月の裏側シリーズ番外編

            大魔王と姫君

                   中編

 

                  「いい加減、下ろせ〜!!」
                  ジタバタと両手両足をバタつかせて
                  暴れるエドに、ロイは苦笑しながら、
                  それでも、エドを離すことなく、ズンズンと
                  城の中を歩いていく。
                  途中、何人かに声を掛けられるが、その都度、
                  ロイはまるで見せ付けるかのように、エドとの
                  ラブラブ振りをアピールして、エドは居たたまれなくさせる。
                  「隊長〜。もう誰も居ないから、下ろせよ!!」
                  幸いにも、中庭には誰もおらず、エドは、
                  これ以上茶番に付き合ってられるかと、ロイを
                  睨み付ける。
                  「・・・・・そうだな。これだけアピールすれば充分だろう。」
                  そう言うと、ロイは乱暴にエドを地面に下ろす。
                  「オイ!痛い・・・・。」
                  うまく受身が取れず、尻餅をついたエドは、涙目で
                  抗議をするが、次の瞬間、ロイに口を塞がれて、
                  そのまま後ろの植え込みの中に引きずり込まれて
                  しまい、半分パニック状態に陥る。
                  「んー!んー!!んー!!」
                  ジタバタと暴れるエドを、ロイは押さえ込む。
                  「シッ!!静かに!!」
                  「?」
                  前方を見つめたまま、真剣な表情のロイの様子に、
                  エドは抵抗を止めて、ロイの見ている方を振り向く。
                  ”・・・・リザ様!?”
                  いつものように、キッチリと軍服を身に纏った
                  ホークアイが、目の前を通り過ぎる。
                  エドは、驚きに目を見開きながら、横目でそっと
                  ロイの様子を伺った。
                  ”やっぱり、本命には知られたくねーもんな・・・。
                  嘘とはいえ、こんなガキに夢中になってるなんてさ・・・。”
                  じっとホークアイを見つめているロイの様子に、
                  エドは何故か胸が苦しくなり、シュンと肩を落とす。
                  そんなエドの様子に気づかないロイは、さっさと
                  ここから立ち去れ!!とばかりに、イライラしながら
                  ホークアイを見つめていた。銃を片手に
                  鋭い目で辺りを見回すホークアイの様子に、
                  相当怒りが溜っているのだろう事が容易に想像できる。
                  ここで見つかりでもしたら、お仕置きされると、ロイは
                  じっと息を潜める。
                  「・・・・行ったか。」
                  漸く姿が見えなくなったホークアイに、ロイは
                  ほっと安堵のため息をつく。冗談じゃない。
                  折角エドという玩具を手に入れたのだ。
                  それを邪魔されたくはない!今日は一日
                  エドで遊ぶぞ!と、ロイは嬉々として、腕の中にいる
                  エドを見下ろす。
                  「エ・・・・エド!?」
                  腕の中では、ロイに口と鼻を塞がれたエドが、
                  ぐったりとしており、ロイは慌てて手を外す。
                  途端、激しく咳き込むエドに、ロイはオロオロと
                  顔を覗き込む。
                  「だ・・・大丈夫か!?エド!!」
                  心配そうなロイに、エドはブチッと何かが切れる音がした。
                  「大丈夫じゃない!!
      このボケぇええええ
      えええ!

                  俺を殺す気かっ!!と凄むエドに、ロイはシュンと
                  なる。
                  「すまない!謝ってすむ問題じゃないが・・・・。」
                  まるで大型犬が叱られて、シュンとなっているような姿に、
                  エドは知らずクスリと笑う。
                  「エ・・・ド・・・・・?」
                  その愛らしい笑みに、ロイは知らず頬を紅く染めると、誤魔化す
                  ように、咳払いをする。
                  「そ・・・そうだ!お腹がすいているのではないかね?
                  幸いこの奥に、滅多に人が来ない穴場があるんだ。
                  一緒に弁当を食べよう。お菓子もあるぞ!」
                  「お菓子!!」
                  お菓子と聞いて、エドは瞳をキラキラさせる。
                  朝食を食べる前に、ロイに拉致られて、いい加減エドは
                  お腹がペコペコだったのだ。
                  「行く!行く!!早く行こう!無能隊長!!」
                  早く早く!とロイの腕を引っ張って急かすエドに、ロイは
                  穏やかな笑みを浮かべると、手を引かれるまま、歩き出した。





