィン】とかいう、フレイム王国独自の
                      お祭りらしい。良くはわからないが、お菓子を強請られる
                      日で、お菓子がなかった場合、罰ゲームが待っている
                      ということなのだが・・・・・・。
                      そこまで考えて、エドはガックリと肩を落とす。
                      何でそれで女装をしなければならないんだろう。
                      もともと女なのだから、女装という言葉はおかしいのだが、
                      現在性別を偽っている身としては、極力バレルであろう
                      行為は避けたいのだが、何が悲しくて、こんな格好を
                      しなければならないんだろう・・・・。
                      はぁああああと深いため息をつくエドに、横に上機嫌で
                      歩いているロイが声をかける。
                      「罰ゲームなのだから、仕方あるまい?」
                      「ダーッ!!勝手に人の心を読むなっ!!」
                      ムキーッと地団駄を踏むエドに、ロイは蕩けるような
                      笑みを浮かべてエドの身体を抱き寄せる。
                      「まぁまぁ、折角の衣装が台無しだよ?折角国王陛下が
                      今日一日無礼講というお触れを出したのに、楽しまなければ
                      損だろ?」
                      ん?と顔を覗き込まれて、エドは頬を紅く染める。
                      「なっ!!いいから!俺から離れろ〜!!」
                      照れ隠しにエドは暴れるが、それさえも楽しいとばかりに、
                      ロイは上機嫌になっていく。そんなロイに、エドは自分が
                      怒っているのが、急に馬鹿らしくなり、大人しくなった。
                      「ん?抵抗は終わりかね?」
                      ニコニコと笑うロイに、エドはギロリと睨みつけるが、直ぐに
                      顔を背けると、深いため息をつく。この男に何を言っても
                      無駄だと、改めて認識したのだった。
                      ”折角、【賢者の石】を探す千載一遇のチャンスを!!”
                      一日無礼講と聞いて、エドはフルメタル王家の秘宝、
                      【賢者の石】を探し出そうと思ったのだが、何故か
                      ロイが着いてきている状況に、エドの機嫌は下降していく。
                      「おれ?お二人さん?」
                      二人で黙々と歩いていると、前方から見知った顔が
                      歩いてきた。
                      「ジャン!!」
                      知り合いにあって、パァアアアとエドの顔に笑みが浮かぶ、
                      その事に、ロイは面白くないように、眉を顰めると、
                      ギロリとハボックを睨みつける。
                      「ジャン!その格好・・・・【狼男】だろ?」
                      耳付きのフードを被り、全身着ぐるみを着る男の
                      頭からつま先まで眺めていたエドは、嬉々として顔を上げると
                      尋ねる。
                      「ああ。何かしんねーけど、【ハロウィン】だからとかで、
                      仮装が義務付けられて、困ったよ。そういうお二人さんは、
                      親指姫と幼児誘拐犯人のコスですか?」
                      ハボックの言葉に、エドとロイの目が凶悪に細められる。
                      「どぅわあれが、指より小さ・・・・・!!」
                      「ハボック。貴様見て分からんのかっ!!」
                      暴れるエドの身体を後ろから抱きしめて、口を塞ぐと、
                      ロイは不機嫌そうな顔でハボックを睨みつける。
                      「・・・・どー見ても、幼児誘拐にしか・・・・。」
                      「・・・ハボック。職を失いたいらしいなぁ?」
                      にっこりと微笑むロイに、ハボックはやりすぎたと、
                      顔を青くさせる。
                      「じょ・・・冗談ですって!!それで、なんのコスなんです?」
                      とぉおおおっても、知りたいですぅぅぅぅうううう。と、棒読みの
                      ハボックの言葉に、ロイはニヤリと笑う。
                      「古き昔話だがな。【焔竜王】とその【妻】だっ!!」
                      「なっ!!」
                      ロイの言葉に、真っ赤な顔で硬直するエドを良い事に、
                      ロイは素早くエドをお姫様抱っこすると、勝ち誇った笑みを
                      ハボックに向ける。
                      「これからデートなんでね。失礼するよ?」
                      カチカチに凍ったエドを抱き上げたまま、ロイは足取りも
                      軽くスタスタと廊下を歩いていく。
                      その後姿を見つめながら、ハボックは、ガシガシと
                      頭を掻く。
                      「もしかして、とうとう【自覚】しちゃったとか・・・・?」
                      困った事にならなければいいけどと、ハボックは
                      心配そうに、二人を見送った。