ドキューーーーーーーーン。
響き渡る銃声に、思わず足を止めたロイは、
反射的に音がした方を見て、顔色を青くさせた。
ハボックに支えられて、先程浜辺に倒れていた金髪の
美女が、銃を空に向かって撃っていた。
”な・・・なんなんだ!一体!!”
引き攣っているロイと眼が合うと、女性は、徐に空に向けていた
銃をロイへと照準を合わせる。
「リザ姉様!!」
緊迫した空気の中、青褪めたロイとは正反対に、満面の笑みを
浮かべるエドを、ロイは本能的に、渡してなるものかと、
ギュッと抱きしめて後ろに一歩下がる。
「エドワードちゃんをお離しなさい!!」
女王然とした毅然とした態度と身なりに、ロイは目の前の
女性がどこかの国の姫と判断した。ここで騒ぎを起しては、
外交問題に発展して、戦争が起こるかもしれない。しかし、
そのリスクを背負っても、腕の中の人魚を手放しはしない!
そう決意すると、ロイはジッと睨みつけながら、不敵な笑みを
浮かべる。
「嫌だと言ったら?第一、ここは私の国だ。私が何をしようと、
あなたに関係はないと思うが?」
その言葉に、リザはピクリと反応する。
「関係ない?大有りだわ!エドワードちゃんと私は【姉妹の
誓い】を交わしたのよ!!」
大事な妹を放せと、叫ぶリザに、ロイは、冷やかな眼を向ける。
「無粋な方だ。姉妹の誓いか何か知らないが、恋人達の間を
割って入るとは・・・・・・・。」
ブツブツ小声で文句を言うロイに、エドはキョトンとなる。
「なぁ、なぁ、【コイビト】って何だ?」
好奇心一杯の眼で、ロイに訊ねるエドに、ロイはにこやかに
微笑むと、そっと耳元で囁く。
「それは、私と君の事を言うんだよ。」
「ほえ?オレとアンタの事?それってどういう・・・・・。」
訳が判らずロイに詰め寄るエドだったが、傍から見れば、
二人がいちゃついているにしか見えない。
それにブチ切れたのはリザだった。リザは、自分を支えている
男をチラリと見る。
「・・・あなた、お名前は?」
「へっ!?オ・・・オレッスかぁああ!!オレは、ジャン・ハボックで
あります!」
リザの美しさにボーッと見とれていたハボックは、急にリザから
声を掛けられ、慌てて真っ赤になりながら名乗る。
「そう・・・・。ハボックさんと言うのね。お願いがあります。
宜しいでしょうか?」
にっこりと微笑むリザに、ハボックはデレ〜と鼻を伸ばす。
あなたの言う事は何でも聞きます!私はあなたの恋の奴隷♪
状態のハボックは、何度も首を縦に振る。
それに満足そうに微笑むリザは、ビシッとロイを指差すと、
ハボックに命じる。
「あの無能からエドワードちゃんを取り返して!」
「かしこまりました!!」
途端、海の民から、拍手喝采が沸き起こる。
それに面白くないのはロイだ。
ビシッとリザに敬礼するハボックに、不機嫌な顔で食って掛かる。
「私のどこが【無能】だ!!それに、ハボック!!貴様、私の側近
だろうが!ここは私の恋の成就に、力を尽くすのが筋だろ!?」
喚くロイに、リザはニヤリと笑う。
「私のカンです!」
自信満々に言い切るリザに、ハボックは横で手を叩く。
全くその通り〜!!仕事はサボるは、雨の日は湿気たマッチだ!と
言い出すハボックに、ロイはギロリと睨みつける。
「湿気たマッチ?」
マッチって何?とこれまたハボックの言葉に反応するエドに、
ロイは苦笑する。こんなに好奇心一杯のキラキラした純粋な瞳を
見たのは初めてだった。
”絶対に手放さん!!”
