Love is bitter-sweet.

  

                    第1話

            


            私は、あの人を愛していた。
            それは、紛れもない事実。
            そう、思っていた。
            でも、最近になって、疑問に思う。
            本当に、あの人を愛していたの?
            私が愛しているのは、初めから
            あの人ではなく、<彼>だったのでは?
           

            Love is bitter−sweet.


            恋は甘く切ないね。
            私の想いは<彼>に届くのでしょうか?




            
            「で?それで逃げ出したって訳?」
            呆れたような綾子の言葉に、麻衣はクッションを胸に抱えながら、
            身体毎綾子から顔を背けた。
            「・・・・・・・・・・・・。」
            無言のままの麻衣に、綾子は溜息をつくと、自分と麻衣の
            紅茶のお代りを入れるべく、席を立った。
            「麻衣。いつまでも拗ねているんじゃないわよ。」
            すれ違い様、麻衣の背中を叩く事を忘れない。
            「う〜〜〜〜〜。」
            頬を膨らませながら、恨みがましそうに睨む麻衣に、
            綾子は、微笑みながら、キッチンへと姿を消す。
            「・・・・・・・綾子には・・・・・・わかんないよ。」
            麻衣の呟きは、綾子の耳には届かなかった。





           数分後、相変わらずクッションを抱え込んで、ソファーの上で
           小さく膝を抱えている麻衣の前に、綾子は紅茶を置くと、
           自身も、自分の紅茶に口をつけながら、麻衣の向かい側に
           腰を降ろした。
           「麻衣らしくない。」
           綾子の言葉に、麻衣の身体がピクリと動く。
           「私の知っている麻衣は、絶対に逃げたりなんかしない。」
           それでも、麻衣は顔を上げずに、益々俯いていく。
           「・・・・・・・・・。」
           「・・・・・・・・・。」
           暫く、綾子は麻衣を見つめていたが、やがて溜息をつくと、
           紅茶をテーブルに置くと、口を開いた。
           「たかが、バレンタインのチョコを受け取ってくれなかった
           だけじゃない。」
           そんなのは、いつもの事でしょ?
           そう首を傾げる綾子に、麻衣はボソボソ呟く。
           「・・・・・じゃないもん・・・・。」
           「何?はっきり言ったら?」
           麻衣は、キッと顔を上げると、泣きそうな顔で叫んだ。
           「それだけじゃないもん!!」
           「・・・・・・・もしかして、告白して玉砕?」
           綾子の言葉に、麻衣はグッと言葉に詰まる。
           「ふ〜ん。図星って訳?」
           ニヤニヤ笑う、綾子に、麻衣はクッションを抱え直すと、
           プイッと綾子に背を向けた。
           「・・・・・・・玉砕にもならなかった。」
           ポツリと呟かれる言葉に、綾子の眉は潜められる。
           「麻衣?」
           「ナルね、言ったの。」
           麻衣は窓の外を見つめながら、言葉を繋げた。
           「"僕をジーンの代わりにするな。”って・・・・・・。」
           そのまま、肩を振るわせる麻衣の隣に、綾子は座ると、
           優しく麻衣の身体を抱きしめた。
           「私・・・・私・・・・・。そう言われて、ショックだった。
           確かに、以前はジーンが好きだった。でもね。
           今、私が好きなのは、ナルなの。」
           「そう、ナルに言ったの?」
           「言った・・・・。でも、伝わらなかった。私がナルをジーンの
           代わりにしてるって・・・・・・。」
           泣きじゃくる麻衣を、綾子は優しく声をかける。
           「ねぇ。恋人の条件を3つだけ挙げるとしたら、麻衣は何?」
           「・・・・・綾子・・・?」
           突然何を言い出すのかと、泣き腫らした瞳を綾子に向ける。
           「突然何を言い出すの?」
           「いいから、答えてよ。」
           微笑ながら言う綾子に、麻衣は訝しく思いながらも、
           考え込む。
           「そうだなぁ・・・・・。まず、優しい人。それから、人の心の痛みや悲しみを
           理解出来る人。そして・・・・・一緒にいて、心が落ち着く人かな・・・・?」
           それが一体何を意味するのかと、首を傾げつつ尋ねる麻衣に、
           綾子は別の質問をする。
           「じゃあ、その条件を全て兼ね備え、尚且つ、優劣つけ難い程、全てが
           同じような人間が、二人いました。ところが、麻衣が選んだのは、Aさんでした。
           何故、麻衣はAさんを選んだんだと思う?」
           「はぁ?」
           言っている意味が分からない。これはクイズなのか?麻衣の目はそう訴えて
           いるのだが、それを無視して綾子は答えを促す。
           「・・・・・・・不器用なとこ。」
           暫く考え込んでいたが、麻衣はきっぱりと言った。
           「不器用?」
           綾子の言葉に、麻衣は頷く。
           「自分の気持ちが上手く伝えられない人だから・・・・かな・・・?」
           「・・・・・・・それが、あんたの恋人にする一番の条件なの。」
           「へっ?」
           驚く麻衣に、綾子はクスクス笑う。
           「心理テストなのよ。これ。で、麻衣の恋人の条件の一番目に
           当てはまるのは、ジーン?ナル?どっちなの?」
           まだ良く判ってない麻衣に、綾子は苦笑する。
           「麻衣は、ナルをジーンの身代わりにしていないってことよ。
           その事を、もう一度、ナルに話して御覧なさい。」
           「でも・・・・・。」
           見る見る内に元気をなくす麻衣を、無理やり立たせると、綾子は
           麻衣を玄関まで引き摺って行く。
           「ちょ・・・!!!綾子!!!」
           「全く。いつもの元気はどうしたの?」
           いつの間に持ち出したのか、綾子は麻衣にコートを着せる。
           「話を聞いてくれなかったら、聞いてくれるまで、
           話せばいいのよ。」
           「・・・・・・綾子・・・。」
           麻衣にバックを押し付けると、そのまま部屋から追い出す。
           「大丈夫。<想い>は、必ず<伝わる>ものよ♪」
           扉が閉まる瞬間、綾子は舞いにウィンクする。
           閉められた扉を前に、暫くあっけに取られていた麻衣だったが、
           やがて、ふと表情を和らげた。
           「・・・・・ありがとう。綾子。」
           麻衣は、閉じられた扉に御辞儀をすると、ゆっくりと歩き出した。




