華胥の夢
第四話
「きゃああああ!!近藤さん!!やめてください!!」
土方に向かって刀を振り下ろそうとする近藤に向かって、
千鶴は悲鳴を上げる。
「い・・・井上さん!!近藤さんを止めて下さい!!土方さんが!!」
未だ自分を抱きしめながら泣いている井上に、近藤を止めるように懇願する。
「雪村君・・・・君って子は・・・・・なんて健気なんだ!!」
だが、当の井上は、千鶴の言葉に更に泣き出す始末。
このままでは、埒が明かないと悟った千鶴は、大きく息を吸い込むと、
屯所中に響き渡るかのような大声で叫んだ。
「斎藤さ〜ん!!
山崎さ〜ん!!
土方さんの危機です!!
助けて下さ〜い!!」
「ち・・・・千鶴!?」
「ゆ・・・・雪村く・・・ん・・・・?」
いきなり大声で叫びだした千鶴に、それまで睨み合っていた土方と近藤は、
呆けたように千鶴に視線を向ける。
ドドドドドドドドド・・・・・。
千鶴の叫びと呼応するかのように、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「大丈夫か!!千鶴!!」
「ご無事ですか!副長!!」
普段は冷静沈着であるはずの斎藤までもが山崎と共に、切羽詰まった様子で部屋に駆け込んで
来た。
「斎藤さん!山崎さん!!近藤さんが・・・・。近藤さんがぁああああ!!」
斎藤と山崎という味方の登場に、気が緩んだのか、千鶴はポロポロと涙を流しながら
必死に状況を伝えようとするが、うまく言葉が繋げられず、近藤さんが・・・と
繰り返す事しか出来ない。
そんな状態の千鶴に、困惑気味な斎藤と山崎は、状況の説明をを求めようと、
土方と近藤の方を目を向けて固まる。
「・・・・・何をなさっているんですか。局長・・・・。」
スッと目を細める斎藤の視線の先には、土方に刀を振り下ろそうとしている近藤の姿。
「見てわからない?誰かさんの態度デカくて、我儘な態度に、温厚な近藤さんもとうとう
我慢できないって事じゃないか♪
近藤さん。土方さんを殺る時は、僕に言って下さいよ♪」
斎藤の問いかけに、何時の間に来たのか、後ろにいた総司がフフフと
不気味な笑みを浮かべて立っていた。ご丁寧に刀まで抜いて。
「総司!誰が不遜な態度だ!副長のやることに間違いなどない!」
「そうですよ!副長は常に新撰組の事を考えてですね・・・・。」
途端、総司に斎藤と山崎が食って掛かる。
「斎藤さん!!山崎さん!!沖田さんなんかに構ってないで、近藤さんを止めて下さい!!」
三人の口論が始まりそうになるのを、千鶴は何とか息を整えると叫んだ。
「沖田さんなんかって・・・・千鶴ちゃん。君も言うようになったねぇ・・・・・。」
後でおしおき決定かな?とにこやかに笑う総司に、千鶴はサッと顔を蒼褪めたが、
それよりもまず目の前の問題解決が先とばかりに、何とか井上の腕から逃れると、
近藤の身体に縋り付いた。
「近藤さん!止めてください!!」
「雪村君・・・・・。」
唖然となる近藤に、千鶴は身体を放すと、スッと近藤と土方の間に入り、キッと近藤を睨みつけた。
「近藤さん。落ち着いて下さい。一体、土方さんに何の落ち度があって、このような暴挙に
出られたのですか!」
一歩も引かないとばかりの、意志の強い千鶴の瞳に、近藤はフーッと息をつくと、
苦笑しながら、ポンポンと千鶴の頭を叩く。その仕草に、千鶴はふにゃと安心したように表情を
緩める。
「・・・・・・本当にいい子だね。君は・・・・。トシの事をそこまで思ってくれているとは・・・・。」
「・・・・・近藤さん?」
