一つの始まりに赤い花束を

               

                    第2話

 

 

                   「・・・・・・・これは・・・・。」
                   少女の目が、驚愕に開かれる。
                   男は、そんな少女にクスリと笑うと、
                   赤い花束を渡しながら、
                   その耳元で囁いた。



                   「一つの終焉に赤い花束を・・・・・。」





                  エドワード・エルリックが12歳という
                  若さで国家錬金術師になってから、
                  既に4年の歳月が流れた。
                  その間、エドワードを国家錬金術師に
                  推薦した、後見人のロイ・マスタング中佐も
                  順調に昇進を果し、今では准将という地位に
                  着いている。それによって、仕事量も
                  半端でなく増えたのだが、エルリック姉弟が
                  司令部に訪れる時は、かなり無理をして
                  時間を空けてくれている事に、エドが
                  気づいたのは、今から約一年くらい前の事だった。
                  その日は、たまたま列車の乗り換えがスムーズに
                  行き過ぎて、予定していた前日に、イーストシティに
                  着いてしまったのだ。いつもなら、その時点で
                  ロイに連絡をするのだが、ふとエドは悪戯心を
                  起した。
                  もしも、連絡もなしに司令部に行ったら、
                  どうなるのだろうか。
                  きっとみんなの意外な一面が見れるに違いない!
                  その考えに、エドは弟の制止の声を振り切って、
                  司令部へと駆け出すのだが、そこで衝撃の事実を
                  知る事になる。
                  抜き打ちだからと、正門ではなく、普段あまり使われて
                  いない裏門から侵入したエドがそこで見たものは、
                  いつもと違い、緊迫した空気が流れている司令部だった。
                  何か事件でも起ったのかと、緊張したエドだったが、
                  直ぐにそうではないと気づいた。
                  「いいか!仕事を今日中に終わらせるんだ!!明日は、
                  鋼の達が来るんだからな!!」
                  「「「「イエッサー!!」」」」
                  緊迫した空気の中心にいるのは、司令官、ロイ・マスタング。
                  その横では、ホークアイがキビキビとハボック達に
                  指示を出していた。
                  「ああ、この書類は、さっきの書類と一緒に纏めておいて。
                  それから、これは・・・・・大佐!!」
                  そのうちの一枚の書類を目にしたホークアイは、サッと顔を
                  青褪めると、ロイに手渡す。
                  「クソジジィ・・・・・・。」
                  ホークアイから渡された書類を読みながら、だんだんと表情を
                  険しくなっていくロイは忌々しげに呟く。
                  「どうしますか。大佐。」
                  ロイと同じく表情を強張らせたホークアイは、ロイに指示を
                  求める。
                  「決まっている!今直ぐに、セントラルに連絡を入れろ。
                  連続殺人犯潜伏につき、将軍の身の安全を考えて、
                  後日に視察を延期してもらうようにと。」
                  ロイの言葉に、エドはギョッとなる。連続殺人犯と聞いて、
                  自分も何か手伝わなければと、慌てて中に入ろうとした時、
                  ハボックの間延びした声が聞こえ、エドは動きを止める。
                  「ってことは、昨日捕まえた奴の調書の日付を改竄するって
                  事ですよね〜。何日くらいにしますかぁ〜?」
                  ハボックの言葉に、エドは眉を顰める。一体どういうことだ?
