華胥の夢      






                       第十四話



        「感激です!!ありがとうございます!!」
        総司達三人が店から飛び出した瞬間、千鶴の手を握っていた若い男が、
        感激の為か、大声で泣いていた。
        「・・・・・何あれ?斬っていいよね。」
        ギュウウウウと千鶴の手を放さない男を見据えながら、真っ黒いオーラを
        垂れ流す総司が刀に手を掛けると、慌てて原田がそれを止める。
        「おい!待てって。暫く様子を見てみようぜ。」
        土方達三人を中心に人垣が出来ている中、その一番後ろに立ちながら、
        原田は総司の腕を押さえつけながら、視線を土方に向ける。
        見知らぬ男が千鶴の手を握っている状況が面白くないのか、眉間の皺が
        いつもの三割増しになっているが、激昂しない土方の様子に、
        原田は不思議に思ったのだ。
        「・・・・・・話は分かった。だから、落ち着いてくれねぇか。与平さん。」
        こめかみを引き攣らせながらも、表面上は穏やかに微笑みながら、
        土方はさり気なく男から千鶴の手を引き抜くと、男と離させるかのように、
        先ほどとは反対側の自分の横に千鶴を座らせる。
        「あっ!すみません!つい、興奮してしまいまして・・・・。」
        土方の指摘に、我に返った男ーーー与平は、照れたように、頭を掻くと、
        土方に奨められるまま、先ほどまで千鶴が座っていた場所へと座る。
        「えっと・・・・あの与平さん?」
        丁度、土方の背に庇われるように座っている千鶴は、ヒョコッと顔だけ出すと、
        与平に、ニッコリと微笑む。
        「素敵な作品ですね。私、一目で気に入りました。」
        「あ・・ありがとうございます!!」
        千鶴の言葉に感動した与平は、再び千鶴の手を握ろうとするが、それよりも先に
        土方が与平の手を掴む。
        「・・・だから、イチイチ感動すんじゃねぇって。ところで、次回の作品はもう出来たのか?」
        土方は苦笑しながら、与平の腕を離す。
        「いえ・・・まだなんです。まさか、こんなに早く売れるとは思わなくて・・・・。先ほど店から
        連絡を頂きまして、一言お礼を申し上げたくて来たのですが、騒いでしまって、申し訳
        ありません。」
        照れ臭そうにペコペコ頭を下げる与平に、千鶴は慌てる。
        「そんなに頭を下げなくても・・・・。こちらは、素敵なものを買えたのですから。」
        「千鶴の言う通りだ。次回作も期待してるぜ?」
        ニヤリと笑う土方に、与平は、嬉しそうに大きく頷く。
        「はい!期待していて下さい!!」
        嬉しそうに、ありがとうございましたと、何度も頭を下げながら、人込みの中に紛れていく与平の
        後姿を見送りながら、千鶴も嬉しそうに微笑んだ。
        「すごく喜んでいましたね。与平さん。」
        「ああ、それにしても・・・・・。」
        そう言って、土方は優しく微笑みながら、千鶴の頬に手を添える。
        「ひ・・土方さん!?」
        間近で微笑まれ、千鶴は真っ赤な顔でアタフタとなるが、そんな千鶴に、土方は
        更に笑みを浮かべる。
        「【桜堂】は、本当に良いものが揃っていたな。どれも千鶴に似合うから、
        選ぶのが大変だった。」
        「ひ・・・土方さん!?」
        いつもの5割増しの笑顔で言われ、千鶴の顔は更に真っ赤になる。
        「若い職人達の作品を扱っているというから、どんなものかと思っていたが、
        本当に良いものが多くて驚いたぜ。
        一点ものなのに、値段が手頃
   だし、その上、次々に新作が
   出る
だろ?これは、通い詰めねぇといけねぇな!」
        また買いに行くかと笑顔で言われ、千鶴は真っ青になって首を振った。
        「そんな!この身に着けている物の他にも、先ほど桜堂でたくさん買って頂きました!
        これ以上ご迷惑は・・・・・。」
        「何言ってやがんだ。男はなぁ、
   惚れた女には、色々と買って
   やりてぇもんなんだよ!
   大人しく受け取っておけ。




