華胥の夢
第七話
時を同じくして、広間では、近藤達が朝餉を取っていた。
「はぁああああああああああ。歳三のやつ・・・・。俺の楽しみを!!」
新八はブツブツと文句を言いながら、大きな口を
開けて、隣の平助から分捕った魚を一口で飲み込む。
「新八っつあん!!俺から魚取っておいて、何言ってんだよ!!」
対する平助も、負けじと不在の総司の膳から分捕った魚をムシャムシャ
食べながら横目で新八を睨みつける。
「何って、歳三が俺の魚を盗まなかったら、俺の分と平助の分、二匹食えたってぇのに、
実際は一匹なんだぜ?これが怒らずにいられるかってんだ!」
「なっ!!俺から魚取るの、決定事項なのかよ!!」
憤慨する平助に、新八はフフンと笑う。
「実際、お前魚取られただろ?・・・・・隙あり!!」
一瞬の隙をついて、平助の膳から、新八は里芋の煮物を箸で突き刺すと、
パクリと口に入れる。
「新八っつあああああああんん!!」
ギャー!!と叫ぶ平助の頭をポンポン叩きながら、原田はクスリと笑うが、実は
気づかれないように、しっかり平助の膳から漬物をちゃっかり奪っていたりする。
「まぁ、まぁ、二人とも落ち着けって。歳三だって、悪気があったわけじゃ
ねぇんだ。千鶴に精のあるものを食べさせてやりたかっただけだ。大目に見ろよ。」
「・・・・・・・そういえば、雄猫は、子育てとかあまりしないと聞いたことはあるが・・・・。
歳三は、そうではないんだな。」
原田の言葉に、近藤がしみじみと言った。
「確か、怪我をした千鶴を連れて来たのも、トシさん、じゃなかった、歳三だったね。」
ふと思い出したかのように、井上は言う。
「怪我した子を放っておけないなんて、きっと情の厚い子なんだろう。ちゃんと子育て
すると私は思うがね。」
ニコニコと笑う井上の言葉に、うーんと新八は腕を組む。
「そうかぁ?以前、あっちこっちで子供(ガキ)を作りまくっていた頃、歳三、
知らん顔してたぜ?」
「・・・・確かにな。だが、男ってのは、好いた女が出来れば、変わるもんだ。現に今、
歳三は千鶴にアレコレ世話を焼いているだろ?」
「・・・・確かに。」
一同、ウンウンと大きく頷く。
「変われば変わるもんだよな〜。ちょっとした事で、直ぐに容赦なく人を
引っ掻く、あの歳三がねぇ・・・・・・。」
頭の後ろで手を組んだ平助は、昔を思い出すように天井を見上げながら呟いた。
「そうそう。眠くなると、いきなり人の布団の中に入ってきて、俺なんか寝返り打っただけで、
思いっきり背中を引っ掻かれたもんだぜ。」
腕を組んで、平助の言葉に、ウンウンと頷くのは新八。
「それは、あんたが副長に布団を譲らぬのが悪い。」
新八にすかさず斎藤が突っ込みを入れる。
「何で俺が布団を明け渡さなければならないんだよ!!まっ、最近、そんな事ないから
いいけどな。」
ムッとして斎藤を睨みつけながら、新八はそういえばと、ふと首を傾げる。
「それは、千鶴がいるからだろ?暇さえあればあの二匹、ひっついてるもん。」
肩を竦ませる平助に、近藤はニコニコと笑う。
「うんうん。歳三は千鶴のおかげで、人間、じゃなかった、猫が丸くなったようだな。」
そんな言葉に、井上は苦笑する。
「猫が丸くって・・・勇さん。」
「でも、相変わらず気性が激しいとこあるぜ?」
原田が意味深に笑う。
「そうか?千鶴とじゃれあってる、微笑ましい姿しか知らんが・・・・。」
うーんと近藤は腕を組みながら首を傾げる。
「それだよ。千鶴だよ。」
「・・・・・千鶴?」
ニヤリと笑う原田に、斎藤が怪訝そうな顔を向ける。
「ああ。歳三のやつ、千鶴が絡むとすごいんだぜ?この間、ちょっと俺が千鶴の
頭を撫でようとしただけで、ものすごい形相で俺の手を引っ掻こうとするしよ。」
原田の言葉に、それぞれ思い当たることがあるのか、一同深いため息をつく。
「「「「「「歳三、千鶴にベタ惚れだから・・・・・。」」」」」」
全員の言葉が被った事に、一瞬の間の後、お互い顔を見合わせて笑い出す。
“ど・・・・どうしよう・・・・。入っていけない雰囲気・・・・。”
猫の話で盛り上がっている広間の外では、千鶴が真っ青な顔で様子を伺っていた。
“み・・・皆さんは、猫の事を話しているのよ!!た・・・たまたま同じ名前(作為を感じる
けど。)なだけなんだから、べ・・・別に動揺する事なんてないのよ!!”
しっかり動揺しまくっている千鶴は、オロオロと視線を彷徨わせながら、じっと息を潜めて
入る機会を伺う。
「あれ?千鶴ちゃん、どうしたの?こんな所で。」
「キャッ!!・・・・・沖田さん!?」
急に背後から声を掛けられ、千鶴は飛び上がるように驚いた。慌てて振り返ると
そこには、千鶴が居たたまれない理由を作った諸悪の根源、もとい、総司が
ニコニコと笑いながら廊下を歩いてきた。
「入らないの?」
スタスタと千鶴の前までくると、総司は腰を折って、驚いている千鶴の顔を覗き込んだ。
「わ・・・私!その!あの!お・・・お・・・お茶を煎れて来ます!!」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている総司に、身の危険を感じた千鶴は、慌てて
立ち上がると、パタパタと厨の方へと走り去る。
「・・・・・ほんと、君って子は飽きないね。」
千鶴の後姿を見つめながら、総司はクスリと笑うと、そのまま広間へと入って行った。
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猫を飼ったことがないので、上杉の勝手なイメージで話は進んでいきます。
実際、雄猫って、どうなんでしょう。