                  何故犯人逮捕の日付を改竄する必要があるというのだろか。
                  第一、そんな事をすれば、ロイの評価が下がり、出世に
                  影響が出るではないか。
                  エドは訳が判らず、黙って聞き耳を立てる。
                  「そうだな・・・・。確か鋼の達は、一週間ここに滞在すると
                  言っていたからな・・・・・・念には念を入れて、鋼の達が
                  出立した日付にしておくか・・・・。」
                  ふむと、考え込むロイに、ホークアイは心配そうに尋ねる。
                  「しかし・・・それだけで、あのルヴィスタ変態准将が
                  引き下がるでしょうか?エドワードちゃんが明日ここに
                  来ると、どこからか聞きつけるほどの、情報網を持つ
                  人間ですよ?」
                  ルヴィスタという名前に、エドは息を飲む。
                  「ル・・・・ヴィス・・・・タ・・・・?」
                  思い出すだけでも、今だ恐怖を覚えるその男の名前に、
                  エドはガタガタ震え出す。
                  今から1ヶ月前、セントラル司令部に査定の為、一人で
                  行った時の事だ。何故か急に面接もあると聞かされ、
                  訝しげに思いながらも、指示された部屋で出された
                  お茶を飲みながら待っていると、そこに現れたのが、
                  ルヴィスタ准将と取り巻きの部下だった。
                  「ほほう。君があのマスタングの愛人か・・・・・。」
                  全身を嘗め回すような厭らしい目つきと吐かれた暴言に、
                  エドはカッとなって椅子から立ち上がったが、直後、
                  眩暈に襲われて、再び椅子に倒れこむように座り込む。
                  「・・・・・・クスリが効いてきたな。」
                  舌なめずりをしながら、自分に近づいてくる男に、エドは
                  恐怖に叫び声を上げる。
                  「マスタングの女の味、十分味合わせて貰うか・・・。」
                  クククク・・・・・・。
                  男が目で部下に合図すると、部下達は一斉にエドの
                  身体を押さえつける。
                  「離せ!離せよ!!」
                  あらん限りの力で振りほどこうとするが、何故か何時もの
                  半分も力が出せず、それが更にエドの恐怖心を煽る。
                  「大人しく・・・・・。」
                  「無事かっ!!エド!!」
                  男の無骨な手が、エドの服の下に潜り込み、無遠慮な手つきで
                  胸を撫で回されたのと、血相を変えてヒューズが部屋の中に
                  転がり込んだのは、同時だった。
                  「てめぇ!!よくもうちの可愛い娘に!!」
                  男に襲われているエドの姿に逆上したヒューズが、我を
                  忘れて上官に殴りかかろうとする一瞬前に、ヒューズの
                  登場で拘束されていた力が緩んだ瞬間を見逃さなかった
                  エドは両手を重ね合わせると、男の身体を拘束。その隙に、
                  ヒューズの手を取り、慌てて部屋から飛び出したのだ。
                  その後、軍法会議所所属という特権を生かして、
                  ルヴィスタ准将とその取り巻きに、思いつく限りの罪状も
                  捏造して、裁判に掛けてやる!と激昂するヒューズを
                  何とか宥め、エドは直ぐにセントラルを旅立ったのは、
                  偏に、ロイに今回の件を知られたくなかったからである。
                  普段、ロイから【トラブル製造機】という、不本意な渾名を
                  付けられてからかわれている身としては、これ以上
                  ロイに格好のネタを与えたくないと、思ったのである。
                  それから1ヶ月、あの時の事は、悪い夢だと思うことに
                  したのだが、やはり襲われたショックは、未だ癒えて
                  いないようだ。思わぬところから出たルヴィスタ准将という
                  名前に、その時の恐怖を思い出して、エドはギュッと目を瞑る。
                  「・・・・大丈夫だ。エドワードは私が守る。」
                  ドアの向こうから聞こえるロイの声に、ハッとエドは目を開ける。
                  普段は、【鋼の】としか呼ばれないのに、いきなり名前を呼ばれ、
                  心臓がバクバクと音を立てる。
                  ”な・・何で、名前!!”