                  「すっげーっ!!」
                  中庭の奥に、大きな湖があって、エドは目をキラキラさせる。
                  「すっげー!城の中に湖があるんだな!」
                  ニコニコと自分を振り返るエドに、ロイは優しく微笑んだ。
                  「湖ではないよ。これは人工的に作られた池だよ。」
                  「池!?しかも人工的に!?」
                  すごいを連発するエドに、ロイは上機嫌になる。
                  「なぁなぁ、水の中に入っていいか?」
                  その言葉に、ロイはギョッとなる。夏ならいざ知らず、
                  今は冬だ。こんな寒い中、水の中に入ったら、風邪では
                  済まない。下手すると、肺炎を起して死んでしまう。
                  「君、今は何月だと思っているんだい?こんな寒空に
                  水泳など・・・・・。正気の沙汰ではない!」
                  眉を顰めるロイに、エドはキョトンとなる。
                  「はぁ?水泳?俺はただ、ちょこっと手を突っ込みたいだ
                  けだぞ?」
                  何で怒っているんだ?と首を傾げるエドにロイはガックリと
                  肩を落とす。
                  「エド・・・・。それを言うなら、【水の中に入る】ではなく、
                  【水に触る】だろ?」
                  「まぁまぁ、細かい事は気にすんなって!じゃあ早速♪」
                  嬉々として腕まくりをするエドの手を、ロイは慌てて制する。
                  「待ちたまえ。濁っていて不衛生だ。これから弁当を
                  食べるのだろう?お腹が痛くなってもしらんぞ?」
                  「むーっ」
                  プクリと口を尖らせるエドに、ロイは可哀想になり、
                  チラリと池に視線を向ける。だが、やはり緑色に濁っている
                  水を見て、こんな水にエドが触って欲しくないと
                  心底思った。
                  「それに、近々陛下が池の水を新しくすると言っていたし、
                  水に触れるのは、それからでも遅くないだろ?何と言っても、
                  池は逃げないのだからね?」
                  「う・・・・ん・・・・。わかった・・・・・。」
                  しぶしぶ頷くエドに、ロイはホッと息を洩らす。早速明日の
                  朝一に、池の水を取り替えるように命じなければと、
                  ロイは思った。そして、綺麗になった水に手を入れて、
                  嬉しそうに微笑むエドの姿を想像して、ロイは知らず
                  ニヘラと顔を緩める。
                  「たいちょー?どうしたんだ?風邪でも引いたか?」
                  ニヤニヤと笑うロイに、不気味なものを感じ、エドは
                  恐る恐る声を掛ける。
                  「いや!何でもない!さぁ、ご飯にしようかっ!!」
                  ロイは、ニコニコと笑いながら、池の前の芝生に、
                  食事の準備をし始めた。
                  「あっ!!俺がやるよ!!」
                  慌ててエドも手伝おうとロイの側に駆け寄ると、訝しげな
                  目をしているロイに気づく。
                  「隊長?」
                  「・・・・・自然すぎる。」
                  面白くなさそうに、顔を顰めるロイに、エドはこいつは
                  一体何を言っているんだと、眉を顰める。いい加減、
                  強引グマイウェイな性格は止めて欲しい。
                  「何が自然だって?」
                  さっきまで上機嫌だったのに、何が気に入らないんだと、
                  睨むと、ロイは憮然とした表情でエドを見つめた。
                  「何でドレス姿なのに、転ばないのだ?」
                  「・・・・・・・は?」
                  ドレス姿と転ぶ事に何の因果関係があるというのか。
                  エドはますます訳が分からないと首を傾げる。
                  「初めてドレスを着たのに、何故そんなに動作が綺麗
                  なんだ?もっと裾を踏んずけて転ぶとか、お約束が
                  あるだろう!!」
                  これでは、悪戯にならないではないかっ!!と力説する
                  ロイに、エドは思いっきり呆れた。
                  こっちは、一応一国の姫。
                  立ち居振る舞いなど、物心つく前から徹底的に教育を
                  受けているのだ。何で裾を踏んで転ばなければならない?
                  「あのなぁ〜。こちとら、小さい頃からドレスには慣れて・・・。」
                  「慣れている?」
                  不審気なロイの言葉に、エドは内心しまったと、顔を
                  青くさせる。すっかり失念していたが、自分は身分と性別を
                  詐称しているのだ。それを自分からバラしてどうする!?
                  エドは己の失態に、内心頭を抱える。
                  「い・・・いや・・・その・・・これには深い事情が・・・・・・。」
                  何とか誤魔化そうとするが、こういう時に限って、上手い
                  言い訳が出てこない。あーうーとか唸っているエドに、
                  ロイはポンと手を打った。
                  「そうかっ!!祭りの余興などで、無理矢理女装を
                  させられたのだな?」
                  「・・・・・・・・へ?」
                  一人納得してウンウンと頷くロイに、一瞬惚けたエドだったが、
                  誤魔化すのはこれしかないと、話を合わせる。
                  「そ・・・そうなんだ。女の子の人数が足りなくってさ〜。」
                  アハハハハと乾いた笑いをするエドに、ロイは拗ねたように
                  見つめる。
                  「チッ。私が初めて君のドレス姿を見たと思ったのに・・・・。
                  まぁいい。ということは、君はダンスが踊れるのかい?」
                  好奇心も露なロイに、これぐらいならいいだろうと、エドは
                  大きく頷く。
                  「おう!一番好きなのは、【月華恋歌】だぜ!」
                  その言葉に、ロイの目が大きく見開く。
                  「ほう・・・?あの幻のダンスと言われているあれかい?」
                  その言葉に、エドはしまったと内心舌打ちした。つい両親が
                  踊っていた場面を思い出し、言ってしまったのだ。
                  「あ・・・ああ。そうなんだ。父さんと母さんが得意で・・・。」
                  もういないけどと、俯きながら小さく呟くエドの様子に、ロイは
                  居たたまれない気持ちになる。エドには、常に笑って欲しいのにと。
                  「そ・・・うか・・・・・。すまない。辛い事を思い出させて。」
                  「ううん。気にしてない。こっちこそごめんな!辛気臭くなって
                  しまって!」
                  弱々しく微笑むエドに、ロイは何を思ったのか、いきなり
                  立ち上がると片膝をつき、座ったままのエドに、右手を差し出す。
                  「姫。」
                  姫という言葉に、エドは動揺を隠し切れない。
                  やはりバレてしまったのかと、戸惑ったようにロイを
                  見つめるエドに、ロイは苦笑する。
                  「幸い今の私達は、【焔竜王】とその妻【エディーナ姫】の
                  仮装をしている。だから、一曲お相手願えますか?
                  【エディーナ姫】?」
                  「え・・・でも・・・・・。」
                  困惑するエドの手を強引に取って立ち上がらせると、ロイは
                  ニッコリと笑う。
                  「【月華恋歌】を踊ろうか?」
                  「・・・・・・それは駄目。無理。」
                  フルフルと首を横に振るエドに、ロイはムッとする。
                  「何故?」
                  「だって・・・・・・・。」
                  【月華恋歌】は、お互いが想い合って、初めて上手く踊れるのだ。
                  自分とロイとでは無理だと断ろうと、エドが顔を上げた瞬間、
                  それは起った。
                  キュルルルルルルル・・・・・・・
                  「・・・・・・お腹が空いているんだね?」
                  クククと笑うロイに、エドは真っ赤な顔で何度も頷く。
                  「仕方ねーだろ!!誰かさんが朝ごはんを食べる前に
                  拉致ったんだから!!」
                  照れ隠しに怒鳴るエドに、ロイは今度こそ声を立てて笑った。






