華胥の夢      






                                第十一話



      「で?一体どういう了見だ?山崎。」
      頭を下げている山崎を、土方は腕を組んで睨む。咄嗟の事で、良く見もしないで店に入ったが、
      山崎がいるという事実に、漸く頭が冴えた土方は、さっと辺りを見回すと、もう一度、山崎に
      視線を戻す。
      「・・・・・私は山崎ではなく、川崎・・・・。」
      「や〜ま〜ざ〜きぃぃぃぃぃ!!
      あくまでも、自分は山崎ではないと言い張る山崎に、土方のこめかみがピクピク引き攣る。
      そんな土方に、山崎は内心ビクビクしながらも、そっと無言で土方に文を差し出す。
      「・・・・・・っ!!」
      山崎のそんな様子に、何かを感じ取ったのか、土方はハッと息を飲むと無言で文を受け取り、
      素早く文を開くと、文面に目を走らせた。
      「な・・・・・なんだこれは!!!!
      「・・・・・胸中お察し致します。副長・・・・。」
      文を持ちながら固まる土方に、山崎は小声でボソリと呟いた。





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       「フフフフフ・・・・・。」
       ふと不気味に笑う山南の様子に、土方の部屋で山南と二人、土方の仕事を請け負っていた
       近藤は、不思議そうに、山南を見た。
       「山南君?」
       何をそんなにおかしいのかね?と首を傾げている近藤に、山南は、笑いを収めると、
       にこやかな笑みを浮かべたまま、近藤に顔を向ける。
       「いえ・・・そろそろ土方君と雪村君が、私の罠、もとい、計画に携わっている頃合いかと
       思いましてね。」
       「・・・・そういえば、手を打ってあるとか、どうとか言っていたが、一体、何の話なんだ?」
       「実は、以前お話した、千姫との共同経営について、覚えていらっしゃいますか?」
       山南の言葉に、近藤はふと目を遠くにやりながら、記憶を手繰り寄せる。
       「ああ・・・・確か、新撰組の資金難を解消するのと、情報収集を目的とした店を
       作るとか・・・・。千姫が出資してくれると聞き及んでいるが。」
       「ええ。島原だけの情報では、噂の信憑性はピンからキリまでですからね。そこへいくと、
       女性の井戸端会議というのは、あなどれません。監察方でも、井戸端会議から、かなり
       重要な情報を得られると報告を受けております。千姫の店に、何人か監察方の人間を
       手代として送り込めば、さり気なく客から情報を聞き出す事が可能です。千姫も、雪村君が
       新撰組にいるかぎり、全面的に協力をすると言ってくれまして、ちゃんと密約も交わしてあります。」
       そこで、山南は言葉を切ると、懐から巻物を取り出す。
       「手始めに、今度女性の小物などを扱う店を開く事になりました。小物を扱う店ならば、
       行商と称して、大名屋敷など、堂々と入れますからねぇ。」
       山南が取り出した巻物を、近藤はしげしげと見入る。
       「ほほう。これはすごいな。これを見る限り、かなりの大店じゃないか。」
       「ええ。千姫はあらゆる方面に顔が利きますから。彼女が作る店ともなると、これぐらいの
       規模ではないと・・・・。まぁ、そこで、雪村君には、これから店で売り出す小物類を
       身に着けてもらって、行った先々で宣伝してもらおうかと。そうすれば、彼女は女性の姿に
       戻れますし、一石二鳥というやつです。」
       山南の言葉に、近藤は眉を寄せる。
       「それは・・・つまり、雪村君に見世物になれと!?」
       イカンイカン!と慌てる近藤に、山南はクスリと笑う。
       「見世物ではありませんよ。ただ・・・・彼女は人の目を惹きますからね。どこで売っているのかと、
       尋ねられたら店を教えてあげてほしいと、そうお願いしただけです。それに、昔取った杵柄とでも
       申しましょうか。きっと土方君がうまい事取り計らってくれますよ。」
       後で二人で様子を見に行きましょうねと、上機嫌な山南に、近藤は千鶴を巻き込んでしまって
       申し訳ない気持ちという気持ちと、千鶴の着物姿が見たいと言う、純粋な想いが鬩ぎ合って、
       複雑な顔で頷くのだった。




       「ふ〜ん。面白いこと聞いちゃった〜。」
       気配を消して、山南と近藤の話を立ち聞きしていた総司は、ニヤリと笑うと、抜き足差し足忍び足と
       部屋を後にする。
       「そっか〜。今、千鶴ちゃんは女性の姿に戻ってるんだ〜。だったら・・・・・。
       「何が【だったら・・・】なのだ?」
       クスクス笑う総司の前方を、すっと音もなく立ちはだかったのは、道場で隊士達に稽古を
       つけているはずの斎藤だった。
       「あれ?君、道場で隊士達に指導してたんじゃないの?」
       さっき始まったばかりでしょ?と首を傾げる総司に、斎藤は肩を竦ませる。
       「指導もなにも、全員が伸びてしまったからな。これでは練習が出来ん。
       今日はもう取りやめた。」
       「・・・・・一君。八つ当たりは良くないと思うよ?」
       どうやら、千鶴に同行出来ないイライラを、隊士達にぶつけ、早々に全員を叩きのめしたらしい。
       自分でも八つ当たりという自覚があるのか、斎藤は頬をうっすら紅く染めると、プイっと顔を背ける。
       「で?何が【だったら・・・・】だというのだ?」
       再度の斎藤の質問に、総司は、無邪気な笑顔を向ける。
       「ん?何の事か、さっぱり分からないなぁ〜。」
       しらばっくれる総司に、斎藤のこめかみがピクリと跳ね上がる。
       「総司、いい加減に・・・・・。」
       「何だ?面白そうな話をしてるじゃねーか。」
       斎藤の言葉を遮るように聞こえてきた声に、斎藤と総司が一斉に声の方を向く。
       総司の後ろに立って退路を断っているのは、仮眠中のはずの原田だった。
       原田は、不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくり二人に近づくと、総司の肩を掴んだ。
       「勿論、俺も混ぜてくれるよなぁ?」
       逃がさねぇぜとばかりの原田と斎藤に、総司は観念したように苦笑すると、口を開いた。





       
       
      
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