リトル・まぁあめ(豆)エド

                    第2話

 

 

               「王子〜。急いで下さいよ〜。早く修道院へ戻らないと、
               抜け出したのがばれてしまいますよ!」
               パッカラ。パッカラ。
               のんびりと馬に揺られている黒髪の男の横に馬を並べると、
               金髪の咥えタバコの男が、恨めしそうに見つめている。
               そんな男に、黒髪のーーーー王子と呼ばれた男は、
               ふわぁああああと大きな欠伸をしながら、コキコキと首を鳴らすと、
               ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
               「フッ。そう言えば、ハボック、夕べの女性は確かお前の元・・・・・・。」
               「ダーッ!!それ以上言わないで下さいよ!!そうです!
               俺の元カノですって!」
               滂沱の涙を流しながら、金髪の男ーーーーハボックはがっくりと
               肩を落とす。
               「気を落とすな。そのうち、お前を見てくれる女性が現れるさ。」
               クククと笑う王子に、ハボックはギロリと睨むが、直ぐにはぁあああと
               深いため息をつく。
               「いいですけどね。アンタと張り合う気持ちなど、これっぽっちも
               ありません。どーせオレは、王子に近づくための踏み台なんです。」
               ウウウウ・・・・と肩を震わせるハボックに、流石に悪いと思ったのか、
               王子は決まり悪そうな顔でポリポリと頬を掻く。
               「まぁ・・・・女運が悪かったと諦め・・・・・・。」
               「諦めきれる訳ないでしょ!!第一、お隣のリザ姫との
               婚約間近なくせに、あっちフラフラこっちフラフラと来るもの拒まず
               主義で女遊びが激しいから、体裁を整える為に、修道院に放り込まれる
               羽目になるんですよ!!それで大人しくなかと思えば、修道院を
               抜け出しては、以前よりも女遊びが派手になるし、オレの彼女は
               取られるし・・・・・。」
               「しかしな・・・・逢った事もない王女と結婚しなければならない
               私の身にもなってくれ。噂では、恐ろしい女というではないか。」
               嫌そうな顔の王子に、ハボックは一瞬憐れに思うが、ここで
               甘い顔をしては駄目だと、思い直す。
               「王族なら政略結婚は当たり前ですよ!いいではないですか!
               リザ姫は、かなりの美人だともっぱらの噂ですよ。」
               「美人だろうがなんだろうが、気の強い女は好かん。どうせなら、
               ただ見目が麗しいだけの大人しい女が好ましいな。夫を束縛
               しない人形のような・・・・・。」
               そこまで聞いて、ハボックはブチっと堪忍袋の緒を、自ら引き千切った。
               キッと顔を上げると、王子を睨みつける。
               「もう我慢できません!いいですか!本日は、王子の困った性癖を
               直す為に、スペシャルゲストをお呼びしています。今頃、修道院で
               王子の帰りをお待ちしている事でしょう。」
               「ス・・・・スペシャルゲスト・・・だと?」
               嫌な予感に、王子が顔を引き攣らせると、ハボックは、ニッコリと
               笑う。その心は、今までの恨みを思い知れ!である。
               「アームストロング大司教様が・・・・・。」
               「何!アームストロングだと!?」
               王子は慌てて回れ右をするが、その襟首をハボックが掴む。
               「王子、どちらへ?」
               「いや・・・その急用・・・・・・・。」
               王子は、言葉を区切ると、真剣な顔で海を見つめる。
               「王子?どうしました?」
               急に動きを止めた王子に、ハボックは眉を顰める。
               「静かに、今何か・・・・・。」
               「波音しか聞こえませんよ。さぁ、観念して・・・・王子!!」
               王子は、ハボックの手を振り切ると、手綱を浜辺へと向けて馬の
               脇腹を強く蹴る。
               「王子!!」
               「女性が私に助けを求めているのだ!行かねば!!」
               物凄い砂埃を巻き上げて、一目散に浜辺へと向かう王子を
               一瞬見送ったハボックだったが、ハッと我に返ると、慌てて
               後を追いかけた。