これほど純粋な存在は、二度と逢う事はないだろう。ここで逃がして
なるものかと、ロイは思うが、多勢に無勢。今の状況では、エドを
奪われるのは、時間の問題。さて、どうすればいいかと考えながら、
エドを見ると、白い腕から、血が滲んでいることに気づく。
慌ててエドを砂浜に下ろすと、血が滲んでいる腕を掴み、ポケットから
取り出したハンカチをエドの腕に巻きつける。
「・・・・・・ありがと。」
にっこりと微笑むエドに、ロイも微笑み返す。
「いや、これは応急処置だからね。早く城に戻って薬を・・・・・。」
だが、次の瞬間、腕の中にいたエドは、忽然と姿を消して、
ロイは思いっきり固まる。
「リザ姉様〜!」
「エドワードちゃん!!」
ハッと我に返ったロイは、ハボックに抱えられたエドが、リザに
抱きついている光景に、我を忘れて叫ぶ。
「ハボック!!私を裏切るのか!!」
「すんません〜。美人のお願いに弱いんです。」
全然済まなそうな顔でないハボックに、ロイは思わず殺意を覚える。
「さぁ!エドちゃん!今のうちよ!!」
リザは、エドをギュッと抱きしめると、ハボックに命じる。
「エドちゃんを海へ!急いで!!」
「リザ姉様?・・・・・オレ邪魔?」
状況に頭がついていかないエドは、キョトンとリザを見つめる。
折角これから遊べると思ったのに、さっさと帰れとばかりに海へ
帰される事に、エドは悲しくなって、しくしく泣き出す。それに慌てたのは、
リザだった。
「ちがうのよ!このままここにいては、あなたが危ないの!!」
リザは、エドの手を握り締める。
「それに、ここは私の国ではないから、あなたとゆっくりとお話も
出来ないの。私はそんなのは嫌だわ。」
「リザ姉様・・・・・・。」
自分が邪険にされた訳ではないと分かり、漸くエドの顔に笑みが
浮かび上がる。
「それに、一刻も早く傷を治さないとね。傷が治ったら、私の国に
遊びに来て頂戴。待っているわ!」
「うん!!オレ、絶対に遊びに行く!!」
何度も首を縦に振るエドに、リザもにこやかに微笑む。
「さぁ、あなた達!一刻も早くエドワードちゃんを安全な場所へ!!」
リザの言葉に、海の民達は、我に返ると、慌ててエドを取り囲むように
集まった。
「姫様!お早く!!」
マリアが恭しくエドの手を引きながら、海底へと促す。
「リザ姉様〜。待っててね〜!!」
名残惜しそうにエドはリザに向かって大きく手を振ると、そのまま
海へと潜っていった。
「エ・・・エディ!!」
自分には、何の言葉もなく去っていったエドに、ロイは慌てて
海に近づこうとするが、その前に、リザの銃がロイの額に突きつけられる。
「あなたに、私のエドワードちゃんは渡さないわ。」
殺気篭った目で睨みつけてくるリザに、ロイも受けて立つ。
「一体、君は何者なんだ。」
リザは、ニヤリと笑う。
「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀でしょう?」
リザの挑発的な視線に、ロイは目を細める。
「・・・・私は焔国王太子、ロイだ。エディの夫となるべき男。
よく覚えておきたまえ。」
その言葉に、リザは、ピクンと反応する。
「私の名前はリザ。ゼノタイム王国の第一王女です。あなたの噂は
常日頃からよぉおおおおおおく聞いております。」
リザはゆっくりと安全装置を外す。
「あなたなどに私の大事なエドワードちゃんを渡しません!!」
ダキューーーーーーーーン
その日、二発目の銃声が、浜辺に響き渡った。
「どーしてだよ!どーしてリザ姉様のトコに遊びにいっちゃ
いけねーんだよ!!」
海の宮殿へと戻ったエドを待っていたのは、心労とアルの八つ当たりで
息も絶え絶えになったホーエンハイムによる、監禁状態だった。
