「きょ・・・京一〜!!」 買い物から帰った俺は、京一が見ているビデオを一目見るなり、顔面蒼白になった。 「ん?ひーちゃん。お帰り〜。」 へらへらと笑っている京一の脇を擦り抜け、俺は一目散にビデオを止めるた。 「な・・・。なにすんだよ。ひーちゃん!今いいトコだったのに。」 恨めしそうな京一の言葉に、俺はキッと振り返った。 「京一!何見てんだよ!!」 「何って・・・・。俺とひーちゃんの愛の物語・・・・。」 皆まで言わせず、京一の顔面に、俺の怒りの鉄拳が見事に決まる。 「は・・・恥かしい事を言うな〜!!」 半分涙目になりながら、俺はビデオからテープを取り出す。一体何故こんなものが・・・。 確か、絶対に見られないように、完全密封して、実家の俺の机の引出しの中に入れて あるのに・・・・。しかも、念には念を入れて、引出しには鍵を掛けてきたっていうのに、 何でこのテープがここにあるんだよ!! 「なんで・・・これがここに・・・・。」 茫然とテープを眺めている俺から、京一はテープを取り上げる。 「京一!?」 「これは、俺の。わかったか?ひーちゃん。」 きょ・・・京一のだってぇええええ! 「なって名前だっけ、映画研究部の部長・・・・。」 「葛城がなんだってぇ?」 「そう、葛城。あいつがさぁ、あの映画を撮ってから暫くして、俺の家に送ってくれたんだよ。」 な・・・なんだってぇ。あいつ、何時の間に京一の住所を・・・じゃなくって、なんだって、 このテープを京一に送ったりするんだよ。 納得が行かない顔をしている俺に、京一は、へへっと笑った。 「出演料代わり。」 「ちょ・・・ちょっと待て!京一。お前、俺から出演料を取った上、さらに葛城にも請求していた のか!!」 俺の剣幕に恐れをなしたのか、京一は慌てて弁解をした。 「違うって。これは、向こうから出演料の代わりだって、送られてきたんだぜ。」 京一は、俺の腰に腕を回すと、引き寄せた。間近で見る真剣な眼差しの京一に、 俺はドキドキして顔を逸らす。 「俺としては、ひーちゃんからの出演料の方が嬉しかったぜ。」 途端、俺は真っ赤になった。馬鹿、思い出させるなよ。恥かしい。 「・・・あれは・・・お前が強引に・・・。」 「強引に?」 京一はゆっくりと俺の唇を塞ぐ。 「・・・・ばか・・。」 「へへっ。愛しているぜ!ひーちゃん。」 そのまま俺達は縺れるように、床に倒れ込んだその時、電話がなった。 「ったく・・・誰だ?」 すっかり興ざめした俺は、のろのろと身を起こす。そんな俺の腕を、京一は引っ張る。 「いいじゃんか。電話なんてほっとけよ。すぐ切れるぜ。」 「でも・・・。」 なんか、まだ鳴っているんですけど。京一さん。 「用があれば、またかけてくるさ。」 でもなんかさ、電話の音って、早く出ろって急かされているようで、聞いているのが 嫌なんだよ。 「ごめんな。京一。」 俺は軽く京一の頬に唇を押し当てると、子機に手を伸ばした。そう、この時京一が 言った通り、この電話にさえでなければ、或いは・・・。ううううう。今度から京一の 言う事は素直に聞こうと思った。 「もしもし」 「あっ、ひーちゃん?俺。判るか?実はひーちゃんに頼みが・・・。」 “こ・・・この声は・・・・。” 電話口のあまりの懐かしくも、嫌な予感を感じさせる声に、俺は早口で一気に 捲くし立てた。 「只今、お掛けになったお電話番号は、現在使われておりません。もう1度、 お確かめになった上で、おかけ直し下さい。」 そう言うと、俺は慌てて電話を切り、電話線を引っこ抜いた。 「ひーちゃん?」 どうしたんだと言わんばかりの京一の両手を、俺は力一杯握り締めた。 「京一・・・。俺を愛しているか?」 「そりゃあ勿論!」 訝しながらも、即答してくれる京一って好きだよ。俺は嬉しくなった。 おっといけない。そんなことを考えている場合じゃなかった。 「じゃあ、何も言わずに俺と一緒に逃げてくれ!!」 「ひ・・・ひーちゃん?」 だが、首を傾げる京一を引き摺って、玄関のドアを開けた瞬間、自分の行動が 遅すぎたことを悟った。 「やぁ!久し振りだな!ひーちゃん!!」 なんとそこには、携帯片手の葛城翔が、にこにこしながら立っていたのである。 