訳が分からず首を傾げる千鶴に笑いかけると、近藤は未だ座り込んでいる土方を睨みつける。
「ったく!こんな良い子をトシは・・・・・。本来ならば斬ってしまいたいところだが・・・・・。」
「だから、僕が斬りますって♪近藤さん♪」
嬉々として刀を土方に向ける総司に、斎藤と山崎が牽制するように、土方との間に入る。
「一体、何なんだよ。近藤さん。いきなり刀を突き付けるなんて、穏やかじゃねぇよなぁ。」
土方は、憮然とした顔で立ち上がると、千鶴を背に庇いながら、近藤に対峙する。
「・・・・・トシ。雪村君は、本当に良い子だ。」
「・・・・そりゃあ、そうだ。・・・・じゃなくってだな!近藤さん。俺が言いたいのは・・・・。」
眉間に皺を寄せる土方の両肩を、近藤はガシッと掴むとズイと真剣な表情で顔を近づける。
「お・・・おい?近藤さん・・・?」
流石に近藤の様子がおかしいと、土方が顔を引きつかせていると、近藤の爆弾発言が
投下された。
「子が出来たからには、ちゃんと責任を持って、雪村君を娶るんだろうな!!」
「・・・・・・・・・はぁ!?何だよそれ!!おい!千鶴!!」
慌てて後ろを振り返って千鶴を見ると、千鶴は顔を真っ青にさせながら、ブンブンと首を横に振る。
「知りません!!私も何の事か!!信じてください!土方さん!!」
半分涙目になりながら、混乱状態の千鶴を落ち着かせる為に、土方はそっと身体を抱き寄せると、
近藤に呆れた顔を向ける。
「近藤さん。どこでそんな嘘聞いてきたんだよ。」
「う・・・嘘なのか!?しかし、総司と斎藤君が話していたから、俺はてっきり・・・・・。」
「「なっ!!そ・・・・それは!!」」
近藤の言葉に、今度は総司と斎藤が慌てる。
「いや・・・・身籠ったのは千鶴であって、千鶴じゃないと言いますか・・・・。」
慌てて支離滅裂な事を言い出す斎藤に、近藤は訝しげな視線を向ける。
「斎藤君。きちんと話してくれないか?」
「ですから!それは・・・総司!お前からも何とか言え!!」
「言えって言っても・・・・。千鶴がとしぞーの子供を身籠った事は、本当じゃないか。」
肩を竦ませる総司に、それまで大人しく土方の腕の中にいた千鶴が、真っ赤な顔で、
猛然と抗議する。
「お・・・沖田さんに斎藤さん!?一体何をおっしゃっているんですか!!
私、身籠ってなどおりません!!」
「いや!確かにあんたは、身籠っていない!だが・・・・・。」
「だが・・・って、何なんですか!?私・・・・私・・・・・そんなふしだらな娘じゃありません!!」
シドロモドロな斎藤に、千鶴は食って掛かると、ワーッと土方の腕の中で声を上げて泣き出した。
混乱して収集がつかない状況に、土方は泣いている千鶴の身体を更に抱き寄せながら、
深いため息をついた。
これは夢の続きか?もしかして、俺はまだ寝ぼけているのか・・・?
思わず現実逃避しかけた土方が、視線を廊下の方に向けると、そこには、トテトテと我が物顔で
歩く黒猫の姿をあった。
「ニャー」
魚を咥えたその黒猫は、チラリと土方達を一瞥すると、またスタスタと廊下を歩いていく。
「としぞー!俺の魚を返せ〜!!」
「・・・・・そーいやぁ・・・・。以前同じ事があったよな?近藤さんよぉ・・・・・。」
遠くの広間から聞こえる新八の悲痛な叫びを聞きながら、黒い笑みを浮かべる土方に、
近藤はハハハハ・・・・と引き攣った笑みを浮かべた。
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随想録店舗特典ドラマCD「ふたりの歳三」ネタです。