               「ふえっえっえっ・・・・・。リザ姉様〜。眼を醒まして〜!!」
               エグエグと泣きながら、エドはリザの頬を叩くが、気を失った
               リザは、ピクリとも動かない。その様子に、エドは、更に
               パニック状態に陥る。
               「エド姫〜。そろそろ海に戻ろうぜ〜。海王様が心配して
               いるからさ〜。」
               エドの直ぐ側には、幼馴染のヤドカリであるピットが、
               ハサミで、エドの尻尾をクイクイ引っ張るが、エドは、リザから
               離れようとしない。
               「ふえぇええええええええん。リザ姉様〜。」
               更に泣き出すエドに、どうしようかと、頭を悩ませるピットだったが、
               ふと視線を感じ顔を上げると、遥か前方では、白馬に跨った
               男が、こちらへ猛スピードで近づいているのに気づいた。
               ”ゲゲッ!!あれは、まさか・・・・・。ロイ王子!?”
               エドに逢わせてはならないダントツ第1位の登場に、ピットは、アタフタと
               なる。
               ”まずい!まずいよ〜。みんなに半殺しの、いや、再起不能に
               ボコボコにされてしまう!!”
               そうなっては大変と、ピットは慌ててエドの肩によじ登ると、
               耳元で叫ぶ。
               「おい!人間に見つかるぞ!急げ!!」
               「ほえ!?人間!?」
               驚いて泣き止んだエドが顔を上げると、約100メートル先に、白馬に
               跨った男が、こちらをジッと見ている事に気づいた。
               「ほら!早く!!食べられてしまうぞ!!」
               「え!?食べられる!?でも!リザ姉様が!!」
               パニック状態のエドに、ピットは早くと急かす。
               「いいから!あいつが助けてくれるって!ほれ!急ぐぞ!!」
               「う・・・うん・・・・・。」
               エドは、後ろ髪を引かれる思いで、何度もリザを振り返りながら、
               海に帰ろうと踵を返すが、目の前の光景に、絶叫する。
               「なんだぁあああああ!!どーして海があんなに遠いのぉぉぉぉ
               おおおおお!!」
               「そりゃあ、夕べは嵐だったからな。」
               絶叫するエドに、ピットは冷静にツッコム。
               荒れ狂う嵐も過ぎてしまえば、海岸線は本来の位置にまで
               引いていくのは、当たり前。しかし、初めて海の上に出た
               エドはその事が分からない。泣きそうな顔でピットを見るが、
               当のピットは、さっさと海へと歩き出している。
               「待てって!ピット〜!!」
               エドは、半べそをかきながら、必死にピットの後を追う。
               「海の中なら、こんなに遅くないのに・・・・・。」
               初めての砂浜に戸惑いながら、エドはウンショウンショと
               掛け声を上げながら、ゆっくりと海を目指した。






               「王子〜。やっと追いつきましたよ!」
               浜辺で、じっと一点を見つめている王子に追いついたハボックは、
               はぁあああと息を整えながら、王子の横に馬を並べて止まる。
               「どーしたんッスか?」
               微動だにしない王子に、ハボックは、訝しげに声をかける。
               「・・・・ハボック。私はとうとう出逢えたようだ。」
               どこか恍惚した眼で、一点をじっと見つめている王子に、
               ハボックは、はぁあ?と間抜けな声を出す。
               「何言ってんッスかぁあ!?」
               まだ寝ぼけているのかと、ハボックが呆れていると、王子は
               優しく微笑みながら言う。
               「黄金の髪。白く透き通る肌。愛らしい姿。どれを取っても
               我が妃に相応しい!!」
               「そーッスか。妃ですか・・・・・って、えええええええっ!!」
               驚くハボックを無視して、王子はヒラリと馬から下りると、 
               駆け出した。
               「はぁあ、確かに美人そうですね・・・・・。」
               王子が向かった先に、浜辺に倒れている女性の姿を
               見つけ、ハボックはなるほどと頷いた。黄金の髪が朝日に
               反射して、とても美しい。身なりから、どこかの国の姫の
               ようだ。
               「まさか、リザ姫だったりして・・・・。」
               だったら、今回の縁談はスムーズに話がまとまるなぁ。
               それでオレも彼女を取られる心配もなくなると、
               ホエホエと暢気に王子を見つめていたが、倒れている
               女性を素通りすると、更に海に向かって走っていく王子の
               姿に、ハボックは慌てて馬から降りると、ロイの後を追いかけた。
               



