カション カション カション・・・・。
草木も眠る丑三つ時。
焔国の王城を徘徊する一体の鎧の姿があった。
カション カション カション・・・・。
シンと静まり返った廊下に、鎧が歩く音が響き渡る。
いかにも怪しいその様子に、警備の人間は誰も気づかない。
いや、気づけないのだ。
何故なら、その鎧がとても小さく、文鳥サイズだったからである。
「この部屋だよね〜。」
事前にリザ姫の協力で、城の見取り図を手に入れていたのだが、
身体が小さいため、既に自分は今どこを歩いているのか不明だ。
だが、持ち前のカンの良さで、何とかロイの寝室を見つけると、
トコトコと入り込む。
「姉さん。姉さん。」
天蓋月のベットの中では、ロイが小さな籐で編んだ籠を、大事そうに
抱えて眠っていた。そのロイの腕の中の籐の籠中には、布団が
引き締められており、エドがスヤスヤと幸せそうな顔で眠っていた。
「姉さん!姉さんってば!!」
眠っているロイを起さないように小声だったのだが、何時まで経っても
起きないエドに、イライラして、今度は大きな声で叫んでみる。
幸い、文鳥サイズの為が、大声を出しても、ロイの耳には届かない
ようだ。だが、同じ文鳥サイズのエドには、ばっちり届いたようで、
エドは、眠い眼を擦りながら、布団から起き上がると、キョロキョロと
辺りを見回す。
「あ・・れ・・・?今、アルの声が・・・・・。」
寝ぼけたのかな?と首を傾げながら、再び寝直そうとしたエドに、
焦った声が下から聞こえた。
「ん?誰?」
ゴソゴソと布団から抜け出すと、エドはベットの下を覗き込む。
「姉さん!!」
見ると、小さな鎧が自分を見て、嬉しそうに手を振っているではないか!
「うぎゃあああああああああ!!」
鎧が一人で動いている〜!!と騒ぐエドに、鎧は手をバタバタさせて
エドに静かにするように懇願する。
「姉さん!ボクだよ!弟のアルフォンスだよ!!」
「ふえ!?あるぅ〜?」
ウルルンと涙目で、恐る恐る見つめるエドに、鎧は、大きく頷く。
「姉さんが心配で、師匠(せんせい)に頼み込んで、鎧に魂の
一部を定着させたんだ!」
胸を張る鎧、もとい、アルに、エドは真っ青な顔でベットの下へ飛び降りると、
アルに抱きつく。
「アル!大丈夫なのか!?どこか持ってかれたとことか、ないのか!!」
ポロポロと泣きながら、エドはアルの身体をペタペタ触る。
「大丈夫だよ。人体練成をした訳じゃないからね。それよりも、
問題なのは、姉さんだよ!!」
アルは、ガシッとエドの両肩に手をかける。
たとえ文鳥サイズと言えども、エドよりもアルの方が背が高いので、
自然、エドを見下ろす形となる。最愛の弟と言えども、今は鎧の姿。
上から見下ろされて、その威圧感に、エドは知らず一歩後ろに下がろうと
するが、両肩をアルに押さえられているので、動けない。
「アル・・・何か怖いぞ〜?どうしたんだ?」
アハハハハ・・・と乾いた笑みを浮かべるエドの頭を、アルは容赦なくハリセンで
叩く。
「痛い!!」
「痛いじゃないよ!!一生その身長だったら、どうするつもりなのさ!」
ただでさえ小さいのに!!のアルの言葉に、エドはブチッと切れる。
「だ〜れが、踏んだ事も気づかれないくらいの豆粒ドチビかぁああああ!!」
「事実でしょ!!この馬鹿姉〜!!」
パコーン。
どうやら、アルの怒りはエドの怒りを軽く凌駕しているらしい。
実に思いっきり良くエドの頭にハリセンを振り下ろす。
「ほら!姉さん。急ぐよ。」
床に蹲るエドの手を取ると、アルはそのまま歩き出す。
「急ぐって・・・どこ行くんだよ。」
