華胥の夢
第ニ話
「源さん、相手はトシに決まっているじゃないか。」
「ト・・・トシさんだって!?」
ニコニコと笑う近藤に、それまで怒り心頭だった井上が、
ポカンと口を開いて呆ける。
「って、ことは・・・・・勇さん!!」
ハッと我に返った井上は、ガシッと近藤の手を掴むと、
キラキラとした瞳を向ける。
「ああ!!漸く我々の苦労が報われたということだ!」
ウンウンと頷く近藤に、井上は感極まったとばかりに、滂沱の涙を流す。
「そうかい。そうかい。漸くトシさんも覚悟を決めたんだねぇ・・・・。」
そっと目頭を押さえる井上に、近藤はポンと肩を叩く。
「トシが、雪村君に一目惚れしたあげく、そのまま拉致して
来た時には、天地がひっくり返ったくらい驚いたものだが、内心、やっと
トシに春が来たと思ったんだがなぁ・・・・。」
ふうとため息をつく近藤に、井上も苦笑する。
「そうだねぇ・・・。すぐに祝言をあげるのかと思いきや、そのまま何の進展も
なしだから、情けないやら悔しいやら・・・・・。随分ヤキモキさせられたよ。」
「全く・・・トシは今まで女子(おなご)の方から言い寄られてばかりだから、肝心な時に、
どう接してよいか分からないんだろうなぁ。見ててあまりにも不甲斐ないから、
色々とお節介をしてしまったが、これで我々も一安心ということだな。」
「お節介と言えば・・・・・山南さんの作戦は見事だったねぇ。毎朝、トシさんを
雪村君に起こさせる、名付けて、”ドキッ!寝ぼけて襲っちゃうかも!?嬉し恥ずかし
疑似新婚さん大作戦”を聞いた時には、正直こんなのが総長で、新撰組は大丈夫かとも
思ったんだが、面白いほど上手くいったねぇ・・・・。」
井上の言葉に、近藤も大きく頷く。
「それ以降、雪村君はトシの嫁のように、甲斐甲斐しく面倒を見ているしな!!
他人に髪を触られるのを嫌がるトシが、雪村君にだけは、髪を触らせている姿を見た時には、
思わず腰を抜かしてしまったよ。」
ハハハッと豪快に近藤が笑う。
「私もね、もっと仲良くなって貰おうと、島田君に、それとなく雪村君に2月の行事について、
話てもらったんだよ。」
クスリと笑う井上に、近藤はキョトンとなる。
「2月の行事?節分がどうかしたのか?」
「いやいや、そうじゃないよ。」
井上は首を横に振る。
「山南さんから聞いたんだけどねぇ。どうやら、2月14日は、女子(おなご)から好きな男にお菓子を渡して、
愛の告白をするらしいんだよ!まぁ、愛の告白と言ったら、奥ゆかしい雪村君が恥ずかしがってしまう
と思って、日頃お世話になっている人に、お菓子を贈る日と、誤魔化して伝えたんだが・・・・・。
作戦は見事に成功だったよ!1つの今川焼を二人で分けあう姿を見た時には、嬉しくて
嬉しくて・・・・・。この感動がわかるかい!?勇さん!!」
興奮気味の井上に、思い当たることがあったのか、近藤はポンと手を叩く。
「じゃあ、雪村君が俺に、トシの好きな食べ物を聞いてきたのは、源さんの策略だったと言う訳か!」
「策略とは、人聞きの悪い・・・・。せめて、不器用な二人の手助けとぐらい言ってくれないかい。」
苦笑する井上に、近藤はガシガシと頭を掻く。
「これは失礼した。だが、みんなの手助けの甲斐があって、漸く二人にも春が!!」
「勇さん!!」
「・・・・・・・一体何してんだよ。二人して。」
感極まって、ガシッと抱きしめ合う二人に、背後から呆れた声が聞こえてきた。
揃って、声のする方へと顔を巡らせると、そこには、眉間の皺が深く刻まれた土方が
目を据わらせながら憮然と立っていた。
「ああ!トシさん。お帰り。帰った早々、松本先生の所まで行ってもらって、すまなかったね。
で?雪村君の様子はどうだい?」
にこやかに、声をかける井上に、土方は肩を竦ませる。
「今、診察中だ。ところで、近藤さん、この間の件で話が・・・・・。」
「うんうん。分かっている。分かっているとも!結納の件だろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
ポカンと口を開けて絶句する土方に気づかず、近藤と井上は二人で盛り上がる。
「結納や祝言に関しては、万事準備が整っているよ。後は、雪村君の体調が整うのを待って、
吉日に行うだけだよ。」
「おお!源さん、仕事が早いなぁ!祝言もそんなに間を開けずに行う事にしようじゃないか!
いや、その前に、別宅が必要だなぁ・・・・・。流石に屯所では、新婚夫婦は目に毒だからなぁ〜。」
ガハハハハと豪快に笑う近藤に、井上は眉を寄せる。
「その事なんだがね、勇さん。雪村君を昼間一人にさせるのは、いくらなんでも可哀想じゃないかね?
お腹の中にいるやや子の事もあるし、生まれて落ち着くまで、暫く屯所で生活をさせてやりたいんだが・・・・。」
井上の言葉に、近藤は考え込む。
「それに、毎日雪村君の姿を見てきただろ?姿が見えないと心配で、どうも落ち着かないというか・・・・・。」
畳み掛けるように言う井上に、近藤もムムムと唸る。
「確かに・・・・。あの愛らしい雪村君の姿を見れなくなるのは、俺も辛い。彼女がいるだけで、心がホンワカと
暖かくなって、仕事を頑張ろうという気を起こさせてくれるからな。それに、トシの奥方と知って、不逞浪士共に
狙われたら一大事!!よし!雪村君をずっと屯所に置こうじゃないか!」
近藤の言葉に、井上は安心したように、大きく頷いた。
「それでは、雪村君の部屋を、トシさんの隣の部屋に移動させよう。ああ!それから、やや子の部屋の
準備もしないといけないねぇ!!今から準備をしてくるよ!」
ウキウキと踵を返す井上の腕を、土方はガシッと掴む。
「・・・・・・・・・一体二人して、何の話をしてるんだ?」
フルフルと体を震わせながら、地を這うような低い声の土方に対して、近藤と井上は上機嫌で声を上げる。
「決まってるじゃないか!トシと雪村君の婚儀の事だ!」
「勇さん!勇さん!二人のやや子の事も忘れてはいけないよ!」
「何を馬鹿な事を
言ってるんだぁああああ!!」
屯所内に、土方の怒声が響き渡った。
*************************************************
今川焼は、GREE版薄桜鬼のバレンタインイベントネタです。