               「姫様!!おい!みんな!姫様を見つけたぞ!!」
               焔国の海岸線を探索していた海の民は、必死に自分達の
               方に匍匐前進しているエドの姿に気づき、皆、歓声を
               挙げた。
               「エドワード姫様!!」
               「姫様!ご無事ですか!!」
               「良かった!早くこちらに!姫様!!」
               頑張れ〜!!とエールを送る仲間たちに気づき、
               エドの顔に笑顔が戻る。
               「みんな!オレを心配して・・・・・。」
               グスッと鼻を鳴らすと、エドは、皆に向かって手を振る。
               「今行くから、待ってろ!!」
               そして、再び匍匐前進をするエドだったが、あと10メートルと
               言う所で、いきなり身体が宙に浮いて、驚いて悲鳴を挙げる。
               「うわぁあああああ!!」
               「姫様!!」
               阿鼻叫喚の悲鳴が浜辺に響き渡る中、エドが恐る恐る顔を
               上げると、そこには、先程白馬に跨った黒髪に黒い瞳を
               持つ男が、至近距離で、エドを見つめていた。そこで、漸く
               エドは自分が男に抱き上げられている事に気づくと、
               必死に逃げ出そうと暴れ出す。
               「何だよ!お前!オレを離せよ!!」
               「嫌だね。折角出逢えたと言うのに。」
               男は不服そうに言うと、ギュッとエドの身体を抱きしめる。
               「ふぎゃああああああああ!!」
               父親と弟以外、異性に抱きしめられた事のない、エドは、
               それだけで、完全なるパニック状態に陥っていた。
               「何だよ!オレを食べるのか!?そうなのか!?」
               エグエグと泣き出すエドに、王子は悲しそうな顔をすると、
               優しくエドの髪を撫でる。
               「私は、ロイ。この国の王子だ。」
               「ふえ?ロイ?」
               髪を撫でる手が、あまりにも優しいので、エドは泣き止むと、
               キョトンとロイを見つめる。
               そのあまりの可愛らしさに、ロイの中で既にお持ち帰りが
               決定である。
               「ああ。そんなに恐がるものではないよ。何も食べる
               つもりはないのだから。」
               今はまだねと、心の中で呟くが、人魚だが超能力者でもない
               エドは、その言葉をすんなり信じて、目の前にいる男は
               自分に危害を与えないと思い込んだ。
               「ご・・・ごめん。オレ、パニックになってしまって・・・・。」
               真っ赤な顔で俯くエドに、ロイはクスリと笑う。
               「勘違いは誰にでもあるさ。気にするな。」
               蕩けるような笑みに、エドも警戒心を解いたようだ。もともと
               素直な性格のエドは、ロイの腹黒さに気づかず、ニコニコと
               惜しみのない笑顔を向ける。
               「ああ、君の白い肌が傷付いているね。」
               今気づいたように、ロイはエドの擦り切れた腕を取ると、
               ペロリと舐める。
               「ほえぇええええ!!」
               真っ赤な顔のエドに、ロイはニッコリと微笑む。
               「人間は、こうして傷を癒すのだよ。」
               「そ・・・そうなの・・・?」
               一人騒いで恥ずかしいと俯くエドに、海の民達は、
               一斉にブーイングを出す。
               「姫様!騙されてはなりません!」
               「それでは返って、バイキンが!!」
               「姫様!早く城に戻って消毒を!!」
               口々に言う海の民に、ロイはギロリと睨みつけると、エドに
               気づかれないように、右手に発火布の手袋を嵌めると、
               威嚇するように、海の民に向かって翳す。
               「ひえええええええええ!!」
               焔国の世継ぎの王子は、失われた錬金術を使え、特に
               火の練成を得意としているというのは、有名な話だ。
               「今朝は、焼き魚にでも・・・・・・。」
               ボソリと小声で呟くロイに、海の民達は、一斉にロイから
               距離を置く。
               「幸い私の城がすぐ近くです。そこでちゃんとした
               手当てを行いましょう。」
               ロイはエドに微笑みかけると、クルリと海に背を向ける。
               それに焦ったのは、海の民である。このままエドワードを
               連れ去られてなるものかと、武器になるものを捜すが、
               海から離れられない自分達は、ただ黙って見つめる事しか
               出来ない。
               「ちょっと待って。」
               だが、ロイの歩みを止めたのは、エドの声だった。
               「どうしたんだい?姫?」
               ロイは、心配そうにエドの顔を覗き込む。
               「心配しなくても大丈夫。怪我の手当てをして、完治したら
               海に返してあげるから。」
               それは真っ赤な嘘である。城に閉じ込めて、一生自分の
               元から離さないつもりである。例え海王と言えども、
               陸に上がれば、その力は及ばない。ロイは悔しがる
               海の民に、勝ち誇った笑みを浮かべる。
               「オレはどうでもいいんだ!それよりも、リザ姉様を!!」
               フルフルと眼に一杯涙を浮かべるエドに、ロイは眉を顰める。
               「リザ姉様?ゼノタイムの?」
               「ああ、全然眼を醒まさないんだ!オレ、どうしたらいいか・・・。」
               ポロポロと泣き出すエドに、ロイは慌てて涙を舌で拭う。
               「ああ、泣いたら駄目だよ。愛しい人。そんなに涙を流したら、
               君の瞳が真っ赤に腫れ上がってしまう。大丈夫。リザ姫なら、
               私の従者が、助けているから、安心しなさい。」
               ロイが見ている方角を見ると、確かにハボックがリザを
               抱き抱えていた。
               「良かった・・・・・。」
               涙を流しながら喜ぶエドに、ロイはムッとすると、足早に城へと
               向かう。
               「ふえ!オレは海に!!」
               焦るエドにロイはニッコリと微笑む。
               「言っただろ?君の怪我を治すと。さあ、大人しくしていなさい。」
               そう言うと、ロイは駆け出す。
               「姫様!!」
               海の民の悲痛な声を聞きながら、ロイは腕の中でエドを
               きつく抱きしめる。
               ”渡さない。これは私だけのものだ!”
               余裕の無いロイの表情に気づいたエドは、不安そうな顔でロイの
               シャツをギュッと握り締めた。
               

              
              
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既に、人魚姫の話から逸脱。
無事リザ姫は、エドを奪還できるか!!