           「全く・・・・・。世話が焼けるったら。」
           遠ざかる足音に、綾子は溜息をつく。
           「さってと。向こうは上手くやったのかしら。」
           携帯を手に取ると、どこかへ電話をかける。
           コール音二回の速さで、相手が電話に出る。
           「坊主?こっちはうまくいったわ。そっちはどう?」
           電話の向こうからは、ぼそぼそと気のない声が聞こえてきた。
           「上手くいった。」
           溜息さえ聞こえてきそうな、落胆振りに、綾子はニヤリと笑う。
           「随分元気がないけど?」
           「・・・・・どこの世界に、娘と彼氏の仲を取り持って、平気でいられる
           父親がいるってんだ?」
           不機嫌を隠そうともしない滝川の声に、今度は綾子は声を立てて笑う。
           「いいじゃないのよ。可愛い娘の笑顔を見るためよ。」
           「そりゃあ・・・そうだが・・・・・。でもな・・・・。」
           まだぐずぐず言っている滝川に、綾子は更に言う。
           「そうだ。これから一緒に飲まない?傷心の父親を慰める為に、
           朝まで一緒に飲んであげてもいいわよ。私の驕りで。」
           「・・・・・・何を企んでる?」
           訝しげな滝川の言葉に、綾子はニヤリと笑う。
           「企むなんて、人聞きの悪い。今日はバレンタインだからね。
           たまには、奢ってあげるわよ。」
           「まぁ・・・・。そういうことなら・・・・・。」
           安堵した様子に、綾子はトドメの一言を、勿論忘れなかった。
           「勿論、来月のホワイトデーは、期待しているわ。3倍返しは
           常識よね♪」
           「悪魔のような女だ・・・・・・。」
           うめくような滝川の言葉に、綾子の高笑いが重なった。

 

 

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