華胥の夢      

 

                           第十三話






       「千鶴が娘姿になってるって?」
       総司から事の真相を聞き出した原田は、目を丸くさせる。
       「よく土方さんが許したなぁ・・・・・。」
       感心したようにため息をつく原田に、違う違うと総司は手を横に振る。
       「事後承諾みたいだよ?」
       その言葉に、斎藤の眉が顰められる。
       「それは拙いのではないのか?何のために男装をさせているのか
       分かっているのか?」
       「そーんなこと、僕に言われても・・・・。これ計画したの僕じゃないし?
       それに、屯所内じゃないんだから、別に娘姿でもいいんじゃない?」
       「それもそうだな。」
       肩を竦ませる総司にウンウンと原田も頷く。
       「いや!しかし!!」
       それでも納得していないのか、尚も言い募ろうとする斉藤に、総司は
       ニッコリと微笑む。
       「じゃあさ、一君。君、面と向かって山南さんに
  文句言える?

      「・・・・・総長が新選組の為と思ってやられたことだ。きっと意味があるのだろうな。」
      あっさりと意見を替える斉藤は、案外世渡りがうまいのかもしれない。ふと原田は
      そんな事を思いながら、斎藤を見ていると、横の総司がクルリと自分達に背を
      向けたことに気づいた。
      「おい。どこに行くんだ?総司。」
      「ん?決まってるじゃない。千鶴ちゃんのと・こ・ろ♪」
      フフフとニッコリ笑いながら振り返る総司に、斎藤は目を細める。
      「総司、お前は外出禁止を言い渡されているはずだぞ?」
      「だって、悔しいじゃない。千鶴ちゃんの娘姿を、土方さんだけが
      堪能してるって。千鶴ちゃんはみんなのモノでしょ?」
      じゃあねぇ〜と、手をヒラヒラさせてそのまま立ち去ろうとする総司に、原田は
      慌てる。
      「ちょっと待てって!総司!!」
      だが、総司の歩みは止まらない。それどころか、玄関に向かって走り出すではないか。
      それに舌打ちした原田は、斎藤を振り返る。
      「ったく!斎藤!総司を追いかけるぞ!アイツ、絶対に千鶴に何かする気だ!」
      「ああ!急ぐぞ!左之!」
      二人は大きく頷くと、慌てて総司を追うために、走り出した。





      「フフフフ・・・・・・。どうやら、うまくいったようですね。やはり、恋には障害がつきもの
      ですから・・・・・。」」
      キラリンと眼鏡を光らせた山南が、廊下の角から現れ、走り去って行く男達の背中を
      見つめると、不敵に笑う。
      「な・・・・なぁ。山南君。これは一体・・・・・。」
      後ろでは、困惑気味な近藤が立っており、山南と斎藤達を交互に見つめる。
      「近藤さん。これも全て土方君や雪村君の為。ひいては、新選組の為なのです。」
      「いや・・・俺は聞きたいのは、これから一体何が起こるのかであって・・・・。」
      ますます困った顔になる近藤に、山南は更に笑みを浮かべる。
      「では、私達もそろそろ行きましょうか。早くしないと、せっかくの話のネタ、もとい、
      雪村君の娘姿を見逃してしまいそうですからね?」
      ウキウキした足取りで、山南は近藤を引きずるようにして、玄関へと歩みを進めた。