                  どういうことなのかと、そっと中の様子を伺うと、再びロイの
                  言葉が聞こえてきて、心臓が止まるかと思った。
                  「1ヶ月前のエドワードが受けた恐怖以上のものを、あのクソジジィに
                  味あわせてやる。」
                  フフフフ・・・・・と不気味に笑うロイの横で、ホークアイも愛銃を
                  片手にニヤリと笑う。
                  「その件に関しては、全て万全に準備を整えております。
                  東方司令部一同、全力で将軍の【接待】に当たる所存です。」
                  ホークアイの言葉に、ロイは満足そうに頷く。
                  「期待しているよ。さて、こんな不毛な話はこれまでだ。
                  明日は、エルリック姉弟が来る大切な日だ!今日中に
                  面倒な仕事を終わらせて、姉弟がゆっくり過ごせるように
                  するぞ!!」
                  「「「「「「イエッサー!!」」」」」
                  再び忙しそうに動き回る軍人達の姿に、ドアの隙間から
                  見ていたエドは、ポロポロと泣きながら、気づかれないように
                  その場を後にした。
                  


                  「姉さん!?どうしたのさっ!!」
                  泣きながら宿に戻ってきたエドを一目見て、アルは
                  慌ててエドに駆け寄る。
                  「アル〜!!み・・・みんながっ!!俺達の為に!!」
                  「ちょっ!落ち着いて!姉さん!!」
                  興奮して手がつけられないエドを、アルは辛抱強く宥めると、
                  エドが泣いている理由を聞き出した。
                  「そっか・・・・・。」
                  「俺・・俺、どうしたら・・・・。」
                  エグエグと泣いている姉に、アルはため息をつく。
                  「やっぱね〜。そうじゃないかとは、思っていたけど・・・。」
                  さすが大佐。徹底しているね〜と、暢気に言うアルに、
                  エドはキョトンと顔を上げる。
                  「アル・・・?」
                  「気づいてなかったの?姉さん?」
                  逆に問われて、エドは戸惑ったように、首を傾げる。そんな
                  エドの様子に、アルはガックリと肩を落とすと、深いため息を
                  つく。
                  「はぁ〜。ここまで、鈍いとは、我が姉ながら・・・・・。」
                  「ア〜ル〜?喧嘩なら買うぞ・・・・・・。」
                  低く呟くエドの声に、アルはビシッと指を突きつける。
                  「あ〜の〜ね〜!!どうして姉さんは、大佐の・・・みんなの
                  気持ちに気づかないんだよ!」
                  「ふえっ!?何!?」
                  訳が判らずアタフタしているエドの肩を、ポンと軽く叩く。
                  「東方司令部って、他の司令部と違って、アットホームな
                  雰囲気が漂っているよね。そこは、分かるね?」
                  アルの言葉に、エドはコクンと頷く。
                  「仮にも軍人だよ?それなのに、いつ行っても、あの
                  雰囲気はどう考えても可笑しいでしょ?」
                  「・・・・それは・・・・あいつのサボリ癖が、蔓延して
                  いるから・・・・・。」
                  ボソボソと呟くエドに、アルは深いため息をつく。
                  「大佐は、姉さんが思っているほど、【無能】じゃないよ。」
                  「アル・・・・?」
                  アルが何を言いたいのか、理解できず、エドは上目遣いで
                  アルを見つめる。
                  「ボク、東方司令部のお仕事を手伝う為に、結構司令部内を
                  あっちこっち行く機会があるだろ?だから気づいたんだ・・・。」
                  自分達が行くと、いつも笑顔で迎えてくれる東方司令部の面々。
                  他の司令部と違って、アットホームな雰囲気なのは、それは
                  エド達に気兼ねさせない為。所々にさり気なく飾られた花は、
                  以前エドやアルが好きだと言った花だし、お茶菓子は、姉の
                  大好物ばかりだ。
                  「この間、書類の整理を手伝ってた時に気づいたんだけど、
                  ボク達の滞在している前後に、異常なまでの分量の書類が
                  処理されているんだ。」
                  ボク達って、愛されているよねという弟の言葉に、エドは
                  顔面蒼白でガタガタ震え出す。
                  「どうしよう!!俺、どうしたらいい?大佐達に、何にも
                  お礼してない!!」
                  等価交換に反する〜!!と大騒ぎするエドに、アルは
                  自分の事を棚上げにして、この錬金術オタクと、肩を竦ませる。
                  「姉さん。世の中【等価交換】だけで成り立っている
                  訳じゃないでしょ?」
                  「何言ってんだ!世の中【等価交換】だっ!!」
                  胸を張るエドに、アルは思わず天を仰ぐ。
                  ”大佐〜。大佐の好意は、全く姉さんに届いていませんよ〜。”
                  何て可哀想な大佐・・・・。
                  本人は隠しているつもりかもしれないが、ロイのエドに
                  対する愛情は、東方司令部は元より、軍部内では、かなり
                  有名な話だ。その上、【マスタング大佐は、無事エドに
                  告白出来るか?】なーんていう賭けを、大総統を筆頭に、
                  ほとんどの軍人が参加しており、知らないのは、当事者の
                  ロイとエドだけである。ちなみに、アルも参加しており、
                  大穴狙いでエドが16歳になった時に賭けている。
                  何故、これが大穴狙いであるかというと、ロイの手の早さを
                  計算に入れた結果、ダントツの一番人気がエド13歳。続いて、
                  エド14歳、エド15歳、そして、告白出来ないという順番である。
                  ハボックなどは、14歳に賭けていたらしく、エドの15歳の
                  誕生日の日に、酔っ払って
                  「大佐の甲斐性なし〜。」と
                  叫んでいたのを、ロイ本人に聞かれ、危うく焼死体が一体
                  出来上がるところだったそうだ。
                  ”どうしよう。大佐の気持ちを姉さんに言うべきか・・・。”
                  でも、16歳に賭けた手前、こんなに早く終わらせたくない。
                  ”うーん。でも、大佐が姉さんに告白するかしないかだから、
                  別に言っても賭けの終了にはならないよね・・・・。いや!
