華胥の夢
第九話
「いや・・・これだけトシと出かけるのを嫌がるから、もしかしたらトシが嫌いなのかと・・・。」
土方の剣幕に、近藤は乾いた笑みを浮かべながら弁解する。
「そんな!嫌うなど!!」
途端、真っ赤な顔のまま千鶴は慌ててブンブンと首を横に振る。
「そうか?なら、二人で出かけるのに問題ないじゃないか!」
千鶴の言葉に、朗らかに笑う近藤に、千鶴は恐る恐る口を挟む。
「ですが・・・土方さんのお仕事の邪魔には・・・・。」
チラチラと土方を気にしながら、心配そうに言う千鶴に、近藤はふむと少し考え込むと、
表情を改め、千鶴を見つめる。
「では、これは新撰組局長として、雪村君に命じる。」
「は・・・はい!!」
ハッとして背筋を伸ばした千鶴は、真剣な表情で近藤に答える。
「雪村千鶴、君は本日一日土方副長と共に行動し、副長の疲れを取るようにすること。」
「・・・・え?」
ポカンとなる千鶴に、近藤はふと表情を和らげる。
「これは、君にしか出来ぬ事だ。新撰組の一員として、やってくれないかね?」
「・・・・・・新撰組の一員として・・・・・・。」
近藤の言葉を呆然と呟きながら、千鶴の目がみるみるうちに輝きだす。
「はい!雪村千鶴、土方副長と行動を共にし、副長を癒すことに、全力を尽くします!!」
「「「「「・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・。」」」」」
嬉しそうに返事をする千鶴とは対照的に、総司達5人は、残念そうに深いため息をついた。
「では、頼んだよ。雪村君。さぁ、急いでそれを食べてしまわないとね。」
「はい!井上さん!!」
元気よく頷くと、千鶴は頂きますと手を合わせて、いつもの数倍早く手を動かした。
「はははは・・・そんなに慌てなくても、トシさんは、ちゃんと待っていてくれるよ。」
慌てて食べる千鶴に、井上はニコニコと満足そうに微笑んだ。
そんな二人の微笑ましい姿を見ながらウンウンと嬉しそうに頷く近藤に、土方は憮然とした
顔で、千鶴に聞こえないように、小声で話しだす。
「・・・・ったく!俺には仕事が山と残ってんだぜ?なんだって俺が・・・・・。」
ブツブツ文句を言う土方を、近藤はチラリと横目で見る。
「なぁ、トシ。雪村君の話を聞いただろ?」
「千鶴の話が何だって?」
腹立ち任せに、土方は里芋の煮物を行儀悪く箸で突き刺すと、そのままムシャムシャと食べる。
「雪村君はこう言ったんだぞ?【昨夜も遅くまでお仕事をなさっていました】とな。」
「それが何だってンだよ・・・・。」
訝しげな土方に、近藤は呆れたようにため息をつく。
「【昨夜も】と言ったんだぞ?【も】だぞ?それって、いつもトシの事を見ている・・・つまり、
その時間も雪村君は起きているって事じゃないのか?」
途端、息を呑む土方に、近藤は苦笑する。
「お前もそうだが、雪村君も働きすぎる。ここは俺の顔を立てて、二人で今日一日
ゆっくりしてくれんか?」
「・・・・近藤さん。」
困ったように眉を寄せる土方に、近藤は優しく微笑むと、視線を千鶴に向ける。。
「それに、雪村君を見てみろ。」
近藤の言葉に、土方は視線を千鶴に向けると、そこには幹部達と楽しそうに談笑している
千鶴の姿があった。
「・・・・雪村君は、いつも我々の為に、自分に出来る事はないかと、日夜心を
砕いてくれている。彼女の父親を探せるどころか、仕方がない事とは言え、
男装をさせ自由を奪っている我々の為にだ。」
「・・・・・・・・・。」
近藤の言葉に、土方は黙り込む。
「あんな幸せそうな雪村君の顔を見るのは久しぶりだな。最近はお前の事ばかり
心配して少々落ち込み気味だったからなぁ・・・・。少しでも雪村君の憂いを取り除き
たいんだが・・・・・・。」
どうしても駄目か?と再び問いかけられ、土方はフーッと肩の力を抜くと、苦笑しながら
近藤を見る。
「ったく!近藤さんにそうまで言われたら、聞かないわけにはいかねーだろ?分かった。
近藤さんの顔を立てて、俺と千鶴は今日一日ゆっくりさせてもらう。」
「トシ!!」
パアッと目に見えて明るくなる近藤に、土方は照れ臭そうに視線をそらすと、誤魔化すように
目の前の食事を無心で食べ始めた。
「いいかい?千鶴ちゃん。土方さんに意地悪されたら、すぐに走って戻って来るんだよ!」
玄関先で、近藤を初めとして幹部一同が土方と千鶴を見送るという珍しい状況の中、
総司が未だ未練がましく千鶴の両手を握りながら、珍しく真剣な表情でせつせつと
訴えていた。
「大丈夫です!土方さんはお優しい方ですから!!」
よっぽど嬉しいのか、いつもなら総司に何か意地悪をされるのかと、無意識に身構えて
いるのに、千鶴はニコニコと笑っている。
「副長の腕を信用しておらぬわけではないが・・・・やはり不逞浪士達の事も心配だ。
ここは俺が二人の護衛を・・・・・。」
斎藤までもがそんな事を言い出すのに、流石の土方の堪忍袋が切れた。
「お前らいい加減にしろ!!
おい!行くぞ!千鶴!!」
「は・・・・はい!!」
土方は千鶴の腕を掴むと、そのまま早足で歩き出した。
「あ〜あ。ずるいなぁ、土方さん。ちゃっかり千鶴ちゃんと手を繋いで歩いてる。」
ムスッと頬を膨らませる総司を、まぁまぁと井上が宥める。
「しかし・・・・仕方ないとはいえ、雪村君が男装のままとは・・・・可哀想だな。」
遠ざかる二人の後姿を見ながら、近藤は残念そうに言う。
「フフフフ・・・・。ご心配には及びませんよ。近藤さん。」
「うわぁ!びっくりした!!・・・・・って、山南さんか!びっくりさせないでくれよ!!」
何時の間に背後に忍び寄られたのか、突然の山南の登場に、平助が大声を上げる。
「山南君。心配には及ばないとは、どういう事かね?」
近藤の疑問に、山南はニッコリと微笑む。
「こんな事もあろうかと、既に手は打っております。」
キラリと山南の眼鏡が光るのを見た一同は、背筋が凍りつき、暫くの間その場を
動くことが出来なかった。
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