華胥の夢
第五話
「で?何がどうなっているのか、キチンと説明が欲しいんだがなぁ?」
土方は、自分の前で神妙な顔をして正座をしている近藤、井上、斎藤を、
順番に睨みながら腕を組むと、最後に重苦しい雰囲気の中、一人飄々とした
様子で座っている総司に視線を止めて、深いため息をついた。
「・・・・・まっ、だいたい分かるんだがよ。」
肩を落としての土方の言葉に、総司がまるでお気に入りの玩具を見つけた
子供のように、ニヤリと笑う。
「わかっているなら、説明なんて求めないで下さいよ。」
「そ〜う〜じ〜ぃ〜!!」
全く悪びれない総司の態度に、土方の怒声が響き渡る。
「まぁ、まぁ、トシ。今回は、俺と源さんが早合点した事が原因なのだから、
あまり総司と斎藤君を咎めないでくれないか。・・・・・雪村君にも、悪いこと
したね。本当に申し訳なかった。この通りだ。許してくれ。」
部屋の隅で、控えていた千鶴に身体ごと向き合うと、近藤は、深々と頭を
下げる。それに慌てたのは千鶴だった。新撰組の局長に頭を下げさせて
しまい、千鶴は混乱状態に陥る。
「近藤さん!!どうかお顔をお上げ下さい!!誤解が解けたのならば、
私はそれで十分ですから!!」
必死に千鶴は近藤に頭を上げるように言うが、近藤は微動だにもしない。
「いや!勇さんの言うとおりだ。君の名誉を著しく傷つけてしまって、
本当にすまなかったね。雪村君。」
近藤どころか、井上まで頭を下げられてしまい、千鶴はどうしたら良いかわからず、
半分涙目になりながら、土方に助けを求めるように、視線を向ける。
「・・・・・近藤さん、源さん。それくらいにしてくれ。千鶴が困ってるだろ?」
溜息をつきながら、土方は顔を上げるように促す。その言葉に、顔を上げる
二人に、千鶴はホッとしながらも、先ほどから気になっている事を、オズオズと
口にした。
「そ・・・それで・・・一体、何がどうなって、このような事になったのでしょうか・・・。」
「だから、さっきから言っているじゃない。千鶴が歳三の子供を身籠ったって。」
千鶴の疑問に、総司が肩を竦ませながら答える。
「総司!だから、そういう風に
言うんじゃねぇ!!余計話が
こんがらがるだろうが!!」
全く反省の色もない総司に、土方の怒りが爆発する。土方は立ち上がると、総司の胸倉を
掴みながら、剣呑な目を向ける。
「ひ!土方さん!!落ち着いて下さい!!」
「副長!!」
慌てて両脇から千鶴と山崎が土方を押し留める。
「止めるな!千鶴!!」
「いいえ!!全力で止めます!!兎に角、土方さんは、落ち着いて下さい!!」
激昂する土方に、千鶴はこのままでは、話が進まないとばかりに、キッと土方を
睨みつける事で大人しくさせると、居住まいを正して、沖田と向き合う。
「それで、その歳・・・・・・。」
歳三と言いかけて、ふと背後の土方から漂ってくる殺気に気づき、千鶴はコホンと
咳払いをしながら、言葉を繋げた。
「それで、その方達は、一体どういった方達なのでしょうか?」
「【方達】じゃないよ。猫のことだよ。」
「・・・・・・・・・はぁ!?」
予想もしていなかったことを、沖田にサラリと言われ、千鶴はポカンと口を開けて
固まってしまった。そんな千鶴の様子に、斎藤が補足説明をする。
「・・・・・・数か月前、黒猫が怪我をした白猫を連れて来たのを覚えているか?」
斎藤の言葉に、我に返った千鶴は、慌てて首を縦に振る。
「ええ!覚えています。まだ小さな白猫なのに、すごい傷を負っていて・・・。」
そこまで言って、当時を思い出したのか、千鶴はクスンと鼻を啜った。
「一時はどうなるかと思いましたが、無事に回復して良かったです!!」
ニッコリと微笑む千鶴に、総司もニッコリと微笑む。
「その白猫が、千鶴・・・・【雪村千鶴】って名前なんだ♪」
「はぁ!?それって、私の名前・・・・。斎藤さん!?」
総司の爆弾発言に、驚いて千鶴は斎藤を見ると、斎藤は頬を紅く染めながら、
気まずそうに千鶴から顔を背ける。
「斎藤さん?あの猫ちゃん、【雪】ってお名前だっておっしゃいましたよ・・・・ね?」
すがるように斎藤に尋ねる千鶴に、総司はクスクス笑う。
「【雪村千鶴】って名前だから、愛称が【雪】なんだって。ちなみに、黒猫の名前が
【歳三】。」
「な・・・な・・・な・・・・。」
あまりの事に、口をパクパクさせている千鶴の後ろでは、土方が顔に片手を当てて、
吐き捨てるように呟く。
「・・・・ったく!あれほど猫に人の名前を付けるなって言っただろうが・・・・。」
「な・・・何で猫に人の名前を
付けてるんですか!!」
驚きのあまり、千鶴は思わず立ち上がると、屯所中に響き渡るような大声をあげた。
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