どこまでも、続く青い空。
この空は、何処へと私を導くのだろうか・・・・・。
「どうしよう・・・・・。」
朝から数えて、何度目か判らない溜息をつくと、
麻衣は電車の窓から見える景色を、ぼんやりと
眺めた。幸いにも、平日であったからなのだろうか。
車両は麻衣の他に誰も乗っておらず、麻衣は4人掛けの
席の窓際に席を取っていた。
「ナル、怒っているかなぁ・・・・・。」
そして、再び溜息をつく。
昨日、依頼主が帰ってから、散々ナルを説得したのだが、
一度決めたら絶対に覆さないナルから「Yes」の答えが
聞ける訳もなく、仕方なしにその話は終わったのだが、
どうしても気になって仕方がなかった麻衣は、ナルに
面と向かって言えないので、朝一で事務所の留守電に休みの
連絡を入れると、そのまま電車に飛び乗ったのだった。
「どうして、こうなったんだろう・・・・・。」
「馬鹿だ。馬鹿だと思っていたが、これほどとはな。」
背後から聞こえる、良く知るうんざりとした声に、
麻衣は、反射的に声がした方を振り返った。
「ナ・・・・ル・・・・・?」
そこに、いるはずのない人物を見つけて、麻衣は
驚きに眼を見張る。
「どうして・・・・。」
麻衣の問いに答えず、ナルは不機嫌そうに片眉を上げると、
麻衣の向側の席に腰を下ろし、腕を組むと、溜息をついた。
「一人でどうするつもりなんだ。」
咎めるような口調のナルに、麻衣はプイと顔を背ける。
「・・・・・だって・・・・・。」
「だってじゃない。危険な事だと、どうしてわからないんだっ!!」
イライラとしたように、怒鳴りつけるナルに、麻衣は黙ってられなく
なり、キッと、きつい眼をナルに向けた。
「だって、<あれ>は、ほっといたらいけなんだもの!
何故だかわかんないけど、あれは・・・・。」
「・・・・お前に何ができる?」
冷たい口調のナルの言葉に、熱くなっていた麻衣の思考が
一気に下がる。
「そ・・・それは・・・・。」
言いよどむ麻衣に、ナルはさらに追い討ちをかけるように、
言葉を繋げる。
「リンは本国へ出張。滝川さんは、ライブツアーで、北海道。
ジョンは、バチカンへ呼ばれて留守。原さんは撮影の為、長崎。
松崎さんは、ヨーロッパ旅行。安原さんは、中国へ語学研修。
・・・・・・・僕達だけでできると思っているのか?」
ナルの言葉に、反論できずに、麻衣は俯く。
「いいか。次の駅で引き返すぞ。」
ナルの言葉に、麻衣は首を横に振る。
「いや!!」
「麻衣!!」
ジトーツと、涙で溢れそうな大きな眼で、見つめられ、
ナルは溜息をつくと、妥協案を出す。
「・・・・・遠くで見るだけなら。」
「ナ・・・ル・・・・・・?」
きょとんと首を傾げる麻衣に、ナルはぶっきらぼうに言葉を繋げる。
「遠くから、問題の<桜の樹>を見るだけだ。」
「うん!!ありがとう!ナル!!」
途端に、大輪の花を思わせる麻衣の笑顔に、無意識のうちに、
ナルの口元に苦笑が浮かぶ。だが、次の瞬間、麻衣の言葉に、
ナルは眩暈を起こしそうになった。
「・・・そういえばさぁ、なんでナルがここにいるの?」
今更な質問に、ナルの眉間に皺が寄る。
「昨日、散々ここに来ることを渋っていたのに・・・・。
それに、私が一人で行くなんて、一言も言ってなかったし。」
どうして?と無邪気に尋ねる麻衣に、ナルは一瞬殺意を抱き
そうになる。
「・・・・・・・お前の行動パターンぐらい判らないとでも
思っているのか?お前の無鉄砲な行動をフォローする
こっちの身になれ。」
「ねぇ・・・・。私の事、心配で来てくれた・・・・の?」
恐る恐る尋ねる麻衣に、ナルは、そっけなく答えた。
「従業員の安全を守るのも、仕事内容なんでな。
着いたようだな。行くぞ。」
そのまま、麻衣を待たずに、スタスタと先へ行くナルの
後姿に、麻衣はションポリと呟いた。
「そっか・・・・。雇用主だもんね・・・・・。」
それだけの関係。その事に、麻衣の胸がチクリと痛んだ。
無人駅を出て、徒歩一時間程かけて登った、小高い丘の上に
立った麻衣とナルは、問題の櫻の樹を先ほどから見下ろしていた。
「あれが・・・・・。」
もう既に櫻が咲く季節から遠く離れたというのに、その櫻は
ほぼ満開に近いほど花を咲かせていた。
「何か・・・気持ち悪い・・・・。」
「大丈夫か?麻衣。」
櫻から、大量の血の匂いが漂ってきそうで、麻衣は傍らに立つ
ナルの腕にしがみ付く。そんな麻衣の様子に、ナルは心配そうに
顔を覗き込んだのと同時に、背後で枝を踏む音は聞こえた。
その音に一番先に気付いたナルが、後ろを振り返ると、
驚きのあまり、眼を見張った。普段ポーカーフェースを売りにしている
ナルが、珍しく表情を顔に表している事に気付いた麻衣が、
視線をナルから、ナルが見ているものに移し、次の瞬間息を呑む。
「ま・・・まさか・・・・。」
「そ・・・そん・・な・・・・・・。」
驚く二人に、その人物は困ったような笑みを浮かべ、
一歩前に脚を踏み出した。
「こんにちは。ナル。それに、麻衣。」
苦笑する顔が、自分の傍らに立っている人物と酷似している事に、
漸く気付くと、麻衣は震える声で、目の前にいる人物の名前を
呟いた。
「・・・ジー・・・ン・・・・・・?」
その言葉に、ジーンは、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
麻衣の記憶の中の笑顔と同じに。