      「いってらっしゃ〜い!楽しんできてね♪」
      お千の盛大な声援を背に受けて、土方と千鶴が店を出たのは、店に入ってから
      意外にも時間がかなり過ぎてた頃だった。それというのも、土方とお千が、いつのまにか
      勃発した、【どっちが千鶴に合うものを選べるか】という勝負に、異常なまでに拘った
      結果だったのだが、千鶴本人は、二人とも、買い物がお好きなんですね〜と、
      のほほんと呑気に思っていた。
      「土方さん、本当に宜しいんですか?買って頂いて・・・・・・。かなりの量だと思うのですが。」
      最初は簪だけかと思ったら、どこから出してきたのか、お千がどんどん品物を出して
      きて、気が付けば、かなりの量を土方は購入していた。流石に全てを持ち帰れないので、
      店に置いてもらって、時々千鶴が娘姿になった時に着けるという事になってしまい、
      千鶴は驚きを隠せない。今回だけの娘姿ではないのかと土方に問いかけると、
      「多分、今回だけでは済まないと思うぜ・・・・・・。」
      土方はそんなことを小声で呟き、未だ恐縮している千鶴の頭をポンポン軽く叩くと、
      気にするなと微笑んだ。その優しい笑みに、千鶴は頬を紅く染めると、それを
      誤魔化すかのように、話を変える。
      「え・・・えっと・・・・。お店の宣伝をしなくっちゃ、ならないんですよね?」
      うまくできるでしょうか・・・・と、心配そうに上目づかいで見つめられ、土方は
      一瞬頬を紅く染めるが、直ぐに柔らかな笑みを浮かべる。
      「そんなに気負うんじゃねぇ。お千も言っていただろ?聞かれたら教えるだけで
      いいと。」
      「ですが・・・・。新選組の大切なお役目なんですよね?私もお手伝いがしたいです!」
      目をキラキラさせる千鶴に、土方は苦笑すると、千鶴の肩を抱き寄せる。
      「ひ・・・・土方さん!?」
      真っ赤になって慌てる千鶴に、土方は困ったように笑う。
      「ったく・・・・おまえって奴は・・・・。」
      「土方さん?」
      いつもと違う土方に、千鶴はキョトンと首を傾げる。
      「・・・・何でもねぇ。そこに茶店があるな。少し休んでいくか。」
      そう言うと、千鶴の手を引いて、近くの茶店へと歩いていく。
      「あ・・あの?」
      困惑気味の千鶴を、通りに置いてある緋毛氈の掛かった床机に腰を下ろさせると、
      中から出てきた店の娘にお饅頭とお茶を頼み、自分も千鶴の横に腰掛ける。
      「店の宣伝もいいがな、・・・・・・・ちょっとは俺を構いやがれ。」
      土方は通りを歩く人々を見つめながら、ポツリと呟いた。
      「土方さん?」
      小声だった為、良く聞き取れなかった千鶴は、キョトンと首を傾げながらじっと土方を見る。
      「・・・・・あのなぁ、今日は俺達はゆっくりするのが本来の目的だろ?」
      あまりにもじっと見つめられ、土方は頬が紅くなるのを感じ、それを誤魔化すため、
      ぶっきらぼうに話す。
      「ああ!そうでした!土方さんを癒さないと!!」
      土方の言葉に、千鶴はポンと手を叩く。
      「だから、そんなに気負うんじゃねぇって。のんびりしようぜ。」
      「はい!!」
      ポンポンと頭を叩くと、千鶴は嬉しそうに大きく頷いた。
      「おまたせしました〜!!」
      丁度そこへ店の娘が頼んでいたお饅頭とお茶を運んできた。
      「土方さん!美味しそうです!!」
      キラキラとした目をお饅頭に向ける千鶴に、土方は優しい目を向ける。
      「ほら、いつまでも見てねぇで、食べるぞ。」
      「はい!」
      千鶴は嬉しそうにお饅頭を頬張ると、おいしいです〜と更に笑みを深める。
      「・・・・ったく。もう少し落ち着いて食べろよ。ほら、口元についてる。」
      もぐもぐと口を動かす千鶴の口元に、餡が付いてるのに気付いた土方は、
      そっと親指で千鶴の口元を拭うと、ペロリと餡のついた親指を舐める。