                  待て!姉さんの事だから、大佐に確認してくる!って
                  飛び出して行って、そのまま大佐が告白しちゃったら・・・!!
                  ああ!ボクはどうすれば良いんだ〜!!”
                  「アル?どうしたんだ?」
                  急に天井を見つめて、ブルブル震えるアルに、エドは
                  キョトンと首を傾げる。
                  「姉さん!」
                  「うわっ!何だよ!急に大きな声を出すなよ!」
                  胸を押さえて抗議するエドの両肩をグイッと掴むと、アルは
                  ジッとエドを見つめる。
                  「例えばだよ。姉さんが旅先で、大佐に似合いそうな服を
                  見つけて、それを贈ったとする。」
                  「はぁ!?何で俺があいつに服なんか贈らなければ
                  なんねーんだよ!」
                  プンプンと頬を膨らませるエドを無視して、アルはズズイッと
                  顔を近づける。
                  「贈ったとするよ!!その時に、大佐がそれを【等価交換】と
                  してでしか見てくれなかったら、どんな気持ちになる?」
                  「どんな気持ち?そりゃー、当然だろ?物を貰ったら、
                  お返しするのが当然だ!」
                  踏ん反り蹴るエドに、ちがーう!とアルはブンブンと首を
                  横に振る。
                  「じゃなくって!悲しいだろ!?」
                  「いや?別に?」
                  ふるふると首を横に振るエドに、アルはガックリと肩を落とす。
                  「姉さん、姉さんは純粋に大佐に似合いそうだな〜と
                  思って贈ったんだよ。」
                  「いや?俺そんなこと思わないし?」
                  どこまでも話がかみ合わない姉弟に、弟の方が切れた。
                  「じゃなくって!大佐は姉さんが何か見返りが欲しくって、
                  贈ったと思ったんだよ?それって、姉さんの純粋な想いを
                  踏みにじった事じゃないかっ!!」
                  その言葉に、エドは憤慨する。
                  「やっぱ、大佐は嫌なヤローなんだな!!」
                  キーッと顔を真っ赤にさせて怒るエドに、アルは叱り付ける。
                  「馬鹿姉!ボクは例え話をしてるんだよ!何も実際の
                  大佐の事を言っているんじゃない!・・・・・例え話の大佐と
                  同じ事を姉さんも、大佐達にしているんだって言っているんだ。」
                  「お・・・俺・・・が・・・・?」
                  唖然となるエドに、アルは優しく言葉を掛ける。
                  「別に大佐達は、見返りを期待して、ボク達に親切にしている
                  訳じゃないよ。姉さんだって、この間、子供が川で溺れている
                  所を助けたのは、見返りを期待した訳じゃないだろ?それと
                  同じ。」
                  その言葉に、エドは戸惑った目でアルを見る。
                  「でも・・・・それじゃあ・・・・。」
                  自分の気持ちが済まないというエドに、アルはクスリと笑う。
                  「母さんも言っていただろ?親切にされたらまず?」
                  「【ありがとう】・・・・・?」
                  おずおずと答えるエドに、よく出来ましたと、母親がしてくれた
                  ように、アルは頭を撫でる。
                  「親切を当たり前だと思うのは大問題だけどさ、素直な気持ちで
                  【ありがとう】と言う事は、とても大切な事だよ。」
                  アルの言葉に、エドは神妙に頷いた。アルの言葉に、今までの
                  自分の態度が褒められたものでないと、改めて思ったからである。
                  それ以降、エドの皆への、とりわけ、ロイに対しての態度が
                  軟化してきた。先入観を捨てて改めてロイの行動を見てみると、
                  いかにロイがエド達に対して、心を砕いているのかに、気づいたのだ。
                  以前はイヤミばかりの男としか認識していなかったが、そのイヤミ
                  ですら、素直に甘えられないエドの為に、わざとそういう言い方を
                  する事で、エドを甘えさせているのだと気づいた時には、エドは
                  ロイに恋していたのである。
                  「でも、俺なんか迷惑だよな・・・・・。」
                  エドはギュッと唇を噛み締める。
                  こんな14歳も年下で、男のようにガサツで、人体練成を犯した