「な・・・何でここにいるんだよ〜!!」 俺が驚きのあまり絶叫しているすぐ後ろで、京一が暢気に声をかける。 「遅かったじゃん。」 「済まない。道が混んでたんだよ。」 な・・・なんだ?この打ち解けた雰囲気は。おまえら・・・まさか・・・・。 「どうしたんだ?ひーちゃん。久し振りに会ったってのに、えらく大人しいな?」 誰のせいだ?お前だよ!葛城〜!! 「まっ、立ち話もなんだし。さぁ、入れよ。」 京一の誘いに、葛城は上がり込む。そんな2人の後ろ姿に、俺は嫌な予感を覚えた。 予感的中。 俺と京一の前には、デンと映画の台本がが置かれた。しかも、タイトルはご丁寧に、 『いつか重なり合う未来(あした)へ・・・・。 U』となっており、去年撮った映画の 続きものだということがわかる。 「で?」 俺はギロリと葛城を睨みつけた。 「いやぁ、ひーちゃんも知っての通り、去年の映画は、大成功のうちに終わったんだよ。」 あぁ、確か人気投票歴代一位だったよな。 「あれで、映画研究部の存続は決まったんだろ?俺は転校したし、もう映画研究部とは 何の関係もないはずだ。」 ここはビシッと言っておかなければ。また女装なんて、冗談じゃない!! 「でもさ、決まったんだよ。」 「何が?」 葛城は鞄から紙の束を取り出すと、俺の目の前に置いた。 「これはホンの一部なんだけど、今学期になって我が映画研究部は勿論、生徒会の 方にも、『いつかさU』希望の嘆願書が送られて来ているんだよ。」 はぁ?マジかよぉ。 「で、最初は在校生だけだったんだけど、そのうち他校生、近所の人、PTA、などなど、 あらゆる方面の方々から、ありがたい事に、ご支持を頂いてね。『いつかさU』を今度の 文化祭で上演することに決まったんだよ。」 そ・・そんな・・・・。 「で、急で悪いんだが、是非ひーちゃんと蓬莱寺君に、また出演してもらいたいんだ。」 そう言って、葛城は深深と頭を下げた。 「だ・め・だ!」 俺はキッパリと断った。 「ひ〜ちゃ〜ん。」 情けない顔の葛城を、俺は睨みつけた。 「お前はいいよ。自分の好きな映画を撮るんだから。でも俺は?なんでまた俺が 女装しなくっちゃいけないんだよ!!」 ムカムカ。またあの悪夢が蘇る。 「でも・・・みんな楽しみにしているんだよ?」 「だからって!!」 「・・・あのよぉ。」 それまで一言も話さなかった、京一が口を挟んできた。 「返事は、少し待ってもらえねぇか?」 京一、俺の決心は固い。もう2度と女装はごめんだ。 「・・・そうだな。急な事でひーちゃんも混乱していることだし。」 葛城、俺の思考回路は100%正常だ。 「じゃ、俺また来るよ。そん時、返事を聞かせてくれ。」 そう言うと、葛城はさっさと帰って行った。2度と来るな!疫病神!! 「・・・・ひーちゃん。」 真剣な表情の京一に、俺はあとずさる。きょ・・・京一、そんな瞳をしたって、 駄目だかんな!絶対に俺は映画には出ない!まして、女装なんて!! 「映画のタイトルをよく見てくれないか?」 京一の言葉に、俺は台本を見つめる。 「『いつか重なり合う未来(あした)へ・・・。』?」 俺の言葉に、京一は大きく頷いた。 「現実の俺とひーちゃんの未来(あした)は、重なり合った。だけどさ・・・・。」 京一はテーブルの上に置いてある、昨年撮ったテープを手に取った。 「この映画の中の俺達の未来(あした)は、まだ重なり合ってないんだぜ。 ・・・この前、葛城から『いつかさU』の話を聞いた時、俺思ったんだ。」 何?葛城の奴、幼馴染の俺には、今頃かよ!! 「映画の中の俺達の未来(あした)も、重なり合ってほしいて・・・。今の俺達と 同じように。」 う・・・そう言われると・・・・・。 「なぁ、ひーちゃん。そう思わないか?」 気が付くと、何時の間にか俺は京一の腕の中にいた。 「この映画は、俺とひーちゃんを結びつけてくれたんだ。だから、俺は大切にしたい・・・・。」 耳元で囁かれる京一の声に、気が付くと俺は小さく頷いていた。 はぁ・・・俺って、結局京一に甘いよな・・・・。 「・・・・映画、成功させような。ひーちゃん・・・。」 そっと重ね合わさった唇に、俺はドキドキした。 First impression U 前編 完 |