        人垣の後ろで二人の様子を見守っていた三人は、土方の言葉に、スッと目を細めた。
        「・・・・何あれ。土方さんの偽物が何か喚いてるよ?みんなの迷惑だよね。
        ちょっと斬ってくるから、左之さん、手を放してくれる?」
        ドロドロと黒いオーラを撒き散らす総司に、原田は無言で手を放すと、自分も刀に手を掛ける。
        「ちょ〜っと土方さんの目を覚まさせなければならねぇみてぇだな?」
        そう言って、総司にニヤリと笑う。
        「・・・・・きっと副長には何かお考えが・・・・。」
        「・・・・一君だって、刀に手を伸ばしているじゃない。」
        一人、信じられないものを見たと言う様に、大きく目を見開きブツブツ呟く斎藤に、総司は
        冷静にツッコミを入れる。
        「・・・・・・・フフフ。流石は土方君。ちゃんと店の宣伝をしているようですね。」
        今まさに、三人が人垣をかき分けようとした瞬間、総司の背後から、聞きなれた声がして、
        思わず三人は振り返った。
        「山南さん?それに、近藤さんも!どうしたんですか?」
        自分の背後に、山南と近藤がいることをいち早く認めた総司は、さきほどまでの、
        黒い表情を一変させ、嬉しそうに微笑んだ。
        「ああ、総司も来ていたのか。実はだね・・・・・雪村君が、娘姿に戻っていると聞いて、
        ちょっと見にきたんだよ。」
        ばつが悪そうに頭を掻く近藤に、山南は言葉を繋げる。
        「今、雪村君が身に着けているのは、今度千姫と共同で出すお店の品物です。
        二人には、店の宣伝も頼んでいるのですが、流石は土方君ですね。見事な手腕です。」
        人垣の人達の反応が上々のようで、一人満足そうに頷く山南に、漸く原田の肩から
        力が抜ける。
        「じゃあ、何か?さっきの【ふざけるなよ土方さん】的発言は、全部芝居なのか?」
        呆れたような顔の原田の横では斉藤が、流石は副長、お考えが深いなどと、一人
        微笑みながら頷いていた。
        「・・・・・それはそうと・・・何で近藤さんの横に、井吹君がいるのさ。」
        千鶴が新選組預かりとなる少し前、ちょっとした経緯があって、新選組預かりとなっていた
        井吹龍之介が、自分の敬愛する近藤と共にいる事に、内心総司は面白くない。
        絶対零度の眼差しを龍之介に向ける総司に、山南はニコヤカに微笑んだ。
        「私が連れて来たのですよ。彼には私の手伝いをしてもらっていますからね。
        さあ、井吹君。あんなデレた土方君の顔は希少価値ものですよ!ちゃんと
        描き残して下さいね。次回作には、君の絵が必要不可欠なのですから!」
        山南の言葉に、それまで、一心不乱に絵筆を握っていた龍之介がうんざりしたように、
        顔を上げた。
        「わかってるよ。描けばいいんだろ?描けば・・・・。それにしても、土方さんって、
        あんな顔も出来たんだな・・・・・。最初、この話をもらった時は、一体何の冗談かと
        思っていたんだが。」
        心底感心したように言う。
        「・・・・なんなんだ?その・・・次回作ってのは。」
        山南と龍之介の会話に、原田は首を傾げながら割って入る。
        「ん?あんた知らねぇのか?山南さんって・・・・・。」
        「井吹君。あまり余計な事は
   おっしゃらないで下さいね?

        キラリンと山南の眼鏡が光り、龍之介はコクコクと青ざめた顔で何度も頷く。
        「原田君も、これは、極秘任務ですので、あまり詮索しないように。全ては我々
        新選組の為なのですから!!」
        自分に向かって、ニッコリと微笑む山南に、原田も何も言えず、ただ頷く事しか出来なかった。
        そんな原田と龍之介が山南から脅しを受けている事も知らず、千鶴は、ポカンと
        口を開けて土方を見つめた。
        自分の言葉が恥ずかしかったのか、ちょっと拗ねたように、頬を紅く染めて横を向く土方に、
        千鶴も釣られるように頬を紅く染めたが、直ぐに真っ赤な顔から真っ青な顔へと変化させる。
        「ひ・・・土方さん?どうしたんですか?まさか、先ほどの酒饅頭で酔ってしまわれた
        のですか?ご自分が何を仰っているのか、分かっておられますか!?」
        小声で、コソコソと土方に囁く千鶴に、土方も、千鶴の耳に口を寄せ文句を言う。
        「馬鹿!!店の宣伝だよ。話を合わしやがれ。」
        その言葉に、千鶴は、そういえばそんな話だったと、コクリと小さく頷いた。
        ”やっぱり・・・土方さんが私なんかを褒める訳ないよね。ましてや、ほ・・・ほ・・・・惚れてる
        なんて、ありえないわ!”
        ズズーンと落ち込む千鶴だったが、直ぐに、フルフルと首を横に振って、キッと顔を上げる。
        ”とにかく、今はお店の宣伝をしなくっちゃ!・・・・・でも、話を合わせるって、どうやって・・・・?”
        困惑気味な千鶴に、土方は苦笑すると、そっと頬に手を伸ばす。
        「・・・・ったく。そんな不安そうな顔をすんなって。俺がお前にしてやりてぇって思ってる
        だけなんだからよ。」
        「・・・・・・土方さん。」
        ボーッとなる千鶴に、土方は優しく微笑む。
        「ふーん・・・。惚れた女に色々と買ってやりたいですか?なら、僕も千鶴ちゃんに買ってあげても
        良いって事ですよね♪・・・・・・・土方さん?」
        その声に、それまで二人だけの世界に入り込んでいた二人は、ハッと我に返って声のする方を
        同時に見つめた。
        「・・・・・・総司。」
        「・・・・・・沖田さん。」
        そこには、いつもよりも飄々とした表情ではなく、まるで何かを思いつめたような、真面目な顔をした
        総司が、立っていた。
        
        
        
        
     

        



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