                  罪人。ロイの隣に相応しくない。そう思い、ロイへの恋心を
                  固く封印したのである。それは、16歳になって、自分たちの
                  身体を取り戻しても、変わらなかった。
                  エドは、深呼吸すると、じっと扉を見据える。
                  この扉の向こうには、准将となったロイが自分を待っている。
                  1ヶ月前に人体練成に成功して、漸く身体が動くようになった
                  エドは、ロイに連絡を取ったのである。
                  「君に渡したいものがある。」
                  電話口のロイの言葉に、エドはギクリとなる。
                  きっと、ロイの渡したいものとは、国家錬金術師の資格返上に
                  関する書類だと直感した。以前からロイは、エド達が無事身体を
                  取り戻したら、国家錬金術師の資格を返上するようにと、
                  言い続けていた。だが、エドはどうしても国家錬金術師の
                  資格を返上することだけは、したくなかった。
                  何故なら、ロイに恩返しをしたいから。
                  いや、違う。ただロイと離れたくなかったからである。
                  ロイへの想いを告白するつもりは、エドにはない。しかし、
                  せめて部下として側にいたいと切実に思ったのである。
                  「絶対に返上しないから!」
                  エドは、決意を新にドアを睨むと、普段はしないノックを、
                  緊張した面持ちでする。
                  「・・・・入れ。」
                  許可の声に、エドはゆっくりと息を吐き出すと、ドアを開く。
                  「!!」
                  目の前の人物を一目見て、エドは固まってしまった。
                  普段は下ろしている髪を後ろに撫でつけ、准将としての
                  正装に身を包んだロイが、真っ赤な薔薇の花束を手に、
                  穏やかな表情で佇んでいたのである。
                  「悲願達成おめでとう。鋼の、いや、エドワード。」
                  ロイは固まったままのエドに、微笑みかけながら、
                  ゆっくりと近づく。だが、エドの目には、ロイの手にした
                  赤い薔薇しか映らなかった。
                  ”終焉・・・・・。”
                  足元から崩れるような錯覚に、エドは青い顔で目を閉じる。
                  ロイは知っているはずだ。
                  自分にとって、【赤い花束】が一体何を意味するのか。
                  それを知った上で、エドに渡そうとするのは、ロイにとって
                  エドはなんら利用価値のない存在だと言っているようなもので、
                  エドは、驚愕に見開いた目をロイに向ける。
                  「・・・・これは・・・・・。」
                  自分を要らないという事なのだろうか。
                  そう聞きたいけど、恐怖に支配されたエドは凍りついたように、
                  言葉を発することが出来ず、ただロイを見つめ続ける。
                  そんなエドに、ロイはクスリと笑うと、花束をエドに押し付けるように
                  渡しながら、そっとその耳元で囁いた。
                  「一つの終焉に赤い花束を・・・・・。」
                  ロイの言葉に、エドは観念したように目を閉じる。
                  ああ・・・言われてしまった。
                  ロイの最後通告に、エドはポロポロと涙を流す。
                  ロイは涙を流すエドを愛しそうに見つめると、ゆっくりと
                  片膝をつき、エドの左手を取る。
                  「終焉が、必ずしも悪い事ではないよ。エドワード。」
                  ロイは、ギュッとエドの手を握り締めると、真摯な瞳で
                  言葉を繋げる。
                  「終わるという事は、また新しく何かが始まる事を意味する。
                  だから、私は君の赤い花束を贈るのだよ。」
                  そこで言葉を区切ると、ロイは万感の想いを込めて、
                  握ったエドの手の甲に、口付けを落とす。
                  「今までのエドワード・エルリックとしての人生を
                  終わらせ、これから、エドワード・マスタングとして、
                  私と共に生きて欲しい。」
                  「・・・・・は?」
                  思っても見なかった言葉に、エドは驚いて眼を開けると、そこには、
                  真剣な表情で自分を見つめているロイの黒い瞳があった。
                  「エドワード。結婚して欲しい。」
