ほの暗き海の底。
光が届かないその場所にも、生命が満ち溢れている。
大地を力強く歩く足はないけれど。
海の中を自由に泳ぎ回れる尾びれがある。
ここは海の中。
生命の誕生の地。
そして、どこよりも平和な場所。
全ての海を支配する
海王ホーエンハイムの元、
海の生物達は、日々幸せに暮らしていた。
そんな海の住人全てに愛されている人魚姫がいた。
ホーエンハイムが眼の中に入れても痛くないと
豪語している、一人娘。
名前をエドワード。
光の差さない海の中にあって、まるで太陽のごとき
美しい黄金の髪と瞳を持つエドワードは、
その優しい性格もあって、海の世界のアイドルと
なっていた。
そんな愛らしい人魚姫も、今年で16歳。
人魚の掟では、16歳の誕生日を迎えた者は、
海の上に行く事を許される。
だが、ここにそれを良しとしない者達がいた!
ホーエンハイムを初めとする、海の住人全てである。
あの清らかなエドが、外の世界に行く!?
ありえない!
海の上では、日々人間達が戦争を繰り返し、
自然を破壊している。
そんな世界を、我々のアイドルに見せたくない!
皆、一致団結して、何としてもエドワード姫を
外に出さないように、毎日のように会議を繰り返していた。
「ここは一つ、海王が新しい掟を制定すれば
良いのではないか?例えば、王族は一生
海の底に住んで、海面に上がらないとか・・・・。」
深海に住む魔女、イズミ・カーティスが、ポリポリと出された
茶菓子の珊瑚スナックを食べながら、一堂を見回す。
イズミの言葉に、皆は一斉に拍手喝采である。
「そうだ!そうだ!!ホーエンハイム王様!
早く掟の改定を!!我々は、直ぐに改革を希望する!」
まるでどっかの政治家のように、皆が騒ぎ出す一方で、
ホーエンハイム王は、苦虫を潰したように、渋い顔をする。
「それだけはならん!!」
その場を一喝するホーエンハイムの言葉に、一瞬怯んだ
海の住人達は、直ぐに我に返ると、猛然と王に食ってかかる。
何と言っても、こちらには、王を一撃の元に黙らせる事が
可能な、イズミがついているのだ。恐れるものは何も無い!
海の住人達は、口々にホーエンハイムを説得にかかる。
「何故ですか!姫様がどうなっても構わないと、
そうおっしゃるのですか!!」
涙ながらに叫ぶのは、エドの教育係でもある、人魚の
マリア・ロスだった。その後ろでは、エドの護衛官の一人である、
人魚のデニー・ブロッシュが、ウンウンと頷いている。そして、その
マリアの言葉を後押しするように、皆が一斉にホーエンハイムに
詰め寄った。
「・・・・・・そんな事をすれば、私だけがエドに嫌われて
しまうではないか!」
絶対に嫌だもん!
プイと首を横に背けるホーエンハイムに、息子のアルフォンスが
恨みがましい眼差しを向ける。
「姉さんが外の世界に興味を持ってしまったのは、父さんの
せいなんですよ!ちゃんと責任を取って下さい!」
「不可抗力だ!」
即座に言い放つも、皆の見る眼の冷たさに、ホーエンハイムは、
身を縮ませるが、それでも何とか反撃を試みる。
「・・・・・だが、皆もそう思わないのか?エドワードの髪と瞳は
まるで太陽のようだと、そう思うのは私だけか?」
自分だけが悪者になって、面白くないと、ホーエンハイムは
皆を睨みつける。その鋭い眼光に、良心の呵責を覚えたのか、
未成年以外の全員が、さっと眼を反らせる。
その様子に、ホーエンハイムは、満足そうに頷いた。
「そうだろう。そうだろう。私のエドワードは、まるで【太陽】の
ように・・・・・。」
「ストーップ!!それが駄目だって言ってるじゃないか!」
ビッターン
アルの尾ひれから繰り出されるトルネードキックが、見事
ホーエンハイムの顔に命中する。
「ぐわあああああああああ。」
吹っ飛ばされるホーエンハイムを無視すると、アルは、
ダンと机を叩く。
「父さんが姉さんに【太陽】って言い続けたせいで、【太陽】に
惹いては外の世界に興味を持ってしまったんです!全く、
反省の色がないんだから!」
物心つく前から、ホーエンハイムから聞かされた、自分に
似ているという【太陽】に興味を覚えたエドは、それがきっかけで
外の世界に興味を覚えていた。嵐によって、海の底へと
運ばれる外の世界からの残骸を集めては、うっとりと
した眼で眺めていた。
「でもさー。本人は、【太陽】さえ見れれば、それで一応
気が済むんじゃないの?」
うーんと、腕を組みながら、そう発言するのは、エドとアルの
幼馴染である、人魚のウィンリィ・ロックベル。つい数ヶ月前、
16歳の誕生日を迎えた彼女は、当然海の上へと上がっていった。
帰ってきたウィンリィは、外の世界を散々エドに語って聞かせて、
ますますエドの【外の世界】への憧れを強くさせたのだが、
本人にその自覚はない。叔父様も困ったものよね〜と、
ケタケタ笑っていた。
「それが一番の問題なんだよ。ウィンリィ・・・・。」
はぁああああああああと、アルは深いため息をつく。
「どうして?太陽をさっと見て、さっと帰ってくれば・・・・。」
「だーかーらー、【太陽】って昼間だよね。」
ますます暗くなるアルに、ウィンリィは首を傾げる。
「そりゃあ、太陽だもの。」
一体、何が言いたいんだと、ウィンリィが眉を顰めると、
アルは、キッと顔を上げて机をバンと叩く。
「昼間・・・・つまり、人間の活動時間ってことでしょ?