      「ひひひひひひひひ土方さん!?」
      自然な動作で、自分の口元を拭った指を舐める土方の様子を間近で見た
      千鶴は、真っ赤になって口をパクパクさせる。
      「どうした千鶴?真っ赤な顔をして。どっか具合でも悪くなったか?」
      何も分かっていない土方は不思議そうに千鶴を見るも、当の千鶴は
      羞恥でそれどころではなかった。
      ”い・・・今、土方さん、私の口元についた餡をな・な・な・舐めたよ・・・ね?”
      まるで恋人同士のような土方の行動に、千鶴は何をどうしていいか分からない。
      「本当に大丈夫か?何だったら、直ぐに帰るが・・・・。」
      「いえ!大丈夫です!!」
      帰るという言葉に、千鶴は反射的に首を横に振る。
      「・・・そうか?具合が悪くなったら、直ぐに言えよ?」
      そう言って、気遣わしげに土方は千鶴の頬に手を添える。
      「・・・・・はい。」
      真っ赤な顔で、コクコク頷く千鶴に、漸く安心したのか、土方は千鶴から手を離すと、
      お茶に手を伸ばし、コクリと飲む。
      「・・・・・・やっぱ、お前が煎れてくれる茶の方がうめぇなぁ・・・・・。」
      そんなことを言い出す土方に、千鶴は恥ずかしそうに俯く。
      「そ・・それでは、帰りましたら、お茶をお煎れしますね?」
      「ああ。頼む。」
      そして、ニッコリと微笑み合う二人の様子を、茶店の向かい側にある蕎麦屋の店の
      中から見つめている三人の男の姿があった。
      「何あれ!?あの島田汁粉以上に甘ったるい雰囲気の二人って、何!?
      あれ、本当に土方さん!?偽物じゃないの?」
      窓枠にしがみ付く様にして、二人の様子を伺う総司に、向かい側の席に座っている原田が
      苦笑する。
      「島田が作る汁粉以上の甘さって、なんだよ。」
      「見てるだけで甘すぎで吐きそう・・・・・。」
      ウップと吐く真似をする総司の頭を、原田はポンと軽く叩く。
      「だからってなぁ・・・・・・・・おい!刀を抜こうとするな!立ち上がるなって!!」
      物凄い形相で立ち上がって刀を抜こうとする総司の腕を、原田は慌てて掴む。
      「・・・・・・左之さんだって、さっきから刀に手が掛かってるじゃない。」
      人の事言えないよね?とニッコリと微笑む総司に、原田は無意識に自分も刀に
      手を掛けていた事に気づき、気まずそうに、咳をする。
      「いいから、黙って座ってろ。・・・・・・・まぁ、総司の気持ちも分かるがな。」
      そう言って原田は、土方に笑いかけている千鶴を、眩しいものでも見るように、
      目を細めて見つめる。
      「千鶴、嬉しそうだな。」
      ここ最近の千鶴の沈んだ様子に、心を痛めていた原田は、嬉しそうに言った。
      「ああ。副長も楽しそうで何よりだ。」
      原田の左横に座っている斎藤も、満足そうに二人を見ながら頷く。そんな原田と
      斎藤の様子に、面白くなさそうな顔で総司は頬を膨らませながら、詰まらなそうに
      言った。
      「ほーんと、千鶴ちゃんって、趣味悪いよね〜。あんな、鬼副長のどこがいいんだか。」
      「・・・・総司、お前は・・・・・。」
      苦笑する原田だったが、次の瞬間、何かを感じたのか、千鶴達に厳しい目を向ける。
      「おい!」
      鋭く総司に視線を向ける原田に、総司は肩を竦ませながら、ゆっくりと立ち上がる。
      その頃には既に、斎藤が店の店主に支払いを済ませていた。
      「分かってますって。ほーんと、土方さんって、世話が掛かりますね。副長のくせに。」
      そう言う総司の目はギラリと獲物を狙うそれで、原田も不敵な笑みを浮かべてそれに
      応える。
      「いくぞ!二人とも。」
      支払いを終えた斎藤が、二人に声を掛けると、そのまま店から一歩を踏み出した。
   
      
      
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