                  ロイは愛しそうに、再びエドの左の手の甲に口付けを落とすと、エドの
                  返事を待たずに、胸ポケットから指輪を取り出し、さっさと薬指に
                  嵌めてしまう。
                  「えっ!?何!?結婚!?」
                  結婚も何も、付き合ってすらいないのに、いきなりプロポーズを
                  するロイに、エドは面食らったように、指輪を嵌められた指と
                  ロイ顔を交互に見つめる。
                  「・・・君に初めて出会ってから、ずっと君を愛してきた。」
                  ロイの言葉に、エドは信じられないとばかりに首を横に振る。
                  「嘘・・・・・そんなの嘘だ・・・・。」
                  頑ななまでのエドの態度に、ロイは切なそうな目で見つめる。
                  「君のは目的があった。だから今までは我慢できた。だが、
                  君の目的が達成した今、もう私の想いを留めておく事は出来ない。
                  いや!したくない!!」
                  ロイは素早く立ち上がると、エドの身体をきつく抱きしめる。
                  「愛しているんだ!結婚しよう!!」
                  「でも・・・俺は14歳も年下だし・・・・。」
                  ふるふると首を横に振り続けるエドに、ロイは悲しそうな顔で
                  尋ねる。
                  「14も年上の男は嫌いか?」
                  「そうじゃなくって!」
                  激しく首を横に振るエドに、ロイは、にこやかに笑う。
                  「君が何を心配しているのか分からないがね、私は
                  君以外を妻に迎える気など全くない。仮に君に他に
                  好きな男がいたとしても、そいつから、君を奪うつもりだ。」
                  だから、観念したまえというロイの言葉に、エドはカチンと
                  きた。
                  「何が、観念したまえだっ!!俺の意思は無視かっ!!」
                  「無視じゃない!どんな事をしても、君の心を手に入れて
                  みせると言っているんだ!!」
                  「同じじゃねーか!馬鹿!!」
                  エドは、泣きながら、ポカポカロイの胸を叩く。
                  「同じじゃない!君を振り向かせて見せると言っているんだ!
                  無理矢理君と結婚するつもりはない。」
                  「だから、俺は!!嫌だって・・・・。」
                  「・・・・エドワード。それが君の本心なのか?」
                  ロイの低い声に、エドの動きが止まる。
                  「そんなに私が嫌いか・・・?」
                  悲しそうな目のロイに、エドは目を伏せる。
                  「・・・・俺なんかより、素敵な人が・・・・・。」
                  「そんな事を言っているんじゃない!!」
                  ロイの怒鳴り声に、エドはビクリと身を竦ませる。
                  「そんな事を聞きたいんじゃない。私は君が好きだ。
                  結婚したいと思っている。君は私をどう思っているのか。
                  それだけなんだ!重要なのは!!」
                  「准将・・・・・・。」
                  戸惑うエドの頬に、そっと手を添えると、真剣な表情で
                  見つめる。
                  「私は君を愛している。・・・・君は?」
                  「お・・・俺は・・・・・・。」
                  エドは泣きそうな顔でロイを見上げると、ふと目の端に
                  赤い花が映り、知らず身体を強張らせる。
                  「・・・・・赤い花束・・・・・終焉・・・・・。」
                  フラッシュバックする母親の葬儀の様子に、エドは
                  焦点の合わない目で、じっと花束を凝視する。  
                  「エディ・・・?」
                  様子のおかしいエドに、ロイは訝しげに顔を覗き込む。
                  「終わるんだ・・・・・・・。」
                  ぼんやりと呟くエドに、ロイは、ハッと赤い花束に視線を
                  走らせる。
                  「エドワード。何が終わるんだね?」
                  エドの身体を優しく抱きしめると、ロイは努めて優しく尋ねる。
                  「赤い花束は・・・終焉だから・・・・・。」
                  終わらせなくっちゃと呟くエドに、ロイは優しく髪を撫でながら、
                  耳元で囁く。今を逃したら、この先ずっとエドは赤い花束の
                  呪縛から逃れられない。そんな事は許さないと、ロイは