                  「・・・・・・良く噛んで食べたまえ。」
                  小さな口を一生懸命に動かし、もぐもぐとサンドウィッチを
                  食べるエドの姿に、ロイは微笑ましさを感じ、穏やかに
                  眺めていた。
                  「これおいしー!こっちのから揚げも!!」
                  本当に美味しそうに食べるエドに、ロイも釣られて
                  笑顔になる。
                  「まだまだデザートもあるからね。」
                  「まじ!?やったーっ!!あっ!ドーナツ発見!」
                  口いっぱい頬張るエドに、ロイは、まるでハムスターの
                  ようだと、クスリと笑う。
                  「エドはドーナツが好きなのかい?」
                  さっさと弁当を平らげたエドは、両手にドーナツを持って
                  頬張っている。
                  「うん!大通りの【フェスタ】って店のドーナツがこれまた
                  絶品で、午前中には完売しちゃうんだ!」
                  このドーナツもおいしいよ!と上機嫌のエドを見つめながら、
                  頭の中で素早く明日のスケジュールを確認する。
                  ”明日は、面倒な予定がなかったはずだな。午前中
                  抜け出しても問題はあるまい。”
                  ドーナツを買うついでに、視察をすれば、あの鬼のような
                  ホークアイも文句は言わないだろう。
                  「そうだ、エド、明日・・・・・・・。」
                  ドーナツを買ってくるから、一緒に食べようというロイの
                  言葉は、スースーと気持ち良さそうに眠っているエドの
                  寝顔に、断ち切れた。どうやらお腹一杯になって、
                  睡魔に襲われたようだ。あどけないエドの寝顔に、ロイは
                  優しく微笑むと、乱れた前髪を直しながら、そっと
                  額に口付ける。
                  「お休み、エド。良い夢を。」
                  へにゃあ〜と幸せそうに微笑むエドの寝顔に、ロイの心は、
                  暖かいものが満ち溢れてくる。
                  「風邪引くといかんな・・・・。」
                  ロイは、愛しそうにエドの髪を撫でながら、素早く自分の
                  マントを脱ぐと、起さないように、そっとエドに掛けた。
                  「いつか君と【月華恋歌】を踊れたらいいな・・・・・。」
                  何故そんな事を思ったのか、ロイは分からない。
                  しかし、きっとエドと踊るのは楽しいだろうと
                  漠然と思ったのは、確かだった。