光

 

               〜 プロローグ 〜

 

 

                  どんなに闇が深くても
                  恐れないで・・・・・。


                  心を落ち着かせて・・・・・・。


                  ほら、光が見えるでしょ・・・・?

   

 

            「ここって、渋谷サイキックリサーチ・・・ですよ・・・・ね・・・?」
            ドアを少し開けて、覗き込むような形で、恐る恐る顔を出した依頼人を
            極寒のブリザードでお出迎えしたのは、不幸な事に、若干18歳の
            渋谷サイキックリサーチ所長、渋谷一也氏だった。
            あと数分早く訪れていたら、かの人とは180度正反対の、
            まるで春のように暖かい笑顔に迎えられたのだが。
            「看板が見えませんでしたか?」
            ナルの不機嫌な声に、依頼人は半泣き状態で、ドアの前に
            立ち尽くす。
            「ったく!ナル!あんたはお客さんになんてこと言うのよ!!」
            その場を救ったのは、春のように暖かい笑顔の持ち主でもある、
            調査員の谷山麻衣。給湯室から慌てて出てくると、ナルを軽く睨むと、
            依頼人に安心させるように、微笑んだ。
            「ごめんなさい。礼儀を知らない所長で。」
            「え・・・?所長・・・?」
            麻衣の言葉に、依頼人はポカンと口を開けて、ナルを凝視する。そんな
            依頼人の様子に、麻衣は苦笑しながら、依頼人に椅子を勧める。
            「あの、どうぞ座って下さい。今、お茶を入れますので。」
            「え・・?は・・はい・・・・。」
            依頼人は、パタパタと給湯室に戻っていく麻衣の後ろ姿を、ぼんやりと
            見送りながら、勧められるまま、椅子に腰掛けた。
            「で。お話というのは?」
            ハッと気がつくと、何時の間にか向かい側にナルが腰掛けて、じっと
            依頼人を見つめていた。愛想の欠片もないが、絶世の美貌に見つめられ、
            依頼人は頬を紅く染めた。
            「お話がないようなら・・・・・。」
            「ちょっと待った!!」
            ボーッと自分を見つめる依頼人に、ナルの機嫌が急降下する。こんな客に
            時間を取られるには、無駄だとばかりに依頼人を追い出そうと口を開き
            かけた瞬間、間一髪給湯室から麻衣が戻ってきた。
            「あのねぇ。いつも言っているでしょ。ちゃんと話を聞いてって!!」
            依頼人とナルと自分にそれぞれ紅茶を配ると、ナルの隣に座り持っていた
            お盆を横に置き、ナルの手から書類を奪い取る。
            「麻衣!!」
            自分は悪くないと睨みつけてくるナルを無視すると、麻衣はにっこりと
            依頼人に微笑みかけた。
            「お待たせしてすみません。初めまして。私、調査員の谷山麻衣と言います。
            で、こっちに座っているのは、うちの所長です。」
            麻衣の言葉に、ハッと我に返った依頼人は、神妙な面持ちで手にしていた
            バックの中から、小さな箱を取り出してテーブルの上に置いた。
            「初めまして。私、木龍(きりゅう) 春子って言います。高校2年生です・・・。」
            春子はそう一言呟くと、ガタガタ震えながら、泣き出した。
            「どうしたんですかっ!!」
            「お願い!!助けて!!私、まだ死にたくない!!」
            半分パニックを起こしている春子の突然の豹変に訳が分からず、それでも
            落ち着かせようと春子の側に移動した麻衣は、優しく肩を抱き締めた。
            「大丈夫。落ち着いて・・・・。」
            「私・・・私・・・・。どうしたらいいかわからなくって・・・。この箱の中は・・・。」
            春子が麻衣に縋り付くように何かを言いかけた時、それは起こった。
            テーブルの上に置いた小箱が、誰も触れてもいないのに、突然ガタガタと
            動き出したと思ったら、忽然とその姿を消したのだ。
            「・・・・・・。」
            「・・・・・・。」
            「・・・・・・・。」
            3人が固まったように、箱が消えた場所を凝視する。
            「ナル・・・・。」
            今のは、何・・・・?そう目で問う麻衣の見たものは、心底残念そうな
            ナルの顔だった。
            「しまった。ビデオを撮っていなかった。」
            “こんのぉおおお。学者馬鹿っ!!”
            内心呆れつつも、ふと春子に視線を戻すと、春子は顔面蒼白で、
            うわ言のようにブツブツと何かを呟いていた。
            「春子さん・・・?」
            「遅かった・・・・。全ては・・・。闇に・・・・。」
            ガクンと意識を失った春子の身体を支えようと、麻衣が慌てて手を出した瞬間、
            麻衣の脳裏に、一つのイメージが浮かび上がった。
            闇の中で一人佇む女の人。
            その人はまるで自分に許しを乞うように、涙を流しながら
            深々と頭を下げる。
                ・・・ごめんなさい。麻衣・・・・。
            直接頭に響いてくる声。
            “何・・・これ・・・・。”
            聞き覚えのある声に、思い出そうとするが、頭に霧が掛かったように
            上手く思考が纏まらない。
            “駄目・・・。何も考えられない・・・・。”
            そして、そのまま意識が闇に沈んでいく。
            「麻衣!!」
            切羽詰ったナルの声を何処か遠くで聞きながら、麻衣は闇の世界へと
            意識をゆっくりと沈み込ませた。




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