プクーッと頬を膨らませるエドに、アルはため息をつく。
「城に帰るんだよ。当たり前だろ?」
「帰るって・・・俺、こんな身体だし・・・・。」
途端、シュンとなるエドに、アルは安心させるように、ポンポンと
頭を軽く叩く。
「その件ならノーブロブレムだよ!師匠が何とかしてくれるって!」
「また・・・・身長を代価に取られたら・・・・・。」
ガタガタと震えるエドに、アルは安心させるように、こうなってしまった
種明かしをしようと口を開きかけるが、その前に、第三者の声が
邪魔をする。
「エディは、連れて行かせないよ。」
ヌッと手が伸びてきて、エドとアルの間を引き裂くように、
エドをその手の中に閉じ込める。
「チッ!もう眼が醒めたのか。」
悔しそうに言うアルに、ロイはクスリと笑う。
「それだけ騒がれれば、普通起きると思うが?」
そして、ロイはアルの目の前で、キュッとエドに頬擦りすると、
チュッと軽く口付ける。
「エディ。まだ夜明け前だよ。まだ寝ていなさい。」
「でも・・・師匠が元の身体に戻してくれるっていうんだけど・・・。」
エドは上目遣いでロイを見つめる。
「・・・・・エディ。それは安全なのかい?また身長を代価に取られたら、
どうするつもりなんだい?」
その言葉に、エドはウッと言葉を詰まらせる。
師匠の腕は信じている。しかし、一度師匠の術で身長を代価に
取られているのも事実。今度も文鳥サイズは変わらずに、人魚に
戻るのかもしれない。そう思うと、エドはポロポロと涙を流す。
「もしかして、今のサイズより更に縮むかもしれない。」
駄目押しとばかりに、ロイはエドに囁きかける。
「うわわああああああああん!!」
途端に、盛大に泣き出すエドに、アルは慌てて手をバタバタさせる。
「姉さん!落ち着いて!大丈夫!!ちゃんと元の背になるって!」
途端、ピタリと泣き止むと、エドは涙で濡れた眼でアルを見る。
「本当?ちっちゃくなんない・・・・?」
「勿論だよ!」
ボクを信用してよ!とブンブン大きく頷くアルに、漸くエドが笑みが
戻る。
「じゃあ、ボクと一緒に帰ろう!!」
アルは手を差し伸べるが、それよりも、早くロイがエドの耳に
悪魔の囁きをする。
「実はねぇ、私の方も完成させたのだよ。ついでに身長も伸ばせる
やつをね。」
ピクンとエドの身体が揺れる。
「アル!俺、ここに残るから!」
ニッコリとロイに抱きつきながら、エドはアルに満面の笑みを浮かべて、
手をヒラヒラさせる。
「ちょっと待って!姉さん、騙されてるよ!!」
焦るアルを無視して、ロイはエドに何か囁きかける。途端、真っ赤な顔で
ロイを見上げるエドだったが、やがて意を決したように、アルを見つめる。
「アル、元気でな!俺はここで幸せになるから!」
エドの言葉に、アルは瞬間固まる。
「は?姉さん・・・?今なんて・・・・。」
ぎこちなく首を傾げるアルに、エドは頬を赤く染めながら
爆弾発言をする。
「だ・・・だって・・・・・・・
俺のお腹の中に、ロイの
赤ちゃんがいるんだもん!!
次の瞬間、アルは凄まじ絶叫を上げると、涙を流しながら、部屋を飛び出していった。
「すっげー!!ロイが教えてくれた【魔法の言葉】って、すごい威力だな!!」
あのアルが逃げ出した!と感心するエドに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
「この【魔法の言葉】は、エディだからこそ、威力を発揮するのだよ。
明日も、この調子で頼むよ。」
「おう!リザ姉様の為だもんな!」
明日が頑張るぞ!エイエイオーと握り拳を振り上げるエドに、ロイは
ニヤリと笑った。