「エド!何度も言っているだろ!陸は危ないのだ。」
部下から、リザがいなければ、ロイにエドを連れ去られるところ
だったと報告を受けていたホーエンハイムは、傷が治ってからも
エドを部屋から一歩も出そうとはしなかった。
もともと一つのところにジッとしている性格でないエドは、それに
対してかなりのストレスが溜まっていた。
「オヤジの馬鹿やろー!!」
エドは、ホーエンハイムを殴りつけると、ベットの上で大声で
泣き始める。
「うわああああああああああああああああああああああああん。」
滅多な事で泣く事をしないエドが、凄まじいまでの声で泣いた事に、
流石のホーエンハイムも慌てる。
「エ・・・エド!?父さんが悪かった!頼む!泣き止んでくれ!!」
土下座をしてペコペコ頭を下げるホーエンハイムに、エドは
泣きながら言った。
「リザ姉様のトコに行く〜!!」
「分かった!分かったから!!」
ホーエンハイムの言葉に、エドはピタリと泣き止む。
「・・・・・行ってもいいの・・・か・・・・?」
恐る恐る訊ねるエドに、ホーエンハイムは、ブンブンと首を縦に振る。
「ありがとー!父さん!!」
エドは、嬉しくなってホーエンハイムに抱きつく。愛娘の、滅多にしない
甘えた様子に、ホーエンハイムは、だらしが無いほど顔を緩ませる。
そんな二人を、物陰から伺うように見ているものがいるとは、
ホーエンハイムは全く気づかなかった。
「痛い!オイ!ハボック!もっと丁寧にしろ!!」
リザによって、こめかみにつけられた、切り傷をハボックに
手当てをさせていたロイは、沁みる消毒液に、文句を言う。
「自業自得ですって〜。さっ、終わりましたよ。」
チョイチョイと傷口に薬を手早く塗り終わると、ガーゼを当てて、
包帯でグルグル巻きにする。
「ったく・・・・・。もう少し優しく出来んのか。」
ブツブツ文句ばかりを言うロイに、ハボックは、次回からは傷口に
塩でも塗りたくってやろうかと、密かに思っていた。
「ところで、リザ姫は自国へ帰ったのか?」
「ええ。あの人魚姫さんが、遊びに来ると、それはもう御機嫌で
自国へと帰っていきました。」
ハァアアアアアと深いため息をつくと、ハボックは肩を落としながら
答える。もう少し身体が良くなってからと、再三止めたのだが、
リザはエドの事しか考えておらず、さっさと自国へと帰って
しまった事が、ハボックは悲しかった。
”でも、俺なんかが想っても、所詮は高嶺の花・・・・・・。”
どちらにしろ、ロイとの結婚話が出ているのだ。下手をすれば、
王太子の婚約者に懸想したと、良くて追放。悪くて死刑だ。
ノロノロと薬を片付けるハボックに、ロイは可笑しそうに声を
掛ける。
「まぁ、そうがっかりするな。そのうち、リザ姫は、向こうから
やってくるさ。」
クククと笑うロイに、ハボックは胡散臭そうに振り返る。
「はぁ?何言ってるんスか?」
「・・・・・罠をね、仕掛けて置いたのだよ。私の願いを叶える為にな。
ついでだ。お前にもチャンスをやろう。うまく掴み取る事だな。」
可笑しそうに笑うロイに、とうとう頭にウィルスでも入ったかと、
ハボックは嫌そうに顔を歪ませた。
「エディ・・・・。早く私の所へおいで・・・・・・。」
”次は絶対に逃がしはしないよ・・・・・。”
ロイは、海を愛しそうに見つめると、手の中の巻貝を弄んだ。
******************************************
エド子さんは、お魚さんなので、恋【人】という単語は知りません。
別に、エド子さんはおバカではありませんよ。
ただ、純粋なだけなんです。(おバカに見えるのは、
私の文才がないからです。ごめん!エド子さん!!)