「はぁ・・・・。」
俺は鏡に映った自分の姿に、深い深ーい溜息をついた。
「何で・・・・。」
がっくりと肩を落とす俺の後ろで、美里を始めとする女性陣の
明るい声がする。
「うふふふ。思った通りだわ。」
満足そうに微笑む美里の横で、早くもアン子が写真を撮り始めている。
「ちょっと緋勇君!こっち向いて!」
アン子の声を無視する。冗談じゃない。誰が振り向くか!
「さて、式場の最終チェックをしに行きましょう。アン子ちゃん。」
美里の言葉に、アン子は不服そうに唇を尖らす。
「えーっ。もう少し写真を撮っていたいんだけど。」
「うふふふ。後で、嫌ってほど撮らせてあげるわ。その為にも、式場のチェックも
必要でしょう?」
アン子が渋々カメラを離す。
「それもそうね・・・・。じゃ、また後でね!」
「うふふふふふ。」
諸悪の根源の悪の女王は、下僕を引き連れて、部屋を後にした。よし!
脱出するのは、今しかない!俺は素早く着替えの入った紙袋を掴むと、
そっとドアの外を伺った。着替えるのは後でも出来る。とにかく、この部屋から
逃げ出さないと・・・・・。
「よし!今のうち・・・・。」
外に人はいないのを確認して、そっと廊下に出る。
「何処に行くんだい?ひーちゃん?」
いきなり背後からかけられた声に、俺は驚いて振り返った。
「か・・・か・・・・か・・・・。」
「かかか?何それ?」
にっこりと微笑む奴に向かって、俺は怒鳴った。
「葛城!いつの間に!!」
そんな俺の動揺を、葛城はただ笑っている。
「いつの間にって、今、隣の部屋から出てきたんだよ。そんな事よりも・・・。」
葛城は凶悪な笑みを浮かべながら、俺に一歩近づいた。
「ひーちゃんは、どこへ行く気なのかなぁ?」
う・・・・そ・・・それは・・・・・。
「まーさーか、逃げるって事はないよねぇ。緋勇龍麻君。」
「・・・・・・。」
黙ったままの俺に、葛城は溜息をつく。
「一体、何が気に入らないんだよ。」
「・・・・・・そんなの、全部に決まっているだろ・・・・。」
俺の言葉に、葛城は心外だというように、目を丸くした。
「何言っているんだよ。全部、ひーちゃんの事を考えて・・・・・。」
その一言に、俺はカチンときた。
「この格好のどーこーが、俺の事を考えているんだってぇええええ!?」
「ひーちゃんの一番似合うドレスを選んだつもりだったんだけど、気に入らない
のか・・・・・。」
がっくり肩を落とす葛城に、俺の怒りは頂点に達する。
「何で、俺が女装しなくっちゃいけないんだ〜!!」
俺の絶叫に、葛城はにっこりと笑って一言。
「似合うから。」
その一言に、俺は思わず立ち眩みを起こして、その場に蹲った。
「おーい。どうした?具合でも悪いのか?」
葛城は、そんな俺に暢気に声をかける。
「・・・・・・・・何でお前がここにいるんだよ・・・・。」
ふと、ずっと気になっていた事を聞いてみる。確か、さっき利害が一致した
とか何とか言っていなかったか?これ以上、俺に何をさせる気なんだ!
お前ら!!!
「美里さんのお祖父さんって、実は我が明日香学園映画研究部の、部長だった
方だ。しかも!歴代でも1・2を争うほどの実力の持ち主だったんだ。で、その縁で、
学校が休みの日に、ここでバイトさせてもらいながら、勉強させてもらっていたんだ。」
そうだったのか・・・・。美里と血縁関係かと思ったぜ・・・・。
「だから、ここが無くなるのは、とっても悲しい・・・・。」
目頭をハンカチで押さえて、しょんぼりと肩を落とす葛城に、俺は可哀相になって、
そっとその肩を抱こうとした瞬間、ガシッと腕を掴まれた。訳が分からず、あっけに
取られて、ポカンと間抜け面している俺に、葛城はにっこりと微笑んだ。
「そんな訳だがら、ひーちゃん、ちゃんと頼むよ!」
葛城の顔に涙の跡はなく、俺は図られた事を悟った。
「汚いぞ!葛城!!俺を騙したな!」
「騙す?何言っているんだい。ひーちゃん!俺とお前の仲だろ?第一、俺は一言
だって、嘘を言ってないぜ。」
「でも・・・・・。」
俺がさらに言おうと、口を開きかけた時、背後で声が聞こえた。
「何をしているんです?二人とも。」
見ると、壬生が、不思議そうな顔で立っていた。何てことだ・・・。壬生にまで
この情けない格好を見られるなんて・・・・。穴があったら入りたい・・・・。
「龍麻・・・・。すごく綺麗だよ。」
俺、そんな事を言われても、全然嬉しくないぞ。壬生。まぁ・・・・その・・・・
京一に言われたら、嬉しい・・・・・かも・・・・・。
「葛城さん、さっき美里さんがあなたを探していましたよ。」
「え?そうか?教えてくれて、サンキュー!壬生!」
何の用だろう?と、首を捻りながら、葛城は俺を引き摺るように、広間へと
歩き出す。そんな葛城に、壬生は慌てて呼び止めた。
「あぁ、ちょっと待ってください。龍麻のドレスの裾が破れている。僕が
縫いますから、葛城さんは早く美里さんの所へ。」
「え?そうかい?じゃあ、頼もうかな。ひーちゃん、後でな。」
軽く手を振りながら、葛城は一人で廊下を歩いていく。そして、完全に葛城の
姿が見えなくなったのを見計らって、壬生が俺の身体をギュッと抱きしめた。
「可哀相に。こんな格好をさせられて・・・・。さぁ、僕が来たからもう大丈夫だ。
急いで、ここを抜け出そう。」
え・・・それって・・・・・。
「逃がしてくれるのか?」
恐る恐る聞く俺に、当然だと言わんばかりに、壬生は大きく頷いた。
「勿論だよ。龍麻。」
あぁ、持つべきものは、危険を顧みずに助けてくれる友だよな!
「ありがとう!壬生!!」
感動のあまり、思わず抱きつきたくなったけど、京一じゃないから、手を握る
だけにしておいた。
「そうだ!京一も・・・・。」
「大丈夫だ。その・・・・蓬莱寺は、先に行っている。」
え・・・・?京一が俺を残して、先に行っている・・・・・?
「さぁ、ぐずぐずしてたら見つかってしまう。行こう。龍麻。」
そう言うと、壬生は俺の腕を掴むと、先ほど葛城が消えた方向とは反対方向へと
駆け出した。