                  思った。
                  「だが、また始まるんだよ。」
                  ロイの言葉に、エドはピクリと反応する。
                  「始まる・・・・・?」
                  「そう。だから赤い花束だよ。」
                  ロイは、赤い花束毎エドの身体を抱きしめる。
                  「終わりがあれば始まりもある。赤い花束は
                  終わりと始まりの印なんだよ・・・・・。」
                  「終わりと始まりの印・・・・・。」
                  ぼんやりと花束を見つめるエドに、今がチャンスだとばかりに
                  ロイは優しく頬にキスを贈りながら、やさしく囁く。
                  「君と弟と母君の三人の生活は、終わりを告げ、新たに
                  弟と君との二人の生活が始まった。そして、今度は、
                  弟と君の二人の生活を終わらせ、私との二人だけの生活が
                  始まるんだよ。」
                  「・・・・でも・・・・俺・・・・・。」
                  戸惑うエドに、ロイはもう一息とばかりに畳み掛けるように
                  囁く。
                  「愛しているよ。エディ。今までの一人だけの生活が終わり、
                  君と二人だけの生活が始まるのが、とても嬉しいんだ。これが
                  幸せと言うのだね。・・・・君はそう思わないかい?」
                  「俺・・・俺は・・・・・・いいのかな・・・・・罪人なのに・・・・
                  幸せになって・・・・・。」
                  ポロポロと涙を零すエドに、ロイはきつく抱きしめる。
                  「幸せになろう。君には、そうなる権利がある。勿論、
                  私にも。それとも、私が不幸になっても構わないと?」
                  悲しそうに呟くロイに、エドは反射的に首を横に振る。
                  「駄目!!准将には、幸せになってほしい!!」
                  その言葉に、ロイは幸せそうに微笑む。
                  「ありがとう!エディ!大切にするよ!!」
                  ロイは、嬉々としてエドを抱きしめると、深く唇を重ね合わせた。







                  「・・・・・なんか、うまく丸め込まれた気がする・・・・。」
                  濃厚なキスに、少々意識を飛ばしたエドが正気に返ると、
                  ニコニコと嬉しそうに己を抱きしめている元凶を睨みつける。
                  「私は君が好き。君も私が好き。何か問題でもあるのかい?」
                  エドの自分を睨み付ける目も、可愛いなぁ〜と能天気な事を
                  考えながら、ロイは上機嫌でスリスリとエドの頬に己の頬を
                  摺り寄せる。
                  「何で、俺はこんなのを好きになったんだ・・・・。」
                  はぁ〜と深いため息をつくエドに、ロイは声を上げて笑った。
                  「そんな事は、決まっている。【運命の恋】だからだよ!」
                  上機嫌なロイに、呆れながらも、エドは片思いが成就した
                  事に、嬉しさを隠せずに、ギュッとロイにしがみ付いた。
                  「もう!あんたみたいな強引グマイウェイな奴、俺じゃねーと、
                  幸せに出来ないからな!だからあんたも、俺を幸せにしろ!!」
                  照れ隠しに捲くし立てるエドに、ロイは蕩けるような笑みを
                  浮かべる。
                  「勿論。君を世界で一番幸せにするよ。エディ・・・・・。」
                  そう言って、ロイは深く唇を重ね合わせた。





                  その後、『フェスタ・ウエスギ』では、常連客の黒髪の軍人と
                  その婚約者が頻繁に訪れるようになった。
                  その事に、店主である老婦人は、涙を流して喜んだのだが、
                  仲睦まじい二人の様子を遠目に見ながらぽつりと本音を呟く。
                  「確かに、マスタングさんに【天使】が見つかる事を願ったの
                  ですけど、本当に【天使(未成年)】を紹介されるとは、
                  思いませんでしたわ。」
                  まぁ、二人が幸せならそれで良いのですけどね。
                  老婦人は、クスリと笑うと、二人の為に特別に煎れた
                  ハーブティを手に、ゆっくりと二人に近づいた。




                  そして、6月のとある日、黒髪の軍人は、最愛の【黄金の天使】と
                  神の前で永遠の愛を誓った。
                  勿論、世界で一番幸せな六月の花嫁の手に、『フェスタ・ウエスギ』の
                  ブーケが握られていた事は、言うまでもない。