ウィンリィ。ということは、必然的に・・・・・・。」
ああ!恐ろしくて、僕の口からは言えない!!
と、身悶えするアルに変わり、ウィンリィは、合点が
いったように、ポンと手を叩くとあっけらかんと言った。
「ああ、例のロイ王子とエドが出逢う可能性が高いって
ことね!」
ウィンリィの言葉に、ホーエンハイムが復活する。
「いかんいかんいかんいかんいかんいかん!!
絶対に、あの女たらし王子と私の可愛いエドワードを
出会わせてはならーん!!」
「そうだよ!父さん!!」
子煩悩とシスコンは、ガッチリと手を結び合う。
「あの、女と見れば、見境のない王子が、もしもエドワードに
一目でも出逢ってしまったら、きっと連れ去ってしまう!!」
そんな事にでもなったら、この世の破滅だ!と騒ぐ王に
追従するかのように、皆が賛同する。
「そうです!だからこうして毎日会議を行っているのでは
ないですか!!」
別にエドが海の上に出る事に対して、皆が反対している
のではないのだ。もの珍しさからエドがうっかり陸地に
近づきすぎて、その姿を、ある人物に見られてしまうことに
異常なまでに恐れているのだ。その人物の名前は、
ロイ・マスタング。アメストリス大陸の東に位置している、
焔国(えんこく)の世継ぎの王子である。その王子、日頃から
女性問題が派手で、こんな海の底にまでその噂が
広がっているほどだ。
その王子に、万が一にでもエドが見初められてでもしたら・・・。
あの王子の事だ。種族の違いもなんのその。
全てを蹴散らして、エドを手に入れる事は間違いないだろう。
それほど、自分達の姫は美しいのだ!
「あのさ〜。」
皆が、悲壮な顔で今後の検討をしているところに、またもや
ウィンリィが暢気な顔で手を挙げる。
「別に昼間じゃなくてもいいんじゃない?」
ウィンリィの言葉に、皆は目が点になる。
「だってさ〜。エドって、お姫様だよ。そのお姫様の誕生日の
祝いを朝からやっても、おかしくないでしょ?食事を大量に
与えておけば、大人しいし・・・・・。」
流石は幼馴染。エドの事は良く分かっている。
「夜中までパーティを引き伸ばして、それから海の上に出せば
OK!噂の王子様は、水が大の苦手だって言うし、深夜に
海に近づかないでしょう?それに、暗いから、エドだって
直ぐに飽きて戻ってくるわよ。」
ウィンリィの言葉に、アルはフルフルと首を横に振る。
「駄目だよ。姉さんの一番の関心事は、【太陽】だよ?
絶対に見るまでは、粘ると思うけど。」
アルの言葉に、ウィンリィはニヤリと笑う。
「【月】。」
「【月】?」
皆が一斉に訝しげにウィンリィを見る。
「エドは本物の【太陽】を知らないのよ。【月】を【太陽】だって
言い張れば、大丈夫!単純だし。」
腰に手を当てて得意げなウィンリィに、一同、おお!!と
拍手喝采である。
「・・・・そう、うまくいくかなぁ・・・・・。」
異常に盛り上がる皆を見つめながら、アルの心に
言い知れぬ不安が渦巻いていた。
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肝心のエド子さんとロイが出てきていません・・・・。